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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-8.取調官は嗤う


 取り調べってやつのお約束では、最初に名乗らせる所から始めるものらしいぞ。

 そう言われたからでもないのだろうが、座れと指示された椅子に素直に腰かけたクロスは、向かい側に座って「名前は?」と聞いてきた青年に、短く自分の名前を答えていた。


「クロス、か……」


 普通なら、そこは軽く流されるのが常であったのだが、何故だか目の前の青年は、自分の前に座っている少年の名前が気になってしまっているらしかった。


「……私の名前に、何か?」

「いや、な? 確か、ヘレネ教に限らず、クロスってヤツは確か……。あぁ、そうそう。宗教関係の記号か何かを示す言葉じゃなかったか?」


 そうウロ覚えらしき知識を口にする相手にクロスも小さくうなづいて答えていた。


「教会のシンボルマークでもある十字記号の事ですね。今はどっちかというと医療施設を示す看板全般のシンボルマークとして使われているみたいですけど。……確か、教会なら白。治療院は赤。薬師院は青だったと記憶しています」


 そう思い出しながら答えたクロスに、目の前の青年もウンウンと納得した風に頷いて見せながら「そうかそうか」と答えていた。


「日頃、あまり意識してなかったせいか、改めて聞くと結構新鮮なモンだな」

「そうですか? ……まあ、そうなのかもしれないですね」


 目の前に居るのは国軍所属の騎士なのだから、そういった国軍関連施設のシンボルマークなどには詳しかったのだろうが、国軍や兵士達には専門の治療施設が詰め所の隣などに併設されていることが多かったせいもあってか、日頃、一般市民用の治療施設を利用することは稀だった。だからこそ、そういた宗教医療施設に関連するシンボルマークに関してうとかったのかもしれない。


「ところで、なんでクロスなんだ?」

「え?」

「いや、お前の名前だよ。なんで、クロスなんて変な名前、つけられたんだ?」

「……変ですか?」

「変だろう」


 そう断言してみせる青年は、当たり前じゃないかといった平然とした態度で答えていた。


「クロスって、ようは十字、縦線と横線が交差してる形を示す言葉なんだろ? 普通、そういう言葉を名前には使わないんじゃないか?」


 そう言いながら、指で机の上にスッスッと縦線と横線を交差する形で描いてみせる。


「なんで、そんなのを名前にしたんだ? 何か理由があったのか?」


 そんな質問にクロスは小さく笑って見せて。胸元をゴソゴソと探って小さな聖印を取り出して見せていた。


「これはうちの教会、ヘレネ教会の聖印ですが、こういう形をした物を私達は、総じて“十字印(クロス)”と呼ぶことが多いんです」

「ほー。……それで?」

「だから、多分、それが理由だったんじゃないかと……」


 自分は孤児院に捨てられていて、その時にコレを首にかけられていたらしいから。

 そんな昔話を聞いた青年は僅かに首を傾げると、眉をしかめて見せていた。


「孤児院? 何処のだ?」

「イーストレイクにある教会組合が経営している孤児院です」

「孤児院ね……。捨てられてたって言ってたが、それは教会の祭壇の所とかじゃなく?」

「はい。孤児院の玄関前だったと聞いています。夜の内に捨てられていて、朝方、院の職員の方が見つけてくれたそうです」

「ほ~う。それで?」

「孤児院に自力で育てることが出来なくなった子供が捨てられる事は多くはありませんが、全く無いという訳でもありませんから……」


 そう自分が捨てられた頃の状況を前置きに説明すると、先ほども言ったと思うが教会組織の経営している孤児院で、と話を続ける。


「そこの院長様は、ヘレネ教会の元司祭様だったんです」

「教会組織ってのは、いわゆる教会ギルドの事だよな。そこの経営してる施設で、院長は特定の教会出身の司祭か。……それって、本業とかの兼任だったのか?」

「いいえ。たまに手伝いなどの要請があったりして、古巣の教会や治療院に顔を出す事はあったみたいですが、基本的には第一線から身を引かれた方が、教会の管理者を引退された後の仕事として勤めてらしたようですので、副業などではなく、専任の方だったはずです。それに、寝泊まりを始めとして日常生活は基本、院の方で私達と共にされていましたし……」


 そんな穏やかに昔話をしている最中ではあったが、やっぱり青年は何処か不思議に感じていたのかもしれない。その首は「まあ、これでも飲むと良い」とばかりに手ずから用意してくれたぬるい水の入ったコップを目の前に置いた時でも、やっぱり傾いたままだった。


