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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-28.それぞれの戦い


 茨の神(エレナ)戒め(イバラ)を受ける。

 己の腕に巻きつけられた奇妙に黒く光っている黒鉄の細鎖を面白くもなさそうに見つめながらも、老人の額には僅かに汗が滲んでいた。


「流石に、緊張、するのぅ」


 少なくとも善良に、真っ直ぐに生きてきたのだろう。そんな老人が、エレナの茨をその身に巻かれる事など、これまで無かったはずなので、それを初めて受けるとなると緊張するなという方が無理があったのだろう。

 そんな老人の精一杯の強がりに僅かに余裕を取り戻したのか、エレノアは口元に『口ほどにもない』と嘲りを滲ませながら、その口を笑みの形に歪めていた。


「……今からでも、とりやめに出来ますよ?」


 その言葉の意味は「やめてやるから洗いざらい喋れ」なのだろうが、そんな女の前に居るのは筋金入りの頑固者(クソジジイ)だった。


「何を言うとる。さっさとやらんか」

「……ほんとに、よろしいので?」


 薬師殿。腕や足が、先ほどから細かく震えておりますよ?

 そう暗に告げられているのも分かった上での返事は……。


「こんなのは武者震いに決まっとろうが! さっさとやらんか!」


 そんなやけっぱち気味の返事に苦笑を浮かべながら、女は老人の腕に、もう一巻き手早く鎖を巻きつけて二重に巻きつけた形を作っていた。


「では、王国法によって定められし規定によって、これより執り行われる強制聴取の際に、双方に科せられる我が神による『輪冠』の内容について、クロスロード西区エレナ教会の司祭エレノアより説明させて頂きます」


 エレナの司祭によってのみ与えられる“茨の輪冠”は、茨の神エレナが司る契約と制約の象徴であり、その力である“制約(ギアス)”の効果が発揮されている証であること。また、その制約の戒めによって指定された制限事項に逆らうような真似をすれば、エレナの茨が激痛と苦痛をもって罰を与えるということ。更に、その激痛は特定の条件でしか解除されないことなど。普通の輪冠とは少しだけ性質が違う点(戒めの激痛の解除条件)について、特に詳しく説明される。


「……つまり『嘘をつくな』と制約を与えられていたのに、それにあえて逆らって嘘をついたなら激痛にのたうち回る羽目になるし、その内容を嘘だったから勘弁してくれと謝ったり、嘘をついたと告白しただけでは痛みは収まらんという訳か」

「多少は痛みは和らぐかもしれませんが、その辺りは我が神の御心次第でしょうか……。完全に痛みから解き放たれるためには、その嘘について真実を明かす以外にありませんね」


 神の怒りをかったなら、それなりの誠意と謝意、反省の態度というものを見せなければ許しは得られないのだろう、と。そう女は己の神の心を語って見せていた。


「……神さまのご意思、ねぇ……」


 どうせ色々と輪冠の呪いを研究して、そういった形で自白を強要出来るように裏で改良していったのだろうがな、と。そう決して表に出てこないだろう教会の闇に想像の翼を伸ばしながらも、それでも老人は「何か文句でも?」といった視線に肩をすくめて見せて「何でもない」と答えていた。


「……なお、この度の執行の場において、強制聴取を行う側にも輪冠は科せられます。これによって、この聴取が終わった後にまで輪冠が残る事がないことが確約されるほか、強制聴取中に法に触れる行為が行われない事も我が神(エレナ)の名において約束されます。……なお、王国法の規定により、本日の強制執行にあたっては、当教会は第三者組織による立会人として、冒険者ギルドに協力を仰ぎ、そこのアーノルドさんに来て頂いております」


 一方的に神の監視下に置かれる訳ではなく、尋問する方、される方の両者が茨によって繋がれることを理解したのだろう。また、この聴取は第三者の監視下で、王国法に基づいて行われるらしい事も。……それらを理解したことで、老人の目にも僅かに余裕が戻ってきていた。


