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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
83/114

4-31.冷たかった現実

これまで交互に場面切り替えしてきましたが最後のほうは切り替えなしで。

次の話はジェシカサイドオンリーになります。


 子供には劇薬を処方してまで苦痛を和らげる処置を施したのに、なぜ親には同様の処置をとらなかったのか。その事を尋ねられた老人はわずかな沈黙を挟んだ後にようやく口を開くと、忌々しげな口調で答えていた。


「最初から言っておったはずじゃ。……それが出来たから、そうしたのだ、と。……少し考えてみればお前さんにも分かるはずだ。この場合は、その逆という意味なんじゃからな」


 出来たから『やった』。出来なかったから『やらなかった』。単純な対比表現として考えてみたならば、つまりはそういうことなのだろう。そして、先ほど老人は『患者本人から断られたから処置しなかった』とも口にしていた。つまり、患者から断られたから、この場合には処置しなかった。それを出来るのにやらなかった、ということなのだろう。そこまで考えた時、エレノアは何やら強い違和感を感じてしまっていた。

 我が子が痛みに苦しんでいる姿を見たくない。

 そんな親としては当然とも思える強い想いから我が子への処置を依頼した。そんなクランクが自らの妻への処置をためらったりするのだろうか。ましてや、本人が断ったとはいえ、それに納得して受け入れるものなのだろうか……。


 ──それを出来るタイプの人ではなさそうですし……。


 フム、と考えてみた後に「おそらくは無理だろう」と。そう結論付ける。商売上で敵対した相手であれば情け容赦なく叩き潰そうとする激しい気性を秘めた人物であると同時に、身内と認めた相手には相当に甘い面が垣間見えるような、そんな奇妙な二面性のある人物であり、特に妻子には、そういった甘い部分が大きくなる傾向があると。これまでの捜査資料などから、そのことが読み取れていたからだ。

 だからこそ、親と同じ病を患った我が子に、凄まじく経済的な負担が大きいはずなのに魔薬の処方すらも望んだということなのだろうから……。そう考えた時『もしかして……』と、理由らしきものにも思い至ったのだろう。

 女はようやくうつむいて考え込んでいた視線を老人の方へと戻すことが出来ていた。


「経済的負担の大きさが、断った理由だったのですか」

「まあ、そういうことだ……」


 黒色魔薬は本来は持っていただけで死刑となりかねない御禁制の品であり、元々は何処に行っても禁忌扱いされるだろう類の薬品であったのだ。だからこそ、中央区に住むような王侯貴族や豪商達、一部の特権階級者達といったいわゆる富豪層と呼ばれている者達の死病に伴う激しい苦痛などを和らげる事を主な目的として、あえて根絶やしにせずに意図的に残されているという曰くつきの品であり、必要悪として存続を許されてきた技術でもあったのだ。

 故に、必要以上に厳格に管理面では手間暇をかけてやりとりされていたし、原料も必要最低限にしか栽培しておらず、それらから精製される薬品は更に少なかった。

 そういった事情のため、最初から値段や採算性など完全に度外視されている側面があり、そこにコスト意識などあろうはずもなかったのだ。


「そう。つまる所、全てのケースにおいて、本質的な問題点は、全てそこに集約するのじゃ。……この国において、魔薬は値段が高い。べらぼうなほどに……。それこそ、下級貴族や成金商人程度の資金力では膨大な費用に耐え切れぬ程に……。正規、非正規問わずに、な」


 だからこそ死病を患った患者に対して告知を行い、末期治療の希望を確認する際に、自らの意思で死を選ぶ事も許されており、それを薬師が手助けすることにもなっている事を説明するのが、魔薬の処方資格を持つ薬師の義務として定められていたのだろう。


「死病を癒やす手段がない以上、死病を患った患者は魔薬に頼らざる得なくなる。だが、経済的な理由から、誰もが死ぬまで魔薬を買い続けられる訳でもない。……結果として、常識的な値段で買える鎮痛薬に頼れなくなった時、死を選ぶことしか出来なくなる者も多い」


