4-33.鎖で縛られた者達
他に何か聞きたいことは? そう尋ねられた女は少しだけ考える素振りを見せたが、無知が故に目の前に突きつけられる結果となった、ある種の常識にして冷たすぎる現実とでもいうべきものに打ちのめされてしまっていたのかもしれない。その問いに、ただ力なく首を横に振るだけだった。
「なら、そろそろ、コイツはお役御免じゃろう」
「……はい。以上で、聴取を終了します。ご協力、ありがとうございました」
自らの意思で口にした終了の合図によるものか、それまで互いの手首で戒めの存在をアピールし続けていた黒い茨のタトゥーがズルリと肌の上を這いずるようにして滑り落ちると、空中で厚みのない茨の文様から、元の細い黒鉄の細鎖に戻っていた。
それが床に当たった衝撃で粉々の粉末状に砕け散り、後には粉状の粉末すら残さなかった所を見るに、どうやらある種の呪いだとも陰口を叩かれる事のあるエレナの茨と呼ばれていた神の力とやらによって、黒鉄の鎖そのものが触媒として喰い尽くされたのかもしれない……。
そんな風にすら感じてしまうのは、その呪法の節々に余りにも背徳的な禍々しさが溢れている“何か”を感じさせられてしまうからなのだろう。誓約の神の茨からようやく解き放たれた己の手首を撫でさすりながらヤレヤレじゃわいと椅子に腰を落としてタメ息をついていたエドに、エレノアは小さな声で尋ねていた。
「……最後に一つだけ。もう一つだけ、聞き忘れていたことがありました」
「なんだね」
「あの子への魔薬の処方量が増えていっているのは、痛みが段々と強くなるのに合わせて、薬師殿が処方量を増やしていったから、という認識で良かったのでしょうか」
そう尋ねられた老人はわずかに眉をしかめると、首を振っていた。……横に。
「……いや。その認識は正しくない。途中までは、確かにお前さんの言う通り、次第に強まっていく痛みに耐える為に、薬による鎮痛作用を引き上げていく必要があった。そのために、処方量を増やしていって、摂取回数も倍近くに増やすようには指導しておったがの」
そうタメ息混じりに口にすると「だが」と言葉を続けていた。
「それだけとも言い切れん。今の摂取量の多さを、より正確に表現するなら……。あの消費量は、いささか過剰摂取状態だ。では、なぜ過剰摂取状態になっているのか。その問いに答える言葉は、例によってひとつだけじゃ」
それだけの量が必要になったから。互いの口から、同じ言葉が発せられる。
「相当に強い中毒症状と質の悪い依存性を併せ持つ薬だ。そんなものを日常的に摂取しておれば、たとえもう必要なくなるような日が来たとしても……。服用をやめること自体が出来なくなる。あの子はどのみち、病が癒えようが癒えまいが、あの闇色の薬によって命を喰い尽くされる運命にあるのだ。……たとえ、あの子が患っているのが、決して自然治癒することがない上に生半可な方法では救う事も出来ぬ死病であったとしても、この罪は決して許される物ではないじゃろう。そして、そんな酷い結末しかない運命を押し付けたのは、紛れも無く、このワシなんじゃ」
これで本当にあの子を救っている事になっているのか……。少なくとも本人と父親、そんな二人にとっては家族同然だろう商会の従業員たち。それら関係者全員から笑顔と供に礼を言われ、心から感謝され、信頼もされ、尊敬を込めて先生とさえ呼ばれていようとも。それでも老人は己の掌をじっと見てしまうものなのかもしれない。
──この手は、本当にあの子を救っておるんじゃろうか……。
あるいは、そんな葛藤が常に頭の何処かで自分を苛んでくるからこそ、あの少年に決して漏らしてはならない患者の秘密の一端を教えてしまったのであろうか。あの子にアレだけなつかれているらしいあ奴なら、あるいは本質的な意味で、あの子を救える日が来るのではないか。そう思ったからこそ……。
