表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
75/114

4-23.才能に伴う責任


 おう、仲直り出来たのか……。ふーん。そりゃ良かったし、でかした。今後とも、その調子で、よろしく頼むぞ。

 ジェシカの父、クランクに「どうにかこうにか仲直り出来ました」と報告にやってきたクロスが告げると、それを聞いたクランクは良し良しと一人頷いて納得していた。どうやらこの結果をある程度は予想していたらしいのだが……。


「……しっかし、意外っちゃ意外な結果だな」

「何がですか?」


 以前に街中でばったりと出会った愛娘とクロスがそのまま出かけてしまったという事があったのが原因だったのか、いつ二人が出かけても良いようにとクロスを指名しつつも、期限を特に指定していない、いわゆる常時依頼状態な形での愛娘の特殊護衛の依頼がギルドに出されていたらしいのだが、今回の件でのお礼と称して渡された依頼主であるクランクのサインが入ったそんな達成済みという扱いになる依頼書を修道服の懐に収めるクロスに視線を向けながら、そう意味深に漏らしたのだから気にならないはずもなかったのだろう。


「いやな……。アイツの聖職者嫌いは筋金入りだからなぁ……。それなのに、あん時のお前は、そんな聖職者丸出しな格好で謝りに行くとか言ってたしよ……。こりゃ駄目かもしれんな~って、内心では諦めてたんだ」


 それなのに、結果としては無事に仲直りが成ったのだろう、ちゃんと許してもらえていたようだったし、そこでどんなやりとりがあったのかまでは知らないが「ちょっとデートに行ってくるね」とか、流石に娘の親としてはちょっと聞き捨てならないふざけたセリフを残しながら、一応は宣言通りというべきなのだろう、二人して腕を組んで出かけて行ってしまったし……。数時間後に帰ってきた時には我が子はとても満足そうな表情を……。それまでの何処か空虚な幸福感の張り付いた笑みでない、心の底からの微笑みを浮かべていた。


 ──あの顔を見ちまったからなぁ……。まだまだ子供だと思ってたのに……。いつのまにか、いっぱしの女になってたってことなのかねぇ。


 そう内心でタメ息をつきたい気持ちもあったのだろうが、それでも近頃は体調が良くない事もあってか、部屋に引きこもり気味であったし、ベッドの上で色々と思い詰めていたようだったし、塞ぎ込み気味でもあった。

 そんな右肩下がりな精神状態が原因だったのか、いつも以上に顔色が悪くて。それがひどく気になってたし、まるで花がしおれてしまったかのような元気のなさは商会の面々も内心で気が気でなかったのだ。

 そんな弱っていく一方だった我が子を、多少力尽くな印象を受ける方法であったにせよ、こうして苦境から救い出してくれただけでなく、遥かにマシな精神状態にまで押し戻してくれた。それこそ、自分達が心の底から願っていた全てを、こうして叶えてくれていたのだ。

 おそらくは自分のやってのけたことを自覚していなかったのだろう。本人は「今日の来訪は、そんなつもりじゃなかった」といって依頼報酬の受け取りを渋っていたが、クランクにとってはやってくれたことに対する対価として支払う額面としては、銀貨数枚程度など惜しいとすら感じないほどのハシタ金に過ぎなかったのかもしれない。


 ──あの子をまた笑えるようにしてくれた。……ただ、それだけで十分だ。もう、俺ぁ、何も言うこたぁねぇさ。……ただ、ただ、ありがとうの一言さ。


 そんな感謝の気持ちをこめての謝礼であったし、今後とも頼むぞの含みをもたせた言葉でもあったのだろうが……。それでも愛娘を持つ男親としてはイマイチ素直になりきれない物なのだろう。その口は今回の結果を呼び込んだ最大の理由だろう“要素”をシミジミと口にしてしまうものなのかもしれなかった。


「しっかし、やっぱ、男は顔って事なのかねぇ……」


 我が子がどうにかして喧嘩してしまった相手と仲直りをしたいと悩んでいたのも知っていたし、店の従業員達にどういった経緯や事情があってクロスが女装してまでして自分の護衛(という名の遊び相手)をするといった妙ちくりんなやり方で依頼を受ける羽目になったのかも聞き出していた様だったし、誰のせいでそうなってしまったのかも既に承知していたのだろうし、恐らくはそれが原因だったのだろう、最近、娘の自分を見る恨みがましい視線が少しだけ……。いや、かなり気になっていたクランクである。

