表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
67/114

4-15.秘密の鎧


 両腕が特に派手に汚れてしまっていたが、他の部分もそれなりには汚れていた。


「う~ん。“戻す”前に洗ってやらんとなぁ……」


 そう『ハァ』と小さくタメ息をつきながら、若干凹み気味の青年は、公園の近くにあった公共の井戸に向かって歩いていたのだが、そんな血まみれの人物をあからさまに避けるようにして人垣が割れていったのは、ある意味では仕方なかった事なのだろう。

 誰も好き好んで血まみれになるまでガントレットをつけた拳で、自分の半分くらいの体格の相手に馬乗りになって情け容赦なく全殺し寸前になるまで殴り続ける事ができるような、キ印な危険人物に関わりたくはなかったのだから。だが……。


「ちゃんと説明してくれる気はあるのかしらぁ~?」


 何事にも例外というものはあったのだろう。そんな人垣が割れた先には、手を腰に当てながら何故だか顔を妙な形で引きつらせながら、頬のあたりをヒクヒクさせている少女がいたし、そんな少女の陰に隠れるようにして俯いているアゴのあたりまでフードで顔を隠している魔法使いっぽい人物も無言のままに立ち尽くしていた。……わざわざ言うまでもないだろうが、ジェシカとクロスである。

 二人に昼食をおごると約束して店に案内していたのだから、そんなアーサーに一応はエスコートされていたはずなのに、その途中で事件が起きたからといって放置されて置いていかれた挙句に、本人は血まみれの鎧姿で戻ってくるという非常識極まりない失礼な真似をされてしまったのだから、それに怒っていないはずがなかったのだろうし、何よりも何をどうしたら全身鎧姿になってしまうのか、それをどうしても聞きたかったのかもしれない。


「まあ、色々あるんだよ……。こっちにも……。色々と……」


 そう「後でな」と言いたげな面倒くさそうな様子と口調で手をひらひらを動かしながら井戸へと向かっていたアーサーであったが、そんなアーサーの後ろをテクテクとついてくる二人は興味津々といった様子で目の前を歩くアーサーの鎧姿を見つめてしまっていた。


「……なんだよ?」

「その鎧、なにか不自然ね」

「……音が静か過ぎます。……それに、妙に軽そうに見えます」


 それは指摘された通りで、普通、こんな全身鉄の部品の塊といった格好をしていれば体を動かすだけでガシャガシャ鎧のパーツ同士が触れ合ったりする擦過音なり衝突音がするはずなのだが、アーサーの鎧についてはまるで柔らかい革鎧かなにかを着ているかのように妙に静かであったのだ。それに加えてアーサーの体の動きは、まるで鎧を着てないかのような軽やかな物で……。その挙動の節々に不自然な部分が見え隠れしてしまっていたのだ。


「……うん。やっぱり。その鎧、なにか変。部位固定用の革ベルトとかが外から一個も見えないなんて……。どうやって、それ着たの? ……ううん。そもそも、そんなの、戦いながら着れるはずがない。どうやって着たのかも気になるし、どうやって固定してるのかもさっぱり分かんない……。何なの、その鎧」


 ぱっと見た感じ、アーサーの鎧はスケイルメイルの上に頑丈そうなブレストプレートや大きすぎるようにも感じられる立派な肩当て等の補強部品を重ねて装着しているようにも見える、大変に豪奢な作りの全身鎧なのだが、その上層と下層の部品の接続部分が、やたらと上手いこと隠されていて、まるで一体化しているように見えてしまっていたのだ。だが、それはある意味においては不正解であり、あるいは正解でもあったのかもしれない。


「あー……。アレだ。いちいち説明とか解説とかするの、ひたすら面倒なんで、各人で好き勝手に見たり触ったりして良いんで、後は想像なり妄想してもらって結構だ。それに、あとで鎧脱ぐトコも見せてやっから……。まあ、脱ぐ所を見てたら、だいたい分かると思うぞ」


 少なくとも普通の鎧ではないのだろう。それだけは見た目からも想像が出来る品だった。


「まあ、まずは……。うん。ひどい汚れ方だ。とりあえず、水で洗うか」


 井戸に備え付けられているクラリック商会印な金属製のポンプに苦笑を浮かべながらもガコガコと手慣れた様子で動かして。井戸からそうやって水を組み上げると、木製の桶に貯めて。ザブザブと盛大に鎧に水をかけて表面についたまばらな血痕を洗い落とすと、ついでとばかりに布でゴシゴシガシガシと乱暴に洗っていく。特に鎧の隙間なども綺麗に洗い落としていくと、その隙間から正体不明な獣の体毛や肉片などが出てくるに至って「やっぱ、ブラシくらいないと厳しいかね」などとブツブツつぶやいてしまっていた。


