表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

仕様確認の為の試作小説

作者: 庶民

 仄かな墨の香りが四畳半の部屋に漂っていた。

 言ってしまうなら、それは知識の香りだろうか。


 人物の手が部屋の中心に据えられた机へ伸び、原稿用紙に線を引く。感情を秘めた線はやがて文字となり、意味を帯び、一つの世界を築いていく。一枚の空白が世界に埋まると、その者は新たな空白に再び世界を書き入れていく。


 その筆致はお世辞にも美しいと呼べる物では無かった。校正に手間取ったのか、深い皺があるものも見受けられ、更には丸められて適当に捨て置かれたものもある。知性を感じさせる眼差しからは美を求めていない事が明らかであり、その性格が表れたかのように文章は素朴かつ平易。絢爛たる美辞麗句の類いは最低限の更に下と言える程に数少なく、真に世界と人物を書いているのみである。


 何故、そのように書くのか。問えば直ぐに返ってくる単純な質問では無かった。指先で玩ばれる鉛筆が沈黙の間を埋める。くるりと回して原稿用紙へ叩きつけるようにそれが置かれた時、此方は胃が竦む思いがした。

 

「書きたいから、書く」


 迷った末に選んだ答えの後、他の理由なんて思いつかない、と朗らかに付け加え、執筆に戻られる。文章を飾る事に意味は無いと殊勝にも語るのなら、此方は諫言の一つでも言えただろうか。しかし、美しく書くだけの力が無い者の言い訳ならばともかく、違うのだから、それは分からなかった。


 突然、筆の音が止む。


 美は魔物だ。求める者は囚われる。

 それが必ずしも悪いと言う訳ではないが、囚人に新しい風は中々吹かないのだよ。


 そう語る背中は、この狭い部屋ではなく、広大な草原の上にあるように見えた。


 風が吹き抜ける。

 言の葉が蒼天の下で、軽やかに舞った。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