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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-25.終わりの始まりの朝


 自分の所は比較的、朝早くから開いている方だと思う。そういった自負はあったが、そんな医院の開店を店の前で待っている様な暇人が居るというのは、なかなか長い医師生活の中でも経験がなかったのかもしれない。

 ましてや、急患として原因不明の腹痛や食あたりらしき症状の患者が運び込まれたりして夜中に叩き起こされる事はあっても、のんびり玄関の前で医院が開くのを座って待っていられるというのは、流石に経験がなかったのだ。


「……何をしとるんだ、お主ら」


 そう呆れる風に声をかけたのは寝巻き姿のままなエドであったが、そんなエドに声をかけられたのは「たははは」といった風に苦り切った苦笑を浮かべたアーノルドであり、そんな青年の横には奇妙な格好をした女が立っていた。


「お久しぶりです。薬師殿」


 朝っぱらから嫌なヤツを見てしまった。そう老人にしては珍しくあからさまに嫌悪感丸出しな表情で視線を向ける先には、灰色の修道服に無数の黒っぽい色をした鎖をぶら下げているという、余りにも奇妙で奇抜で……。それだけにひどく特徴的とも感じられるだろうおかしな格好をした若い女が居て。つい先程まで腰掛けていたらしい入り口の階段から、チャラチャラと鎖の音をたてながら、ゆっくりと立ち上がろうとしている所だった。

 その綺麗に整った顔や、微妙に間違えやすい上に覚えにくいという名前などはともかくとして、その奇抜な格好だけは決して忘れることは出来ないだろう……。それこそ、この街に長く住んでいる者であればあるほどに、その人物は絶対に忘れることはないのだろう、そんなある種の曰くつきな人物であったのだ。


「……エレノア殿。日も未だ登り切っておらんような朝っぱらから、こんな死にかけのジジイを相手に、エレナ教会の司祭である貴方が何の御用ですかな」


 そう警戒心もあらわに尋ねるエドの言葉にニッコリと笑みを返しながら、その口に修道服の袖が引き寄せられていた。その袖は奇妙に丈が長く、指先の遥かな先の部分まで覆っていた。そんなあからさまに長すぎる袖は掌のあるらしき場所で奇妙な三角形を形作っていたのだが……。その袖で隠された口元には紛れもない笑みが浮かんでいた。


「まあ、それなりに時間のかかりそうな用件が幾つか……。あとは、そうですねぇ……。先日の件の報告などでしょうか」

「先日の件の報告とやらについては感謝するが、その前に済ませるつもりらしい『それなりに時間のかかりそうな用件』とやらについては一切身に覚えがないせいか……。そう言外にほのめかされると……。ぞっとせんな?」


 先日の件と言われて、自分が手を貸そうとしていた中で魔力暴走を引き起こした少年の件であったのだろうと辺りをつけたエドであったし、それを聞いた上で「自分にはやましい部分は一切ないから帰れ」と突っぱねる真似は出来なかったのかもしれない。ただし、こういった餌に釣られる形で懐に招き入れてしまうには少々相手が危険すぎた。


「まあまあ、そう警戒せずに……」


 そう無駄にニコニコ笑って微笑んでいる一見無害そうな女が、同じ笑みの表情を浮かべたまま、何十何百何千という色々な人々を様々な場面において、契約の神の地上における代行者の名の元に、等しく黒い茨で縛り上げてきたことを知っている身としては、可能な限りお近づきになりたくない人物の筆頭格であったのだから……。


「……立ち話も何ですから、中でお話しませんか」


 そう自らが嫌われ者であることを自覚しているのか、何処か困ったような苦笑を浮かべて見せるエレノアであったのだが、その顔に騙されたらひどい目に合うのは分かりきっている事でしかなく……。


「……エレナの司祭殿と二人きりなど、いささか恐れ多い上に、少々恐ろしいですな」

「ご安心を。ちゃんと問題が起きないように、立会人の方も連れてきておりますので」


 そう口にして横を指差すエレノアであったが、そんな二人の視線を向けられる先では、スマンと表情で謝っているアーノルドが立っていた。どうやら今日の彼の役目は、エレノアのお目付け役といった所であったらしい。


「……おい。事情は説明してくれるんだろうな?」


 そう目の前のエレノアでなく、その背中に隠れるようにして立って頭をかいているアーノルドを脅すようにして()めつけるエドであったが、これまでのやりとりで少なくともちょっとやそっとではエレノアが引く気が無さそうなのは分かっていたのだろう。

 仕方ないといった諦めが大半ではあったものの、エドは着替えてくる間に、そこらへんに適当に座っていろとだけ告げて背を向けると、二人を中に招き入れたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 その日は何時もと“何か”が違っていた。


「……ふぅ」


 具体的に、何がどう“違う”のかまでは分からない。強いて言えば“違和感”なのであろうか。かといって、何がどう違うのかと問われると、それを言葉では上手く説明出来なかったのだが……。


 ──はっきりと自覚できるような類の感覚ではないのか……?


