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その違和感に胸を抑えつつも中へと入ろうとした、そのとき。
「ええ、だってなんかやけに優しいじゃん。怪しまれても仕方ないって」
「給食のときだって気遣い過ぎ。普通そこまでしないから」
「だよな。俺らからしたらありえねえよ」
給食のとき? それってまさか――
中から数人の男女の声が聞こえて、わたしは耳をそばだてた。彼らは教室掃除の担当でまだ残っているのか、五人ほどで話しているみたいだった。
「そもそもあいつ、何考えているかわかんねえじゃん。ちょっと不気味っていうか」
「こわいよね。しかも最近様子が変だし」
「そうそう。そのせいで永田たちにも明らか目の敵にされてさあ。あれはたしかに傍から見ててもやり過ぎだったけど、関わるほどでもないじゃん。関わったら関わったでまた永田たちがぎゃあぎゃあうるさそうだし」
「だからってどうして俺が月島さんを好きってことになるんだよ」
沢田くんがそう言った瞬間、目眩がした。嫌なことは二重にも三重にも立て続けに起こるらしかった。またわたしの噂だ。
「そもそも全然タイプじゃないし。月島さんって頭固そうだし、模範人形なんて呼ばれてるじゃん。まだタイプで言うなら、腹黒でも永田のほうがマシだよ。俺はただ可哀相だったから優しくしただけ。な、それでいいだろ? もう帰ろうぜ」
できれば耳を塞ぎたかった。そんな風に思いながら、わたしに優しく接してくれていたというのか。なんだかもう、人間不信になりそうだ。
とにかくここから去らなくてはいけないとわかっているのに、今度ばかりは身体が思うように言うことを聞いてくれない。
その場に突っ立っていると、目の前の扉がガラッと開けられて、隠れる暇もなく沢田くんが現れる。わたしに気づいた沢田くんが目を大きく見開いた。
「……あっ」
口を金魚のように開け閉めさせて、どう言い訳しようか考えているようだった。教室の向こうの数人も、わたしの存在に気付いたのか、空気が重くなって誰も喋る気配がない。
「その、ごめん。月島さんのこと悪く言うつもりじゃなかったんだ。ほんと、ごめん」
目の前で律儀に頭を下げる沢田くんを見て、ああ、ほんとにいい人だなと他人事のように思った。嫌味でもなんでもなくて、本当の優しさでわたしに接してくれていたのだ。その優しさには下心も何もなくて、ただわたしのことを可哀相だと思って優しくしてくれたのだ。そのせいで周りの人たちにいらぬ誤解をされたりして、迷惑だったに違いない。謝るのはきっとわたしのほうだ。
「じゃ、じゃあ、うちら先に帰るわ。沢田じゃあね」
「沢田、うまく誤解解けよ」
わたしが何も言わずに黙っていると、教室に残っていた数人の男女がその場から逃げるように去っていく。
「だから誤解じゃないって!」
沢田くんが去っていく彼らに大声で返したとき、彼は「しまった」と言うように口に手を当てた。慌てたように手を振る。
「ごめん、今のはそういう意味じゃなくて――勘違いされて鬱陶しから言っただけなんだ。ほんと、ごめん。悪かったよ」
何度も「ごめんね」なんて謝られて、なんだかわたし、振られたみたい。お前との仲を疑われて迷惑だって、わかってはいるけど直に言われた気分だった。
今こうしている間にも涙が零れ落ちそうでこわい。でもここで泣けば余計に沢田くんに迷惑をかけることになるのはわかっていた。
わたしは意を決して顔を上げた。そしてまっすぐに沢田くんの目を見つめて言った。
「大丈夫だよ。気にしてないから」
その言葉を聞いた途端、沢田くんは明らかに安心した様子で、
「そう? それならよかった」
と笑みを零した。
「じゃあ俺、帰るから」
と申し訳なさそうに最後まで何度も何度も謝る沢田くんに適当に相槌を打ちながら見送ると、わたしは誰もいなくなった教室に足を踏み入れた。自分の席まで来たところで、今日は人生で最も最悪な日だったな、と思い返す。色々なことがあり過ぎて、泣く気にもならない。