 だからこそ、あの人は、ワシの申し出を断って、自らの意思で茨の道を歩んだ。そう遠くを見るようにして口にする老人の胸に去来しているのは、どのような感情だったのであろうか。そこには、何処か諦めのようなものが漂っていた。


「あの人が死病を患っているという事が分かったのは、未だ子供が幼かった頃の事でな。忘れもせん。あの人は、その席に座って、我が子を膝に抱いてな。……ワシに、こう尋ねたのだ。自分は、あと、どれだけ生きることが出来ますか? この子が親を必要としなくなる歳まで生きる事が出来るでしょうか? とな……」


 あの時の何かに納得しているような、それでいて何処か理不尽な結末に怒りを抱いているような。我が身と一家に襲いかかった悲運という名の運命と、この結末を。それら全てを腹の底から恨んでいるのだろう、そんなぶつける先のない怒りを必死に飲み込んでいるような辛そうな目をして微笑んでいた、と。そう老人は思い出すようにして口にしていた。


「思えば、アレがワシが初めて普通に死病を告知したケースであったの……」


 運が良いというべきなのか、悪いというべきなのか。老人は、この歳になるまで長らく『普通に死病を告知する』という経験をして来ていなかった。無論、それまでに観て来た患者の中には死病を患っていた者が居なかったわけではない。だが、自分のところに担ぎ込まれてきた段階で、すでに死にかけた人間ばかりであり、そういった助からない相手を前に「もうお前は助からん。そういう病にかかっておるのだ。……もう手の施しようがないのだ」程度の台詞でどうしようもないから諦めてくれと、役に立てないことを謝った事はあっても、この時のような『一見しただけでは未だほぼ健康体でありながら、その実、中身の方は治療不能な状態』といった厄介極まりない患者を前にしたことは初めてであったのだ。


「ワシが、死病について一通り説明を終えた時、あの人は今後の事については、少しだけ考えさせてくれと口にした。……その時のワシは、きっと家族と……。主人であるクランクと話し合って決めるのだろうと考えていたのじゃが……」


 実際には、クランクは妻が動けなくなるまで事実を知ることはなかった。つまり、その時に夫に相談はせずに一人で考えてどうするのが一番良いかを決めたということになる。


「きっと自分の病のことが夫にバレると事業の足かせになるとでも考えたのだろうな」


 その頃、クランク商会は王都で海千山千、有象無象の商売敵の群れを相手に伸るか反るかの大博打の日々であり、どうにかこうにか事業の方も軌道に乗りつつあるような、いわゆる成功と失敗の瀬戸際といった状態にあり、少しでも気を許せば足元をすくわれて事業失敗の崖に転落するといったきわどい状態でもあったのだろう。だからこそ、一枚の銅貨はおろか、鉄貨すらも無駄に出来ないといったギリギリの有り様であり、そんな日々の綱渡り状態をようやく脱しつつあるという、いよいよ開花期を迎えようとしていた商会に、自分の治療費など負担させたくなかったのだろう。


「あの人は、結局、自分の末期医療よりも夫の事業成功の方を選んだ。……どうせ助からない自分のために使う分には所詮は自己満足にしかならない。そんな下らない事でお金を無駄にすよりも、自分の事業と、我が子の未来のために使って欲しい、と言ってな」


 どれだけ痛みが和らげられても、諸悪の根源である我が身を蝕む病を……。死病そのものは誰にもどうも出来ないのだ。鎮痛用の魔薬に大枚をはたいて苦しみを和らげてみても、そう遠くない内に死ぬ事になるという結果が変わらないのであれば、それまでの時間を苦痛にまみれて過ごすか、痛みを感じずに過ごすか程度の差しかないのだ、と。そう冷静な状態で判断したのだろう。だからこそ、この大事な時期に、こんな無駄なことに大事なお金を使わないで欲しかったし、それを使わせないと決意もしたのだろう、と。そう見て取れた。


