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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第一幕 【 王都へ 】
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1-5.クエスト選び

 情けは人のためならずとよく言うが、クロウがクロスをわざわざ誘ってまでして薬草集めという最低ランクの代名詞とも言えるクエストを受けたのは、別にクロスが困っていたからという理由だけではなかったのだろう。


「依頼受理の申請を、私が?」

「うん、これもって窓口に行くんだよ」


 トコトコと前を歩くクロウに引っ張られるようにしてクロスは二人で依頼関連の窓口に向かう。そこには先ほどの事務関連の窓口とは別の職員が待ち構えていて、依頼用紙とクロスのカードをセットで受け取ると、慣れた手つきで必要な項目を用紙にサラサラと記入して、最後にドンッと『受理』のスタンプを押して返してきた。


「……ああ。なるほど」


 本来、クロウが自分で申し込んだ場合には、ランクZの冒険者が引き受けた形になり報酬額が自動的に半分になってしまうのだが、今回はクロスが申し込んだため、ランクEの冒険者が引き受けた形となり、報酬額はクロスに全額支払われる事になるのだ。つまり……。


「後で報酬を半分、渡しますね」

「うん」


 こうすればクロスは報酬の半分を受け取れる事になるし、クロウも本来半分しか報酬を受け取れないのだから報酬が半分になった所で実質的には損はしていない。これでは一見すればクロスが一方的に得をした形に見えるかもしれないが、クロウからしてみれば能力の高い治療師が困っていた所を助けたという形になり、目に見えない恩を売って貸しを作ったという事になるのだ。日頃、治療師などに頼りたくても頼れない事の多いスラム住まいなクロウにとって、こういう形で治療師に貸しを作ったりコネを作っておくのはあるいは重要なことだったのかもしれない。


「……ん? なに?」


 もっとも、首をかしげて「何してるの? 早く行こうよ」と言わんばかりに手招きしている本人は、そういった難しいことは何一つ考えてはいないっぽかったので、おそらくはアーノルドあたりの入れ知恵に違いないと当たりをつけていたのだが。


「では、よろしくおねがいします」

「うん、よろしくー」


 そんなこんなで日もだいぶ傾いた時間帯にギルドの建物を出た二人だったのだが、クロウはクロスを連れているのを忘れているかのようなペースで、脇目もふらずにどんどんと足を進めていたのだが……。その向かう先はどう見ても町の中央部に向かっているようにしか見えず、クロスは思わず自分の手を引きながら歩くクロウへと声を投げかけていた。


「クロウ、どこに向かっているんですか?」

「草の生えてる場所だよー」


 他の冒険者も行き来している街の中だからということもあってか、ここで薬草という言葉をあえて使わなかったということは、おそらくはクロウにとっての秘密の場所ということになるのかもしれない。そう事情を察したクロスは、とりあえずは黙って経験者について行ってみようと判断し、手を引かれて導かれるままに町の中央に向かっていったのだが……。


「街の中に……。森……?」


 クロスロードは王都であるだけにかなり巨大な都市ではあるのだが、その街並みは比較的分かりやすい形をしていると言われていた。それというのも街の中央部に目立つ形をした立派な王宮が建っており、その王宮から見て北東方向に空に向かって真っすぐに伸びている巨大な塔“バベル”があるからだ。

 この街は、その二つの建造物を基準に自分の位置を判断するのが非常に容易であるので、街のどのあたりに何があるというのを、この広さに割には非常に覚えやすいという街だった。そして、今の位置を王宮と塔の位置から判断すると、王宮を挟んで塔の真反対、王宮から見て南西の位置にあたる場所ということになるのだろうが、そこも有名な場所であったのだ。


「ここが“大迷宮”の入り口がある国立公園だよ」


 そうクロウに紹介されたクロスであったが、その視線の先には比較的密集した形で木が生えている深い森が広がっており、その森は街の中に緑色のドームを形作っていて、そのドームの周囲を高い壁が覆っていて、その壁の外側に包囲するような形で街並みが広がっているというのは、実に不思議な光景に思えたのだろう。


