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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-11.失踪事件


 書類の整理が苦手という自覚はあった。


 ──だから、いつも夜になるまで仕事が終わらないのかねぇ?


 そう自分に問いかけるようにして脳裏で愚痴りながらも、重くなった肩を揉みながら首を右に左にと振ってみる。すると、それだけでポキポキと骨が嫌な音を立てていた。


 ──ああ、やだやだ。まだ若いってぇのに。……つーか、だいたいだな。書類仕事なんてのは、そもそもが文官の仕事であって、俺たちみたいな武官の仕事じゃねぇだろーが。こんなの、どっか暇してそーなヤツでも引っ張ってきて、ソイツにでもまとめてやらせとけよ。


 そう愚痴るようにハァ~と盛大に溜息をつきながら羽ペンをペン立てに投げ込んで。そのまま席を立つと、窓に近づいていって、そこを両手で押し開いていた。


「……もう真っ暗じゃねぇか」


 すでに夜はとっぷりと暮れてしまっているようで、夜空には月が輝いていた。


 ──へぇ。満月だったのか……。


 夜空を見上げると、そこには薄く赤い色に染まった真ん丸な月が見えていて。


 ──嫌な色、してやがる……。


 血の色にも思えてしまう赤みが混じった色は何処かで見覚えがある気もして。


 ──まるで、アイツの目みたいだ。


 そこまで考えたときに、ふと自分の中に湧き出してきた違和感に気が付いていた。


 ──ん? アイツの瞳って、こんな変な色だったっけか……?


 記憶の中に残っているのは、何故だか鮮烈に輝いて見える金色の瞳であって。今見ているような気持ち悪い赤みがかった金色などでは決してなかった。……そのはずだった。では、何故、赤みが差しているような黄色い色をした月を見上げながら、あの金色の瞳を連想してしまったのだろうか。その理由までは分からずとも、これだけは多分、間違いがないはずだった。


 ──それもこれも、アレもコレも、みぃんなアイツの気に入らねぇ目のせいだ!


 そんな八つ当たり先にされた瞳の周囲を彩っていたのは、青白いほどに白い肌であり、これまた気持ちが悪いほどに整っていた顔だった。

 それは幼いながらに奇妙な色気を漂わせる聖職者らしからぬ妖しい美貌とでもいうべき物であり、白い肌の中で奇妙に赤く、そして濡れているかのような色艶をした唇には、その毛が全くないはずの青年でさえ、幾度と無く尻のすわりが悪いといった類の居心地の悪さを感じてしまっていた、奇妙に視線が惹きつけられるのを幾度も自覚させられていた程だった。だからこそ、その口からは愚痴のようなものが漏れていたのかもしれない。

 今のように白服を着ていなかったなら、色んな意味で身の安全を心配されかねない、それこそ特殊事情犯扱いで独房でにも突っ込んでおくべき囚人であったのだ。

 青年が取り調べているのは、そんな特別扱いが必要だと納得出来る程に、マイナス方向の周囲への刺激と影響が大きいと判断されかねない容姿をした少年であり、それこそ自主的な自白を促すためにと、あえて今着ている白服を取り上げて、灰色の服でも着せて雑居房にぶちこむといった荒っぽい自白強要の手段も有りかな、等と考えしまうほどの面倒くさい事情を色々と抱え込んだ人物でもあったのだから。


 ──ま、そんな事やらかしたら首が飛ぶのはこっちの方だろうが。


 くれぐれも“妙な真似”はしてくれるなよ、と上司や、“上”の方の某やんごとない御方とやらからも太い釘を刺されているし、今朝などは名前を聞いただけで「なんでだよ!」と叫びたくなるような大物貴族からも『真っ当なやり方でのみ取り調べたまえ』と、やんわりと極太の杭を打ち込まれていたりするのだから、青年にしてみたら想定していた面倒臭さがいささか桁が違ってきているとしか言いようがなかったのかもしれない。

 それこそ、下手な真似をしたら、飛ぶ首は物理的な意味になりかねない程に……。


「タフな勝負(しごと)になりそーだこと」


 あ~、面倒くせぇ。やだやだといった口調だったが、その口元にはそれでも何処か挑戦的な笑みが張り付いていて。


 ──この程度じゃ、俺は絶対に負けねぇからな。このクソッタレどもが!


