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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-29.ある少女の告白


 神の力まで持ちだして対象者に嘘を禁じ、特定の事柄について喋る事をも強要する。その予め定められたルールに従わなければ激痛を与え、沈黙することすら時として歪んだ形で勝手に解釈される事すらある。

 そんな強制力のかかった聴取となれば、建前はとかくとして、その実態は限りなく尋問に近い代物であったのだろう。だからこそ、尋問では定番と言ってもいいお約束な質問から聴取は始まっていた。


「まず、名前と職業を教えて下さい」

「エドワーズ。クロスロード東区で薬師をやっておる。皆はワシのことをエドの愛称で呼んでおるよ」


 そうすらすらと答える老人の様子に変に力んだ所などがなかった事で相手も覚悟が決まったのか、それまでどこかうわついていた腰をドッシリと落ち着けた事を察したのだろう。女は小さくうなづくと、さっそく本題を切り出していた。


「王都西区のクランク商会のお嬢さんの主治医でいらっしゃるそうですね」

「……ああ。あの子にも何かあったら何時でも構わんからワシの所に来いと言っておる」

「何時でも構わない……?」

「真夜中でも構わんという意味じゃ」

「……随分と仕事熱心なのですね」

「当然じゃろう。ワシはあの子の主治医なんじゃから」


 ジロリと睨めつけるようにして視線を返しながらも、その手はいつものパイプに伸ばされていた。しかし、何時ものように目の前の相手に予め了解を取る必要は、今日に限っては感じなかったのだろう。手早く葉に火を入れるとスパスパと勝手にやり始める。だが、その葉はいつもの良い香りのするハーブなどではなく、ごく普通の匂いのきついタバコの葉だった。


「そのお嬢さんのお名前は?」

「ジェシカ。クランク商会の会頭、クランクの一人娘だ」

「そのお嬢さんの主治医になられたのは何時頃からのことですか?」

「さて。……あの子の母親がまだ生きていた頃からの話だからのぅ……。あの子がまだ小さかった頃からウチで視ていた気がするが……」


 細かい数字までは覚えてはおらんが、だいぶ前からだ。そう答えた老人の言葉に、ふむふむ、そうですかとばかりに小さく納得した様子を返すとチラリと視線を向けながら手元の用紙に記入を続けていた。


「ジェシカさんのお母さんの主治医でもあったんですね」

「そうだの……。思えば、あの頃からずっと、あの子はココに出入りしておるんだな……」


 かつて母親に手を引かれながら連れて来られていた少女は、いつしか一人で老人の元に訪れるようになっていて……。


「……どうかされたんですか?」

「うん? どうかとは……?」

「いえ。何やら遠くを見ている風だったので……」

「遠くか。……そうなのかもしれん。……あの子は小さな頃は随分と泣き虫でな。いつも母親の背中に隠れては、足の横の方から顔を半分だけのぞかせて、ワシの事を見上げておったのに、と柄にもなく思い出しておったのさ」


 母親に背中を押すようにして促されて。ようやく半分から顔だけを出して。涙を浮かべた半泣き状態の顔ではあったものの、どうにかこうにか挨拶だけは出来ていた。


「それが、いつの間にやら、一人でワシの前に立てるようになっていて……。今では『今日は、この後に大事な予定があるからさっさと終わらせて』等と生意気な台詞を平気で言える様になった。……いや、いつの間にか、お互いにその程度のことは当たり前になっていたんだな。……今更ながらに、それに気が付いたという話だ」


 まあ、思い出話しはこれくらいにして、と前置きして。頭を切り替えるように左右に数回振ると、目の前に座ってメモをとっている女に視線を向けていた。


「……それで? あの子の何を聞きたい?」

「以前の聴取の調書は読ませて貰っていますので、基本的な事柄は、こちらでも一通りは抑えてあるつもりなのですが……。とりあえず、どう考えても納得がいかない部分を……。薬の処方量がやけに多い件について詳しく教えて頂けますか?」


 その、ある意味では予想通りともいえる質問に、老人は僅かにスンと鼻を鳴らすと、面白くもなさそうな声で答えていた。


「詳しく教えろなどと言われてもな。……本当に、大した理由はないんじゃぞ? 単に、クランク商会が、あの処方量への対価を支払えるだけの資産的余裕のある家だったからに過ぎん。理由といえそうなのは、これくらいかのぅ……?」


