4-24.悪魔のちょっかい
お互いに相手に嫌われたくない程度には好意を抱いていて。そして、二人で歩いている時には何となく手を繋いでいたりする程度には仲が良く。それでいて、互いに合意の上で色々な事を隠し合っているが、あえてそれらを無理に探る様な真似は特にしておらず。どうしても知りたくなったら相手に直接教えてくれと口にすると約束もしあっているような。そんな不思議で複雑な奇妙な友人関係でありながらも、それでも二人は友達以上の関係には進んでいたのかもしれない。
そんな相手と今日も今日とて一緒に出かけていたクロスであったのだが……。
「……ねえ、聞いてる?」
そう向かい合わせに座った少女に問いただされて少年は我に返って焦点を合わせていた。
「もー。またボーっとしてたんでしょ」
「……申し訳ありません」
「そんなにつまんなかった?」
「そんなことは……」
「ないけど、なんとなく考え事ってわけ」
「……すみません」
もしかすると昨日、本業の方が忙しかったのかも知れない。そう脳裏によぎったのかも知れないが、そんな少女からは少年が何か事情があって今日は何となくボーとしている様にしか見えなかったのであろうが、実のところ、少年側から見た時には色々と事情が異なっていた。
「そうそう。女の子とデート中にボンヤリするとか、言語道断もいいところだぞ。自分の事を馬鹿にしてるのかってな? 怒鳴られても知らんぞ~?」
「……誰のせいで、そうなりそうになってると思ってるんですか」
わざわざ説明するまでもないのかもしれないが、今日のお仕事(と書いてデートと読む)には、何故だか自称父親が付いてきていて、こうして話しかけられたりした時に、半ば自動的に白昼夢の世界に引きこまれたりしてしまっていた。
……まあ、そのお陰もあってか、自分が夢の世界と認識している、この周囲から切り離されているらしい不思議な空間の中に入ってしまった時には、周囲から自分の今の姿がどういう風に見えているのかを理解することが出来ただけでも、一応の収穫ではあったのかもしれないのだが……。
──やれやれ。なんで急に「一緒に行く」とか言い出したのやら。
自分が以前から、ジェシカのお供として雇われているのは知っていたはずだし、ちょっと変わった依頼を受けてせっせと日々副業に励んでいるというのも、知っていたはずなのだが。それなのに、何故だか今日に限って宿舎を後にしようとしたときに「一緒に行くぞ」などと言い出してついてきてしまったのだ。
そんな訳で、何故だか今日は少年にしか認識できないお邪魔虫がお目付け役を自称しながら付いてきて邪魔をしたりしているという、何とも奇妙なシチュエーションの中で、少女のエスコート役をこなす事になっているクロスであったのだが……。
「……それで前に“あの人”から出されてた課題があったじゃない。あの森の中と、塔のエントランスの部分で似たり寄ったりの役目を求められているはずのエリアのはずなのに、何であんなに違いがあるのかって……。あの時には、まあ……。私がケガしちゃったり、喧嘩売られちゃったりとか、色々あって。……結局、有耶無耶になっちゃって、答えは教えて貰えなかたんだけどさ。でも、たぶん、こういう事なんじゃないかなって……」
バベルの入り口には綺麗で丈夫な商店や軽食屋、鍛冶屋などのバベルの攻略において近場にあってくれると助かるだろう系統の店が軒を並べていたのに対して、大迷宮の入口のある広場には屋台の小さなお店しか並んでいなかった。
その原因や理由について、色々と情報を耳にしていたせいもあって、直接答えを聞かされていなくても、ある程度の予測は出来るようになっていたのだろう。
「……という訳で、結局のところ、違いはただひとつ。中のモンスターが外に出てくるかどうかの差でしかなかったのよ! ううん、そこさえ押さえておけば『何で、ここがこんな作りになってるのかなー』って思う部分の疑問にも自然と答えが浮かんでくるはずなの!」
なぜ大迷宮の入り口の周囲には露天しかなかったのか?