 ……といった気合が湧いてきているといった様子ではあったのかもしれない。だが、それ以上に、青年はクールだった。


「まずは、八ヶ月。この街で奴は八ヶ月を過ごした……」


 その間、奴は“普通”に働いていた。

 東から街道をやってきた商隊に雇われる形で便乗。そいつらと門の手前で分かれて街に入って、その日の内に冒険者として登録。夜になる前には東区のヘレネ教会に辿り着き、そこで翌日からは治療士として普通に働き始めている。……そこまでは確実に裏が取れていた。

 幸いというか何というか、街の中での出来事を追いかけるだけだったので、それくらいは簡単だったのだろう。差し入れられた調査資料にも、街での活動内容などに関しては、かなり詳しく記載がされていた。

 もっとも、クロスの場合には、その裏づけなどは他者よりも簡単だったという事情もあったのかも知れなかった。というのも、日常的に行き来していた範囲というか、生活範囲が恐ろしく狭かったのだ。

 基本的に日常的に寝起きしているのは治療院に併設された教会の宿舎であったし、週の半分は治療院で朝から夜まで延々と働いているだけだったし、それ以外の日も、半分くらいは教会で修士として静かに過ごしている事が多かった様だし、それ以外のたまの外出日も、ほとんどが副業の冒険者として仕事をしているだけといった有り様であって。

 最近こそ仕事絡みであちこちに出没していたようだったが、それ以前は「何と面白みのない生活をしているのか」と思わず口にしてしまうほどの枯れっぷりだったのだ。


 ──あれで俺と大差ない歳だってんだから恐れ入る。


 見た目は子供でも中身は自分とほぼ同じ年。そんな相手の日常生活が、まるで隠居老人のようだと感じられるほどに面白みに欠けているというのはどういうことなのだろうか、とも感じないでもなかったのだろうが……。だが、これはクロスに限った話でもなく、修士という己を常に律しなければならない生き方を選んだ者達には、ある程度は共通している特徴であるらしいと、今ではある程度は納得も出来てしまっていた。

 それというのも、クロスの同僚達(治療士ではなく、修士の方だ)も、似たより寄ったりの生真面目で実に面白みに欠けていると感じられる禁欲的な生活を送っているらしいことの裏がとれていたからだった。


 ──にして、アイツはいささか度が過ぎてるがな……。


 裏付け捜査の際に、クロスが日常生活を送っているらしい部屋を見せてもらったという部下の報告によると、部屋に私物らしい私物はほとんど置かれておらず、変わった物といえば女物の服一着と、使った形跡が殆ど無い化粧道具くらいのものだったそうだし、これも別の裏付け捜査の際に分かっていたのだが、冒険者として請けていた仕事が奇妙な条件付きのものであったから、それら妖しげな変装道具が必要になったらしい事も分かっていた。

 そういった意味でも、おおよそ“趣味”と呼べそうな物に関する品が、何一つ部屋に置かれていないといった有り様であったらしいのだ。


 ──修士というのはアレほどまでに禁欲的にならねばならんのでしょうか、か……。


 部下が口にした疑問は青年も同じように感じていた事だった。

 ……八ヶ月だ。あいつは八ヶ月もあの部屋で過ごしていたんだ。それなのに私物らしい私物が何一つ置かれていないというのは、余りにも変だ。……誰かが先回りして片付けたんじゃないのか?

 そう、いかにもありそうな可能性も当たってみたのだが、そんな当然の疑問への答えは「考えられない」というものだった。

 何故なら、その部屋の鍵は捕まった時に本人が持っていたし、部屋は施錠されたままであったし、予備の鍵に至っては、教会を預かっている司祭が一元管理していて安易に持ち出せないようになっていたそうだったし、司祭自身もクロスが捕まったという知らせを聞かされた時には、ひどく驚いていた様子を見せていたという。

 あの反応からして、予めクロスが捕まる事を想定していて、事前に部屋を片付けていたとは、とてもではないが思えない、と。そう部下は自分の考えを告げていたからだった。


 ──それなのに、まるで新品同様に整っていた、か……。


 その部屋で生活していた以上、そこには多少なりとも生活感というべきものが感じられなければおかしいはずなのだが……。その部屋はまるで使われた形跡がない、まるで新品同様の部屋のように見えたというのだ。それは、果たしてどういうことなのだろうか。


 ──アイツは、予め、あそこで捕まることを想定していたのか……?


