表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
72/114

4-20.悪魔の果実


 窓口のお姉さんに捕まって延々と話をする羽目になったクロスであったが、幸いというべきか噂をすれば影というべきなのか。


「あ~っ! クロちゃんだ~!!」


 そう、バーンとばかりに今日も元気にスィングドアを力いっぱい開いて壁に叩きつけながら(一応、静かに通れという注意書きはドアの表裏の両方に大きく刻まれていたりするのだが……)黒い影が飛び込んでくると、真っ直ぐにカウンターの前に立っている目標の人物に向かって突っ込んで来ていた。

 ちなみに突っ込んできたという表現は比喩や揶揄などではなく、文字通り真っ直線……。間に点在していた椅子やら机やらを、収集してきた薬草がもっさりと詰まった荷物袋を抱えた状態でありながらも「あーらよっと」とばかりに軽々と前方宙返りして飛び越えてやってきたのだから、文字通り突っ込んできたということになるのだろう。


「あ、クロウ……。今、ちょうど貴方に用事が……」


 そんな大道芸レベルの軽業を見せながら突っ込んできた友人に軽く体ごと引きながらも、それでも何とか言葉を口にしかけていたクロスであったのだが、そんなクロスの言葉は体ごと飛び込まれて抱きつかれたことで無理矢理に中断されてしまっていた。


「あ。あの……。クロウ……?」


 胸元に顔を押し付けるようにしてクンカクンカやってる犬みたいな生き物(尻尾があったなら、きっとブンブンッと力いっぱい振っていただろう)に戸惑いつつも、そんな生き物が自分に抱きつく寸前にカウンターのお姉さんに自分のカードと一緒に収集袋を投げ渡していたらしい。そのどさくさ紛れの早業に呆れるやら感心するやらで、色々と微妙な表情になってしまっていたのだが、そんな困惑顔のクロスの胸元ではようやくチャージが完了したのか、ムフーと鼻息を吹き出しながら満足したらしい幸せそうに頬を桜色に染めたクロウが、今度は猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしていた。……無論、今度のは完全に比喩であるので悪しからず。


「はぁ……。ああ~。この感じ。この匂い。なんだか久しぶりだなぁ~」


 そんな正体をすっかりなくしてマタタビを与えられた猫みたいなぐにゃぐにゃした生き物になってしまっているクロウに苦笑を浮かべながらも歩み寄ってくるのは……。


「おう。なんだか、ここで同業者として会うのは久しぶりだな」


 最近、外で何回か遭遇してはいたのだが、その時にはいつもクロスは修士として働いていた時ばかりだったので、ここでこうして冒険者クロスとしてクロウとアーノルドの二人に同業者として会うのは久しぶりであったのかもしれない。


「そのうっとうしい生物(ナマモノ)、邪魔だったら引っぺがすが?」

「いえ。確かにちょっと驚きましたけど……」


 今日、用事があったのはクロウに対してだったので、ちょっとビックリはしたものの、こうして運良く遭遇出来た上に、明らかにひと仕事終えたばかりな色々と好都合なタイミングだったのは幸運だとみるべきなのだろう。


「……クロウ、ちょっと良いですか」

「ん~?」


 自分よりも若干、背が高いはずの相手の頭を姿勢的な問題もあったのか、何故か胸の中に抱き込む形で相手の上半身を抱きとめる事になっていたクロスであったのだが、そんなことは取り敢えず無視することにしたのか、よしよしと頭を抱きかかえるようにして後頭部のあたりを撫でてあやしながら、相手の顔をそっと上に向けさせると、その顔をごく自然な形で……。至近距離から覗きこむようにして、小さな声で頼んでいた。


「お願いがあります」


 その微笑みとささやきによる『お願い』は、闇の力に祝福された黒い血の蠱惑に満ちた魔力……。妖力とでもいうべき妖しい力と魅力にまみれていて。その相手の魂すらも絡めとるかのような残酷で美しい優しさに満ちた視線が。お互いの人の物ではない金色の大きな瞳を通して、真っ直ぐに相手の頭の奥にまで突き刺されていた。