「つまり、あの子は、重度の薬物中毒状態でもある、と……?」
「痛みを放置すれば、それがあの子の体力と生きていくための力を奪ってしまう。かといって痛みを無くすために薬を摂取させれば、必然として薬の中毒症状に陥ってしまう。……どのみち、同じ結末しか待っていないということだ。違うのは、そこまでに至る時間の長さを無理やり引き伸ばしてるって事と……。その時間を、少しだけマシな内容にしてやれてるって事だけなのかもしれん」
体を苛む激痛が主な原因でロクに眠ったり食事をとったりすることも出来ずに、少女の母親の体が長く保たなかった事を考えても、薬によって痛みを感じなくさせたことには一定以上の延命効果があったのは間違いはなかったのであろう。だが、強すぎる薬には常に副作用という名の諸刃の刃が付いている物なのかもしれない。
今度は、長らく摂取し続ける事になった鎮痛薬の副作用によって、次第に体力が奪われていっただけでなく、様々な感覚を失っていくことによって肉体の歯車がボロボロになるまで壊されてしまった上に、心の方の歯車まで目に見えるレベルでおかしくされてしまっていた。
そしてついには薬の副作用が少女に残された最後の一欠片、弱々しい炎を揺らめかせている命のロウソクまでも削り切ろうとしている瞬間が……。衰弱死という名の結末が、すぐ目の前にまで迫っているようにも感じられていたのかもしれない。
「あの薬はな。元々、強い依存性と中毒性があることで知られておる。……その強すぎる効果によって、体だけでない、頭の方までおかしくしてしまうのだ。……あの子には、もう恐らくは、痛覚というものは残ってはおらんだろうに。それなのに……。今でも、時々、胸に激痛を感じる症状があるらしい。……本人は発作だと表現しておったがの。……ただ、それは薬を飲むだけで、すぐに収まってしまうらしいんじゃがな……」
それは誰に聞かせる訳でもなく。しかし、聞く者にどこか背筋を冷たく感じさせる何か暗い情念のような感情を滲ませる“ひとりごと”だった。
「おそらくは、幻痛、なんじゃろうな……。本当に痛い訳ではなく。ただ単に、そう感じている気がしているだけ。……体でなく、心が痛いと感じて、悲鳴を上げてるだけなのだろう……。あるいは、死への恐怖が、アレを引き起こしているのかもしれん」
コンコンとパイプを叩いて葉の燃えかすを灰皿に落とすと、ギュッギュッギュッと乱暴に葉っぱを詰めて。手早く火をつけると、胸一杯に煙を吸い込んで、ハァ~と盛大に吐き出して見せていた。
「……爺さん。その考えに根拠はあるのか?」
「あるとも。……本当に痛みが襲ってくるのだとすると、恐らくは胸だけでは済まんだろう。あの子の病巣は、既に全身に広がっておるんだ。本当に痛みを感じるのだとすると、それこそ体のあちこちから、色んな激痛をフルコースで味わう事になるはずだ」
それに、と。忌々しげな笑みを浮かべながら言葉を続けてみせる。
「思い出してみて欲しいんじゃがの。……元々、魔薬などという厄介な代物を持ち出す原因になったのは何でじゃった? 普通の鎮痛薬では痛みを抑えきれなくなったからこそ、魔薬などというロクでもない代物に頼る羽目になっておるんじゃぞ? それならば、少し考えてみればお前さんらにも分かるじゃろう。魔薬でさえ抑えきれん痛みを感じるようになったら、他にどんな手段がある? そんなどうしようもない状態を、今更魔薬程度の効き目しかない鎮痛薬でどうにか出来るはずもないじゃろ……」
つまり、その発作とやらで感じている痛みは現実の肉体から感じている痛みではない、ということになる。逆説的には、現実の痛みではなく、心因性による幻痛の類であるという証明にもなっていたのかもしれない。
