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胸が押しつぶされそうだ。なんとも言えない気持ちって、こういうときのことを言うのかもしれない。
本日の給食のメニューであるカレーの芳しい香りが辺りに漂うなか、教室は誰がどのグループに入るかで騒がしくなっていた。
この学校では基本、班で給食を食べるということになっているが、原則ではないので各々好き勝手に班を作って食べている。先生もうるさく言わないし、中学生活も残りわずかなので、不承不承目を瞑ってくれているという感じだ。
ざわざわと皆が机を移動し始めるなか、わたしだけがぽつんと立ち尽くし、取り残されていた。ここから動かなければ、と思いながらも、足が鉛のように重く感じて動けない。
想像していたこととはいえ、こんなに早くひとりになるなんて思わなかった。
以前は面倒だと思っていた班作りも、今では面倒だと思えていただけ幸せだったのだと痛感する。
「ねえ、久美もこっちに来なよ」
ふいに永田さんの声がして振り返ると、同じく机を持ちながら立ち尽くしていた久美ちゃんと目が合った。ひどく侘しい眼差しでこちらを見ている。
かと思うと、ぷいっと久美ちゃんは顔を逸らして、永田さんのほうへ笑いかけた。
「うん、わたしも入ーれて」
久美ちゃんは机を引き摺るように運ぶと、永田さんの班へ割り込んだ。永田さんたちもそれを快く受け入れて、和やかに会話をしている。
ふと、そのやりとりを見ていたわたしに気付いたらしい永田さんと目が合った。永田さんは小馬鹿にしたように口角を上げて笑うと、視線を元に戻して友達と談笑し始めた。
べつに久美ちゃんに期待していたわけじゃないけど、こうもあっさりとひとりにされると、さすがに虚しくなるというものだ。所詮、わたしと友達との友情は、トイレを断ったくらいで離れていくような薄っぺらい友情だったのだ。
最初からわかっていた。友達との人間関係が面倒だと思っていても、今までのわたしにはひとりになる覚悟も、勇気もなかった。ただ、誰かに言われるがまま、されるがままにしてきた。だから、こうして関係を疎かにすると、あっさりと友情が断ち切れることくらいわかってはいたのだ。
「おいおい、お前ら月島も仲間に入れてやれよ!」
男子のからかう声が飛んで、教室の方々で笑いが起こった。痛いほど視線が突き刺さり、唇をぐっと噛んでそれに耐える。
みんなの本性がわかって清々したし、これほどまでにあっさりと放置されると、かえって爽快ではないか。屈辱だけどここはひとりで食べるしかない。
自分に言い聞かせると、机を動かすことを諦め、わたしはその場で席に着いた。
そうだ、これでいい。ドロップアウトするなら、他人を信じることもやめないといけない。大丈夫。ひとりだということ以外、他はいつもと変わらないのだから。
そう思っていたのに。
「じゃあ近くの子、入れてあげて」
いつも黙っているはずの担任の一言に、わたしは思わず顔を上げた。きっと今、目が点になっていることだろう。言葉の意味がわからず、ぽかんと呆けていると、さらに担任が続けた。
「辻と沢田のところだな。人数も少ないし」
年老いた教師の戯言かと思った。余計なことを。どうしてよりによって辻くんの班に入れさせてもらわなくてはいけないのだろう。
身体が硬直してぴくりとも動かない。斜め前の辻くんたちの班を見るのが怖かった。
わたしが黙って動かないでいるのを見かねてか、沢田くんとやらが口を開いた。
「でもここ男子だけですよ」
「なんだ、文句でもあるのか? 本来なら月島はお前らのところと班だろう。嫌なら全員元の班で食べてもらうぞ」
先生、それはわたしが嫌です。辻くんなんかと一緒に食べるくらいなら、ひとりで食べたほうが数倍心置きなく食べられます。そう言いたかったが、そんなこと口にできるはずもなく、ただ沢田くんたちに任せるしかなかった。お願いだからこのまま納得できる理由を付けて断ってほしい。
だけど意外なことに、「たしかに」と納得したように沢田くんは押し黙った。そしてこちらを振り返ると、本当に意外なことに笑って言った。
「月島さん、俺らでよかったらおいでよ」
「え?」
にわかに信じがたい彼の発言に、涙が出そうになった。どうしよう。正直、とても嬉しい。だけど――
「こっちがよくねえよ」
そう言って舌打ちをしたのは他でもない辻くんで、案の定こちらを睨んでいる。沢田くんの言葉には感動したし嬉しかったが、苛立ちを露わにしている辻くんを見ると、一瞬にして気持ちが沈んだ。