 そんな我が子がどうにかしてお気に入りの相手と仲直りしたいと願っていたのも察していたし、出来れば今以上の関係になれればハッピーだなぁ~といった淡い想いを抱いているらしき事も薄々ではあったが、察する事が出来ていた。

 だからこそ、どうにかして自分の中で今回の件について必死に『彼は悪くなかった。仕方なかったのだ』と折り合いをつけようと努力していたようだったし、そのためなら自分がすべての原因だったと悪役になっても構わないとも思ってた。

 ……まあ、実際には我が子が自分の中で決着をつけてしまう前に、相手の方から愚直なまでに真っ直ぐでいささか力尽くな方法と想いでもって、一切の誤魔化しなしで頭を下げて来られてしまったようなのだが……。


 ──まあ、ドえらい美人顔だからな。そこに惚れ込んだってぇのなら……。まあ、まだ分からないでもないんだが……。


 魔族の血が濃く出たクロスの顔は、美麗としか表現しようがないほどに整っているし、その化粧も何もしていないはずなのに妙に赤い唇などもあいまって無駄に色気が漂ってしまっているせいで、歳のわりにはやたらと妖艶さの漂っている顔なのだ。

 それこそ、ぱっと見には女にしか見えないのに、それでも明らかに違いが分かるような……。やたらと綺麗で整っているが、それでも「コレは……。なるほど、よくよく見てみれば艶のある“男”の顔だ」と本能的な部分で納得させられてしまうような……。そんな奇妙かつ無駄に人目を惹きつけてしまう罪づくりな顔だということなのだろう。

 そんな作りをした顔が眉をやや八の字にしかめながら、ひどく気弱そうな表情で。薄く苦笑を浮かべて自信なげな声で話しかけてくるのだ。……恐らくは、そのケがない人物であっても、こういう輩に長く接していれば心の何処かにある震えてはいけない類の欲望の琴線を力尽くで震わされてしまう事だろう。そんな危うげで恐ろしげな部分のある美貌の持ち主なのだから、それこそこのまま大人になったらどんな化け物になってしまうのかと、別の意味で変な心配すらしてしまうのかもしれなかった。

 そんな妙な方向に突出した容姿をもつクロスであったが、並外れた寿命の長さを誇る魔族系の亜人の宿命というべきなのだろう。一八才という実年齢の割りには、それよりも年下の我が子よりも明らかに年下にしか見えない幼い体つきのままだった。

 人間にとっては一八という年齢は幼さを失ってしまう年齢であったとしても、異種族……。特に際立った命の長さをもつ魔族系の亜人にとっては一八という年齢はまだまだ子供でしかなく、それこそ人間基準で考えた時には外見に近い十才程度でしかないのだろうと考えたほうがいいのかもしれない。それ程に未成熟な肉体であったのだ。

 そんな中身と外見の釣り合っていない肢体も相まって、色々と我が子の好みに疑問を感じてしまうのも仕方がなかったのかもしれない。だからこそ、顔が理由だったのかなという結論にたどり着いたのかもしれないのだが……。


「そうなのでしょうか……」


 また顔か……、と。そのタメ息混じりの言葉に、クランクは少しだけ眉を動かして反応を見せていた。


「……その事に、なにか不満でもあるのか?」

「たまには外見だけの評価や先入観などでなく、内面や能力の方でも評価してもらえないものかと思いまして……」


 それを聞いたクランクは「はて……?」と首をかしげる。


「評価はしているんじゃないか?」

「そうなのでしょうか……」

「その歳で二級治療師なんだろ……? それを周りも知ってるんだ。そんなお前のことを、見た目が良いだけのガキンチョとは流石に思ってないだろ」


 そう言われてみれば、確かに教会の治療院では周囲から『修士』、あるいは『修士様』といった最上級に近い尊敬語で呼ばれていたし、意識がある状態でクロスの治療を受けた者の中には、自分に向かって両手を合わせるようにして拝んでくる者も居た……。それを思い出せたせいなのか、思わず自らの態度と言動を恥じるようにしてうつむいてしまっていた。