「でもよ。……あのお嬢ちゃんの最初の発症部って、確か胸部だったんだろ? だったら、そこが一番悪化してるはずだ。……それが原因で、そこだけ特別に強く痛んでるって可能性もあるんじゃないか?」
「その可能性もゼロではないのだろうがのぅ……。だが、その痛みを効かなくなっているはずの魔薬で抑え込めている時点で、その痛みは現実に感じているものではないという可能性の方が高いだろうよ」
だからこそ、どうにも出来ぬと手をこまねいているという現実もあるのだろう。
「……それくらい、あの子の病状は酷いんじゃ。発症そのものが今よりもまだ若かった頃だった事もあって、特別に病の進行が早かった事もある。……もっとも、今や病だけでなく、薬の副作用のせいもあって体はボロボロ、見た目は若そうに見えても、中身の方は老婆と大差ないといった具合なせいか、ようやく病の進行の方も緩やかになってきてくれたようじゃがの」
そう、何ら救いにも気休めにもならない言葉を口にする。
「痛み。特に、この幻痛というヤツは特別に厄介な代物でな。本物の痛みに怯えて、その痛みを。本当は感じていないはずの痛みを感じてみたり、今回のような本質的な恐怖、死に対する恐れ……。無意識の恐怖が痛みという形で表面に吹き出す形をとってみたり、な。……そんなよく分からない“痛みらしき物”を抑え込むために、この手の薬を服用しておる患者は、次第に摂取量を増えやしていってしまうものなのかもしれん」
あの子もそうじゃ。あの子は年の割には特別性根が座った強い子だったが、それでもゆっくりと己の方へと背後から忍び寄ってくる『死』という名の絶対的な恐怖からは、本当の意味で逃げ切る事は出来んかった。……そして、ついに追いつかれ、背後から絡みつかれた。そんな死神の恐怖に、本質的な部分で打ち勝つ事など出来なかったのだろう……。
そう口にする老人がカルテから引っ張りだした数枚の表を斜め読みしただけでも、その傾向は明らかだった。初期の頃に比べるて明らかに最近は魔薬の処方量が目に見えて増えてきていたのだ。それは処方量に比例して摂取回数が増えているという意味でもあったのだろう。
その傾向は、痛みを本格的に感じられなくなって、体のあちこちに不調の兆しなどが見え隠れするようになった頃からの変化に特に顕著に現われていた。
「お前さんが処方量の増大をやけに気にしていたのと同じようにワシも同じ疑問を感じていた。だから、ワシはあの子を診察しながら聞いてみたのだ。……ワシが処方してやった薬を、何故、こんなのに早く飲みきってしまったのか、とな」
その質問の裏には、まさか横流しなどはしていないだろうが、万が一にでも、別の似たような境遇にあって、より貧しい者へ譲った等の理由であれば、色々と老人の側にも責任問題が発生しかねないからだった。だが、その問いへの答えは、ひどくあっさりしたものだった。
「胸が痛かったから。それがあの子の答えじゃった」
薬の過剰摂取による精神的な高揚作用によるものなのだろう、奇妙にニコニコと上機嫌で微笑みながら、少女は隠すことなく、そう口にしていた。
時々、何故か、急に胸が痛くなるから。その痛みがどんどん強くなっていくように感じられてしまうから。痛みのせいで泣いちゃうから。……痛い、痛い、助けてって情けない姿を見せたくなかったから……。だから、その痛みを抑え込むために薬を余計に飲んだ。そうしたら、すーっと楽になっていったから。だから、薬を決められたタイミング以外でも飲んでしまった。ゴメンナサイ。……ゴメンナサイついでに、薬の量、もうちょっと増やして貰うこと出来ないかなぁ……?
