捜索
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ヴェロア城は騒然としていた。
エルヴィンと共に消えた馬だけが戻って来たのだ。最初に見付けたのは門番達で、城の堀の向こう側で草を食んでいたその馬は、遠目から見ても解る程疲れきっていた。
王妃ヒルデガルトはその報告を受けると、元々血色の良くない顔を蒼白にし、騎士数十名を引き連れ自らも馬を駆り、捜索に出た。
残された城の者達は絶望的なこの状況に、それでも何とか希望を見出だそうとしていた。
ヒルデガルト達は森や草原を、湖の畔を、くまなく捜したが、赤毛の少年は何処にも居ない。
「ヒルデガルト様、城へお戻りくだされ」
ヒルデガルトの疲労を気遣ってカミルが云ったが、王妃は髪を乱しかぶりを振る。
この様に取り乱した王妃を見るのは初めてだった。
もし、エルヴィンが変わり果てた姿で見付かったら、この誇り高き老婦人はどのようになってしまうのだろう? きっと正気を失い、生きてさえ居られないかもしれない。アズウェルに攻めこまれるまでも無く、この国は滅びるだろう。
「ドワーフの村に行く」 カミルが思い悩んでいると、やおらヒルデガルトがそう云った。エルヴィンは故郷の村に帰ったのかもしれない。馬を繋いでおくのを忘れただけかもしれない。
「でしたらヒルデガルト様は城にお戻りください。その様に疲れ切っておられれば目的地に着くまでに倒れてしまいます」
カミルのその言葉を聞くや、ヒルデガルトは隈の濃くなりつつある目を見開いて一喝する。
「無礼者! 妾が疲れておるだと? この一大事に疲れてなどおれるものか」
孤高の王妃は、自分を弱き者として扱われる事を死ぬ程嫌う。
それは彼女があの石の要塞で何十年も暮らして行けた理由であり“力”なのだ。
「お許しください、王妃。ならばこのカミル・キールもお供させて頂きます」
今からなら、村に着くのは夕方になろう。泉で馬に水を飲ませ、村に向かう前に暫しの休息を取る。
「あの子は強き子供じゃ」
泉の水で喉を潤した王妃が呟く。
「そうです、エルヴィン殿はお強い。きっと御無事です」
王妃を安心させる為、同調してみたものの、されど子供。カミルの脳裏には血塗れで森の中に横たわるエルヴィンの姿がいくら振り払っても消えなかった。
ジルは馬車を馭しながら、二頭の馬が南に向かうのを見た。
「あれはきっとヴェロアの騎士団だよ、青い衣を着ているだろう?」
暢気にミルラにそう話す彼は、その騎士団がよもや自分の馬車の上で毛布にくるまり泥の様に眠っている赤毛の子供を探しているとは思いもしなかったのだ。




