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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-16.致命的な失敗


「随分と遠回りになっちまったが、今度こそ昼メシ食いに行くぞ!」


 そう元気よく号令をかけて「誰のせいでこんな時間になったと思ってるのよ!」と斜め後ろの方から突っ込まれながらも。そんな二人を引き連れたアーサーが向かった先にあったのは、なんだかやたらと何処か見覚えのある通りにある、これまたやっぱり見覚えのやたらとある店構えのレストランで……。


「ここって……」

「うん。あの店、だよね……」


 そこは以前にジェシカが高いけど美味しいランチを食べられると評判の店としてクロスを連れてきた際に『亜人、特に魔人はお断りだ』と入店拒否を食らった店だった。


「……あの、アーサーさん」

「あん?」


 何してんだ、早く入れよとばかりに、入り口の扉を開けた姿勢のままに背後を振り返る。そんなアーサーに、クロスは申し訳なさそうに謝っていた。


「ここは、多分、駄目なんじゃないかと……」

「なんでだ?」

「いや、それは……。その……。一身上の都合というか。前に、その……。ちょっと色々とありまして……」


 自分が人間じゃないからという理由で『二度と来るな』という言葉を分厚いオブラートに包んで忠告という形で心に突き刺されたから、というのは流石に言いづらい台詞ではあったのだろう。そんなクロスの態度や言葉に『どうせメシ食った時に金が足りなくて店とトラブルにでもなったとかだろ?』と変に受け取ってしまったのか……。


「金のことなら気にするなって言ったぞ。……ほらほら、入った入った」


 そう『飯食うくらいなら何も問題ないから気にしないでいいって』と言い放って、店の中に入って行ってしまう。そんなアーサーのことを放っておくわけにもいかず、その場に取り残されてしまった二人は、互いに顔を見合わせながら……。


「どうしよう」

「どうしましょうか」

「……はいってみよっか」

「しかし……」

「あのイヤミったらしいウェイター、今日は居ないかもしれないじゃない」

「……」

「大丈夫よ。もしアイツがいたら、何か言われる前にとっとと逃げ出せば良いだけだし。それに、もし何か話しかけてきたら『黙れ』って大声あげて黙らせてやるんだから」


 無論、こんな敷居がやたらと高そうな高級レストランで、そんな馬鹿な真似をすれば『二度と来ないでください』な入店拒否者名簿(ブラックリスト)入りしてしまうのは確実なのであろうが『あんな無礼千万なヤツがウェイターやってるような店なんて、コッチの方から願い下げよ!』という気持ちもあったので、入店拒否されても特に問題ないから、と。そうズバッと斬って捨てたジェシカは、それでも二の足を踏んでいたクロスの手を握ってニッコリ笑いかけていた。


「これでも、まだ不安? それとも、あの時みたいに酷いこと言われそうだから、入るのが怖いの?」


 私が一緒だから大丈夫でしょ。そう言いたげにキュッと手を握るジェシカに、クロスもようやく口元に苦笑を浮かべて二人でアーサーの後を追って店の中に入って行ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


 フードを脱いでいるから亜人……。魔人であることがはっきりと見て取れるが、それ以外は安物のローブを着ているせいで中身の素性がイマイチ分かりにくい。そんな見た目は何となく魔法使いっぽい感じのする小柄な人物と、そこそこいい所のお嬢様っぽい感じのする服を着ている顔色の悪い痩せた女の子。そんな二人を連れているのは、これまたそこそこ良い格好をしていながらも、腰のベルトの後ろに横向きで無骨なダガーを差しているような、どこからどう見ても冒険者にしか見えない精悍な青年……。

 そんな素性こそある程度は察する事は出来たとしても、関連性の方がまるで見えない謎な取り合わせの三人組を迎えたのは、これまた忘れたくても忘れられない慇懃無礼な態度が強烈に記憶に残っている、あの無礼千万なウェイターの男であったのだが……。


「三人だ」

「かしこまりました。いつものお部屋でよろしいでしょうか」

「ああ。いつも通り、細かいことは任せる」

「承知致しました。では、席の方にご案内させて頂きます。こちらへどうぞ」


 チラリとクロスの方を昆虫か何かを見るような無機質で冷たい目で一瞥したウェイターであったが、それ以外には特に反応らしい反応は見せず、先頭を歩いていたアーサーに目礼を返して店の奥へと三人を案内していく。そんな背後で二人はコソコソと話をしていた。


「……なんだか私達の時と全然、態度が違うのね」

「すごい冒険者の人が一緒だからでしょうか」


 自分が一緒にいて文句を言われたりしないのは、全てはアーサーが一緒なお陰なのだろう。それは雰囲気などから察することが出来ていたのだが、そこまで特別視されるアーサーとは、果たして何者なのだろうかという疑問が反対に沸き上がってきていたのかもしれない。