そんな老人を呆れさせるような台詞の混ざった少女の言葉を、最初はそんな事もあるのかもしれんな程度に甘く考えてしまっていた老人であったのだが、その発作とやらの頻度は次第に増していくことになり……。
「もはや、あの子は、傍目に見ても誤魔化しようもないレベルの……。重度の魔薬中毒者じゃ。……だが、それでも良いのもしれん、とワシは最近、感じておるのじゃ」
どれだけ言葉を飾ったとしても、もはや魔薬なしでは生きていけないのだし、痛みからは決して逃れる事は出来ない体になってしまっているのだ。だったら薬に頼ってでも痛みを抑え込む事は決して、間違ってはいないはずなのだ。そんな生きていく上で最低限必要なものによって、重度の中毒状態に陥ってしまったというのなら、それならそれで『仕方ない』と割り切るべきなのかもしれない、と。そう老人は言い切ってしまっていた。
「そもそも、体の痛みを抑えるために魔薬を処方することが許されているのだぞ? では、何故、心の痛みを……。幻痛を抑え込むために魔薬を処方してはならんのだ。どっちとも、同じく“痛み”という症状じゃろうに。ましてや、幻痛の原因になっているのは体の病、そこから連想されたのだろう痛みなんじゃ。それを抑え込むのに魔薬を使ってはならんとは……。それは少々、理屈に合わんとは思わんか?」
その何処か捻くれている言葉には、どうしてもうなづくことが出来なかったのだろう。女はひきつった顔で答えていた。
「……それは仕方ないとか、理屈に合わないとかでは済まされないと思うのですが」
「普通なら、そう思うのじゃろうな。だが、あの子にとっては、こうなることも必要だったんじゃ……。あるいは、こうなることを内心で望んでいたのかもしれん」
そんな何処かやり切れなさの漂う言葉を口にする老人の心には、何処かで隙間っ風が吹いていたのかもしれない。
「……どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。……あの子が恐怖に心を折られたのは間違いなかろう。……いや、自らにジワジワと時間をかけてにじり寄って来るような、そんな『死』の恐怖に耐えられる人間など居るはずがないのだ。だったら、それは必然であり、当然でもあったのだろう。……そんな無意識のうちに折れてしまっていた心は、次の段階に進むのではないか、とな。……そう、思えてしまうんじゃよ」
これはワシの経験上の想像だが、と前置きしながら。
「今、自分を苛んでいる恐怖の正体は何なのか。そう考えてしまったなら……。あの年の割には奇妙に敏い部分のある子が、その事に気がついてしまったなら、とな……」
やるせないタメ息をつきながら。
「自分を苛む恐怖の正体。そんなの、病気に決まっています」
「そうかの。……若いの。お前はどうだ」
そう尋ねられたアーノルドはボリボリと頭をかきながら答える。
「生きてること。……生きてるから、死ぬのが怖い、だろ?」
「正解じゃ。……よく分かったな」
「まあ、無駄に年食ってるせいもあって、それなりに修羅場ってヤツをくぐってるからなぁ。……窒息死が良いか、生きたまま食われるのかマシか、はたまた自分の剣を口に突っ込むのがマシか……。どんな死に方がマシかなぁとか考えちまうような嫌ぁなシチュエーションに何回も放り込まれたらさ……。その程度のことなら、嫌でも悟っちまうもんなのさ。……ああ、生きてる事が怖い。死んでさえいれば、こうやって死ぬことを怖がらなくても済むのに、とかな。……そんな馬鹿なことを戦ってる最中に口走っては、横のヤツに剣の鞘で兜の上から引っ叩かれてたり、とかさ」
そんな男の『いやぁ、あの頃は楽しかったねぇ』というボヤキ声に苦笑を浮かべながらも。
「話が少々脱線したが、つまりは、今、若いのの言った通りだ。死ぬことが怖すぎて、なぜこんなに怖いのか、それは自分が生きている事が原因だ、とな。そんな変な境地に辿り着いてしまうんだろう。そうなると、そこから脱出する方法を考えてしまうのは仕方ない事なのだろう。……結果、どうすれば死を早められるか、そればっかり考えてしまうものなのだろう。……自分が死にさえすれば色々な問題が全て解決するだろうということも、きっと理解してしまっているのかもしれん」