 そう自分の中の奇妙な感覚に戸惑いを感じながら、小さくタメ息をついて首をかしげて見せながら、いつの間にか動きが止まっていた着替えの手を再開させる。

 そんなクロスの背後ではいつものようにベッドに寝転がっている自称父親が居て。


「どーしたよ。朝っぱらから、そんな色っぺぇタメ息なんてついて」


 昨日の夜の情事(こと)でも思い出したか? ぅん? といった下らない戯言をスルー出来る程度には、ゲスな冗談やセリフそのものには慣れてしまっていたのだろう。……それが良い事なのかどうかはともかくとしながらも……。


「なにか胸の奥のほうが妙にムズムズするんです。……ザワザワするっていうか、むず痒い感じがするっていうか……。なんだか嫌な感じです」


 そう自分の中の違和感を言葉で表現してみるクロスであったが、そんな少年の言葉に背後の悪魔は眉をピクリと動かしていた。


「ほー……。そりゃ良くねぇ兆候だな」

「そうなんですか?」

「もしかすると、虫の知らせってヤツなのかも知れんぞ……?」


 うんうん、きっとそうだ、と。そう何やらしたり顔でウンウンと頷いている悪魔であったが、どうせすぐ下らない冗談なり下ネタに走るのだろうと予想していたクロスは、その言葉にまともに取り合っていなかった。どうせまともに返事をしても無駄だと……。


「よし分かった! そんなに気になるなら診てやるから、こっちにきて服を脱げ!」

「……どうせ『下もだぞ』ってオチが待ってるんでしょ?」

「良く分かったな!」

「そのまま押し倒される未来しか見えないので、遠慮しておきます」

「親子の間で遠慮なんぞするな」

「遠慮じゃありません。だいたい、昨日の夜、あれだけ人のことを……!」


 おっと。流石に、コレ以上はイケない。ずるずると相手のペースに乗せられて、品位を下げきってはいけないといった自戒の気持ちもあったのだろう。思わず口走りそうになった文句のセリフを半ばでぐっと飲み込むと、ふーとタメ息をついて。


「……今は、貴方に構っていられる暇がないのですよ」


 そう言うと、また止まってしまっていた手の動きを再開させたクロスであったのだが、そんなクロスの格好は珍しく何時もの修道服ではなかった。かといって以前のように女装をしているという訳でもなく、至って普通の格好をしていたに過ぎない。

 それは下級貴族や大きな商家の子供が着ているような、そこそこ上等な平服であり、平服を持っていないというクロスにプレゼントと称してジェシカが買い与えた服だったのだ。ちなみに、その時に交わした約束事として、次回の仕事の時にはコレを着てくると約束させられていた。これでジェシカの何気なく質の良い服と、さり気なく釣り合いが取れるようになったということなのかもしれなかった。


「そういや、今日も仕事(デート)だったか」


 いやはや、本職がお休みの日まで副業でお仕事とは、大変だねぇと。そう、哀れんでみせる悪魔であったが、その言葉の裏には「まぁた、アイツとデートかよ」といった呆れのニュアンスが多分に含まれていて「あんな干物女の何処が良いのかね―。物好きなヤツだ」と言いたげであるのは言うまでもなかったのだろう。


「……また付いて来るなんて言わないでしょうね」

「だったらどうする?」

「そうですね。ちょっとやそっと頼んだくらいではどうにかなるとは思っていませんが……。まあ、一応は、頼んでみますかね。ついてこないでください、とでも……」


 この傲岸不遜な悪魔を相手に、ちょっとやそっとのことではこちらの頼みを聞かせるのは難しいと分かっていたが、それでも邪魔をされたりするのは面白くはなかったのだろう。


「別に『見に来るな』なんて言うつもりはないんです」


 どうせ来るなと言っても「一人で留守番とか暇すぎるだろ。常識的に考えて」とかうそぶきながら付いて来てしまうのだ。どうせ止めることなど出来ない相手なのだからと、その部分はすでに諦めてしまっていた。


「ただ、先日のようなのは勘弁してください」


 そう苦り切った顔で口にされた懇願に近いセリフに満足したのだろうか、カッカッカと笑ってみせると「ああ。アレか。……分かった、分かった。もうしねぇよ」と軽い口調で約束してみせていた。


「……本当に?」

「ホントだって。……流石にこないだのは、ちょっとやり過ぎたかな~ってな?」


 こう見えてもいちおーは反省ってヤツをすることもあるんだぜ、と。そう自分を悪魔らしくないがなと笑い飛ばしながらも、それでも次の瞬間には相手を小馬鹿にしたようなセリフを口にしてしまうものなのかも知れなかった。