「ワシは、その申し出を受けた。……病の進行を遅らせる類の治療は可能な限り行う。ただし、常識的な費用の範囲内で、という条件でな。鎮痛薬についても同様じゃ。常識的な費用の範囲内で処方可能な痛み止めにとどめて、最後まで魔薬には頼らない。そして、以上のことを患者本人の許可が出るまで家族にも黙っていること……。これらを全て書面に起こして同意書として取り付けた」


 そこから先は周囲の者達も少なからず知っている通りだった。

 もともとさほど丈夫な方でもなかったという女の体は、みるみるうちに病魔に食い荒らされていき、やせ衰えていった。そして、予測されていた通り、次第に激しくなっていく痛みに苦しみながら、苦痛にまみれた余生を自宅で過ごすことになった。

 そんな妻の姿を見ていられないと早々に音を上げたクランクであったが、本人の希望によって膨大な費用が必要になる魔薬を処方するといった末期治療は行わない約束になっていると署名付きの同意書を片手に老人から告げられると、すでに自分に出来る事は何もなくなっており、唯一の取り柄であったはずの金稼ぎの才能を生かした治療費の調達という行為でさえも、妻によって先手を打たれて禁じられているという事実によって、そのことを嫌でも気がつかされてしまったのかもしれない。そして、そんな妻が自分に本当の意味で望んでいる物が何だったのかという事も……。

 そんな、ただ自らの伴侶が苦しみながら死んでいく事を見続ける事だけを強要された男は、目の前に広がっている現実の冷たさと辛さに耐え切れなかったのかもしれない。

 まるで妻の死という未来に背を向けるようにして、それまで以上に仕事に打ち込み、ただがむしゃらになって売上の数字を無駄に増やし続けていく事しか出来なかった。だが、それは死にゆく者の望みそのものでもあったのだ。

 枕元に座って、やせ衰えて骨と皮になった手を握られながら、我が子が怒りながら口にする父親への文句を笑っていさめる事しか出来なかった。

 これでいいのだ、と。そうして欲しかったのだから、これでいいのだ、と。そう口にする時のどこか寂しがっているような表情や言葉の端々ににじみ出てしまう寂しさのニュアンスにも気が付けないままに、ただ体をえぐられるような痛みに耐えている事しかできなかったのかもしれない。


 ──そして、運命の日はやってくる。


「……あの日の事は、忘れられんよ」


 夕日に包まれた部屋で一人、いつものようにパイプを吹かしながら、カルテに補記などを行いながら穏やかな時間を過ごしていた老人は、おもむろに手元の懐中時計を見て。そろそろか、などと考えていた。そして、のんびりとした動きで立ち上がると、手にぶら下げた本日終業の札を玄関にかけていたのだが……。


『先生』


 そんな老人の背後から、少女の声が聞こえていた。背後に夕日を背負った少女は、わずかに俯いた姿勢のまま、老人から少しだけ距離をとって、立ち尽くしていた。


『お嬢ちゃん。こんな時間に、どうしたんじゃ?』

『ママが……』


 それだけ口にして少女はパクパクと口を動かすだけしか出来なくなっていた。


「その様子を見た時、ワシは来るべき時が来たのだと理解していた」


 おそらく、あの人は死んだのだろう……。そうでなくては、何時死んでもおかしくなかったあの人の側を、この子が、こんなに長く離れていられるはずもあるまい……。

 そう何処か思考が麻痺したような頭で冷静に考えながらも、自分を先導する少女に手を引かれるままに歩いていた老人は、完全に日が暮れて、空に月が浮かんでいる頃になって、ようやく目的の場所にたどり着いていた。

 そこは予想した通りの場所であり、真っ暗な部屋の中で月明かりにうかぶベッドの上には、やはり予想した通りのモノが待っていた。


『……お嬢ちゃん』

『なに?』

『お母さんは、最後に、何かを言っておったか?』


 その顔はどこか眠っているようでもあり、青白い月明かりが奇妙に似合っていた。


『……なにも』


 おそらくは何か言い残しているのだろう。答えるまでの短い沈黙は、雄弁にソレを物語ってしまっていた。だが、今は、それを口に出来るような精神状態ではなかったのだろう。そう判断したのか、老人はわずかにうなづくと、短く口にしていた。