 そううーむと唸りながら首を傾げて考えこんでいるらしき老人に僅かに女の視線が厳しくなっていた。


「真面目に答えて下さい」

「真面目も何も……。さっきから言うておるように、理由なんて『それが出来たから』しかないんじゃよ。そもそも、あの処方薬は特殊な扱いになるだけに無料ではないし、決して安くもないんじゃぞ? アレが幾らするか、お前さんも知っとるじゃろ?」


 そうあくまでも『支払能力の差』が理由だとしか答えない老人に女の苛立ちは見る間に膨れ上がっていっていた。


「そうやって、あくまでも、とぼける気ですか」

「……やれやれ。自分の無知を棚に上げて人を悪者扱いした挙句にヒステリーの発作か」


 まるでわがまま放題に育った糞ガキじゃのぅ。そう呆れた様子で口にしながらも、それでも「まあ、落ち着け」と平然と口にしてみせる。そんな挑発的な老人に「ふざけるな」とばかりに睨み殺すかのような視線を向けながらも、それでも女は黙りこんでいた。


「……まあ、良いじゃろぅ。後学のために、もうちょっと噛み砕いて教えてやるから、ここでしっかりと学んでいくが良い。……まあ、エレナの司祭であるお前さんは他の司祭とは違って、普通の治療師とは術の系統がいささか異なっておるからの……。まあ滅多に係る事のないだろう世界の話じゃが……」


 そうのんびりとパイプの葉を替えながら、前置きを口にして。


「なぜ、あの子に“あの薬”の処方が許可されたのは分かっておるな?」

「……必要だったから?」

「その通り。この先を生きていく上で、アレが、どうしても必要だったからだ」


 プフーと煙を吹き上げながら。次の設問へと話を移していく。


「……何故、あの薬が御禁制となっておるんだったかの?」

「高い薬効の他にも、強い毒性と極めて高い中毒性、依存性があるから……」

「そうじゃな。アレは薬であり、猛毒でもある。だからこそ特別な事情なしには処方を許可されておらんし、原材料なども王宮でのみ栽培されておる。処方の際にはワシらのような特別な認可を受けている薬師が都度王宮に申請を行わなければならんし、その取り扱いについてもやたらめったらと厳密に管理されておるしの」


 もっとも、そこまでギッチギチのガッチガチに管理していながらも、それでも何処かに抜けは道というものは生じてしまうものなのだろう。闇社会や裏市場といったアウトローな世界では、量こそ少ないもの数年おきに出回るはずがない品が出回っては横流しなどが問題となり、王宮から直々に特別調査の王命クエストが冒険者ギルドなどに発布されていたりするのだが……。


「違法な所持・売買・服用は問答無用で死刑。そう国法によって定められておるな」


 だからこそ、それを特別に処方することを許された薬師達は『特別』なのであり、それゆえに何かしら問題が起きた時には真っ先に疑われる事になるし、事細かな定期監査を受ける事にもなるし、違法な流通が確認された時には捜査への協力が義務付けられても居るのだろう。

 ちなみに王都の東区で御禁制の薬の処方を王宮に申請出来る認可を受けているのはエドただ一人だけであり、王都であっても片手で足りるほどしかいなかったりする。


「……違法薬物の捜査への協力は、認可を受けた薬師にとっては義務だったはずです」

「義務は既に十分果たしておるさ。何なら、そこの若いのに聞いてみると良い」


 話を振られたアーノルドは肩をすくめて『その通り』と答えてみせる。


「義務以上を求められてものぅ……。それに応じなければならない理由がないじゃろ」


 そんな老人のやる気のなさに女は食って掛かっていた。


「犯罪者は罰せられるべきなのです!」

「それについては同感だがのぅ……。だが、何故、自分が犯罪を犯していると疑われていると分かっているのに、それに協力せねばならんのだ?」

「ご自分の無実を主張なさるなら、身の潔白を自らの手で証明してみせようという気概は、貴方にはないのですか!」

「そんなことを言われてものぅ……」


 そもそも全く身に覚えのない嫌疑をかけられた上に、証拠らしい証拠や物的証拠もなしに、数字が少し不自然に思えたから怪しい等という思い込みや先入観を前提と根拠にして押しかけられた挙句に、犯罪捜査に手を貸すのはお前にとっては義務なのだから、自分自身の罪を証明するのを手伝え等と言われても……。ということなのだろう。