「もうくっだらねぇ邪魔はしねぇから、思う存分、あの干物女と乳繰り合ってこいや」


 そうヒラヒラと手を振りながらシッシッと追い払う動作をと供に口にする悪魔をギロリと睨みつけながらも、それでもその足は部屋の外に向かっていた。そんなクロスの背に向かって、背後のベッドの上から声がかけられていた。


「今日は、ずっとここに居るぞ」


 それは何時ものように付いてすら来ないという意味なのだろうか。そういぶかしんだクロスは思わず背後を振り向いたのだが、そこには先ほどまでと何も変わっていない悪魔の姿があるだけであり……。


「そうなんですか?」

「そーなんですよ。だから、忘れんな。俺はココに居る」


 夜までは居てやるよ。そう口にされる言葉の意味など分かるはずもなかったのだろう。


「そうですか」

「……ああ。……あと、な……」


 若干言葉に詰まる様にして、ポリポリと頬をかきながら。


「どーしても助けが欲しくなったら、呼んでも良いんだからな?」


 助けが欲しくなったら呼べと? ああ。

 たとえば暴漢に襲われた時とか? かもな。

 ……私が貴方のことを頼るとでも? さあなぁ。


 そんな謎なやりとりを視線で交わしながらも。


「……そうゆうセリフ、なんだか似合っていませんね」

「だよなぁ……。でも、こんなでもいちおーは親だからなぁ」


 泣いてる子供を抱きしめてやるってのも親の仕事らしいぞ?

 そんな言葉で茶化しながらも。そのセリフを聞いたクロスはわずかに胸の奥に感じる奇妙な感覚が強まる感じがして。


 ──私が泣き崩れて助けを求める事になる、と……?


 そう考えただけで胸のモヤモヤが強くなるのは、それがいわゆる“予感”と呼ばれる感覚であったことの証でもあったのかもしれない。もっとも、本人は、そう感じていたとしても余程、それを信じたくなかったのだろう。ただ単に不愉快さを募らせていただけだったのだが。


「……悪魔からインチキ預言者にでも鞍替えしますか」

「悪魔らしくか? まあ、それも悪かないかもな……。だが、まあ……。昔から悪い予感ってヤツだけは、やたらとよく当たるようになってるらしくって、な?」


 ま、忠告っつーか、助言になるのかね? とりあえず、覚えとけって。

 そんな軽口に僅かに口元に笑みを浮かべて。


「……初めて、ですね」

「あん?」

「初めて貴方から肉親らしい愛情を感じた気がします」


 いつもそれくらい普通にしてくれるなら、もうちょっと優しくしてあげられるのに……。

 そんな言外のセリフすらもキャッチしてみせたのかもしれない。


「嫌よ嫌よも好きのうちって言うしなぁ~?」

「……嫌われるって自覚は、いちおーあったんですね……」

「クロちゃん酷い!」

「その呼び方だけはやめなさい!」

「……駄目なのか?」

「駄目です。絶対に許しません。不許可です」

「そう呼んでいいのは、あの黒いのだけって事か」


 そう言い放つと『ケッ。そーゆーことかよ』とやさぐれて見せながら。


「あちこちで浮気しまくり、目移りしまくりって割には、意外に独占欲強いっていうか……。なんつーか。さっすが、我が子っ感じかぁ? だが、その腰、なかなか具合は良いんだが、ちょっとばっかし軽すぎやしないかねぇ? ぅん?」


 そんな小馬鹿にしてくるセリフに返されるのは、何時ぞや皮鎧とセットで購入する事になって以来使っていなかった投げナイフで。


「お黙りなさい。あんまりふざけた事ばっかり言ってると、三枚におろしますよ」

「ちょっ、おまっ!? あぶっ!?」

「だいたい、誰のせいでこんなややこしい事になってると思ってるんですか!」

「半分以上は、お前のせいだろ!? 自業自得ってヤツだと思うぞ!?」


 そんなこんなでどっすんばったん大騒ぎした挙句に、二人揃ってゼーハーゼーハー息を乱しながら、ようやく遅刻寸前であることに気がついて、急いで部屋を後にするクロスである。


「とにかく! ここで大人しくしといて下さいよ! そう自分で言ったんだから!」


 バタン! そう怒鳴りつけると同時に荒々しく扉が背後で閉まる。それと同時に、それまでさんざん乱れていた呼吸が急に平静なものへと変わり、白昼夢の世界を脱した事をクロスに自覚させていて。そんな少年の耳に最後に声が届いていた。


「……頑張れよ、馬鹿息子」


 その台詞の真意は未だ分からずとも、それでも小さく頷いて見せたのは、半ば無意識の反応であったのかもしれなかった。



2013/08/20 余りに酷い間違いの部分などを訂正しました。

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