「……なぜ、こんな事に?」

「さーねぇー。よくわかんないけど、昔は周りに壁もなかったらしいし、その外に家とかもなかったんだってさ」


 トコトコと歩いて公園(クロスの目には壁に囲まれた深い森にしか見えないが)の入り口らしきゲートに向かっているクロウの説明を聞きながら、クロスは聞いた話から古い時代の姿を思い浮かべようとしていた。

 周囲を見渡してみたところ、比較的新しい感じのする建物ばかりな点から考えると、おそらく、昔はこの辺りはまだ街ではなかったかもしれない。その頃の、目の前の巨大なダンジョンの入り口を内包しているらしい深い森も、町の近くにあるだけの森に過ぎず、その頃のクロスロードは、ちょっと歩けばダンジョンがあるというだけの小さな街だったのかもしれない。

 それがこうなったということは、おそらくはダンジョンを住処としている者達や、そういった者達を相手に商売している者達が自然と、この周囲に集まって集落なり街並みを作ってしまったということなのだろうと当たりをつけていた。だからこそ、この周囲は真新しい街並みなのだろう、と。そんなことを考えていたクロスの目の前に巨大なアーチ状の門が迫っていた。


「……ゲートに兵士が居ても、特に身分証の提示とかは求められないんですね」

「あの人達は、中から何か出てこないかを見張ってるだけだよ」


 何か出てきたら格子扉を閉めちゃうのが仕事らしいけど、とのんびりとした口調で告げながら前を歩くクロウであるが、昼下がりの日差しが降り注ぐ森はうっそうとした枝ぶりのせいもあって比較的薄暗く感じられる場所だった。

 そんな街の中に広がっている森には、枝と枝の隙間から太陽の光が降り注ぎ、その光と闇がまだら模様に広がる森の中に、数多くの人間たちの足によって踏み固められていったのだろう、下手な石畳よりも硬そうな道が奥へと真っすぐに出来上がっていた。


「この道をまっすぐに進むと地面が盛り上がってる場所があってね。そこが“大迷宮”の入り口なんだってさ」


 クロウが言うには、公園の中央部にある迷宮の入り口付近は、ちょっとした広場のようになっており、雑貨等を取り扱う露天や簡単な食事がとれる屋台などがある他、ちょっとした修理程度なら十分に可能な鍛冶屋のテントなんかもあって、まるでお祭りの露店が並んでいる様な賑やかな雰囲気があるのだとか……。もっとも、自分たちは途中で道を外れて、森の外周部の方に踏み込まなければならないらしいのだが。


「なんなら入り口のほう、ちょっと見てみる?」


 折角だからといった口調で勧められたクロスであったが、今はクエスト初体験中ということもあって、そっちに集中したいというのが本音であったのだろう。


「随分とのんびりした雰囲気の場所のようですが、危険はないんですか?」

「大丈夫、大丈夫。危険度の高い生き物は入り口から出てこれない様になってるそうだし、毎月ギルドの方にも森の中を掃除するって仕事が来てるし。僕も、この森で殆ど魔物に遭遇したことないから、そんなに心配いらないと思うよー」


 そのアバウトで根拠が今ひとつ薄い話を信じれば、この森に大きな危険はないということになるのだろうが、それでも定期的に清掃……。索敵と駆除が行われているということは、ちょくちょく入り口から洞窟内の生き物が出てきているという意味ではないのか……。

 そう心配したクロスであったが、よくよく考えてみると勢いに任せて来てしまったが、今、自分が身に着けているのは修道服の上に羽織ったローブ程度であり、鎧らしい鎧は身に着けてはいなかった。武器すら持たずに、こんな危ない場所に来て本当に大丈夫なのだろうかと今更ながらに心配になったのかもしれない。


