1-4.ギルドカード
ギルドに登録することで一枚のカードが発行され、そのカードによってギルドは登録者の身元を証明する組織となり、その人物にとってはカードが公的な身分証明として扱われるようになる。
これは冒険者ギルドに限った話ではなく、多くの商人や職人達の所属する商工業者組合、通称『商人ギルド』でも同様であったし、王立魔導研究所を頂点とする魔法使い達の魔導師協会、通称『魔導師ギルド』などでもほぼ同様のカードが存在していたし、ちょっと変わった所だと奴隷などを扱う奴隷商などの組合にも国の認可を受けている公的な奴隷商であることの証明としての認定証をカードとして発行していたりもするらしい。
そんな訳で、何かしらの国から正式な認可を受けた公的な組織に所属している証が認定証であり、それは個人の身分を公的に証明してくれる物でもあり、それと同時に「その人物がどれだけの能力を持っているのか」あるいは「どれだけの依頼をこなしてきたのか」等の個人情報を管理するための重要なキーアイテムにもなっていた。
例えば、クロスの持つヘレネ教会の修道士認定証にはイーストレイク教区で幼い頃から修道士としての修行を積んでいた事が記録されているし、治療師としては二級の資格を持っている事が見ただけで分かるようになっている。これがどういった意味と役割をもっているかというと、街の出入りや国境などの関所において、何よりも身分を証明してくれる道具になるし、大きな事故などがあった際に緊急の対応などが必要になった場合などに、カードを差し出しすだけで「ヘレネ教会所属の修道士で治療師二級の資格があります」と相手に疑いようのない形で証明できる事になる。
そういった色々な場面や様々なシーンで色々と役に立ってくれるだろうアイテムであり、自分自身の身分を証明してくれるとても大事なカードであるといえるのだろう。
その他にも、こういったカードが導入されてから利用者にもたらされた最大の利点としては「カードを使って買い物が出来るようになった」という点だろう。
仕組みとしては単純で、冒険者ギルドに余剰分の所持金を預けておくとカードに預金残高として記録されて、店で買い物をすると残高が減って、お店側が代金の記入された請求書に購入者がサインをすることで買い物を成立させ、後から請求書をギルドに持ち込んで精算するといった仕組みである。
そういった請求書を使った後払いのシステムは以前から商人たちの間では日常的に行われていたのだが、冒険者がどれだけの資産を持っているかなど普通は分かるはずもなく、いつ死ぬか分からない冒険者相手にそういった危なかしい取引を行う商人は皆無だった。
それがカードに情報が登録できるようになり、具体的な数字は見えなくても預金が請求額に足りているかどうかだけ分かれば十分な取引方法であるだけに、この仕組が出来てからは色々と買い物が楽になった上に、高額な装備品の購入などの際にも大量の現金を持ち歩く必要がないとあって、治安の改善にも役立ったと評判である。
ちなみに冒険者は高額な買い物をするだけでなく、装備品の下取りや素材系の売買などで高額の現金を受け取るケースも多々あったのだが、そういった場合でも大量の現金を持ち歩くのを避けるために、店側が指定されたギルドに代金を入金する確約書を交わしておき、確約書をギルドに持ち込むことで現金化するといったやり方が取られることが一般的である。
これは余談になってしまうが、このように冒険者という職業は駆け出しのころはともかくとして、一人前ともなるとハイリスクハイリターンの代名詞とも言われる程に命の危険が日常茶飯事になる代わりに、一度の仕事で想像を絶する額を稼ぐようになるという、かなり特殊な仕事であった。
無論、そんな大金を稼く者はごく僅か、全体のごく一握りだけなのだが、それでもライセンスがBランク以上の一流どころにもなると、持ち歩くには適さない額の資産を常に抱え込む事になるというのが普通だった。
そんな訳で以前からギルドでは余剰分の資産を預かっておくという仕事をやっていたのだが、いつ死ぬか分からない生活を送っている冒険者のために、死亡が確認されたときに預けておいた資産をどう処理するか等をあらかじめ決めておくという通例もあったので、この手の追加サービスによって、より利便性が増したのと同時に、冒険者という職業が意外に儲かるらしいということも人々に周知されるようになっていた。
無論、危険の大きさが報酬の額と等しいという厳しい現実を思い知らされるまで、そう時間もかからなかったのだろうが……。
閑話休題。
「……というわけで、とても大事なカードですから、絶対になくさないでくださいね」
パスケースに二枚目のカードをしまうクロスに、ギルドの女性職員はニッコリ笑いながら、そう告げていた。