 そんな疑問に即座に『ありえない』と否定を返す。捕まえた本人がクロスが想定外のタイミングで捕まったのであろう事を一番よく分かっていたからだ。だからこそ、その謎に答えなど浮かんでこなかった。それこそ、考えれば考える程に深みにはまりそうで、その部分の謎については、とりあえず棚上げしておくしかなかったのかも知れない。

 ……まあ、普通の方法で片付いた訳ではないので、この謎のトリックなど、誰にも分かるはずもないのだが……。

 例外的にクロス本人であれば、そんな疑問を投げかけられたなら『なるほど。変な部分で気を利かせてくれた様ですね』と、あえて『同居人が』の台詞を省いた謎を深めるだけでしかないコメントを口にしながら苦笑を浮かべていたのかもしれない。

 ついでに、もうちょっと具体的に。かつ種明かし的な意味もあわせて言ってしまうならば、我が子との愛の巣を他人の目に晒すのを嫌がった自称パパな魔族の青年による仕業であったのだが、そんな超自然的で奇っ怪極まる存在のしでかしたイタズラなど、一介の取調官に分かるはずもないのであろうし、そんなイタズラの際に、ベッドサイドの引き出しから、とある劇薬指定されている御禁制品な黒色魔薬(はっぱ)がどさくさ紛れに、跡形もなく消えてしまっている事など、尚更分かるはずもなかったのである。

 閑話休題。


「貧乏、ね……」


 そんな新品同様な部屋の謎こそ残ってしまってはいたものの、職場での裏付け捜査などでは、色々と得られた情報も多かった。

 なにやら教会内部の教区移動ペナルティとかいう奇妙なルールによって、クロスは相当額の借金を背負ってしまっていたらしい。そんな借金の返済ために日々の生活費が足りなくなって、色々と副業にも手を出していたらしいのだが……。

 そんな日々の生活費にすら困窮する有り様だったからこそ、部屋があれほどまでに殺風景だったのだろうか。聞くところによると、なにやら日々の仕事を頑張りすぎてフラフラになっていたり、たまに貧血を起こして倒れたりしていた時期もあったらしいのだが。

 ちなみに裏が取り切れていない未確認情報ではあったのだが、何やら街中で吐血して倒れたりしたこともあったとか、なかったとか……。


 ──魔人って連中は、やたらと体が丈夫だってのが通説らしいが……。アイツは特別に弱い方なのかね? それとも、体がガキの頃は、まだそうでもないってだけなのか……?


 まあ、何にせよ無理はさせないほうが良いのだろう。きっと。お互いのためにも。というか、主に自分の将来とか命とかのためにも。そう色々と配慮が必要とされるらしい部分に何度目かになるため息をつきながら、青年は視線を資料へと向けていた。


「……コイツの人脈は何なんだ……」


 改めて、たった数ヶ月の間に築かれたはずの人脈に困惑を浮かべてしまう。

 たった数ヶ月だ。それだけしか働いていないはずなのに、すでに司祭の右腕扱いされているだの、後継者と目されてる逸材だとか言われていたりする様だったし……。副業の方では、最近頻繁に指名依頼を入れていたらしい依頼主は西区の大物商人だったりするし、ランクは最低ラインのEなままなくせして、周囲を取り巻いてるのは化け物クラスの大物ばかりといった具合で……。元ナイツの黒騎士(アーノルド)が最初から教育係とか言いながらずっと側に張り付いて面倒を見ているみたいだし……。終いにゃ、あの“銀剣”の野郎を伝説の向こう側から引っ張ってきて担ぎ出しやがっただと……?


「……お前は一体、何者なんだ……」


 そう思わず口にしてしまうのも無理もなかったのだろう。

 本人はどこまでも無害、かつ無力な。それこそケガを治す術くらいしか能のない人畜無害で貧弱極まりない存在なくせして、その周囲を取り巻いている人物達が、あまりにも非常識かつ想定外なレベルの存在ばかりだったのだ。

 資料の上に名前が載っているだけでも、伝説の彼方に消えて行ったはずの剣士が二人に、西区では知らぬ者が居ないとされる大物商人が一人、関わり合いのレベルそのものは不明なれど、何らかの繋がりあると思われる“アンタッチャブル(さわるなきけん)”印な謎の主従に、こっちのほうは顔見知りなのは間違いがないらしい某西部の大商会と繋がりのある自称“勇者様”な青年など。

 その他にも資料に載っていない範囲まで話を広げてみれば、無数の世話になった大物冒険者達や治療師仲間、協会の同僚といった有象無双のあれこれやら、その向こう側に見え隠れしているのは何故か繋がりがあったらしい大物貴族らしき人物や、謎の貴族らしき人物。その他にも何故か教会組織の上層部などまで関与しているらしき影がチラホラと……。

