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剣術試合





 更にひと月が経ち、剣術試合の日がやって来た。

 下級の騎士達がエルヴィンに鎖帷子や甲冑を着ける。木で出来た練習用の剣を使うとは云え、本気で打ち合うので実戦と同じ装備が必要なのだ。しかし、子供用の甲冑など無かったので、一番背の低い騎士が使っていたものを作り直させた。

「次の試合が催される頃には背も伸びましょう。今はこれで辛抱なされ」

 ドワーフの村にいた頃は一番背が高かったのだが、此所では自分が一番小さい。エルヴィンはそれが不思議に感じた。彼から見ればカミルも、他の騎士達もまるで巨人だ。巨人がさらに屈強な甲冑で身を鎧っているのだ。それは身震いする程勇壮な光景だ。

 兜を着けると、最早どれが誰だか解らない。

「カミル師範」

 不安になって師匠の名を呼ぶと、すぐ側から返事が返って来た。

「此所に」

「師範も試合に出るのですか? 俺、師範には勝てる自信がありません」

 聞き様によっては、それなら他の騎士になら勝てるのか? と、思わず皮肉を云いたくなる台詞だが、子供故の舌足らずな言い方にその場が和んだ。 

「試合は熟練度に合わせて行われる。エルヴィン殿が出るのは初級、私は上級なのでその心配は無用」

 つまり、同じような腕前の者達だけで戦うと云う事を聞き、エルヴィンは安堵する。

「王子、健闘を祈りますぞ」

「貴方の父上もたぐいまれな剣の使い手でありましたゆえ」

 初老の騎士達が口々にそんな事を云う。エルヴィンはこの“王子”と云う呼ばれ方があまり好きでは無かったし、ことある毎に自分の父親であるらしい王を引き合いに出されるのが厭だった。

 しかし、今はそんな事を気にしては居られない。何としてでも勝ち進み、ほんの一時ひとときでいいから村に帰りたい。

 誰が着けていたのか判らぬ古く、汗と埃の匂いの染み付いた兜の中でエルヴィンは懐かしい母の顔を思い出していた。


 程無くして初級の試合が始まり、木剣の打ち合う音がした。しかし、見ている内にエルヴィンは違和感を覚える。

「何故、こんなに動きが鈍いのだろう?」

 初級とはこんなものなのか? 云っては何だが素人以下ではないか? と。

 エルヴィンはまるで計算に入れていなかったのだ。甲冑の“重さ”と云うものを。

「勝者、ラインハルト・ケストナー」

 まるで芋虫の取っ組み合いのような暖満な試合が終わり、勝者の名前が呼ばれた。敗者の方はと云うと兜ごと頭を押さえうずくまっている。  

「第二試合、ホルト・カウフマン対エルヴィン・フォン・ヴェロア」

 次の試合の対戦者の名前が読み上げられても、エルヴィンは自分が呼ばれた事に気付かなかった。いつの間にか聞き慣れない姓が付いていて自分の名前とは思えなかったのだ。

「王子、出番ですぞ」

 カミルに促され、やっと“エルヴィン・フォン・ヴェロア”が自分の名前なのだと気付き、慌てて試合場の中央に走り出た……つもりだった。

 ―重い―

 そう、甲冑は重く、足を踏み出す度に関節が軋み、鎖帷子が産毛を咬む。これでは、今まで習得して来た事の半分も出し切れない。

 先程まで目を瞑ると鮮明に見えていた故郷の村が遥か遠くに思えて来た。 


 対戦相手は、兜の中から目だけが見えるだけで顔も体格も解らない。しかし、それがエルヴィンに一縷の望みを抱かせた。

 ―きっと、甲冑の中はひ弱で痩っぽちの男なんだ。甲冑のせいで強く見えるだけだ―

 そう思い込み、自らの勇気を奮い起こす。カミルに教わった通りにやれば負ける事は無い。そう信じて。

「始め!」

 審判の掛け声と共に両者は構える。

 対戦相手のホルトは中段に、エルヴィンは上段に。しかし。

 次の瞬間、エルヴィンは脇腹にとてつもない衝撃を感じた。

 否、脇腹を打たれたと云うのは解ったが、その衝撃は身体中に響く、頭から今まさに打ち鳴らされている鐘の中に入ってしまったかの様に。

 最早反撃どころではないがもたもたしていたらまたあの厭な衝撃を味わう事になる。

 一撃を決め、元の構えに戻ったホルトに、エルヴィンは上段から勢い良く剣を降り下ろす。

 しかし、背の差が在り過ぎて、その一撃はホルトの胸の当たりに辛うじて当った。何にせよ、反撃出来た喜びも束の間、今度は腕に衝撃が走る。

 攻撃をしても受けても甲冑が衝撃を増幅させる。しかも、ゆっくりと芋虫の様にしか動く事が出来ない。持ち前の身軽さもこれでは発揮出来ないと、途方に暮れていると、ホルトが動いた。


 一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。

 頭の中が真っ白になり、意識が飛んだ。

 気が付くとホルトの名が呼ばれ、彼は空に向かって剣を掲げていた。



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