「クロスさんは認定証を二枚お持ちなので、パスケースも専用の物に変えられた方が良いかも知れませんね」
「今のままでも不自由は感じていませんが……」
「身分証明としてはどちらも使えますが、修道士の仕事をするときと冒険者の仕事をする時では見せたりしなくてはならないカードが異なったりするのに、従来のものだと中に入れた一枚だけしか見えないのもあって、提示するときに色々と不便だと不評が多かったんです。そういった修士の方達の意見を元に新しい商品が発売されましたので、これを機会に二枚のカードを同時に見せることの出来る、この二つ折りのケースに買い替えることを強くオススメしておきます」
そんな台詞に渋い表情しか見せないクロスであったが、それでも新商品の売り込みトークは止まらなかった。
「かさばって邪魔になると心配されているかもしれませんが、こんな感じで従来のものよりかなり薄い作りになってますし、真ん中で二つ折りに出来る上に、この折り目の部分に穴があいていて、ここにこうしてストラップを付けられるようになっているんです。修士の皆さんだけでなく他の方達にも大好評なんですよ。街の雑貨店でも売ってますが、ここでも格安で売っていますので是非ご検討ください」
認定証を一枚しか持たない冒険者も名刺を入れたりするのに便利なので、このギルドにも新しいパスケースの愛好者が多数居るのだとか……。まあ、そういった品が売っているということを記憶しておき、どうしても必要だと思えるようになったら買い換えれば良いだろうと考えながら、新しく手に入れたカードをしげしげと眺めてみるクロスである。
「……E?」
カードに描かれた大きな文字はE。クロウのカードに描かれていたZの文字とは違うだろうというのは最初から分かっていたが、いきなりライセンスがFランクでなくEランクから始まるというのが理解できなかったのだろう。そんなクロスの怪訝そうな顔に窓口の職員がニコニコしながら答えていた。
「既に修道士として治療師二級の資格をお持ちですので、冒険者のライセンスとしては初心者という扱いになるFランクからのスタートは免除されています」
ちなみに本来であればギルドへの登録料やカードの初回発行料、その他の雑多な事務手数料などあわせて銀貨六枚が初回の登録料として請求されるはずなのだが、それもクロスの場合には全て免除されていた。
ギルドの窓口で働く職員の月給が銀貨二十枚程度。Fランクの雑用系なクエストの平均報酬が銀貨一枚前後程度なのだから、かなりの額が初期登録料として請求されるはずだったのだが……。そんな特別扱いについて一応は説明はあったが、単純に「手数料は必要ありません」としか説明を受けていないので、その裏側にある理由までは推測するしかなかったのだが。
まあ、アーノルドからも希少な治療師は特別扱いを受けるのが普通だと説明されていたし、自分が治療師としての二級という高位の資格を持っているからだろうこその優遇と特別扱いという名の配慮とやらだろうと無理やり納得はしていたのだが、ここまで色々とすっ飛ばされるとかえって気持ち悪くなってしまうものなのかもしれない。クロスは恐る恐るといった風に窓口の職員に尋ねていた。
「……いきなりEからスタートでやっていけるのでしょうか」
「その点については大丈夫です。治療師の方は基本的にチームを組んでクエストをこなす方が大半ですし、一人で何かするというのは、こちらも想定しておりません。ですので、万が一、貴方が戦闘系のクエストを一人で申し込んで来ても、こちらのほうで受理を拒否させて頂きますので……」
とりあえず知り合いとチームを組んでみては? そう視線で訴えてくる先には、クロウと何やら話をしているらしいアーノルドの姿があって。どうやら先輩と仮でもいいからチームを組んで、最初は色々と教えてもらえと言われているらしい。そのことは何とか察することができたクロスだった。
「それでは細かい事は彼に教えて貰うという事で良いんでしょうか」
「経験者に色々と教わることは大事なことだと思いますよ。あと、クエスト関連について簡単に説明しておきますが、クロスさんの場合にはEランクまでの依頼を申し込めます。ただし、依頼の達成に失敗したときにはペナルティとして違約金を請求される事になるので注意してくださいね」
「違約金?」
「Eランクまでなら報酬額の半額ですね」
その言葉に眉がピクッと動く。
「……までならってことは、もっと上のDランクの依頼なら?」
「Dランクからは一人前という扱いになりますので違約金は『責任払い』方式に変更になります。そうなったら場合によっては凄い額になりますよ」
