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ヒルデガルトの提案





 王妃と云うのは王の奥方だ。そんな事位はエルヴィンも解っていた。

 問題は、その王妃が何故こんなドワーフだけの村にわざわざやって来たのか。だ。

「国王が失踪したと云うのはそなた達も風の噂で聞いておろう」

 祖父と母は静かに頷く。

「方々探したが未だに見付からぬ、そうしているうちに妾も歳を取りこのありさまじゃ。こうなれば王の行方を探すのは諦めて世継ぎを確保せねばなるまい」

 エルヴィンはヒルデガルトが世間話か愚痴でも云っているように思えて仕方が無い。王様が行方知れずでしかも世継ぎの嫡子が居ないとは気の毒だ。しかし、此処でそれを云われてもどうする事も出来ない。しかし。

「マルガレーテよ、そなたが産み落とし子が王の子と云う事は調べが付いておる。悪いようにはせぬ。金子きんすや品物も好きなだけ与えよう。そなたの息子を妾にくれぬか? 」

 今や、エルヴィンの心の中は漆黒の染みで覆われていた。自分の父親が誰だろうがそんな事はどうでもいい。この生まれ育った村を離れる事は子供のエルヴィンにとっては投獄されると同じ位辛い事なのだ。

「いいえ、ヒルデガルト様、お言葉ですがこの子は王の子などと云う大層な子供ではありません」

 母の言葉が真っ黒になった彼の心に一筋の光りを投げ掛けた。

「そうです、娘は行きずりの旅人と関係を持ってこの子を授かったのです。王ではなく、只の平民の旅人です。全く、この不良娘が!」

 祖父が軽くマルガレーテの頭を小突きながら、ヒルデガルトに見えぬように目配せをする。

「お恥ずかしい話ですが、若気の至りといいますか、そう云う事なのです」

 自分の母がそんな軽はずみな女の訳は無いと思ったが、自分を手放すまいと必死になっているのが伝わりエルヴィンには嬉しくてたまらなかった。だが。

「貞節を美徳とするドワーフの娘がそのように軽はずみな訳がなかろう、三文芝居もたいがいにせよ」

 ヒルデガルトは氷のような声で一喝する。

「本当なんです!」

 なおも食い下がるマルガレーテに根負けし、ヒルデガルトはある提案を申し出た。

「では、この子供の手なり足なりに剣で傷を付けてみよ。王の血をひいているなら傷はたちどころに治る筈……そうでなければ傷の治療の薬を買う金子きんすを置いて諦めて立ち去る。如何か?」

 何やら痛そうな提案だが、それで諦めて帰ってくれるなら、と、エルヴィンは服の袖をたくしあげると、従者が鏡の様に研ぎ澄ませた剣をその腕に当て、引いた。

 直後はただ熱いだけだったが血が滲み出してくるに従って段々と痛みが押し寄せて来た。

 指先まで痺れるようなその痛みに思わず涙が出る。

「痛い、母ちゃん痛いよ。指までビリビリするよ」

 とうとうエルヴィンは泣き出してしまった。

「我慢してね、エルヴィン、暫く我慢してね」

 母が彼を抱き締め、赤子をあやすように背中を叩くその心地良さと腕の痛みが相反する感覚の中でエルヴィンは思った。

 自分が他のドワーフと違うのは父親が人間だからなのか。と。 


 やがて痛みにも慣れて来た頃エルヴィンは恐る恐る自分の腕を見やった。

 ぱっくりと傷口が開き、血は固まり瘡蓋かさぶたになっている。

「ひいい」情けない声を上げ母にしがみつくエルヴィンにヒルデガルトは静かに云った。

「痛い思いをさせてすまなかった、ドワーフの子よ。これで薬を買い求め手当てして貰うが良い」

 彼女が手を上げると従者が鞣し革の袋を差し出す。それはずっしりと重そうで外から見ても傷薬の代金としては多過ぎる額の貨幣が入っているのが解った。



 ヒルデガルトと従者が去って行くのを見送った祖父は家中の窓と云う窓をして厳しい顔をしていた。

「エルヴィン」

 祖父に呼ばれた彼は腕に傷の手当ての為に巻かれた布を擦りながら顔を上げる。

「じいちゃん、何? 」

「お前の父親は人間だ、今まで黙っていて済まなかった」 

 離れ離れになる事は免れたが、知らずとも良い真実を知ってしまった孫を気遣うにはどうすれば良いのか、老練されたドワーフの長でさえ解らなかったのだ。

「俺、母ちゃんの子だよね? じいちゃんの孫だよね? 」

 母と祖父は力強く頷く。

 エルヴィンにはそれだけで充分だった。




 しかし、エルヴィンは次の日の朝信じられ無い事実を目の当たりにする。

 あれほど深かった腕の傷が跡形も無く消えていたのだ。

 確かに、ヒルデガルトの置いていった金貨で、驚く程高価な傷薬を祖父が街で買い求め、それを塗った。だからと云ってこんなに早く傷が癒えるものなのだろうか?もう、何処を斬られたのか解らぬ程に消え去った傷。あの老婦人が云っていたように本当に自分が王の子ならいつかこの幸せは壊れるのかもしれない。

 エルヴィンにはそれが遠くない未来の様に思えた。

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