「正直、やっとれんぞ。馬鹿馬鹿しい」


 それが本音だったのだろう。言うなれば、人を犯罪者扱いするのならお前がまず証拠を集めて、こういう理由とこういう証拠があるのでお前を捕まえに来たという所からまず始めろと言いたかったのかもしれない。


「だったら! なんで、あの患者には、あんなに沢山の量が処方されているんですか!」

「それだけの量が、あの子が生きていくためには、どうしても必要だったから、さ」


 そして、それを出来るだけの財力があの家にあった。それこそが、あるいは全ての不幸の原因だったのかもしれんがな……。そんな老人のつぶやくようにして口にされた言葉に女はおもわず口を閉じる事しか出来なかった。


 ◆◇◆◇◆


 脂汗を浮かべて震えている少女が、服の胸のあたりの布地をギュッと掴むようにして握りしめているのを見た少年は、半ば直感ではあったものの何かしらの苦しみを、その部分から感じているのだろうと推測していた。


「ジェシカさん!」

「だ、だい……じょう……」


 そう大丈夫だと、まるで大丈夫そうでない顔と声で告げる少女であったが、その右手は胸元で握りしめられていたままであったし、その反対の手も何やら左肩から右の腰へと下げているポーチを手繰り寄せようと足掻いているように見えていた。だから、少年も少女が何をしようとしているのかを察して、素早く介助に入ることができていたのかもしれない。

 震える手に掴ませるようにして素早くポーチバックを押し付けると、その指が震えながらではあったものの、どうにかこうにかポーチの蓋を開ける事に成功していた。

 その瞬間フワッと辺りに立ち上る独特の刺激臭。そのポーチに何処か見覚えがあると思っていた少年は、その中にいつも少女が何を入れていたのか。それを、ようやく記憶の中から引っ張りだすことに成功していた。


 ──あれはあの時のバック……。


 その中から取り出されるのは、予想通りに黒い色をした葉っぱだった。ツンと鼻の奥の方を刺激してくる独特の臭いを漂わせる、どこか不吉な茶色と灰色と黒を混ぜあわせたような、そんな不思議で、何処か不吉な色合いをした葉っぱであり……。


 ──もし、私の考えが正しければ……。


 少女が手にしていて。今から摂取しようとしているのは“悪魔の果実”とまで呼ばれる御禁制の品であり、その服用には強い毒性と極めて高い常習性が問題になるはずの品だった。


 ──もしも、アレが本当に黒色魔薬であるのなら……。


「これさえ、飲めば……」


 これさえ飲めば、すぐに治まるから。

 これさえ飲めば、すぐにナオルから。

 これさえ飲めば、すぐに……。


 少女が口にしたがっている言葉は、何重もの意味合いをもつ重なった言葉で聞こえてくるかのようだった。そして、その震える指先に摘まれた黒い処方薬を凝視したまま、少年は口の中がジワジワと乾いてくるような嫌な感触を感じていた。


 ──ジェシカさんは、おそらく重度の薬物中毒者だ……。


 今まであえて目をそらしていた事実は、ひどく苦い味を舌の奥の方に感じさせていた。


「……」

「……」


 だから、なのかもしれない。


「……なによ」


 そう何をしているのかと短く問われた少年は。このままでは良くないとずっと思い悩んでいた少年は。お前では救えないと断言され、思い上がるなと叱咤されていた少年は。何も出来なくても、それでもまだ何か出来ることがあるのではないかと思い続けていた少年は。事あるごとに自分に出来ることをためらうな、人を救いたいときには全力で救い、その後の事は後で考えれば良いんだと教えられた少年は。あの娘のことを頼むと、どこかすがるような目で親から頼まれて頭を下げられていた少年は……。


 ──今しかない。


 足踏みをやめて、ここから一歩“前”に踏み出さんとするなら。ここから何かを変えようとするのであれば。色々なヴェールによって……。少女の周囲の大人達が揃って口をつぐんで黙っていた不都合な事実の正体を、今こそ暴き出さんとするのなら……。何よりも、少女に自分の本当の気持ちを。このどうしようもなく不安で、恐ろしくて、このままでは駄目だ、このままでは手遅れになると焦っていた自分が。なんとかしないといけないのに、どうしたらいいのか分からないと、ただ焦り続けていた自分が。今の自分が……。


 ──前に。何も分からなくても。とりあえず、一歩、前に、踏み出せ!