「……クロウ、貴方の装備は……」

「ん? 装備って?」


 見た感じでは黒い毛皮らしき服の上に猟師が着るような、なめし皮のベストを黒く染めたものを着ているだけに見えるし、その両手には何も握られていない。つまり、鎧については戦闘を前提としていないなら問題ないのかもしれないが、二人揃って何ら武器を持っておらず、万が一、危険な生き物と遭遇してしまった場合には色々とマズイことになるのではないかといった状況であることにようやく気がついたという事なのだろう。


「クロウ、貴方はこの森で危険な生き物に遭遇したことはありますか?」

「何回かあるかなー。牙の凄い狼とか、大きなコウモリみたいなのとか……」

「ソードドックにジャイアンドバットですか……」


 どちらも魔物としては最弱の危険度に分類されている獣達であるが、それでも単体で人間を殺す力をもった生き物である。


「まあ、滅多に居ないんだから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。それに、いざとなったら僕が守ってあげるから!」


 そう笑顔で力いっぱい言い切ってみせるクロウに、クロスも思わず引きつった顔でうなづくしかなかった。どっちみち武器らしい武器を何も持ってきていない以上、そんな根拠のない話でもすがるしかなかったのだ。

 そんな溜息混じりに足を進めていたクロスの前で、クロウは目的の場所に辿り着いたということなのか、キョロキョロと周囲を見渡し始めていた。


「この辺りにあるんですか?」

「いつも大体、このへんに生えてるんだけど……。って、あった!」


 そう声をあげると見つけた薬草らしき草の前に座り込んで、肩から下げて腰の後ろにつけていたバックから小ぶりな本を取り出すと、慎重に目の前の草と本の中に描かれた図を比較し始める。


「……クロウ、その本は?」

「ギルドで貸してもらった植物図鑑だよ」


 どうやら目的の薬草に間違いなかったらしい。よしよしと小さくうなづくと、慎重に生えている草の葉っぱの部分だけを摘んでいく。クロウいわく茎と根に手を出さず、葉を半分くらい残した状態にしておくと数日でまた茎から葉が生えてくるのだとか……。

 それを薬草収集の基礎として教えてもらいながら、クロスも練習がてら実際に葉っぱの採集に挑戦していたのだが、それが一段落したあたりで、クロウは手にしていた植物図鑑をクロスに差し出していた。


「これを見ながら、薬草かどうかを調べるんだよ」


 依頼書には薬草の名前だけが書かれているので、それを図鑑で調べてどんな草を集めればいいのかを判断しなければならないらしい。ただし、こうして生えている場所までは載っていないので、FランクをクリアしてFの依頼に見向きもしなくなった先人達から場所を教えてもらったりしなければならないし、あるいは自分で調べて何処にいけばどんな薬草が手に入るということを覚えていかなければならないのだろう。そういう意味では、最低ランクのクエストといえども他の肉体労働系の仕事と比較しても、決して楽と言えるような内容ではなかったのかも知れない。


「しかし、さすがクロスロードですね」

「うん?」

「この植物図鑑ですよ。私が今まで見たことがあった図鑑は、手書きで黒一色な上、さほど上手くもない絵を描かれた羊皮紙の束を、単に紐で縛ったものばかりでしたから。……これほど美しい作りの本は初めて見ました」


 それは見たこともない程に綺麗な紙に色鮮やかな図解によって描かれている図鑑であり、頑丈そうな厚紙の表紙と背表紙に挟まれて綺麗にまとめられている状態で一冊の本に製本されているという、随分と立派な作りの品だった。

 表紙には植物図鑑と大きく書かれていて、その下には「冒険者ギルド所有」の文字と「八」の数字が描かれており、その下には「貸出専用」とこれまた大きく書かれていた。おそらくは所有者名と通し番号を記載するための欄だったのだろう。そして、裏には「汚すな・破るな・濡らすな」と、ごく当たり前な三点の注意だけが大きな文字で書かれていた。