「力を貸してください」


 きっと、いつもの自分なら『力を貸してもらえませんか』と頼んでいたことだろう。それなのに、今日、今。このタイミングで口から漏れ出たのは半ば命令形に近い言葉だった。その言葉の強さと厳しい優しさと表情の力によるものであったのか。その瞬きすら出来なくなった瞳が、いつの間にか、何処かトロンといた様子に力が抜けてしまい、ゆっくりと瞳孔が開いていこうとしていた。その言葉と視線による強制力によって、相手は拒絶どころか疑問を抱くことすら出来なくなっていたのかもしれない。


「なにを、すればいいの……?」


 そうどこか力が抜けてしまった相手の質問にうっすらと笑みを浮かべて。


「何。簡単な事です。貴方の借りている本を私にも見せて欲しいんです。……出来れば、二人きりで。……お願いします」


 そのどこか冷たい張り詰めた微笑みによって唇が笑みの形を刻む。その『お願い』は、あるいは頷くことしか許さなかったのかもしれない。コクンと首が縦に動くのを感触で感じ取ると、クロスはわずかに笑みを深くして、半ば無意識のうちに相手の額に唇を触れさせていた。だが、それは、まるで微笑みを浮かべる悪魔と魅入られた獲物の間で契約が交わされたかのような姿であって……。唇を与えたほうが聖職者姿であったからこそ、その光景はどこか直視に耐えない背徳感に満ち溢れた物になっていたのかもしれない。


 スパン。


「あ、あれ……?」


 そんなとき、軽く頭を(はた)かれていた。もちろん、言うまでもないのだろうが、やったのは引きつった苦笑を浮かべたアーノルドであった。


「なにをやらかしとんだ、お前わ」


 どこの色事師だ、この野郎、と。そう笑い飛ばされた事で、ようやく自分が何か無意識のうちにトンでもない事をやらかしてしまったらしいことが、おぼろげながらに自覚出来ていたのだろうが、そんなクロスの腕の中では「なんか、いま。すっごいことされちゃったよぉ~?」とばかりに真っ赤な顔で目を回している馬鹿がぐにゃぐにゃになった状態で崩れ落ちていて。……どうやら、腰に力が入らなくなっているらしい。


「腰砕けっていうか、腰にキたのか。……だいぶダメージがあったみたいだな」


 まあ、子供相手(がきんちょ)にあんな無茶(ばか)な真似したらムリもないだろうが。そんなアーノルドのボヤキ声で、だんだんと自分が何をやらかしてしまったのか理解出来ていたのだろう。アタフタと慌てふためきながら顔を青くしているのに、頬を耳まで赤く染めているという、なんとも器用な真似をして見せていたのだが。


『ハッハッハッ。可愛い顔してるだけのネンネかとおもいきや、ヤるときゃヤるモンなんだなぁ……。見違えたぜ、馬鹿息子!』


 それでこそ俺様の自慢の息子だ。じっくりねっとりと手ずから仕込んでやった甲斐ってモンがあったぜ、と。そう笑っている馬鹿の声は当然のことながらクロスの耳にしか聞こえなくて。だからこそ、自分がやらかしてしまった事は、とある馬鹿からアレコレ仕込まれた結果、半ば無意識のうちに身につけさせられてしまっていたテクニックの一つであったらしいことを悟るようにして自覚してしてしまったことが原因だったのかもしれない。


 ──この馬鹿悪魔! なんって真似を……!