『そうか。だが……。そろそろ教えてやっても良いと感じたなら。奴を……。父を、許してやっても良いと思える日が来たなら……。それを奴に教えてやってくれんか?』


 そんな老人の台詞に何ら反応を示すことをせず。ただ、服の端をギュッと掴んだまま、じっとベッドの上で横たわる、かつて母であった者の亡骸を見つめていた。

 病魔に屈し、死に飲み込まれていこうとする寸前に、我が子に何を言い残していったのだろうか……。それを知る者はすでに一人しか存在していなかった。そして、真実を知る少女は、それを本当に伝えるべき相手のことを許せそうになかった。


『……お嬢ちゃんにとっては許せないと思えるかもしれんがの……。だが、アレでも精一杯、この人のことを愛しておったんじゃ……。それだけは理解してやってくれよ』


 そんな台詞と供に頭に乗せられた手に少女は黙ったまま、俯いて震えていた。そんな母の亡骸の横に座って震えている少女の頭を一撫ですると、老人は未だ妻の死を知らされていないのであろう男を呼びに行くために部屋を後にしようとしていた。そんな老人の背中に、少女の声がかけられていた。


『……先生』

『なんじゃ?』

『ママ、幸せだったのかな』


 その言葉に老人はすぐには答えられなかった。

 夫であるクランクからは、コレまで自分(テメェ)の自分勝手のせいで、(アイツ)には散々に苦労ばっかりかけてきたのに。ようやくこれからちったぁ楽をさせてやれると思ってたのに、と。そう散々愚痴とも泣き言とも言える言葉を聞かされていたせいもあったのだろう。これまでの夫婦生活は決して楽なものではなかったのだろうし、夫婦仲も決して良好とはいえなかったのだろう、恐らくは我が強い者同士で言い合いや喧嘩の絶えない関係であったのではないかということも見て取れてはいたのだが……。その上、最後がコレであったのだ。

 いくら自らの望みであったとはいえ、夫が差し伸べようとしていた全ての手を払いのけて自分の希望だけを押し付けるような真似をしただけでなく、もうすぐ死んでしまう自分のことなど一切構うな。もっと仕事に集中しろ。残される我が子のためにも仕事に集中しろ……。そんな風に突っぱねたまま、最後の日を迎えてしまったことも……。

 そんな夫婦がほんとうの意味で幸せそうに見えていたかと問われたならば、やはり答えることは難しかったのかもしれない。


『どうかの……。ワシには何とも言えん』


 だからこそ、老人には言葉を濁す事しかできなかった。そこには所詮は自分は他人。第三者の視点から見た二人がどう想い合っていたのかなど分かるはずがなかったし、上辺だけ見ただけでは真実からは遠い姿でしかないといった想いもあったのかもしれなかった。


『だが、お前さんなら……。あの二人の事を、お嬢ちゃんは、ずっと側で見てきたんじゃろ? ……今日も、最後の瞬間まで側に居て、ずっと見ていたんじゃろう?』


 だからこそ老人は、とある真実を伝えるのは自分の役目だろうと感じたのかもしれない。このことは、もしかすると家族には黙っているのかもしれないとも感じていたからだ。

 そんな、とある真実とは『なぜ魔薬の処方を断ったか』という理由であり、どんな想いから苦しみに満ちた苦難の道を選んだのか……。いや、それを選ばざる得なかったのか。その想いと、そこにあった冷たい真実……。嫌になるほどに冷たく、世知辛い現実というべきものを、今、この場、このタイミングだからこそ、自分が、この子に伝えなければならないと感じていたのかもしれなかった。


