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城に潜むもの




 エルヴィン達がアズウェルに着いた頃、ヴェロア城には物影で息を殺している小さき影が在った。

 暗がりの僅かな隙間に隠れたそれは城の者達の行動をじっと観察し、“何か”の機会を伺っている様子だ。

 “それ”に気付いたのはミルラだったが、なんと云う事か、彼女はその姿を見たにも関わらず、壁に配した装飾の石像だと思ってしまったのだ。余りにも人間に似過ぎていているのに、人間とは程遠いその体の均衡が彼女の目を狂わせたのだ。

 もし、それに気付いたのがミルラでは無くヒルデガルドであったなら、これから起こる悲劇は避けられたかもしれないのに。 

 

 その日ミルラは女官に勧められ、季節の花々が咲き乱れる庭園で暫しの憩いの一時を過ごしていた。

「気に入った花がございましたら、少しくらいなら摘んでお部屋やおぐしの飾りにしてようございますよ」 

 女官はそう云い、小さな剪定鋏を彼女に手渡す。

「小さいものですが、硬い薔薇の枝も難なく切り落とせる刃物ですゆえ、お取り扱いには充分注意なさいませ」

 銀色に輝く剪定鋏は、それ自体が価値あるもののように握りの部分に滑り留めを兼ねた蔓草の浮き彫りが施され、ミルラはしばし見入っていた。

 やがて、庭の色とりどりの花を見ているうちに、良い考えが浮かんできたミルラは「王妃様に花束を作って差しあげよう」そう呟いた。 

 およそ着る物も、自室のしつらえも、黒と灰と白の殆ど色彩の無い冷々とした物に囲まれているヒルデガルドがまるで凍えているように感じられたのだ。

 陽を浴びて咲き誇る赤や黄色、薄紅や橙の花束はきっと凍える王妃を暖めてくれる。

 そんな気がしたし、それはとても楽しい計画のように思え、彼女は夢中で花の色や形を選び、長さを揃え、小さな花束を作っていた。 

 

 一方、ヒルデガルドは自室で書簡等に目を遠し、疲れた目頭を押さえていた。

 最近は文字を読み書きすると直ぐに目が霞む。

 ―妾も歳じゃのう― 

 そう思い苦笑していると、ふいに何かの物音を聞いたような気がした。

 周りを見回すが、何もない。いくら疲れた目とは云え、狡猾な彼女が鼠の一匹も見逃す筈は無い。

 こうした仕事中は女官や侍女にも邪魔をせぬようにと申し渡しているので、誰かが来たとも考えられない。

 ―気のせいじゃ、様々な事が在ったゆえ、妾も疲れておるのじゃ―  

 そう自分に言い聞かせ、未だ目を遠していない書簡を巻いてある紐を解こうとした時だった。

 何かが後ろから凄い勢いで駆け寄る気配がした。



 暖色系の花弁の小さな愛らしい花束を携え、ミルラはヒルデガルドの部屋に向かった。

 仕事中の“人払い”の件も彼女は知らず、嬉々として。

 しかし、呼び掛けても、叩いても、王妃の部屋の重い扉はなかなか開かず、痺れを切らしたミルラは片手に花束を持ったまま、取手を引いた。

 刹那、何かが暴れているような異様な物音がし、その光景を目にして目を見張った。

 王妃が“何か”に襲われている。 

 長い被毛を振り乱したそれはミルラに背を向けていて顔が解らぬが、熊か狼の様で、今にも王妃の喉笛を噛み砕こうとしている様に見え、王妃は細く枯れた腕でその“野獣”の前足を掴み必死で制していた。

 ―王妃様が! ― 

 助けを呼ぶ声も恐ろしさの余り凍りつき、丹精込めて作った花束も鮮やかな花弁を散らし床に落ちたが、彼女の手の中にある冷たく硬いものが唯一王妃を救える手立てだと確信した。

 野獣は勿論、王妃さえもこちらには気付いていない。  

 そして今、王妃を救えるのは自分だけ。

 そう思った瞬間、ミルラは渾身の力を込め銀の剪定鋏を“野獣”の背中に突き刺していた。







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