「料理の方は後ほどお持ち致しますが。飲み物などは如何なさいますか?」

「俺はいつものヤツを。こいつらのは……」


 チラリと見て。子供に酒はまだ早いかと判断したらしい。


「そうだな。適当に子供が好きそうな味の果汁でも持ってきてやってくれ」


 そう適当に過ぎる注文の仕方でオーダーを終えると、勝手知ったる何とやらで腰のダガーを鞘ごと外すと壁のフックに引っ掛けて、ガタガタと行儀も作法も知ったことかといった風に適当に椅子に腰掛けて、悠然と足を組んで見せると、立ったままだった二人にも適当に好きな席に座るように勧める。

 そんなアーサーの自然体の対応で、ようやく肩の緊張などがほぐれたのだろうか、ジェシカも帽子を壁のフックにかけて椅子に腰掛けていたし、クロスも野暮ったいローブを脱いで、その隣の椅子に腰掛けていた。


「……お前、女だったのか」

「もしかしなくても、気がついてなかったんだ?」

「いや、どっちかっていうと、気にもしてなかったって感じだ」


 正確には女の服をきているだけの男の子なのだが、そんな面倒臭いことを一々説明などしたくなかったし、ジェシカの台詞からも未だに誤解したままっぽいので、あえて誤解されたままにしておくことを選ばざる得ない状況ではあったのだが……。

 そんな自分のややこしすぎる上に、酷く滑稽で惨めな境遇というものに『どうしてこうなったんだ』という気持ちもないでもなかったのだろうが、なんとなく成り行き上、嘘をつかければならなかった事が原因で、こんな面倒臭いことになるだ等と……。正直、あの時には思ってもいなかったし、何となく流されるままに嘘にまみれたプロフィールを名乗るしかなかった事が、まさかこんな面倒くさいことになってしまうだ等と……。あの時には、予想すらしていなかった。そういった事情もあって、益々やるせない気持ちにさせていたのかもしれない。


「……そんなに綺麗な顔してんだったら、野暮ったいローブとかで隠したりするのはデメリットにしかならないぞ?」


 男女問わず、顔の良さや愛想の良さでファンを獲得して、次回に繋がる“指名”を取ったりするのは、冒険者に限らず、こういった大きな街ではさほど珍しい事でもないだろうに……。そう思ったせいか、運ばれてきた料理に手をつけながら忠告したアーサーであったのだが、何故だかそんな助言にジェシカが過剰反応を示していた。


「そんなの駄目よ!」

「……なんでだよ?」


 駆け出し未満、素人同然な貧相な装備品などを見るまでもなく、明らかに金銭的に困窮しているのは見てとれていたし、なんとか日々の生活を遅れている程度の収入しかないのだろうことも察することは出来ていた。

 いくら極めて高い素質と魔力といった才能をもつであろう魔族の血の濃い魔人といえども、その外見からしてまだ子供でしかなかったし、希少な魔法使いといえども、未だ駆け出し程度の腕では安定して収入を得るのは難しいのが現実というものだった。

 そんな今現在の未完成すぎる自分にとっての最大の武器であるのだろう、その黒い血のなす業か、やたらと際立って整っている容姿の良さを一番の武器として、客に媚を売るなり何なりして、とっとと固定客を捕まえて安定収入につながる指名をもぎ取っていくというのは、営業戦略としてはさほど間違っても居ないはずなのだが……。

 そうモギョモギョと食事を口に運びながら、淡々とオススメな方法を語って聴かせるアーサーに、ジェシカは『そんなの駄目! 絶対駄目!』といった絶対拒否な表情を崩さなかったし、クロスも苦笑いを浮かべているだけだった。


「……客に媚びを売るような仕事の仕方は嫌ってか?」


 そんな表情を見たからか、アーサーも苦笑を浮かべてクロスに問いかける。そんな問いに、「ええ、まあ」といった曖昧な返事を返すクロスであったが、そんなクロスの本当の姿は既に一人前な治療師であって、上司である司祭からは自分の後継者と目しているとさえ評価されている様な、若い年齢の割りには超がつくレベルの逸材、いわゆるヤリ手の治療師であったのだが、一身上の都合上、この場でのプロフィールは駆け出し冒険者の魔法使いでしかなかったので、そう誤魔化すことしか出来なかったのだろう。そんなクロスの歯がゆさの混じる曖昧な態度に何を感じたのか、ガシャンと行儀悪く食器の上に手にしていたフォークを投げると、ナフキンで口元を拭いながら話かけていた。


「プライドって奴か? ……ハッ! 捨てちまえよ、そんなモン」


 何はなくとも、生きていく上で必要なのはまずは金だぞ。そもそも、まともに稼げなくなったらどうするんだ? 宿にとまったりするのもタダじゃないんだ。生活に行き詰まったら、北門の外の連中よろしく、お前もスラム落ち確定なんだってこと忘れてるんじゃないか?