「やれやれ。……思っていたよりは随分とマシな内容のようじゃな」

「……薬師殿が、どんな酷い内容を想像していたのかは、ここではあえて問いませんが……。コレはあくまでも我らが神エレナ様の御力を借りて行われる、王国からも正式に認められた法行為なのですよ? この場においては、どちらが有利不利といったものはなく、あくまでも両者は公平であり、これまでに犯した罪の重さだけしか不利になる要素はありません。……我が神による戒めの茨は、犯罪者だけでなく、執行者をも同時に縛り、行き過ぎた行為が行われないようにも戒めているのですから……」


 そう「野蛮な拷問行為とは本質的な部分で異なることを良い加減に理解しろ」と。そう自分たちエレナの司祭を馬鹿にしているのかといった蔑むような視線を向けられた老人は、流石に侮辱が過ぎたと反省したのだろう。スマヌと小さく謝って頭を下げて見せていた。


「まあ、これが誤解されやすい代物だってのは、別に今に始まったこっちゃないがな」


 そんな外野からの茶々入れを、フンッと小さく鼻で笑って見せながら。


「では説明を続けさせて頂きます」


 そうコホンと咳払いをしながら朗々と制約の内容を説明していく。

 老人にかけられる制約の内容としては、ひとつ『嘘をつかないこと』、ふたつ『質問者の指定した特定の患者一名の詳細な治療内容や処方内容について答えること』、みっつ『質問者が「これにて強制聴取を終了します」という言葉を口にするまで、この部屋を出ないこと』の合計三項目が課せられる。

 質問者にかけられる制約の内容としては、ひとつ『聴取の場において、王国の法に触れる行為を禁ずる』、ふたつ『予め指定しておいた患者以外の情報の収集を禁ずる』、みっつ『強制聴取の終了を宣言したとき、聴取対象の制約の輪冠を解除すること』の合計三項目が課せられることになる。

 そう、互いに三つ約束事を守らなければならないことに対する了承を王国法に従って得ながら、エレノアは老人の手首に二重に巻きつけていた黒い細鎖を、己の手首にも二重に巻きつけて、鎖の形で八の形(無限大:∞)を形作っていた。


「互いに独立して成立していながらも、相互補完の関係性、いわゆるメビウスと呼ばれる形状の特性を併せ持つ形式で輪冠を配置します。これによって先ほどの制約の内容に従って片方が力を失う事で、もう片方も自動的に力を失う事になりますし、その逆……。片方が正式な手順で解除されない限りは、もう片方に宿った力によって失われた力を取り戻す事にもなります。つまり、正規の手順以外では力尽くでは解除できない状態になるという事ですね」


 さて。説明は以上ですが、何かご質問は? そんな最後の念押し……。本当にやって良いのかといった問いに、それでも老人は大きくうなずいてみせていた。


「……なるほど。よく、分かりました。……では、もう、問いません」


 そう諦めたかのように宣言すると同時に、老人と女の手首同士をつないでいた黒い細鎖が半ばから……。エレノアの服の肩の辺りから長く引き伸ばされて宙吊り状態になっていた鎖が、中央部分あたりから自然に外れて、必要な長さなのだろう適当な長さに切り離されていた。

 そして、気がついた時には、手首同士をつなぐ鎖は、何故だか普通の鎖大のサイズにまで膨らんでいて……。


「制約と契約の神エレナよ。神の茨よ。我が魔力が宿りし黒鉄に宿れ」


 空いた方の手によって込められた魔力によるものなのか、黒鉄の鎖は僅かながら青白く輝き、その表面にうっすらと燐光を宿していた。そして、それを確認した後に、手にしていた執行状を鎖の上に乗せながら、最後の言葉を口にする。


「相互補完のメビウスよ。戒めの茨よ。制約で我らを縛り、契約の監視者となれ!」


 その言葉と同時に執行状は燃え上がり、互いの手首同士を結んでいた鎖は途中で焼き切れて。残った鎖ごと腕の中に飲み込まれるようにして吸い込まれていき、そこに黒い茨が二重に巻きついた輪冠の刺青を刻み込んでいた。


 ──これでもう、後戻りは出来ない。


 良くも悪くも。そして自分も相手も。何らかの決着をつける以外に、神の茨を解除する方法はないのだ。そして、それを無しに神の茨を解除することを許されない立場にもあった。