それは、そんな危ない場所に店を作ったりしても、もしもの時に地下から溢れだした魔物によって襲われてしまう可能性あるから、逃げ易くしてあったのだ。
そして、なぜ国立公園の出入口は街の外側になる南側にしか向いていないのか? そして、そのゲートの部分には、なぜいつ兵士が立っているのに、人の出入りをチェックもせずに暇そうな様子で見ているのかも……。
それらも全て、地下から魔物が溢れてきた時に対しする備えであって、万が一ゲートを突破されても街の南側……。王宮などのある中央区の反対側に魔物の進行方向を誘導しようとしているという意図があったりしたのだろうし、やたらと頑丈そうなゲートの格子扉の方も、万が一の時に閉鎖出来るように兵士を配置してあるのだろうということまで。それらも全て察する事が出来るようになっているのだ、と。
そう持論を元気よく展開していたせいか、喉が乾いたのだろう。テーブルの上でコップの表面に水滴が浮かび始めてた冷たい果汁ジュースをゴクゴクと美味しそうに飲んでいた。
「いやはや、いちいちごもっともというべきか、それともご立派というべきなのか、お見事というか。……うん。まあ、それほど間違っちゃいないな。確かに塔のゴーレムどもは塔の外には出てこないからなぁ……」
そうパチパチと自分の背後から聞こえてくる拍手の音と感心したような声に苦笑を浮かべながら、クロスは面白くもなさそうな声で背後の悪魔に文句をつけていた。
「そうやって、変なタイミングで会話に割り込んできて雰囲気を悪くしたりするの、やめてもらえませんかね」
「ん~? そ~か~?」
「そーなんですよ」
ジェシカが持論を口にして飲み物を飲んでコッチを見つめている。これは何か、今の意見について意見を頂戴というアイサインなのだろうが、それに何か答えようとするたびに、間が悪いことに話に割り込まれて白昼夢モードに切り替わってしまって、結果としてジェシカの目には自分が話している内容に対して、大して興味を抱いていないっぽい、ひどくつまらなそうな風にしている様に見えてしまうだろう、ボーっとした表情のクロスが居て。
……こんな酷い仕打ちをされて、流石に気分を害しないはずもなかったのだろうが、それでも飲み物が目の前にある……。ソレがあってくれたお陰で、そっちに意識を集中している振りをすれば、一応は相手の不愉快な態度に気分を害しているのを、それなりに隠す事も出来ていたのかもしれないのだが……。
「その……」
「まあっ! 色々タイミングが悪いってのは自覚はしてるさ! 特に、今日はな!」
そのあからさますぎる邪魔の仕方に、何か考えがあって自分をボーとさせているのだということに今更ながら気が付いたのかもしれない。だが、会話のタイミングを悪くさせたり、変なタイミングで自分の意識を奪ったりして、一体、何をしようとしているのか……。
それを少しだけ考え込みながら背後を睨みつけていた少年であったが、その背後では悪魔がニヤニヤ笑っているだけであり、そんな二人(他人の目から見れば少年一人だけだが)の視線の先では、何やら雰囲気を暗くしてうつむいてしまっている少女が一人居て……。
──もしかして、ジェシカさんに何かを仕掛けている……?
それは直感に過ぎない閃きだったが、それほど大きくは外れてもいないとも感じていた。少なくとも何の意味も考えもなく、こんなクソ面倒で意味不明な真似をする悪魔ではないのだから。そういう意味では、別のベクトルではあっても、それなりに信頼をしているという意味でもあったのかもしれない。
「ほっほー。なっかなか良い勘してんじゃねぇーの」
そう唐突に気配もなく耳元でささやかれて思わず耳を押さえてうめき声を上げてビクッと体を縮こまらせてしまったクロスの反応を見て、思わず笑っていた悪魔であったが。
「あっ。その……。わ、私。ちょっと、いってくるね。えと……。すぐ、もどるから!」
そう一人、その間に捨て置かれてしまってた少女は有無を言わせない口調で早口で断りを入れると最後に「ここで待ってて!」と言い残して、止めるまもなく席を立って店の奥に向かって走って行ってしまっていた。
「……どこに……」
「トイレだろ。もれそーだったのかもな」
そんな置いていかれた少年と悪魔のやりとりは何処までもスレ違っていて。
「きっと気分を害したんですよ。……もしかしたら泣いてるかも……」
「ああー、その可能性はちょっとあるかもなー。でも、まあ……。多分、それだけじゃないと思うんだがな?」
「それだけじゃないって、何がですか。……というか、何を企んでいるんですか」
「さて? それはまだ分からんが……。だが、それほど的外れでもないと思うぞ」
もしかすると勘違いって可能性も一応はあるのだが。……でも、まあ、もうすぐ分かるだろう。というか、それが分ったら、もう色んな意味で満足だから、良い加減にお邪魔虫は退散してやろうと思っているがな。
そうあっさりと色々と白状をしながらも、それでも肝心な部分だけはボカしたままで。そんな不誠実な言葉しか口にしない相手に嫌気がさしたのか、思わずムスッとした表情のまま背後に体ごと振り返ったクロスであったのだが。