「汚すな、破るなは分かりますが、濡らすな?」

「詳しくは知らないけど、その紙って羊皮紙じゃないから水に弱いんだって。あと濡れたら書いてある絵がにじむとかどーとか? なんか文字とかも、にじんで見えなくなるから雨の日は絶対に外で広げちゃ駄目よって言ってたよー」


 だから濡らすなということらしい。そうクロウから教えてもらったクロスは図鑑をしみじみと眺めていたのだが、自分の手の中にある本が自分の知っている図鑑から遥かに進んだ技術によって作られた品だということは、察して余りあるということだったのだろう。一つタメ息をつくと、小さく首を横に振っていた。


「この本は本当に凄いですよ。まるで本物の草を閉じ込めたみたいだ」

「ほんと、綺麗だよねー」

「それに、どうやって作ったのか想像すら出来ません。……きっと高かったのでしょうね」

「西の方から大量に入ってきてるから、だいぶ安くなってきてるらしいけどね。……それでも普通に買えるような値段じゃないんだけどねぇー」

「西?」

「こういう本って、ウェストエンドの方で作ってるんだって。前に配達のクエストを受けた時に雑貨屋のおじさんが教えてくれたよ」


 ウェストエンドの奇跡。そんな言葉がクロスの脳裏を掠める。

 それは修道院に引きこもって修行三昧の日々を送っていたせいで比較的世の中の動きに疎かったクロスでさえも知っているほどに有名な、ある種の現在進行形な『伝説』だった。

 ここ数十年の大陸史の中で、大陸西端にある貿易港を抱える街ウェストエンドを中心に起きた数々の出来事は、ある種の伝説とさえ呼ばれているものばかりであり、大陸史においては文化的大革命といってもよかった。

 そんな歴史的発明が、ごく短い間に次から次へと生み出されていったとされる奇跡的な物語の舞台となったのが、ウェストエンドの老舗雑貨商クラリック商会である。

 クラリック商会は、もともとウェストエンドでも数本の指に入るだろう由緒正しい老舗雑貨商だったのだが、ここ数十年の間にクラリック商会が売りだした数々の新商品は、その強烈な利便性もあいまって、大陸を西から東まで一気に席巻したのだとされているのだ。


 それは例えば、今クロスが手にしているような作りの本であったり、様々な場所で目にすることも多くなったいわゆる教本と呼ばれている技術書の類や、クロウが持っていたような知識の集大成である図鑑などであったりしたし、他にもクロスにはお馴染みともいえる教義や治療魔法の技術などを分かりやすく書いた聖書や魔導書であったりした。

 他にも、剣術や魔術に関する基本的な技術や各種応用方法なども詳しく解説したハウツー本などの教科書も数多く存在している。

 それらの本はやたらと綺麗な作りの上に(どうやって作っているのかはさっぱり分からないのだが)全く同一の内容で大量に作成されているらしい本の他にも、最近ではごく当たり前に使われるようになってきている各種認定証や、それらを入れるパスケース、アーノルドも普通に使っていた名刺なども商会の発明した商品であるし、ここ数十年で大陸中の街の様子が大きく変わったのにも商会が裏で関わっていると噂されているほどだった。


「……全く新しい発想による発明品だというのは分かるのですが……」


 ウェストエンドの奇跡とクラリック商会の大躍進。そして“紋章(シンボル)教本(バイブル)”の発明。それらを成し遂げた時、大陸の文化は一足飛びに次の次の更に次の段階へと進んだとされているのだ。


「……クロウ、貴方は、こんな噂話を知っていますか?」

「噂話って?」

「ウェストエンドの奇跡は、すべて一人の女性によって成されたのだそうですよ」

「うっそだぁ~」

「……そうですね。こんなの嘘に決まってますね」


 果たして、こんな凄まじい品物を生み出せる技術を次から次へと新しく考えつくような人物が、本当に実在しているのか……。いや、そんな人物が本当に存在して良いのだろうかとすら思ったのだろう。そう返事をしたクロスの表情は、どこか薄ら寒いものを感じたのだろう何処か青ざめたものだった。



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