「司祭ってのは引退したら、孤児院の院長に収まるもんなのか?」

「他の所はどうかは知りませんが、私のいた院では、院長様はもっぱらヘレネ教会の司祭様でしたが……。他の院では、別の教会の司祭様だったのかもしれませんね」

「なるほどな。……引退するまで散々に人に尽くして、引退しても、今度は親の居ないガキどもにまで尽くさなきゃならんのか。……司祭ってのも楽じゃなさそうだな」

「そうですね」


 そんな素直過ぎる青年の感想に思わず苦笑を浮かべるクロスである。


「そういった意味じゃ、お前の所属してる教会の司祭みたいに、亜人にやらせるのは、そう悪いことでもないのかもしれんな」


 連中は長生きだし。エルフみたいに馬鹿げた長さの寿命がある連中にやらせとけば、引退とか考える必要は当分ないだろうからな……。そんな思いつきなのだろう言葉を口にする青年に、クロスは思わず苦笑混じりに答えてしまっていた。


「それだと孤児院の院長がいなくなりますよ?」

「あ~……。そっか。なら、そっちも亜人にだな……」

「最初の人が引退するまで何百年かかると思ってるんですか」

「ん~……。引退まで待つの、ダルいなぁ……。あっ」

「最初から年老いた亜人の方を任命するとか駄目ですからね? 一応、人生経験豊かで、運営を支えてくれている教会関係の仕事にも詳しく、そっち方面の人脈などにも優れた人を院長にってことで引退した司祭様にお願いしているんですから」


 そう言葉にする前にアイディアを潰された青年は、思わずウヘェと変な声を出してしまっただけでなく、メンドクセー規則だなーとばかりに舌を出してしまっていた。


「それに亜人の人は、大きな街だと司祭にはなれても管理者にはなれないことが多いみたいですし、そもそも、イーストレイクには亜人もほとんどいませんし……」

「そういうモンなのか?」

「そういう物らしいですよ。それに、多分ですけど、この街だって多かれ少なかれ、似たような感じなんだろうと思います。これだけ大勢亜人が居て、沢山の教会があっても、亜人が司祭をやっているのは東区のヘレネ教会だけだったはずですし……」


 こういった色々と外部の者に知られると眉をしかめられかねない様々な『不都合な真実』をオブラードに包んで話しているため、色んな意味で分かりにくいのであるが、そういった部分を取っ払って、はっきりと言葉を飾らずに言ってしまうと、司祭という役職や、その役職を経た後の勤め先などといった引退後に用意されている選択肢の数々は、教会組織における一種の利権構造そのものなのであり、そんな特別な立場をたった一人に何百年も独占されて居座られてしまうと色々と不都合が起きてしまうという事なのだ。

 だからこそ、そこには次から次へと人が入れ替わり立ち替わり就任していってくれたほうが有り難いのだし、それを務めた後に待っている受け入れ先にした所で、有能な人材を定期的に補充出来なければ都合が悪くなる部分も多々あったりするものなのだろう。

 だからという訳でもなかったのだろうが、暗黙の内に踏襲されてきた一種の“慣例”として、司祭職を得て教会を管理する立場に立つ者は基本的には人族ばかりが選ばれる傾向があり、その任期も、それほど長くはなかったりした。


「もっとも、最近は『亜人活用論』とかいう馬鹿なお題目を上の方で掲げてる連中も居たりなんかして、じわじわ亜人の聖職者も増えてきてるみたいだしな……。お前さんのトコみたいに、亜人を積極的に雇い入れてる教会とか治療院も増えてきてるみたいだから、そのうち司祭も修士もみんな亜人って感じの教会とか治療院も増えてくるんじゃないかと思うんだがな」


 特に小さな村とかへんぴな所ほど、次第に、そうなっていくだろうよ。

 そう比較的どうでもよさそうな口調で口にしながら、手元の調書にサラサラと流暢なメモ書きを書き残していく。


「っと、盛大に脱線してたな。話を元に戻すぞ」

「あ、はい」

「さっきの繰り返しになるんだが、なんで、お前はクロスなんて名付けられたんだ? いや、名付けの理由とかを聞きたいんじゃない。それをしたのは誰だってことだ。お前を拾ったとかいう孤児院の院長の仕業か?」

「はい。確か、院長様だったと記憶しています」


 正確には、院長が名付け親だったと、ある程度成長してから知った。……だな?

 そう丁寧に訂正されたクロスは僅かに苦笑しながら、大きくうなづいて見せていた。


「じゃあ、院長は、何故……」

「私にクロスという名をつけたのか、ですか?」

「ああ」

「さっきも言ったはずです。赤子の首に、コレがぶら下がっていたからですよ」


 首からぶら下がる聖印を示してみせる。その十字印にチラリと視線を向けながらも。


「ん~……。教会の関係者じゃないから聞いてみるんだが……。お前さんらみたいな修士って、確か、神様に祈る時、いつも胸元……。その首からぶら下げてる印をなぞるみたいな形に十字を切ってなかったか?」