 それこそ冗談としか思えない雲の上の世界の方々までもが、今回の事では何らかの反応を示しているらしいのだ。

 ……そんな連中が、よってたかって自分の邪魔をしてやろうとばかりにワラワラと集まってきては、余計真似をするなよと釘をさしていったり、大人しくしていろとばかりに忠告という名の脅しを入れて行ったり、アドバイスといった名の無条件降伏を勧告してきたりと、情け容赦無く入れ替わり立ち代り近寄ってきては、あっちこっちにクチバシを突っ込みまくってくるというのだから、笑うに笑えないという有り様だった。


 ──さっき懐かしい黒騎士(しりあい)が来た。


 脳裏に雑談のようにして聞かされた上司からの台詞が蘇る。今日の所は取調べ中だからといって面会を断っておいたが、と言葉を濁されていた事の意味は言うまでもなく「さっそく動き出したようだぞ」といった趣旨の忠告であり、いよいよ面倒事が大渦を巻きながら自分も闇の彼方に飲み込んでやろうと蠢動を始めたということなのかもしれない。


「まったく。……やってらんねぇぜ」


 そうボヤきながらも苦笑を浮かべて頭をかく青年の名はマークスといった。


 ◆◇◆◇◆


 部下が真面目に働いていると、上司はなかなか帰ることが出来ない。そうボヤく声が、たまたま部屋に入ってくる時に聞こえてしまっていたのかもしれない。その書類の束を抱えた青年は、机に書類を置きながら「大変ですね」と労いの声をかけてしまっていた。


「……仕方ない。アイツが珍しくやる気になってるんだ。……手が回らない部分だけでも、少しくらい手伝ってやらんと、後で恨まれるだろうからな」


 そう答えて欠伸を噛み殺しながら受け取った書類をめくる男に、その若い青年は不思議そうに尋ねていた。


「しかし、こんな古い資料、何に使うんでしょうね?」

「さぁな。だが、アイツいわく、全ては過去に繋がってるんだそうだ」


 確信はないが、おそらくは間違えていない。恐らくは十年くらい前に、東の果ての地で、何かしら大きな出来事があったはずで、その事件に付随する形で何か細かな事件が幾つも、立て続けに起きていたのではないか……。

 そう言葉こそ曖昧ではあったが、やけに確信をもった様子で口にしていたからこそ、頼まれた通りに、手の開いていた者達を総動員してまでして、大急ぎで過去の記録や履歴など、その他にも当時の事件記録などといった関連ありそうな物から、一見しただけでは何ら関係がなさそうな物に至るまで、ありとあらゆる資料を総ざらいさせてみたのだ。


「その結果が、コレか……」


 おおよそ十年くらい前という、ひどく曖昧な条件で。イーストレイクだけでなく、その近郊まで含めた比較的に広範囲のエリア内で。そこで起きたらしい、有象無象の事件や出来事、裏付けが完璧に取れて実際に捜査された記録が残っているような有名な出来事から、あまりにも情報が不確かだったせいで、単なるうわさ話程度の話として処理されてしまったような物に至るまで。あるいは、そこまでには至らなかったが、記録の上には念の為に程度の理由で書き残されていたような小さな出来事まで含める形で……。

 そんな曖昧かつ大雑把な抽出条件で調べさせた結果、出来上がったものは、まさに玉石混交を地で行くような代物で。そこには無数の事象と事件が、ものの見事に山積みされた状態で羅列されてしまっていたのだった。


「……流石に多いな」

「たんなるうわさ話レベルの物まで含めた、信ぴょう性の妖しい件まで含んでいますからね……。一応は、時系列順には並べておきましたが……」

「いや、結構。こういうのが欲しくて頼んだから、コレで正解だ。……ご苦労だったな」

「はっ」


 そう労いの言葉を受けて退室していく部下から視線を外して。


「……十年前、か……」


 ペラペラと分厚い報告書をめくる指は、いつしか半ばのあたりを開いたままになっていて。


「歴史の闇に葬り去られた深淵を覗きこむ覚悟があるだ等と粋がってみた所で……。そこに引きずり込まれる危険性にまで、お前は気がついているのか……?」


 そんな男の視線の先にある頁には、一夜にして数百人もの住人がこつ然と姿を消したまま帰ってこなくなったとされる『失踪事件』に関する内容が記されていたのだった。



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