 無論、そんな自分を罵り罵倒する声でますます楽しくなったらしく腹を抱えて笑っているようではあったのだが。それでも言いたくなる瞬間というものはあったのだろう。


「ああ、もう、どうしたら……」


 そう思わず頭を抱えて座り込んでしまったクロスを苦笑混じりに見下ろしながら、その肩にクロウを抱えたアーノルドは皮肉っぽい笑みで口を歪めてしまっていた。


「流石に二人は抱えて歩けんからな。ちゃんと自分の足で歩いてくれよ」


 そう笑いながら二人を連れると、男は奇妙に静まり返ったギルドを後にしたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 とりあえず仕切りなおそうということなのかもしれない。

 アーノルドが二人(一人は肩に抱えたままだが)を連れてやってきたのは、大通りに面した噴水のある公園で、その噴水の近くに設置されたベンチへと肩に抱えたままだった荷物(クロウのことだ)を下ろすと、フゥと小さくタメ息をついていた。


「とりあえず何をするにせよ、ここなら問題ないだろ」


 そうボヤくように口にしたのは先程の不自然なまでに静まり返ったギルドホールの様相も多少なりとも関係はしていたのかもしれない。


「……で? 何を見せろって?」


 このまま静観していても、いつまで経っても話が前に進みそうにないとでも考えたのかもしれない。未だに使いものにならないお目々ぐるぐる状態なクロウの代わりに、そう話を切り出したのは、言うまでもないだろうがアーノルドだった。


「えっと……。その……。図鑑を……」

「図鑑? 図鑑って、植物のか?」

「はい。植物図鑑です。……クロウが薬草収集の時にいつも使ってるヤツで……。彼がギルドから借りてるのを私にも見せて欲しかったんです」


 最近、薬草収集の仕事に関わっていないにも関わらず、唐突に植物図鑑で何かを調べたいと言い出したのだ。そうなると、当然、考えるまでもなく植物の葉などの種類や情報などを調べたがっていることは察するのもみやすかったのであろうが……。


 ──問題は『何を』調べたがってるのかって事だよな……。


 さきほど妖しげな真似をしてまでクロスはクロウと二人で本を見たいと口にしていた。恐らくは、自分の部屋に連れ込んで、そこで無理の言える相手であるクロウに他言無用と言い含めるなり何なりして、本を片手に何かをこっそりと調べたがっていたのではないか……。

 そう考えたアーノルドであったのだが、何故クロスが、そんなおかしな事をしたがっているのかもしれないな等と考えたのかは、アーノルド側にあったおいそれとは口に出来ない類の特殊な事情が原因だった。


「まあ、理由っていうか事情は分かった。俺でも良かったら、手伝うくらいは出来るぞ」


 いつもクロウが図鑑を腰の後ろにぶら下げている荷物袋に入れてあるのは承知していたのだろう。慣れた手つきで荷物袋の結び目をほどくと、中から使い古された一冊の本を取り出して「ほれ、コレだろ」とばかりに見せていた。


「で? 何を調べたいんだ?」

「えっと……。説明しずらいので、ちょっと見せて貰っても良いですか?」

「あいよ」


 確かに似たり寄ったりの形をしているものが多い植物の葉などの形を言葉で伝えようとするのはちょっと難しいのだろうし、伝言ゲーム状態で調べ物をするのは賢いことではないと判断したのかもしれない。

 あっさりと本を手放すと、自分にもたれるようにしてベンチの上で目を回していたクロウのことを隣の空いたベンチに移動させていたのだが……。


「……ちょっと教えてもらっていいですか?」

「あん? どうした?」

「この本、前に見た時には気が付かなかったんですが……」


 ペラペラとページをめくっていきながら、たまに手を止めてページの上の辺りを指さしながら、隣から覗きこんでくるアーノルドの方を見上げていた。


「この部分に青い色がついてるページがありますよね?」

「ああ。着色してある奴か。……その青の色は希少植物。いわゆるレア物って奴だな。クローバーの四つ葉のヤツみたいな感じで、普通のに混ざってたまぁに見つかるらしいんだが、そいつを上手いこと確保できたら報酬額が一気に跳ね上がるぞ」


 希少種だけに素材買取窓口で常に高値で取引されているのだと。そう説明していた。


「殆どの場合に青ページの奴は、その手前のページの奴と見た目はほとんど変わらないんだ。ただ、ちょっとサイズが大きかったり、微妙に模様が違ったりしてな? まあ、そいつを運良く見つけることが出来たら超がつくレベルの幸運に恵まれたって事なんだろうな」