「一応、規則なので聞いておきます。……ご気分は?」

「ふむ……。これが悪名高いエレナの輪冠とやらか……。なるほどのぅ。これはまた……。実に、仰々しく、禍々しい代物じゃな」


 そんな質問に答えない老人に、僅かに女の視線がキツくなる。


「……ああ、気分じゃったな。そっちの方は言うまでもなく、最低じゃわい」


 内蔵を病んだ患者の腐ったゲロを頭から浴びせられたもかなりのモンじゃったが……。あの時以上の気分の悪さを味わえるとはのぅ……。流石にコレは想像しておらんかったわぃ。

 そんな捻くれた台詞に苦笑を浮かべながらも、自分の神の力を腐ったゲロ以下と言われては気分も悪いというものだったのだろう。


「それは結構ですね。私もさっさとコレから解放されたいので、そろそろ始めてもよろしいですか」


 そう自分の手首にも刻まれている黒い輪冠をさすっていた女であったが、そんな女に老人は皮肉っぽい視線を向けていた。


「ほう……。人に刻むのは平気でも、自分に刻むのは嫌かね」

「好き好んで神の茨を自らの体に刻み込みたがる物好きは滅多に居ないと思いますよ」


 もっとも我らがエレナの徒は入信時に必ず『神の茨の悪用を禁ずる』という制約の茨を首に刻まれるのですが。そう口にしながら、僅かに修道服の首元をゆるめて。そこに茨の輪冠が刻まれている事を見せる。


「力に伴う責任、あるいは義務かの」

「さて。……ただ、この力は、人の人生をも縛り得る力です。これを行う事を神より許された身であればこそ、我々エレナの徒には守らねばならない最低限の規範もありますし、この身に神への誓約の証を刻まなければならない理由もあるのだと理解しています」


 その言葉に黙礼だけを返した老人に、女はわずかに笑みを浮かべて。


「……では。これより強制聴取を始めさせて頂きます」


 次の瞬間には、もう顔から笑みは消えていた。


 ◆◇◆◇◆


 コホン。

 そう何やら妖しい雲行きになりかけていた会話を自ら仕切りなおしてみせた少女は、小さくハァとタメ息をついて自分の横に座る少年に笑いかけていた。


「今日は体調が悪いみたいね……」


 そんな今更過ぎる事を、青白い顔で言われても困る……。それが正直なところだったのだろうが、それでも会話の糸口を見失いかけていた少年には、それなりにありがたい話の切り出し方ではあったのかもしれない。


「そうみたいですね」


 出来れば、このまま公園でお喋りなどで適当に時間を潰して帰りたい所だったのだが、いくらなんでも家の近所の公園まで散歩してきただけで帰るという訳にはいかないのではないだろうか。自分の横でうつむき気味にしている少女が、そう遠くない内に上げる事になるのだろう抗議の声が、そう脳裏に浮かぶような気分だったのかもしれない。


「……不思議ね」

「え?」

「こうして大人しく座ってると段々と息をするのが楽になってくるみたい」


 まあ、まだ息がちょっとキツイんだけど。そう最後に付け加えてはいたが、それでも確かに顔色は僅かに良くなってきてるようだった。


「……やっぱり病み上がりに急に運動したら駄目って事ね」


 そんなこうなったのは自業自得と笑ってみせる少女だったが、そんな少女に少年は言い様のない不安を感じていたのかもしれない。


「今日は、そんなに体調が悪いんですか」


 そう何かを探ってくるかのような声に、少女は僅かに笑みを深くしながら……。


「うん。絶不調。……ホントは、東区の方にまで行くつもりだったのにね」


 それなのに、この体たらく。自分の体の事とはいえ、情けないわね。そんな台詞にやはり杞憂だったのだろうかと僅かに安堵も感じていたのだろうが。


「体調、はやく戻ると良いですね」

「そうね。……はやく、戻ると、いいな……」


 恐らくは、ふとした気の緩みだったのかもしれない。そのうつむき気味だった顔に一筋の涙が伝っていた。


「……また、洞窟の入り口とか、あの変な緊張感のある露店街とか見たかったのになぁ」


 その拭く素振りすら見せない姿から気がついてないのか、それとも気がついてない振りをしているのか、はたまた気にしてすらいないのか……。それは分からなかったにせよ、ここでは気がついてない振りをすべきなのだろうと。そう判断した少年であったのだが、その涙は一筋では済まなかったのだろう。