「確かに、やりますね」


 それは、聖印を切る仕草であり、仕える神に祈りを捧げる略式の礼でもあったりした。それを切ることで神に祈りを捧げると同時に、神からの加護を得るのだ。

 そういった「己の神に祈る」といった意味を持つ仕草でもあるとされており、教会で祭壇を前にした時などは、跪いた姿勢になった上で、指で大きく十字を切った後、両方の手を組み合わせる形で己の神に一心不乱に祈りを捧げるといった本格的な形式になったりもした。

 ちなみに、こういった仕草に宗派による違いはほとんどなく、何処の教会にいっても同じように祈りを捧げる事になるのだ、などなど……。

 クロスは出来るだけ部外者である青年に分かりやすく説明していたのだが。


「なるほどね……」


 サラサラと。それを聞いた青年は調書にメモを取りながらも。やはり何処か納得出来ていなかったのかもしれない。


 ──クロスって言葉には、聖印とか聖なる仕草って言葉の意味があるらしい。となると、やっぱり名前として付けるには、ちょっと違和感があるなぁ……。


 果たして親に捨てられた様な赤子に、そんな名前をつけるものなのだろうか。しかも、クロスはただの捨て子などではなかった。見るからに魔族の血が濃そうな外見をした亜人であり、血統的に見てもただの捨て子だとは思えない血筋であるのは一目で分かるだろうレベルの魔人……。色々と背景や経緯などがきな臭そうな、明らかに訳ありであることが察せられる外見をした赤子を前にしてしまった時、そんな赤子に、自らの信じる神を象徴するような聖なるシンボルマークそのものを名前として付け物なのだろうか……?


 ──しかも、こいつが居たのは“あの”イーストレイクだぞ……?


 イーストレイクといえば、未だに亜人というだけで白眼視されて平然と侮蔑の言葉や罵倒の言葉が投げかけられるという、大陸で一番保守的で、未だに亜人差別が強烈に残ってる地方であり、つい最近になるまで、中央からの亜人活用論を始めとした必死の呼びかけなどによって亜人への差別意識がようやく……。若干ではあるにせよ、ようやく弱まってきてくれていたらしかったのだが……。


 ──外見に騙されるな。こいつがイーストレイクに居たのは、十年以上も前の話だ。


 その頃には亜人差別の意識は未だ高く……。というよりも、未だ苛烈なままであったはずなのだ。なぜなら、イーストレイクとは、亜人や魔族との戦争である人魔大戦が始まった場所であり、もっとも直近に亜人との小競り合いによる勢力争いが起きた場所でもあったために、亜人差別や弾圧が相当に苛烈な土地柄であったはずなのだ。


 ──だからこそ“ありえない”んだよなぁ……。


 そんな亜人に対する隔意や蔑視、憎悪などが渦巻いていた土地に捨てられた魔人の赤子に、クロスなどという聖なる記号や道具の名前が付けられなければならない“理由”が必要になるはずで。何よりも、クロスの口にした理由は、余りにも弱すぎた。


「ん~……。俺のとは、大分、違うなぁ……」


 いくら教会関係者がつけた名前とはいえ、なんか違和感があるんだよなぁ……。

 そうポツリと口にする青年にわずかに視線を向けながらも。それでもクロスは無言を貫いていた。そして、それをチラリと視線を向けて確かめたにも関わらず、青年は、それ以上は追求してこなかった。


「……」

「……」


 調書にメモを書く手を止めて。黙って相手を見つめて。そんな相手の視線を、こちらも黙ったまま受け止めて。双方とも無言のままに、ただ相手の出方を伺っている。

 そんな視線による我慢比べに早々に白旗を挙げたのは、やはりと言おうか何と言おうか、クロスの方だった。


「何がですか?」

「何が、とは?」

「何が、貴方のとは違うというのですか?」

「何が違うって、俺が言ってるのか……。気になるか?」

「……はい。気になります」


 何故、そこまで自分の名前を気にするのか。

 そう視線で問われている事は、青年にも分かっていたのだろう。だが、そんな疑問に、早々に答えを与えてやるようでは取調官は務まらないということなのかもしれない。


「お前の過去と自供が、どーも食い違ってる気がしてなぁ?」


 調書と自供の内容に差異がある。それはどちらに間違いなり、勘違いなり、虚偽などが含まれている事を意味していたのだろう。つまり、どちらが間違えている。あるいはクロスが嘘を付いているなどの理由が考えられたのだ。


「……ああ、それだけじゃなかったか」


 ペラペラと。目の前に置かれている手製の本を。厚紙と布紐で簡易的に綴られている調査資料らしき紙束の本を。そのけっこうな厚みのある資料本をペラペラとめくりながら。


「お前が、あえて黙ってるって可能性もあったな」


 その言葉と、ペラペラという紙がめくられる音はやけに耳につく音で。


「ま、そのへんはおいおい確かめていくとして、だ」


 そう前置きをしながら。


「一つだけ、教えといてやる。この本な。お前の“過去”を調べたもの、らしいぜ?」


 そんな言葉に、ただクロスは顔色を青白くさせていくだけだった。



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