あの子は賢いからな。……無駄に。悲しいほどに。そして、優しい故に。だからこそ、自らの意思による自死を選ぶことが出来ずにいる。……父や家族同然の従業員達に、それだけは選ばないでくれと懇願されているが故に……。だからこそ、あの子はどれだけ辛い状態に陥っても……。自分が死ねば色々な人が苦しみから開放される。恐らくは、それが分かっていながらも。すでに自分でも生きているのか死んでるのかすら分からないような状態になっていたとしても。それでも、なお、必死に生きねばならないのだ。燃えカス同然の生にしがみつき、少しでも長くと足掻きながら。どんなに無様な姿を晒してでも、生き続けなければならないのだ。
──何故なら……。
自分に死という“終わり”すらも選ぶことを許してはくれないから。酷く残酷で溢れんばかりの愛情に溢れた、とても大事で大きな恩を感じている人達が、自分が生き続ける事を望んでくれているから。今、この瞬間も、必死になって残された時間を引き延ばすための薬代を稼いでくれているから。……それが出来てしまっているから。
「……延命を諦める口実すらも、あの子は既に奪われてしまっているのだ」
それがどれだけ患者本人を苦しめているのか、それをうすうすは周囲の大人たちも分かっていたのだろうが……。
「何故……」
頭に何度も繰り返された言葉が蘇る。それが出来るから。出来てしまったから。……つまりは、そういうことだったのだろう。そのあまりに壮絶で悲壮な現実を思い知らされ、絶句してしまった後に。ようやく絞り出せた声に、老人は嫌な笑みでもって答える。
「……何故だと? 先程も言ったではないか。これこそが最も尊い“愛”という物なのだと。これこそが我々が最も尊いものの一つとしておる家族の“情”なのだと、な。……悪意など、この愛に比べればどれ程に生易しい代物か。……お前さんも覚えておくと良い。これはな、もはや理屈ではないのだ。どれだけ我が子が苦しんでていても。それでも親は望んでしまうのものなのだ。……死ななでくれ、と。自分を一人にしないでくれ、と。妻のように、自分を置いて行かないでくれ、とな……」
そして、そんな声なき叫び声が聞こえてしまうからこそ、少女も答えるのだ。微笑みながら「ありがとう」と。そして「迷惑かけてゴメンネ」と。あるいは「私、頑張るからね」と。……その余りに壮絶で醜悪な鎖の名は愛情といった。
「……生き地獄だな」
その男の声が、あるいは愛しているがゆえに互いを縛り付け、苦しめざる得ない。そんな煉獄の正体を相応しい言葉で表現出来ていたのかもしれない。
「まあ、気持ちは分からんでもない。目の前で子供が死んでいこうとしているのだ。それを見せられ続けて冷静なままで居られる親など居るはずもない。子も緩慢な死が目の前に迫っておるんだぞ? 冷静で居られるはずがあるまい? ……だから、ワシら薬師は、患者本人や家族の者達が未だ冷静な判断力を残しているだろう、ごく初期の状態で尋ねなければならないんじゃ。本当に、延命治療を望むか、とな。そして、無駄になるかもしれんと分かっていながらも教えておかなねばならんのさ。……望めば自死も選べるぞ、とな」
そんなエドの思惑も虚しく、こんな結果になってしまっていた。こうなった以上は……。
「そんなあの子に残された手段は一つ。……自然死までの時間を短縮する位しかなかったんじゃろう。つまりは、自然死に自分の体を追い込むしかない。もっと具体的に言えば、半ば無意識の行動による薬の過剰摂取という行動の理由そのものだ。……死を恐れるからこそ、無意識の内に死のうとしてしまうし……。頭の方も、生きてるだけで幸せってな状態にしてしまいたかったのだろう」
あるいは、それすらも『最後の救い』と呼ぶべきなのかもしれない、と。そう老人は漏らしていた。
「……自然死までの時間を早めたい。その恐怖に打ち勝てるように、頭をひたすら薬漬けにしておかしくしてしまいたい。……そんな最後の手段に出た患者をどうにかするなど……」
ふるふると首を横に振りながら。
「そんな残酷な真似、ワシには出来んよ」
それが老薬師の選んだ答えだった。