 そう呆れたように口にしながら、血のように赤いワインを手ずからボトルからグラスにドボドボと注ぐと、グビリと飲み(やり)ながらも。反対の手に持ったままだったナイフを向けて見せていた。


「いーか? そーゆー格好良いセリフってのはな? まともに稼げる様に。一人前ってヤツになってから言うもんだ。……駆け出しなら駆け出しらしく、もっと真面目に、もっと必死になったほうがいいと思うんだがなぁ?」


 お前に足りないのは危機感って奴だ。そう評してみせるアーサーの指摘は恐らくは正しかったのだろう。少なくともまともに稼げていない様子の駆け出し魔法使いが、仕事のやり方を選り好みしていられるような余裕などあるはずもなかったのだから。


「お前、ランクは?」

「一応、Eです」


 それを聞いて「ヘェ」と皮肉っぽく笑うと。あえて、試すように話しかける。


「本当か?」

「……本当ですよ」


 変に隠し立てしてパスケースごとむしり取られてしまっても、そこに収められた自分の本来の身分証明である治療師としての証明証が原因で、かえって厄介なことになると考えたせいなのだろう。クロスは見せてみろと言われるまでもなく、自分からギルドカードを取り出すと、テーブルの上を滑らせていた。


「……なるほどな。たしかに、Eだ」


 嘘ではなかったが、嘘でもあったのかもしれない。まだ新しい、さほど使われた形跡のないギルドカード。そこに刻まれたEの文字。これが最近ランクアップして更新されたカードなら良かったのだろうが……。


「最近のカードの更新料って、いくらなんだ?」

「さあ。いくらだったか。……詳しくは覚えていませんね」


 おそらくは、そんなやりとりでピンときたのだろう。


 ──こいつFランク免除組か。


 まだ新しいカードを見れば分かるように、つい最近手続きしたのは間違いなかった。だが、冒険者として生活していて、ようやく最低ランクであるFからEへとランクアップした時にいくらかかったかなど忘れるはずもないのだ。……ちなみにアーサーの時には銀貨二枚だった。そんな訳で、そういった事情を簡単に察することも出来ていたのだろう。だが……。


 ──魔法使いでFランク免除になるのは推薦状とかないと駄目だったはずだが……。


 それほど有名でなくとも良いのだが、そこそこ名前の知られているような師を持つような場合には推薦状さえあれば色々と優遇されるのだが……。そんな有利な立場にあるはずの魔法使いが、こんな貧相な安物の装備であるはずがなかったのだ。となると、かなり低ランクの師しか持たないか、あるいは師そのものが居ない本当の意味での駆け出しの魔法使いと考えたほうが無難なのだろう。だが、もしそうだったのなら、最低ランクを免除などされるはずもないのだが……。


 ──つまり、魔法使いじゃないってことだな。


 そもそも駆け出しレベルの魔法使いが魔法の行使に必要になる“発動体”である杖を肌身離さず持っていないはずがなかったし、杖でなくワンドや腕輪、指輪などといった洒落た発動体を持っているような裕福そうな人物にも見えなかった。

 それらの矛盾点などを残らず説明できるのだろう『理由』をあえて求めるなら、そこは素直に「魔法使いではないから」と考えるべきなのだ。魔法使いでないから、装備も貧相で発動体も持っていなかったし、魔法使いでないから最低ランクも免除されたのだろう。……見た目の印象からも、おそらくは登録料すらも徴収されていないはずだった。そして、そこまで条件を絞れたなら、目の前の人物の素性は考えるまでもなく明らかだった。


 ──治療師。おそらくは修士だ……。これほど貧乏臭いのにギルドに登録できたってことは、たぶん登録料も免除されたんだろうしな。つまり、それくらい優遇しても確保しておきたいと思うほどに腕のいい人材だったってことだ。……もしかして、二級治療師か……?


 そんなクロスのことを、ただの治療師でなく修士なのだろうと判断したのは、貧相な見た目に反してナイフとフォークの扱いに戸惑っている素振りも見せていなかったし、ほとんど音を立てる事もなく食事をとって見せていたからだった。そんな基礎的なテーブルマナーなどの一般教養や基礎知識を普通にこなせるレベルで身に着けているような存在となると、修士などの特殊な教育を教会で受けているだろう特別な存在しか思い当たらなかったのだ。

 そんな訳で、ほぼクロスの正体を突き止めていたからなのだろう。ギルドカードの項目にも不思議な物を見つけてしまっていた。


「修士クロス」

「はい? ……あっ」


 ガチャン!


 その呼ばれ慣れた呼びかけに思わず素で答えてしまったことで顔が真っ青になり、その手からナイフとフォークが皿の上に落ちてしまっていた。


「やっぱりそうだったか。……でも、お前、男なんだろ? それなのに、なんでそんな変な格好してるんだ……?」


 そう不思議そうに尋ねるアーサーの手にあるのはクロスのギルドカードであり、そこには名前と所属、種族などに加えて性別と年齢といった基本的な個人情報が登録されていて。そんなカードに登録されている基本的な個人情報は、外部から魔力を注ぐことで、ある程度は、誰でも見ることが出来るということは、クロスもすでに知っているはずだった。それに思い至らず、アーサーに手渡してしまった事が、クロスの犯してしまった致命的なミスでもあったのだ。


 ──なぜ、私はカードに大きく書かれているEの文字だけを見せなかったんだ……。


 そんなミスに気がつくには、あまりにも遅すぎて。


「……どういうことなの?」


 そんな二人に挟まれた位置に座っていた少女は、ただ眉を八の字に歪めて困惑の表情を浮かべることしか出来ていなかったのだった。



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