「私ね。前からちょっと温めてたアイディアがあったの」

「アイディア?」

「うん。アイディア。多分、貴方が手伝ってくれたら出来るかもって」


 ポタリ、ポタリと。何となく視線を合わせないようにしながら、そむけ気味に横を向いている顔の向こう側の目の端から滴り落ちているのは、果たしてどのような感情の発露の証なのだろうか。それはきっと悔しさなのではないだろうか……。そう少年が感じたのは、その涙とともに口にされる話の内容によるものだったのだろう。


「あの周囲って、おおよそ思いつく物はなんでも売ってたけど、たった一つだけ、そこじゃ手に入らない重要な『商品』があったの」


 それは何なのか。尋ねるような視線に苦笑と悔しさを混ぜたような声を返しながらも。


「貴方の手伝いが要るって言ったじゃない。……まだ分からない?」

「……商品……。私達に売れる物なんて、想像がつきませんが……」

「あのねぇ……。何か勘違いしてるみたいだけど、一口に商品っていっても、商売人が売るものは、必ずしも形あるものじゃなくても良いのよ?」


 前に、あの自称勇者さんも、そういう『商品』に大枚払ってたじゃない。そんなヒントによって、ようやく頭の中に具体的なイメージが湧いたのかもしれない。


「ああ、なんだかわかった気がする……」

「そっ。私達みたいにお金がなくても、売れる物はちゃんとあるの。売るものは必ずしも形のあるものじゃなくてもいいんだから。……あの防具職人さんの『修理の腕』みたいにね」


 そう。自分達に提供できるだろう商品とは、いうなればサービスだった。能力や経験そのものが求められるケースも多々ある冒険者稼業の中で、あんな場所にも関わらず、きっとあったら便利なはずなのに。それなのに何故か売られていなかった物。……恐らくは、多くの人たちにとっても思い込みや先入観が邪魔して盲点になってしまっていたのだろう、そんな気の利いたサービスこそが、少女が目をつけたらしい商品の正体であったのだ。そして、そんな商品だからこそ、元手らしい元手を持たない自分たちでも食い込める隙間足りえるのだと。そう少女は力説していた。


「……貴方のもってる凄い力は、きっと良い商品になるはずよ」


 少年の持っている唯一にして無二の能力。それは言うまでもなく本職である治療師としての能力だった。言うなれば二級治療師による出張応急処置サービスを、あの場所で行えと言っているのだ。それをやれば、きっと利用者が「いちいち街中の治療院にまでいかなくても済む」と喜ぶだろう、と。……いつもなら教会の治療院で数人がかりで行っている治療行為を、より現場に近い場所。それこそダンジョンの出入口付近で行ってやる事で、その利便性に付加価値をつけて普通よりも高い値段で売ればいいのだ、と。そこなら多少高く取られても文句は言わないだろうから、と。そう、少女は途切れ途切れの声で話て聞かせていた。


「……でも、何で、この話を……?」


 その問に対する返事は短かかった。クランクの指名依頼の報酬などのお陰もあって、今でこそ多少は生活に余裕が出来てきているが、まだまだ少年の生活が安定していないことを知っていたから、と。そして……。


「たぶん、そのうち、今の仕事を頼めなくなるだろうから……。かな……」


 だから、そうなって、また生活に困るようなことになったら……。今教えた方法で、日銭を稼ぐと良い、と。この商売なら、魔力さえあれば、それを元手に商売が出来るし、修士の格好をしていても問題ないだろうから、と。そう穏やかな口調で口にする少女に涙まりじの苦笑を浮かべて見せながら。


「……そんな悲しいこと……」


 これでお終いみたいに言わないで欲しい。まるで「これで、お別れだ」って言われてるみたいじゃないか……。そんなに悲しいこと、言わないで下さい。もっと一緒に……。今の仕事を、もっと自分に続けさせてくださいよ……。そう、言おうとしていたのに。


「……ジェシカさん……?」


 そこには、真っ青な顔を歪めて小さく震えながら胸のあたりを押さえて、額から盛大に脂汗を流している異常発汗をしている少女の姿があって。その背中あたりまでジワジワと広がっていく汗の染みが、これが非常事態であることを知らせていたのだった。



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