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それはある日の、晴れた昼下がりのことだった。机にお弁当を広げながら、わたしはふと箸を動かす手を止める。同時に一緒にご飯を食べていた友達の笑い声がどっと沸き起こった。
その喧騒に耳が痛くなるのを感じて、わたしは俯いた。
べつに今に始まったことじゃない。常々感じていたことだけれど、毎日毎日同じ日常を繰り返すだけの生活に、いい加減わたしはうんざりしていた。
受験が近いために繰り返されるテスト。塾へ通い詰める日々。受験勉強による寝不足で苛立つ友人に苛立つ自分。両親はたったひとりの娘を置いて、海外旅行へ出かける始末。
ストレスが頂点に達したとき、わたしは自分の為にある決断を下した。その決断は些細な好奇心からでもあった。
一体、わたしはどこまで墜ちることができるのだろう。のんびりして過ごすことはそんなに悪いことなのだろうか。そう思ったわたしは、中学三年という大事な時期に、受験をドロップアウトすることにしたのだ。
思い立ったらすぐ行動に移す。 さっそく、翌日からわたしはそれを実行することにした。
〝ドロップアウトをする〟というのは、思っていたよりも簡単なものだった。ただぼうっとしていればいいのだ。
「月島さん。聞いているの?」
国語の時間に、先生の朗読を聞くともなしに聞いていたわたしは、どうやらいつの間にか居眠りをしていたらしい。ベリーショートで天然パーマの女の先生が、顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
クラスの皆の視線が突き刺さるのがわかったけど、不思議とどうってことはなかった。いつものわたしなら赤面して俯いてしまったに違いない。居眠り常習犯が授業を聞かないのとは違って、普段はそういうことをしない者がすると、厳しく言及される。でもドロップアウトすると決めたのだから、今のわたしには真面目にする必要などないのだ。
わたしは顔を上げると、先生を睨むようにじっと見据えた。
先生はわたしの態度を反抗的な態度と見なしたらしかった。これでもかと眉を吊り上げて、瞳に怒りの炎をたぎらせている。
「居眠りなんて、月島さんにしては珍しいじゃないの」
「すみません、昨日寝るのが遅くて」
勉強していたんです、と付け足すが、もちろん嘘だ。昨日の夜、わたしは普通に寝ていた。
誰もが思いつくような言い訳だったけれど、それを聞いた先生は少しだけ表情を柔らかくして言った。
「そう。毎日頑張っているのね。でもそれはみんな同じことなのよ。テストの範囲にだって出るところなんだから、しっかり起きていなさい」
きっぱりとそう言うと、先生は朗読を続けた。
先生の視線がわたしから離れたのを確かめて、今度こそは寝ないようにと、シャープペンの芯を手に突き刺して弄ぶ。その瞬間、奥歯がギリッと鳴って、自分が小さく舌打ちをしたことに、やっとわたしは気が付いた。
ドロップアウトとはなかなか面倒なことだと、このときわたしは痛感したのだった。
いっそのこと学校を休んでしまおうかとも考えた。学校なんてどうでもいいと思っているなら、休んだって問題ないはずだ。しかし、そうするには勇気が足りなかった。この際、通信制でも定時制でもよかったが、まだ進学という道を完全に諦めることができなかったのだ。
甘いな、と自嘲する。だけどやめる気なんてさらさらない。これはわたしが一度決めたことなのだから。