責任払い方式の場合には、なぜ依頼失敗時の違約金が跳ね上がるのか。その理由は単純に、どんな形にせよ依頼を引き受けた以上、それらをどんな方法を使ってもいいから達成しなければならないという、ある意味無理やりな解決方法が原因だったのだろう。
一般的にDランク以上のクエストには期限が切られている物が多く、誰がか失敗した場合には大抵、期限に余裕がなくなっていたり、危険度が事前の予想よりも跳ね上がっていたりして、最初の報酬額とランク制限のままでは解決できないケースが多くなる傾向にあった。
ただでさえ縁起が悪い依頼は受けないといったゲンを担ぐ者達が冒険者には多いのに、その上で縛りをかけては時間切れになるケースが多発しかねないということだったのだろう。
そんな訳で、ギルドとしては誰かが失敗したクエストには追加で緊急クエストが発行されて、特別なボーナスを付けて報酬額を増額し、従来のライセンス制限を「特定ランク以下限定」から「低ランク優先」に変更されるというのが常だった。
その突発的に発行されるクエストは通常のクエストと異なり、誰かが引き受けたら別の者は引き受けられないといった性質のものでなくなり、最初に解決した者が報酬を全額受け取れるという早い者勝ち方式に変わることになるので、リスクの低い内容の割には高ランク者にとっても良い小遣い稼ぎになるし、低ランク者にとっても挑戦する価値のあるクエストになる事が多かった。ただし、そういった無理やり解決させたクエストの場合、ギルドとしては依頼額と報酬額が釣り合っていない事もあって収支が合わないのは言うまでもなく、足が出た赤字分は全て最初に失敗して他の者達に尻拭いをさせてしまった者達へと回されることになる。
それがいわゆる『責任払い』と呼ばれるペナルティであり、これを回避するためには単純に自分たちで再挑戦して最初に解決してしまうか、依頼主に直談判してキャンセル料をかぶることで依頼そのものを撤回してもらうくらいしか方法がなかったりするのだが……。
「能力の高いチームに後始末を任せるためにもCランク以上のチームには、緊急クエストの解決時に追加報酬が上乗せされるんです。万が一、フォローをBランク以上のチームとかがやったとしたら、責任払いの金額は凄いことになるんですよ……」
これまで、それが原因で借金地獄に陥った者達も多いのだとか。特に腕のいい治療師や腕のいい冒険者を含むチームの尻拭いは高ランクのチームが率先してカバーして、そのペナルティの借金のカタにメンバーを引きぬくなどはよくある話なのだとか。それを聞いたクロスは流石に顔色を悪くしていた。
「そんな訳で、経験不足の間は自分達の能力に見合った依頼かどうかを判断できる人と組むというのが大切になります。……アーノルドさんは依頼処理件数もかなり多い熟練者ですし、これまで何回か責任払いを自力で回避したこともありますから、最初に組むパートナーの選択としてはベストと思いますよ。特に彼はギルドマスターから新人教育係にも任命されていますからね」
そんなオススメもあったからという事もあったのだろう。
「それじゃあ、記念すべき『初めてのお使い』いってみようか」
それからしばらくして、楽しそうにクロウを引き連れてクエストの掲示板の前に立つアーノルドの側には、Eランクの新人冒険者クロスの姿があった。
「……随分と沢山ありますね」
依頼の用紙は右上の丸の部分に大きくAからFまでスタンプされていて、掲示板のA~Fと大きく書かれた枠の中に、それぞれのランク毎にまとめて貼り付けられていた。
自分達が選べるのは三人の中で一番高いライセンスを持つアーノルドのCランクまでということになるのだが、いきなり失敗して責任払いで借金地獄という結末だけは何があっても回避したかったクロスの強い希望によって、初心者らしく今回はFランクに限定して選ぼうということになっていた。
「なぜFを選んだ?」
「FならZランクのクロウでも引き受けられるからです。……このランクの依頼なら、これまで引き受けた事があって勝手も分かっているでしょうし、それなら失敗のリスクを怖がらなくても済むと考えたからです」
「つまり責任払いが嫌だからだな?」
「まあ、そうです」
そう言いよどむクロスにアーノルドはニヤリと笑って答えた。
「だったらEも含めて依頼を選べばいい。Eまでなら責任払いはないぞ」
「それはそうですが……」
「クロウはEの依頼を受けたことがないから怖いか?」
「まあ、そうです」
「おいおい、俺はCランクだぜ? Eの依頼なんて楽勝だぞ?」
「本当に、そうでしょうか?」
「なんだと?」
「Cランクの貴方は、最近、Cの依頼しかやっていないのでは?」
「……まあ、それは、そうだな」
「Eの依頼にブランクのある人と、受けたことのない人。Eの依頼の処理に慣れた人不在の状況で受けたいとは思いません。……貴方のキャリアを馬鹿にする気なんてありませんが、いきなり苦戦したくもありませんので」
