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風変わりなドワーフの子供




 溶かされた鉄がまるで銀色の生き物のように流れる様は何度見ても不思議だ。

 不定形な鏡のようなそれは冷たい光りを放ってはいるが、木屑のひと欠片でも近付ければたちまち燃やしてしまう高熱を纏っている。

 絶えず何かが焦げたような匂いのするこの場所で、絶えず火の粉が舞い鉄を鍛える音がするこの場所で、他のドワーフ達と供に槌を振るう祖父は家に居るときとは違い、厳しい職人の顔になっていた。

 鍛冶はこの村の男の殆どが携わる仕事で、エルヴィンも大人になれば鍛冶職人になる。

 こうして時折祖父の仕事ぶりを見るのはその勉強になったし、何より彼は祖父の働く姿を見るのが好きだった。




 自分は周りの者達と違う、とエルヴィンは気付いていた。

 ドワーフ達の中で、背が高くヒョロリと延びた体躯は異質なものであったから。

「俺は何処かから拾われて来た子供か、そうでなければ生まれつきのやまいを患っているのかもしれない」

 彼がそう云うと母親は

「お前のその真っ赤な髪も、緑の目も母さん譲りじゃないか。それにそんなに元気で何処が病気だと云うんだい? 馬鹿をお云いじゃないよ」

 と、たしなめる。

 容姿が特異でも別段他のドワーフ達から差別や迫害を受ける訳でもなく、むしろ高い所の物を取ったりするのに重宝がられたし、同じ年頃の村の子供達も天真爛漫に彼と遊び、時に悪戯をし、そんな時は分け隔てなく全員が叱られた。

 容姿に関して疑問や引け目を感じているのはエルヴィン本人ばかりだったのだ。

 祖父のエンリケは鍛治職人を束ねる長であると同時に村の長であるし、母親のマルガレーテは村一番の美人。

 何も憂う事は無かった。

 村の長の娘である母は女手ひとつでエルヴィンを育てた。

 “女手ひとつ”と云う事はつまり、父親が居ないと云う事で、エルヴィンは生まれてこのかた父親の顔も姿も知らずに育った。

 しかし、それさえもマルガレーテの愛情で払拭された。

 彼女はエルヴィンにとって美しく、賢く、そして強い自慢の母親であったのだ。



 総じて云えば、見た目が少し変わっては居るがごく普通の幸せなドワーフの子供。それがエルヴィンだ。

 そのままドワーフの若者に成長し、ドワーフの老人として一生を終える。その筈だった。




 ドワーフの子供達数人と川遊びに興じていた夏の日の事だった。

 エルヴィンも他の子供達も小魚を捕まえるのに夢中になっていた。

「そなたがマルガレーテの息子か? 」

 ふいに背後から声を掛けられ、振り向くとそこには従者数人を引き連れた背の高い老婦人がいた。

 長く細い体躯のその人は明らかにドワーフではなく人間だ。とエルヴィンは思った。人間を見るのは初めてだが、何とも自分と似た身体をしているとも思った。

 そして銀の髪を美しく結い上げ、簡素ではあるが上等の生地を上品に纏っている所を見るとこの老婦人は身分の高い人間であろう事も確信した。

 しかし、子供であるエルヴィンは位の高い、それも人間との接し方を知らない。

 何と答えれば失礼に当たらないのか考えあぐねていると、老人は右の口角だけを上げた笑顔でこう云った。

「答えずとも良い、その姿(・・・)を見れば一目瞭然じゃ。そなたの祖父と母は何処におる? 案内せよ」

 いきなり現れて、いきなり命令とは。人間は傲慢と聞いてはいたが、ここまでとは思わなかった。が、エルヴィンはそれに腹を立てるよりも、この老婦人の云った言葉が自分の胸の中に黒い染みを落としたような厭な感を覚えていた。





 祖父と母はエルヴィンの連れて来た老婦人を見るや否や表情に暗い影を落とした。

わらわはヒルデガルトじゃ、名くらいは聞いた事があろう」

 老婦人がそう名乗ると、祖父と母はうやうやしく丁寧な挨拶をしたが、エルヴィンにはさっぱりこの老婦人が何者なのか解らなかった。

 心無しか空気がはりつめているような気がする。

 そのはりつめて凍った空気をひび割るような胴間声で祖父が云った。

「これはこれは、ようこそお越し頂きまして……しかし、ヴェロア王国王妃ヒルデガルト様がこんなへんぴな村に一体何の用でございましょう? 」

 母はヒルデガルトに表情を悟られまいとしているのか始終うつ向いている。賢く強い筈の母がか弱く小さく見えて、エルヴィンは胸の中の黒い染みが大きく濃くなってゆくのを感じていた。




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