「フム。……なるほどなぁ。まあ、そのツラとナリだ。……色仕掛け(マクラ)で上の連中をタラシこんだとでも陰口を叩かれたか」


 それを聞いたクロスは自嘲の笑みを浮かべていた。


「昔の話です」


 そう。それは王都に来る前の話。遥か、東の彼方にある孤児院での出来事であり……。そして、クロスに一生消えることのない罪という名のトラウマを埋め込んだ事件の切っ掛けとなった要素でもあったのかもしれない。


 ──まただ……。


 これを思い出すたびに右目に鈍痛が……。痛みとして知覚できていないはずの痛みが幻のように蘇り、半ば無意識のうちに右手が瞳を覆い隠してしまうのだ。そんな片方が塞がれているはずの視界の異常は、次第に左目側にも侵食していって。……いつしか、視界そのものを赤く染めるのだ。鈍い、鈍器で叩かれているかのような痛みと供に。

 この痛みが。感じている幻痛が。あの日の夜に頭上に輝いた赤き月光と、その鮮血と死にまみれた悪夢のヴェールが……。あの日、あの夜、あの場所で。自らの手で犯してしまった罪の大きさを、決して忘れるな、と。そう、戒めているかのようにして……。


「まあ、お前の言いたい事も分からんでもない。生まれつき持っていた物でしか自身の価値を評価されないというのは……。確かに、嬉しくはないだろう、な?」


 たとえ、それが持つ者の傲慢であり、持たざる者の嫉妬を呼ぶ感情であると分かっていても。それでも生まれつき手にしていた物だけで評価を受けるというのは、これまでの努力や人生を否定されているようで気に入らないものなのだ。それを理解も出来るからこそ、その共感の言葉でもあったのだろう。だが……。


「俺は感心せん」

「……そうですか?」

「ああ。感心せんというか、勿体無いというか……。より正確に言うなら、何を甘っちょろい事を抜かしてやがるって所か」


 それと全く同じセリフを忠告として口にしたアーサーの事を思い出したのだろう。思わず苦笑を浮かべたクロスに「同業者に似たような事でも言われたか」と指摘されて、ますます笑みを深くさせざるえなくなる。そんなクロスに「繰り返しになるかもしれんが」と前置きをしてクランクは自分なりの忠告という名のアドバイスを口にしていた。


「その外見の良さは、お前にとっては一番の武器だ。すくなくとも今のお前にとっては、デメリットよりはメリットの方が大きいだろう特徴の一つであって。……きっと、お前にとっても、非力な今の自分にとっては何よりの武器になってくれるだろう長所の一つだと理解しているはずなんだ」


 断言しておくが、お前は美形だ。それは否定出来ないだろう。……それこそ、もうちょっと歳をとれば、どんな澄ました女でも余裕で口説き落とせるだろう、そんな質の悪い優男になるはずだ。そう評された事で、かえって自分のもつ最大にして一番わかり易い『才能』の筆頭格とでもいうべき特徴が強調されていたのかもしれない。


「少なくとも、ソレはお前に与えられた才能……。望む望まざるに関わらず、己が持って生まれてしまった武器の一つのはずだ。……無論、治療魔法の使い手としての才能もあったのだろうし、魔族系の亜人らしく並外れた魔力なども持って生まれたのは確実だろう。……考え様によっては、際立って長い寿命すらも、あるいは……」


 自分達短命種の人間からしてみれば羨ましくも妬ましく、そして恐れすらも感じてしまいかねないきらびやかな才能の数々ではあったのだが。


「それらは全て、親がお前に与えてくれた資質。言い換えれば受け継いだ遺産とも言える能力の数々のはずだ。……それらを見事に使いこなして、これから始まる苦難に満ちた人生を、少しでも豊かで楽な道を歩んでいって欲しいと願って、与えられた能力だったのだとしたら……? そういう風にポジティブに考える事が出来るのなら……? 例え、努力以前の部分だけしか評価して貰えなかったとしても、だ。……それがどれだけの価値があると思う? ちゃんと正当な形で評価して貰えた上で、それを武器として使えるというのなら……」


