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真実の王が眠る城  作者: 鮎川 了
Rückkehr
19/76

旅の商人の受難




 半年振りにアズウェルを訪れた旅の商人は絶句した。

 美しく賑やかだった城下街の、この変貌はどうした事だ?と。

 民家は軒先に干した洗濯物や作物が乾燥し過ぎて朽ちていたし、戸口は殆ど開け放しで、そこから埃を被って砂の色になった家具や調度品が見える。

 商店という商店は店を開けたまま商品が砂埃に埋もれるに任せ、代金を入れるかごの中には銅貨が数枚在ったが、どれも緑青ろくしょうが浮いていた。

 食料を売る店などは特に酷い。小さな骸骨がぶら下がっていると思ったらそれは売り物の鶏で、木片のようなものが転がっていると思ったら、それは切り分けられた牛の塊肉だ。どれも腐敗した後、乾燥した様だった。

 いつも品物を買い取ってくれる馴染みの商店も同じ様で、誰か居るとはとても思えなかった。

「誰か、誰かいませんか」

 呼んでみたがやはり、返事はない。

 戦にしては荒らされていない様だし、もしや悪いやまいでも流行って、街の者は皆死んでしまったのか……と思い、このまま城へ行き、この状況の理由を訊くべきか、それとも一刻も早くアズウェルを離れた方が良いのか逡巡していると、商店の中から何やら音がした。

「誰かいませんか? いつもご贔屓にして貰っているジルです」 

 再び呼び掛け、耳を澄ましていると、微かに人の声がした。返事と云うより呻き声の様だったが。

 商人ジルは店の奥……店主の住まいになっているそこの、戸口の横の地面に小さな手が出ているのを見た。 

 手の主はこの商店の一人娘だった。裕福な商店主の子供らしく、食べるものも贅を凝らし、我が儘放題育てられ、ふくふくと肥えていた筈のその子供が見るも無惨に痩せ細っている。 

 眼窩は落ち窪み、頬はこけ、手足も枯れ枝の様で子供と云うよりは小さな老婆に見えた。

 いつも着けている赤い石の腕輪が、彼女の身元を証明した。 

「お嬢ちゃん! お父さんとお母さんはどうしたんだい?」

 子供は今にも折れそうな腕を上げ、寝室を指差す。

 ジルがそこへ行くと、彼女の両親、つまり店主とその妻らしい二人が寝台で寝ている。 

「ご主人?」呼び掛けてみても返事どころか身動きすらしない。

 たまりかね、寝室に踏み込む無礼を承知で店主の体を揺すろうと、敷布の上から手を掛けると、乾燥した土塊のように崩れた。

 そこで初めてて店主と、その婦人の顔を見たジルは叫び声を上げた。 

 二人は全く水分の無くなった干からびた皮膚が骨に貼り付いて、眼窩の中で目は干したすもものようになっていたのだ。


 ジルは台所を借りると、湯を沸かし、その湯で貴重な蜂蜜を溶かして娘に飲ませてやった。

 死体の在る家の台所など借りる気にはなれなかったが、生き残った者をなんとか助けないと。

 旅慣れている彼だ、食糧は持っていたが、多分、この娘は長いこと何も口にして居ないのだろう。そんな状態の者に食糧を与えたら余計に弱るか、最悪死んでしまうと云う事を知っていた。水も、真水をそのまま飲ませてはいけない。白湯にして蜜か塩を混ぜて与えないと。

 そうして少しづつ蜂蜜湯を飲ませてやっていたら、少しばかり体力が戻って来たようだった。

「お腹が空いてるだろうけど、今日は蜂蜜湯か塩湯で我慢して、明日になったら何か食べさせてやるから少しお眠り」

 娘は微かに頷くと、蜂蜜の甘さで渇きが満たされたのか目を瞑り暫くして寝息を立てた。

「さて、どうするか……」

 もし、流行り病を患っているとしたら湯を飲ませた位では回復しないだろうし、そうなるとジルの身も危ない。

 商店主夫妻の亡骸はまるで何年も前に死んだか、さもなくば何者かに全ての水分を吸いとられたかのような有り様だった。しかし、前者はあり得ない。半年前、確かにジルは此処を訪れ、活気の有る街を見たのだ。

   

 娘が眠ると、ジルは他の民家を調べてみた。が、やはり商店主夫妻のように殆どの者が寝台に横たわったまま干からびていた。小さな子供さえも。

 ―何が在ったか知らないが、この街にこれ以上留まるのは危険だ―

 ジルは娘の元に戻ると、抱きかかえて街の外れに繋いでおいた馬車の荷台まで運び、そこに寝かせた。

 そして急いで馬車をぎょし、街を出た。

 娘を連れて来た事が果して良いのか悪いのか解らなかったが、まだ命の炎が残る者を見捨てては置けなかったのだ。

 山脈を分かつ街道を抜け、その向こうの村に向かって、これ以上無い程に馬を急がせた。

 何か禍々しいものが追いかけて来る……そう思えてならなかったのだ。



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