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真実の王が眠る城  作者: 鮎川 了
Rückkehr
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闇の中の笑み




 物々しいヴェロアの騎士とヒルデガルト王妃が去った後もマルガレーテは泣いていた。

 止めどなく流れる涙が赤子の顔に落ち、それが不快で赤子が泣く。

 母子おやこ共々泣いている様はあまりにも異様で、心配した村人がエンリケとぺーターに知らせに行った程だった。

 最愛の息子にもう二度と会えない寂しさを紛らわす為とは云え、再婚し、子まで作り、エルヴィンの居場所を無くしてしまった自分が浅はかな女に思えて仕方が無かった。

 あの去り際の、ヒルデガルトの批難しているような目も、彼女の心を深くえぐった。

 ―そなたは母親失格じゃ―

 そう、確かにあの時、気高い王妃は聞こえぬ声でそう云ったのだ。


 やがて、村人の知らせで家に戻って来たエンリケとペーターが、マルガレーテをなだめ、事情を訊くが「私のせいであの子は死んでしまった」と繰り返すだけで、さっぱり要領を得られない。 

 やっと、ヒルデガルトの話を盗み聞きしていた村人が割り込んできて、それで大体の事の顛末が解った次第だった。

「あの時、俺がエルヴィンを無理にでも引き留めていれば……」ペーターも激しく後悔したが、ただ一人、エンリケだけが項垂れる二人を叱咤する。

「まだ死んだとは決まっとらん! 何を縁起でも無い事を云っておるんだ!」

 ……そうだ。

 確かにそうだ。ヒルデガルトもヴェロアの騎士も“エルヴィンが死んだ”などとは一言も云って居ない。

 自分の早合点に気付いたマルガレーテはやっと泣くのをやめた。

 それに、瀕死の重傷を負ったとしても、やがてそれは癒える筈だ。それこそがあの不老の王の子である証し。

 しかし冷静になればなるほどマルガレーテは自分を混乱させようと故意にヒルデガルトはああ云ったのだと怒りを覚えた。

 母の怒りを察したのか、赤子はまたむずかり、泣いた。

 自分の立場は解っている。後で知ったとは云え、妃を差し置いて王と関係を持ったと云う事は。

 しかし、ならば、それを批難すれば良いのに。何故あの妃はその事は一切咎めず、エルヴィンの事で自分に張り合おうとするのか。

 赤子に目を落とすと、泣きつかれたのか、いつしか眠っていた。

 エルヴィンは大切な子だ。しかし、だからと云ってこの赤子はエルヴィンの代用品では無い。どちらも大切な自分の子だ。

 産まれた理由はどうあれ、子供と云うのは生まれ出でれば親にとってどんな宝玉も黄金も叶わぬ程の唯一無二の宝物になるのだ。

 マルガレーテはまだヒルデガルトへの怒りを滾らせたままだったが、とうとうその宝をもうける事無く年老いた彼女に若干の哀れみを感じた。

 一国の王妃と云う雲の上の存在でありながら、王の愛を得られず、子宝にも恵まれなかったあの老婦人に。

 ―女としての位は自分より下だ―

 その優越感は浅ましい物ではあるが、マルガレーテに笑顔が戻った。

 その笑顔を見て、やっと彼女が元気を取り戻したと思った夫のペーターは心底安心したが、父親のエンリケは一抹の不安を感じていた。

 その笑顔はいつもの、太陽の光を浴びた野の花のようなそれでは無く、獲物を見付けた山猫のような、闇の中の笑みに思えたのだ。



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