「おいおい。金に困ってる割には、結構堅実なんだな」
「……臆病な性格なんですよ」
そんな話をしながら依頼をながめるクロスであったが、Fランクの依頼は基本的に街の中の雑用などが多く、冒険者の別名『何でも屋』の本領発揮といった内容が多かった。
例えば絵のモデルから始まって、引越しのお手伝い、それなりの身分なお嬢様のお買い物についていくだけな実体は荷物持ちな形だけは護衛という名の仕事や、お店の模様替えのお手伝い募集に、ちょっと変わった所だと読み書きの講師役などの仕事も見受けられた。
「……もうちょっと体を使ったハードな仕事が多いかと思ってました」
「そういうのが一番多いぞ。今はたまたま全部引き受け済みになってるが、朝一で来たら倉庫の荷出し作業とか、鉱山の鉱夫募集とか、建築現場の作業員とか、道路工事の人足とか、港で船に荷物の積み下ろしとかな。山から海まで、実に色々と汗臭いのが揃ってる」
もっとも、そういうシンプルで体力勝負な日雇い系の依頼は、そういった仕事を専門にしている者達が多く、あっというまに奪い合いになって持っていかれてしまうそうなのだが。
「荷物持ちの仕事は悪くない選択かもしれんが、はぐれた時のことを考えると、まだ土地勘がないのが致命的だな。模様替えとかは地味に力仕事だし、お前さんの体格じゃあ、ちょっと無理があるだろうからなぁ……。読み書きの講師か、絵のモデルが良いんじゃないか?」
それを聞いたクロスは顔をしかめてしまっていた。
「……小さな子どもって苦手です。それにこれ、依頼主が教会になってますよ」
教会への無償奉仕義務のあるクロスでは、最悪報酬を後から没収される可能性があった。
「じゃあ、モデルか」
「ヌードモデルって書いてありますけど……」
「あん? どれどれ……。えーっと……なになに。服を脱いでじっとしてるだけの簡単なお仕事です。仕事ぶり次第では特別ボーナスも用意してあります。十五歳以下の可愛い男の子で容姿に自信がある方限定でお願いします、ねぇ。……ふむ。内容の割には報酬がちょっと多目なのが気になるが……。この程度なら、あえて飛び込んでみるのもアリかもしれんなぁ」
「……でも、なんだか危ない臭いがしませんか、コレ」
明らかに何か危険な臭いを感じるクロスである。
「そうか?」
「そもそも年齢が条件にあってませんし……」
「見た目だけの問題だろうから、お前なら大丈夫だろう」
「しかし……」
「選り好みできる立場か? それに、お前さんが引き受けられる依頼が他にあるのか?」
確かに、他にできそうな仕事はない。しかし……。しかし、いくらなんでもこれはないだろう。ヌードモデルと書いてあるが、明らかに何か他の事も期待されているような気がするし、そもそもヌードモデルなど、仮にも聖職者が引き受けるには色々と問題のありすぎる依頼内容だろう。大体、こんなの引き受けたのがバレたら、司祭様にメイスで殴り殺されると頭を抱えてしまうクロスである。
「なーに、バレなけば問題ない」
「そういう問題じゃありません!」
「そういう問題だとおもうんだけどなぁー。……というわけで、これはお前が確保しておけ。どうせ他にこんなの受けられるヤツいないんだから遠慮しなくていいぞ」
そう笑いながら言うと、アーノルドは問答無用で依頼用紙を引きちぎると折りたたんでクロスの服の中にねじ込んでくる。確かに、こんな奇妙な内容の依頼を引き受けられるのは自分か、あるいはクロウくらいしか居ないのだろうが……。
「あいつは他に選べる。お前は選べない。……どうするべきかはわかるよなぁ?」
……もしかして、この人は私のことを虐めて遊んでいるのではないだろうか。
そう隣で苦笑を浮かべているアーノルドに恨めしい視線を向けていたクロスであったのだが、そんなクロスの袖がチョイチョイと引っ張られていた。
「……ん? クロウ?」
「ね、ね。クロちゃん。コレ一緒にやろ?」
そっと差し出されるのは折りたたまれた一枚の依頼用紙。クロウいわく、今朝みつけて確保しておいた依頼らしいのだが……。それを広げてみてみると、そこには薬草の収集という比較的真っ当で、当り障りのない内容が書かれていた。
内容的にはFランクに相応しい、ごくごく普通の依頼で、報酬額は集めてきた薬草の数次第ではあるがさほど稼げそうにない内容ではあった。ただし、その分、危険度はかなり低く、何よりもヌードにならなくて済むという点がよかった。
「おー。これならクロウと二人だけで行っても問題なさそうだな」
多少残念そうなアーノルドの声を完全無視しながら、クロスが泣きそうな顔で何度も何度も頭を下げて感謝の言葉を口にしたのは言うまでもなかった。