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わたしが机を運ぶと沢田くんは快く場所を空けてくれたが、辻くんは相変わらず不機嫌さを露わにして、自分からは一言も喋ろうとしなかった。ひとり、沢田くんだけがドラマだとかスポーツの話をしていて、わたしは彼に気を遣わせてしまったことにひどく罪悪感をおぼえた。
「月島さんはスポーツとか好き?」
給食のカレーを口に運んでいると、何も話そうとしない辻くんに諦めたのだろうか、沢田くんがこちらに話を振ってきた。スプーンを持った手が行き場を失う。食べようかどうしようか迷った末に皿に置いた。
沢田くんなりに気を遣ってくれたのだから、わたしも適当に相槌を打つわけにはいかなかった。
「やらないし観ない。けどサッカーは好き」
「サッカー以外も観てみなよ。ルールさえ分かれば面白いし」
「でもアメフトとか痛そうなのは苦手なの。辛そうだし」
「ああ、まあ……確かにね」
わたしが相手だと話が盛り上がらないと悟ったのか、沢田くんはそれきり黙ってしまった。
沢田くんには申し訳ないけど、わたしはまったくと言っていいほどスポーツには興味が無い。サッカーが好きだと言ったのも嘘だ。ただルールを知っているのがサッカーだけだったのだ。
気まずい空気から逃れるために残りも早く食べてしまおうとしたときだった。
「馬鹿じゃねえの?」
低い、辻くんの声がして顔を上げると、眉を寄せて険しい顔をしている辻くんと目が合った。
わたしも沢田くんも辻くんの突然の一言に驚いて言葉を失う。
「スポーツとか基本的に辛いもんだろ」
「おい俊一」
「それをみんな努力して乗り切っていくんだよ」
と、辻くんは言ってわたしを睨む。
わたしはべつにスポーツも、スポーツをしている人も馬鹿にしたわけじゃない。ただ痛そうだから観てるこっちも辛くなる。そう言いたかっただけなのに、それなのにどうして睨まれなきゃいけないのだろう。辻くんの名前を覚えていなかったのは失礼なことだと認めるけど、恨むほどのことでもないと思う。
毎回毎回、どうしてこうも面倒なことになるのだろうか。本当に、人間関係は面倒くさい。
「俊一、強く当たるなよ。月島さんも気にしないで。こいつサッカー馬鹿だから、受験でサッカーできなくて苛々してんの」
場を取り成すように沢田くんは笑って言ったけど、頬が少し引き攣っていた。
わたしも沢田くんに合わせて笑ったけど、彼以上に笑顔が引き攣っていたことだろう。
* * * *
何もせず何も感じない。ドロップアウトをすると決めた日から、事態はわたしが思っていたよりもずっと早く、悪化しているようだった。
友達も成績も気にしていないと言えば嘘になる。だけどそれ以上に煩わしさが勝ってしまうのだ。給食の時間の久美ちゃんや永田さん、それから辻くんも、みんなみんな面倒で仕方ない。できれば自分がしたくないことは無視して避けて正直に生きたい。だけどいざとなったときに助けてほしいと願うなんて、わたしは本当にわがままだ。正直、自分でも一体何がしたいのかわからない。
「なんかさあ月島京子、最近まじでむかつくんだけど。調子乗ってるっていうか」
昼休みもあと十分。給食を食べ終わったわたしがトイレの前を通ったときだった。中から永田さんの大きな声がして、わたしは思わず入口付近の壁に身を隠した。聞いてはいけないとわかってはいても、自分の名前が出てくると反射的に耳を澄ましてしまう。
どうやら中には女子が数名いるようで、永田さんの言葉に続く声が聞こえた。
「わかる、気取ってるよね。遅い反抗期みたいな」
「だってさあ、何なのあの変わり様。受験近いのに余裕かましてんじゃねえよって怒りたくもなるって」
「確かに。だから給食のときもハブったんだ?」
「まあね。沢田に優しくしてもらってまた調子乗りそうだけど、あのときの辻の舌打ちには笑ったわ。ちょっと清々した。ね、久美」
同意を求めるような永田さんの言葉にドキリとした。久美ちゃんもその場に居合わせているのか。
わたしはそこで久美ちゃんに縋るような思いで、彼女の言葉を待った。どうか否定してくれますように。都合の良いことだ思うけど、願わずにはいられなかった。
しかし、わたしの耳に届いたのは、無情にも彼女の冷たい声だった。
「うん、いい気味」
どこか笑いを含んだ彼女の声がはっきりと聞こえて、わたしは絶望の淵に立たされたような気分になった。さっき永田さんに言われたことよりも、何倍もの威力のある一言でわたしの胸を突き刺した。
わたしは壁から離れると、ゆっくりとその場をあとにした。