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若騎士 対 老騎士





 負けたのだ。

 しかもたった二撃で気を失うとは。

 エルヴィンは失意の底に沈みながら、忌々しい甲冑を脱がせて貰っていた。

「まあまあ王子、初めての試合にしてはご立派でありましたぞ」

「そのように落ち込まずとも、次の試合が催される頃にはもっと強くなっておいででしょう」

 年寄りの騎士達が慰めの言葉を掛けるが、エルヴィンは故郷に帰る望みが絶たれ、茹で上げられた鰻のように甲冑で蒸れた身体から湯気を出し、放心していた。


 試合はその後滞りなく進み、既に上級者の試合が始まっている。

「おや、グスタフ殿、次は貴殿の出番では?」

「おお、そうじゃった。確か相手は……カミル殿ですな」

 急にカミルの名前が出て、エルヴィンは我に返る。しかし、グスタフと呼ばれたこの老騎士が、若く手練れのカミルと対戦するとは気の毒でならない。

「では、行って来ますぞ」  

 甲冑が重いのか、腰でも痛いのか、年寄り特有のゆっくりした動作で立ち上がるグスタフに、エルヴィンは祖父の面影を重ねてつい見守ってしまう。


「グスタフ・ローゼンマイヤー対カミル・キール」

 名前が読み上げられると客席から物凄い歓声が沸き上がった。

 当然、若く美男子のカミルに婦人達が声援を送っているのかと思いきや、何故かそれに手を挙げて応えているのはグスタフだ。

 これにはエルヴィンも苦笑した。しかし、「始め!」の掛け声と共に様子は一変する。

 速いのだ。二人とも。

 カミルもグスタフも息を吐かせぬ攻防。重い甲冑をものともせず、自由自在に動き、打ち、かわす。

 しかもその一撃の力強さ。エルヴィンはこの対戦にすっかり夢中になり、目を輝かせる。

 暫く見ているとグスタフが有利な状況に居るのが解る。余裕が在るのだ。何もかも。その気になれば今すぐでも勝負が付くのに故意にカミルを泳がせている感がある。 

 あのカミルが、自分の師匠が、翻弄されている様を見て、エルヴィンは焦る。

「ほう、カミル殿も腕を上げましたな。流石グスタフ殿の愛弟子」 

 先程グスタフと談笑していた老騎士が云う。

 そうか、あの凄い歓声の訳は、師匠とその弟子の対決であったからだとエルヴィンは気付いた。

 カミルが体勢を崩した。一瞬であったが、グスタフの目がカミルの隙を見切る。刹那、鈍い音がした。カミルが打たれたのだ。左肩をあの重い太刀筋で打たれたのだから、相当な衝撃が在ったに違いない。だが、カミルは素早く身を引くと剣を構え、反撃の機会を伺う。

「確か、先に二本取った方が勝ち……」 

 エルヴィンは誰に云うでもなくそう呟く。解ってはいる事だが反芻するように。

「左様、さて、カミル殿が持ちこたえるか……」 老騎士はそう云いながらも勝敗が既に解っているかの様だった。 

 腹の底から出したような低い掛け声と共にカミルが斬りかかる。しかし。 

 なんと云う速業だろう? グスタフはすんでの所でカミルを躱し、行き場を失い狼狽える彼の背後に回った。

 ―勝負あり―

 誰もがそう思った。後はカミルの無防備な背を一撃すれば終わりだ。しかし老騎士はカミルが振り向くのを待っていた。

 待って、目が合い、そして……

 やっと訪れた反撃の機会。カミルは剣を真横に凪ぎ払う。グスタフ程の重さはないが、その軌道は確かにグスタフの胸甲に当たった。  

 が、それと同時に彼の肩にはグスタフの剣が食い込みそうな勢いで当たっていた。

 

「勝者、グスタフ・ローゼンマイヤー」

 老騎士は高々と木剣を掲げ、割れんばかりの歓声が沸き上がった。

 カミルはと云うと、兜を脱ぎ、汗に濡れた顔を緩ませていた。その顔には悔しさなど微塵もなく、達成感に満ち溢れた清々しいものであった。



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