 言葉をそこで区切って、ズイッと指を突きつける。


「これほど恵まれた結果はないぞ」


 たとえ、それに躊躇を感じているとしても。と続けて。


「それでも、お前は、それをためらうべきじゃないんだ。変に自分を卑下したりするな。生来の才能を無視するのは馬鹿のやることだぞ。けっして褒められたことでもないし、賢い者の行いでもない。……それに、折角、そうして持って生まれた才能なんだ。それを十二分に活用し、使いこなして生きていくことが……。もしかしたら、お前の出来る唯一といってもいい贖罪であり罪滅ぼしなのかもしれないぞ」


 何に対する罪で、何に対する贖罪なのか。その問いを複雑そうな色を浮かべた表情から読み取ったのだろう。


「もって生まれてしまった事に対する責任ってヤツさ」


 持つ者は極めて少なく、持たない者は遥かに多い。それが世の常という物なのだ。だからこそ、持って生まれてしまった事に対する批判や僻み、嫉妬や憎悪は甘じて受け入れるしかなく、持って生まれた力を十二分に使って、持たない者達が群れている人並みの上を一心不乱に駆け抜けていくしか出来ないのだろう。そして、そんな自分達の頭上を足元も省みる事もなく、ただ猛スピードで駆け抜けていくような、いわゆる一握りの天才という希少種を見上げる事しか出来ない、いわゆる持たざる者……。すなわち能力に乏しい凡人達は、その翼の生えているかの如き傑物達の背を、ただ黙って見送り、自分達とは違うのだと諦める事しか許されなかったのかもしれない。


「美形で長寿で。魔力もすごく豊富で。その上、治療魔法の天才的な才能も手にして生まれてきてしまってゴメンナサイ。私は貴方達を置いて、さっさと一人で先に進もうと思います……。と、皆さんに言えとでも?」


 そんな皮肉にまみれたセリフを聞いたクランクは思わず「言うじゃねぇか」と笑ってしまっていたが、その目は「そうさ。その通りだ」と肯定の色を浮かべていた。


「さっきはああ言ったがな。……俺は、もって生まれた事が罪だ等と思っていない」


 半ば背を向けた姿勢であるからこそ、口にできるセリフもあるのだ。


「そりゃ、妬みも僻みも感じるがな。……だが、それだけじゃない。いや、それが本当の意味で許せない行為じゃないというべきか。……俺はもっと許せない事があるんだ」


 ソレが何か、お前に分かるか?

 そう言いたげに、テープルの上に積まれている書類の束を手持ち無沙汰気味にペラペラとやりながら、視線だけを向けてくる。そんなクランクにクロスは沈黙で答えていた。


「それはな……。才能を無駄にする行為って奴だ」


 何故、持って生まれた才能を、もっと生かしてみようと思わないのか、と。もっと必死になって……。もっと真剣に生きようとしないのか、と。そんなの勿体無いじゃないか、と。


「いや違うな。そうじゃない。勿体無いじゃないな。そんなに、その才能が要らないというのなら、俺にくれよって。そう感じるからなんだろうな。……俺なら、その才能、もっと生かして世のため人のため、己のためにも生かしてみせると感じるからだろう」


 結局は、勿体無いと感じてしまうからなのだろう。そんな才能をゴミ箱に捨てるような愚かな真似をしたいというのなら、寄越せとすら感じてしまうのだ。その才能を、自分ならもっと有意義な形で生かしてみせるから、と。

 そんなある種の夢物語すらも脳裏に思い浮かんでしまう程に、己のもつ能力を無駄にしている存在を見ると、思わず不愉快な気分になってしまうものなのだ。


「つまり……?」

「美形なんだから、もっと美形らしく振舞え。あと、己の手の届く範囲で良いから、誰かを救ったり絶望の沼に沈もうとしていたなら……」


 躊躇せず、己の持つ全てを使って、ただ全力で救え、と。その結果から逃げるな、と。


「力には責任が伴うと?」

「そうさ。知らなかったのか? ……そんな力や才能を持って生まれちまったら、あとはソレに相応しい生き方をすべきだし、そうする責任があるんだぞ。……持って生まれてきた者、選ばれし者として、な?」


 それだけが、持つことを許されなかった俺達凡人の心を慰めてくれるんだ、と。そう苦笑と供に口にされる言葉に、思わずクロスは頷く事しか出来なかったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