 なかなかご縁もないし、何故か迷宮の魔力で即席培養されたエリアには生えてこないので、本気で探すなら街の外の獣や魔物の徘徊している森でないと探すだけ無駄らしいのだが。


「そうなんですか……。残念ですね」

「逆だ、逆。レア種が絶対に生えて来ないって分かってるから、あれだけ競争率が低いんだ。……アイツにとっちゃ、これ以上ない好条件の安定した収入源なんだから、他の連中が自分もやりたいとか思わないのはむしろ助かってる部分もあるかもしれん」


 確かに、稼ぎは安いとはいえ安全が保証されている上に慣れればそれほど手間もかからずにこなせるし、ギルドからも薬師からも感謝されているし、間接的にとはいえクロスの仕事へのサポートにもなっているといった具合に。そんな自分がこなすことでみんなが嬉しいウィンウィンな仕事なのだから。そう諭されて、小さく首をかしげながらも。


 ──いやぁ、愛されてるねぇ。……いまいち、そのへん、分かってないっぽいが。


 そう考えながらも皮肉っぽい笑みを浮かべながら、多少報われてなさそうな部分に哀れみも感じながらも、納得ずくのことだと説明する。その言葉に多少不可解な部分はあったにせよ、「そうなんですか」「そうなんだよ」といったやり取りを交わして、お互いに苦笑を浮かべていた二人であったのだが。


「じゃあ、こっちの……紫の色がついてやつは?」

「毒のあるヤツだな」


 先ほどの空色に近い明るい青とは対照的な、見た目も毒々しい赤紫の色。それは、見るからに警戒色といった風な見た目であり、それを見ただけでも目を引きつけられるということなのかもしれなかった。


「……じゃあ……」


 ペラペラとページをめくっていきながら、最後のほうにまとめられている特殊な印の刻まれたページ群の先頭に描かれた黒っぽい色をした、まるで手の平のようにも見える形をした葉っぱの植物で、その植物の絵の上には、大きく太い赤い線が交差する形で描かれていた。


「……この赤い色でバッテンが書かれてるページは?」

「見ただけでも何かヤバそうって感じるマークだろ? いわゆる取扱禁止品目って奴だな。持ってるだけで処罰されるって系統の……」


 さきほどチラッと横目で見ていた様子だと、最初にペラペラめくっていた時に手が止まったのは、ちょうど今見ているページであって。そして、今。それまでの何処か集中しきれない様子から一変して食い入るようにして見ているような。そんなページには、何やら赤い収集厳禁のマークが描かれていて……。


「……これは、どういった種類の植物なのでしょうか」

「そうだな。……一般的には、触れるだけで危険ってレベルの猛毒を持っていたり……」


 小さくため息をつきながら。こんなこと知らない方が幸せなんだぞとばかりに口にする。


「極めて強い興奮作用や酩酊作用や鎮痛作用。他にも一度摂取したら二度とやめられないって評判の、恐ろしく質の悪い強い常習性をもってるヤツとかな……。ひらたくいえば、国法によって栽培・所有・服用・売買のすべてが厳しく取り締まられてる類の悪魔の果実……。黒色魔薬ってヤツの主原料になる植物とかだ」


 そのバッテンマークが付いているページに載っている植物が万が一にでも生えているのを見つけた場合には、ギルドを通じて国への報告が義務付けられいるし、それを特別な許可なく所有している場合にも厳しく処罰されることになるのだ、と。そうアーノルドから教えられたクロスは、そのページに書かれた内容を穴が開きそうな程の熱心さで読み込みながら。


「厳しい罰則って……。具体的には?」

「死刑」


 それを聞いてヒュッと息を飲み込みながら絶句して。できるだけ反応を見せない方が良いのは自覚しながらも思わず見上げてしまった先では、こちらに視線を合わせようとしない顔には何故だか何の表情も浮かんでいなくて。


「仕方ないだろ。魔薬は国を根幹から腐らせるって昔から言われてるんだから……」


 だから、問答無用で処刑されるのだと。それを聞いたクロスはまるで固まってしまったようになって身動きがとれなくなってしまったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