「ワシは、あの子に教えてやった。母が、何を考えて末期治療を拒んだのか。何故、それを断る必要があったのかも。……いや、何故、断らなければならなかったのか、か。……あの苦しみに耐え抜くためには、どれほどの決意と想いが必要だったのかも。……その甲斐もあって、あの人が苦しみに耐えて耐えて耐えて……。最後の最後まで耐えぬいた事で、自分の死後に残される事になる我が子と夫に何を残そうとしていたのかも……」


 ──いや、違うか。


 そう冷たく笑って見せてなお、当時のことを振り返って見せていた。


「……自分の痛みを抑える。たった、それっぽっちの事を成すために、どれほどの馬鹿げた資金が必要になるのか。その非常識な額を知っていただけに、それを自分達の家族と商会に課す事がどうしても出来なかったのだろうということ……。万が一にでもソレをやってしまえば、いまだ新進気鋭で生意気で喧嘩っ早い、そんな売り出し中の中堅どころに過ぎなかった弱小商会の一つだったクランク商会では、おそらく屋台骨が歪んでしまって、そう遠くないうちに倒れてしまっていただろうという事も察していたから……。だから、あの人は、自分が苦しむことで商会と家族を守ったのだということを。それを成すために、一人苦しみながら死んでいくことを選んだし、それを黙って見守る事を夫にも強いたのだというをな……。それらのことを、隠さず、教えたんじゃよ」


 その答えは……。


「あの子の反応か……。笑っておったのぅ。……馬鹿だと。こんなこと、父親も自分も望んでいなかったのに、と。……助からないのならば、せめて痛みだけでも和らげて貰って、残された最後の時間を自分達とせめて穏やかに暮らして欲しかったのに、とな……。お金なんて残して欲しくなかった。そんなことをしてくれだ等と誰も頼んでいない……。そんな物のために、あんな風に苦しんで欲しいだなんて、誰も望んで居なかったし、そんなことされても、誰も喜んでいなかったのに、とな。……そう笑いながら、怒っておったよ」


 だからこそ老人は教えなければならなかったのだ。


「それが母というものなのだ、とな……」


 そして、決して後悔もしなかっただろう事も。未来において、何時かこの事に感謝する日が来るだろうことも……。


「例え、その時のジェシカに理解できない言葉であったとしてもな」


 そんな母の必死の覚悟と想いによって残された物によって、未来において我が子の苦しみを和らげる一助になったのだから、その判断は決して間違ってはいなかったのだろう。少なくとも、父であるクランクにとっては亡き妻に感謝してもし切れなかったはずなのだから……。


「若木の頃には耐えられなかっただろう経済的負荷であったとしても、立派な大樹に育った今ならば、その負荷に耐えられない事もない、ということですか」

「まあ、そういうことだ」


 その老人の言葉に納得できなかったのか、エレノアは食い下がっていた。


「たとえ、それが原因で、余計に我が子を苦しめる結果になっているとしても、ですか!」


 そんな『かえって酷い結果になっているのではないのか』あるいは『死の恐怖に震えながら耐えなければならない時間を無駄に伸ばしてしまっているだけではないのか』といったニュアンスの問いに、老人は苦笑を浮かべて見せていた。


「さて、な。何が正解で、何が不正解か等と……。所詮は、単なる他人でしかないワシらに、そんな難しいことが分かるはずがなかろう」


 恐らくはあの親子にも分ってはおらんさ、と。そう老人は寂しそうに笑って見せていた。


「……我が子の事になるとな。母は夜叉に豹変するし、父は修羅にも成れるものだ。我が子の飢えを凌ぐためなら、自分の食事でも平然と与えてしまうし、ソレが出来ぬとなれば、他人の子の食糧であったとしてでも、殺してでも奪い取ろうとするものなのだ。……それが親というものであり、そこに宿る純粋すぎるが故にいびつで歪んでしまった……。愛情という名の業、親という生き物の本能なのじゃからな」


 だからこそ、そこにあったのは理屈で語れるような内容ではなかったし、決して理性では判断も理解も出来ない代物なのだと。そう理解するしかなかったのかもしれなかった。



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