そんな少年の視線の先では、ずずずーっと。いつのまに頼んでいたのか、手元では紅茶の入ったティーカップが傾けられていて。その前にはお茶請けなのであろう、小皿に入ったお菓子まで置かれてしまっていた。(ちなみに二人の前に置かれているのと同じ物だ)
「……せっかく身を隠しているのに、わざわざ注文したんですか?」
「人が食ったり飲んだりしてるのを見てたら自分も食べたくなるもんだ」
平たく言えば「お前らだけウマそうなモン食ってんじゃねぇよ」って事なのだろう。
「というか、普通に話しかけたり出来るんですね」
「まあな。……普通なら、そっちからは見えない、聞こえない、感じ取れないのナイナイ状態なんだが。……この通り、やり方を工夫すれば、この程度なら自由自在ってことだ。もっとも、さっきのねーちゃん、誰の注文受けて、何処に何を持っていって、誰からこんなにオヒネリ貰っちゃったんだっけって、今頃、チップ片手に首を捻ってるかもしれんがな?」
どうやら、この悪魔はクロスにしか見えない幻などといったひたすら面倒くさい存在などではなかったらしい。そのことをさり気なくアピールして見せる悪魔であったのだが、それなら何時も人目に自分の姿を晒しておけば良いじゃないかと言ってはみても、やはり首は縦に振られる事はなかった。
「日陰者は、その立場にふさわしい振舞い方というものがあるんだってよ」
例え、かつての大陸の支配種族であったとしても。それでも一度戦いに負けてしまえば、この通り。紅茶と茶菓子を食す程度のことでさえ、これほどコソコソしなけりゃならんとわ……。いやー。やるせないねぇ。
そう何処か聞く者を小馬鹿にするような口調で嘆いて見せてはいるものの、そのひどく芝居がかった仕草と口調は明らかに本音などではあるはずもなかったのだろう。
「だから姿を隠してると言いたいんですか」
「そう思いたければ、そう思えば良いんじゃないか?」
だが、と言葉を続ける。
「お前も見ただろ。この間の悪魔憑き騒ぎ」
それは少し前にアーサーとジェシカの三人でお昼を食べに行った時の事だった。人虎族の少年が魔力暴走を引き起こして暴れだしてしまったのだ。
その時にはたまたま近くにいたアーサーの手によって力尽くで鎮圧された後、呼ばれてやって来たらしいエレナの司祭の手によって原因となった魔力が封印処置を施されて事なきを得たのだが……。
「あの時、あの少年が悪魔って呼ばれてた原因が何だったのか、それが分かるか?」
「それは魔力暴走を起こしていたからでは……」
「いや、もっと簡単で単純な理由だ。……目。瞳の色だ」
己の前髪の隙間から覗く真紅の瞳を指さしながら。
「この悪魔の証でもある赤い瞳を見たから、アイツは悪魔だって言われたんだぞ。それなのに、こんな悪魔の容姿まるだしの男が普通に歩いてたら……。常識的に考えて大騒ぎになるんじゃないかね?」
黒髪。灰色に近い白い肌。真紅の瞳。そして整い過ぎる程に整っている容姿と血のように赤い唇と、全身からにじみ出ている冷たい気配なども……。それらは何一つとっても普通とはかけ離れた特徴ばかりだった。
余談になるが、そんな悪魔と瞳の色以外、ほとんど同じ特徴を持っているクロスがどれだけ悪魔に近い容姿をしているかというのも分かるというものだろう。
「まあ、戦に負けた以上はガタガタ抜かさんと黙って俺達のやり方に従えやってーのも……。まあ、分からん訳じゃないんだがな?」
個人的にはちょっと納得出来ん部分や黙って従えない様な部分も多々あるという事なのだろう。だが、まあ、そこはぐっとこらえて。ほら、郷に入っては郷に従えともいうし? 大陸の現在の所の主流派であり、一応は支配階級種族にあるのだろう人間どもの指示であるのだから、それに一応は従ってやる義理程度はあるのだろうから、と。
そうお前らの決めた変なルールに従わなくちゃいけないから、仕方なしに、こうしてやってんだぞー? と。そう何処か恩義せがましく口にしながらも……。
「嘘でしょ」
「まあな!」
単なる趣味だ、趣味。そもそも俺様がなんで人間どもが決めたルールになんぞ従わなくちゃならんのだ。そう言い放つとガッハッハッハッと豪快に笑ってみせたことで、この話にも一応はオチがついたと見なしたのか、一つ小さくタメ息をつくと。
「それで、企み事の結果とやらは分ったんですか」
「……ああ、多分、な」
そう答える男の視線の先には、先ほどまで浮かべていた渋面など欠片も見えなくなったニコニコ顔のジェシカがスタスタと平然と歩いてきていて。
「……フム。なるほどな。予想通りっちゃ、予想通りか」
そう、何かに納得したようにウムウムとうなづいていた。
「さてっと。見たかったモンはあらかた見れた事だし。そろそろお邪魔虫は退散するとすっかなぁ~」
「……満足しましたか」
何をしたかったのか、結局、よく分からなかったけれど。
そう言いたげなクロスにニヤリと口の端を歪めて笑いかけてると、また今度、ベッドの中ででもゆっくりと聞かせてやるよと言い残すと、席を立って。
「色々邪魔して悪かったな。おじょーちゃん」
こちらに向かってくるジェシカに聞こえるはずもないのに謝罪を口にして。そのまま入れ違いに店から出て行ってしまっていたのだった。