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真実の王が眠る城  作者: 鮎川 了
Rückkehr
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王子の帰還




 ジルはヴェロア城の門番にエルヴィンを連れてきた事を告げたが、アズウェルの痩せた女児と赤毛の家出少年を連れた何処の馬の骨とも解らぬ一介の商人が何を云おうが門前払いを喰わされるのがオチだと思っていた。

 しかし、門番達はそれを聞くと急いで跳ね橋を降ろさせ、早く入れとジルに手招きする。

 まだ、当のエルヴィンは眠ったままだ。ミルラは重々しい跳ね橋が降りる様や門番の慌てる様を面白そうに見ている。

 跳ね橋の中央まで馬車を進ませると、門番達は馬車の中を改めた。

 様々な商品、保存の効く食料、痩せた老女のような女児、そして……泥の様に眠るエルヴィンを見るや、殆ど奇声に近い歓喜の声を上げる。

「エルヴィン様がお戻りになったぞ!」

 城壁の中から伺うようにこちらを覗いていた他の城の者達も一斉に騒ぎ出す。

「よくぞ御無事で!」

「早くヒルデガルト様に報せねば!」

 ジルとミルラは、その騒ぎの中、さっぱり意味が解らず呆然としていたが、やがてミルラが「まるで居なくなった王子様が戻って来た様な騒ぎね」と呟いた。

 あまりの騒々しさに流石のエルヴィンもやっと目を覚まし、寝惚けまなこで周りを見回す。

 あの、冷たい色の眼をした老婦人の姿は見えず、取り敢えずこの場で咎められぬ事を安堵したが、よもや、自分が居なくなった事に気付いていないのではと、思った。

 しかし、城に残った騎士団のうちの数名から「ヒルデガルト様は自ら馬を駆り、騎士団と共にエルヴィン殿を探している」と聞き、安堵の溜め息をまた吸い込む羽目となる。

 

 ヒルデガルトが戻って来たのは翌日の朝だった。それに続いてヴェロアの騎士達がぞろぞろと疲れた身体を引き摺りながら城内に入って来た。

「エルヴィンが戻って来たそうじゃな」 

 疲れて嗄れた声はそれだけでエルヴィンを震え上がらせる。一睡も出来ずに赤く充血した白眼も、その下の濃い隈も、一切の潤いを無くした肌も一国の王妃と云うよりは深い洞穴に住む呪術師を思わせる。 

 女官に促され、ヒルデガルトの元へ歩み寄ったエルヴィンは何を云えば良いのか解らず言葉を探していると何かが軽く破裂する様な音が響いた。

 ヒルデガルトがエルヴィンの頬を打ったのだ。

 赤く染まった頬を手で抑え、驚きと痛みに身体を動かす事が出来ずにいるとヒルデガルトは白く乾燥した唇をわなわなと震わせ「無事で良かった……」

 と、ただそれだけ云い残し、踵を返した。

 エルヴィンは泣いた。

 しかしそれは王妃に叩かれたのが悔しかった訳では無い。頬の痛みが酷いからでは無い。 

 あの誇り高き老女の銀の髪を乱させる程の事を仕出かした恩知らずな自分を心底恥じて泣いたのだ。     

 何故なら、自分の頬を打ったヒルデガルトの掌は細く冷たそうな外見とは裏腹に、柔かく暖かかったから。

「もうこの様な事は二度と致しません。お許しください……母上」

 その言葉を聞いて、立ち去りかけたヒルデガルトの足が一瞬止まった様に見えたのは、気のせいでは無い筈だ。


 そう、この日からエルヴィンは故郷への未練を全て断ち切った。

 もう、自分の居るべき所はこの石の要塞(ヴェロア)しか無いと悟ったのだ。

 もう二度と、自分が実の母(マルガレーテ)の胸に顔を埋める事は無いだろう事も。



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