 気がついた時には、薬を口に運んでいた少女の腕を、思わず掴んでしまっていた。そんな行動してしまった自分が口にすべきことは、もうひとつしか残ってなかったのだろう。


「……もう、やめましょうよ……。それって、体に悪いそうじゃないですか」


 エドさんから、その薬のこと、少しだけ教えてもらいました。そんな少年の言葉に僅かに少女の顔が辛そうに歪んでいた。


「それ、とっても体に悪いそうです。……それを飲んでる限り……。ジェシカさんが望んでいるような体には……。絶対に健康な体にはなれないんだって……。そう教えてくれました」


 そんな強い毒性のある“処方薬(はっぱ)”であり、その正体は恐らくは御禁制とされている品であるはずであり、摂取の頻度から考えても、明らかに普通の摂取量ではないことが伺えて……。逆説的に、その薬には極めて高い中毒性と依存性があることが察せられて。だからこそ、そんな代物を頻繁に摂取しなくてはならない症状のことを薬物中毒と呼ぶのだ。


「飲めば飲むだけ体が悪くなる薬なんて……。そんなの、飲んじゃ駄目です」


 ──どうしてなんだろう。


 ようやく口に出来た台詞なのに。……どうしてだろう。これまでずっと言わなくちゃって思ってたはずなのに。……どうしてだろう。ついに触れることを避け続けていた事と、ようやく真っ直ぐに向き合えたはずなのに。……それなのに。……どうしてなんだろう。


 ──なんで、こんなに心が痛いんだろう。


 それだけは触れて欲しくないって。そう思われているのは、ずっと感じていた。ずっと、ずっと、それだけは触れちゃ駄目だからねって無言の警告を受けていたような気もする。ずっと、ずっと、これまでどおり、これからもずっと、触れないで居てねって……。コレまでどおりの貴方で居続けてねって。そんな脅迫めいたサインを出されていたような気がしたから。だから、触れちゃ駄目だって思ってて。……だから、今、必死に勇気を絞り出して、ようやく真っ直ぐに向き合えたはずなのに……。


 ──それなのに、どうして、こんなに……。心が痛いんだろう……。


 少年は、何か大きな失敗をした気がしていた。決して触れてはいけない禁忌に触れてしまった。その実感があること自体は、さほど問題にしてはいなかった。だが、触れた先にあったはずの真実とやらは、どこか空虚で妙な違和感しか感じられなかった。それだけに、何か自分が大きな失敗なり、勘違いをしているのではないかという想いが、どんどんと大きくなってきていたのだろう。だからこそ、自分が何か大きな失敗をやらかしてしまった。そんな奇妙な実感と確信めいた予感があったのかもしれなかった。


「はなして」


 もはや枯れ木のような細い腕なのに。それなのに、そのゆっくりと自分が掴んでいる手を振り解こうとする動きを止める事ができなかった。まるで指の間をすり抜けていくかのようにして、その腕はスルリと少年の手を振りほどいて。その指の先に摘んだ黒い葉っぱを、わずかに痙攣している口へと運んでいこうとしていた。


「……あっ」


 口の中に消えていく黒い葉を、少年は無力感の中で見送る事しか出来なかった。


「……これがないと、私、駄目になっちゃうから……」


 俯いていた顔が持ち上げられる。そこには涙が滲んだ目だけがあって。


「……これがないと、私、泣いちゃうから……」


 痛みを我慢できなくなって……。痛い痛いって。助けて助けてって。みっともなく泣き叫んじゃうから。……パパとかお店の人達が、辛そうな顔になっちゃうから。……だから、私は、この薬がないと駄目なの。そう、段々と収まっていく荒い呼吸でポツポツと。少女は震える唇で口にしていた。


「……私ね。病気なの」


 ぽつり、と。唐突に。少女は口にしていた。


「何年前だったかな。……もうあまり覚えてないけど……。毎年の健康診断で、ママと同じ病気にかかってるって。……そう、教えてもらったの」


 母親と同じ病気。それはジェシカの母の命を奪った病であり……。


「……ママと同じ……。治す方法がない病気だって」


 死病(しびょう)。治療手段がなく、かかったら最後、遠からず死に至る。そんな治す手段が存在しない病のことを、人々は、そう呼んでいた。



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