「ちょっと、水! こっちに飛ばさないでよ!」


 そんな「服が汚れる!」というクレームに苦笑を浮かべながらも、手早く汚れを洗い落としていくアーサーと、そんなアーサーの鎧に興味があったのか無言で手が届きにくい部分などを洗うのを手伝っているクロスである。そんな対照的な子供組の二人であったが、クロスの方はもともと汚れてナンボなローブを服の上に着ていたので、多少、血混じりの水で汚れたりして汚れてしまったりしても気にならないという事情もあったのだろう。


「ある程度汚れが落ちたら、後はジェシカさんに綺麗にしてもらいましょう」

「あん? 綺麗に?」


 その言葉を聞いて「石鹸か何か持ってるのか?」と尋ねるアーサーであったが、そんなアーサーの台詞に首を横に振りながら『何言ってるの?』とばかりに困惑を表情に浮かべていたジェシカであったのだが……。そんな困惑顔なジェシカに笑みを向けながら、クロスは種明かしをしていた。


「ジェシカさんは生活魔法が得意なんですよ」

「おお! そりゃスゲェな! ならコモンの“洗浄”をお願いできるか?」


 共通魔法。通称でコモンあるいは生活魔法などと呼ばれている初歩的ではあるが色々と便利に使える無属性魔法の中には、対象を有機物、無機物問わず汚れを落として綺麗にするという一風変わった便利な魔法が存在していた。それが“洗浄”と呼ばれる共通魔法であり、日常的に旅をする者達にとっては文化的な日常生活を送る上において欠かすことの出来ない必須習得技術にして無くてはならない魔法の一つとなっていた。


 ──あっ。……え? ……嘘。


 だが、それを今、このタイミングで使おうという発想はなかったのだろう。それを聞いたジェシカは思わず目を見開き、色々と反応が遅れてしまっていた。まさか、こんな街中でコモンを使う機会があるだなどと想像もしていなかったのだ。ましてや、自分が習得したきり、使い道がないと嘆いていた生活魔法を、まさか人に頼まれて使うことになるだなどと……。


「あ、えっと。その……。洗浄だけで良いの?」

「良いって? 何がだ?」

「いや、あの……。一応、浄化も……。その……上位の方も使えたりするんだけど……」


 それを聞いて「おおっ」と驚きを浮かべてみせるアーサーの様子を見るに、消費魔力の低さと効果と使い勝手などのバランスの良さから使用頻度がやたらと高い“洗浄”を習得する者は数多くとも、その上位魔法である“浄化”までコモンを頑張って習得しているような者は珍しいということだったのかもしれない。


「そりゃあスゲェな……。うちのパーティーでも“浄化”まで使えるの、一人しか居ないんだぜ? それなら後でズボンの方の血抜きも頼めるか? 上手いこと血の染み落とせたら礼金くらい出すぜ?」

「い、いいわよ。そんなの。……お、お昼奢ってくれるんだし……」


 そうウニャウニャと語尾を適当に誤魔化しながら、汚れの残る部分に次々に“洗浄”をかけて汚れを落としていく。酷い染みや汚れになってしまっているような部分には適切に“浄化”を最低限の魔力で、範囲も限定して小刻みにかけていく。その鮮やかな手並みや、使うべき魔法、込めるべき魔力などを瞬間的に判断し、それを制御しきってるらしい手並みや判断力を見るに、なるほど。これなら師となった魔法使いから才能を惜しまれるはずだと。そう以前に聞いた話に納得がいったのかもしれない。だからこそ思わずクロスは黙りこんでしまっていたし、そんなジェシカの赤面しながら頑張ってる姿に、アーサーは何か不思議な物を見るかのような表情を浮かべてしまっていた。


「あのよ……」

「……なによ」

「なんで、泣いてんだ?」

「え……?」


 その言葉に驚いた風にうつむき気味だった顔を上げると、そこには耳のあたりまで赤くなった顔と、そんな顔の頬を流れる水滴の流れがあって。


「……あ、あれ? なに、これ……?」


 それは、決して汗などではなく。紛れもなく涙だった。


 ──なんで、私、泣いてるの?


 予想外のタイミングで魔法を使ってくれと頼まれた。その驚きが原因だったのだろうか。あるいは突然、変なことを頼まれて戸惑った事が原因だったのだろうか。それとも、折角身につけたのに、そのまま使い道が無くて持て余してしまっていた共通魔法の使い道が、ようやく見つかった。そのことに興奮してしまったことが原因だったのだろうか。


 ──……ううん。違う。そんな下らない理由じゃない。私、きっと……。


 ハラハラと頬を流れる一筋の涙を拭うこともなく、あえて止めようと努力することもなく。それどころか隠すような素振りすらも見せることもなく。ただ、不思議そうに己の頬を流れていく涙を見つめる。その姿はどこか戸惑いも滲ませていて……。


「何故、かしらね」


 きっと、それは喜び。


「涙って、悲しい時とか、悔しい時とか、よく出ますよね」

「……そうらしいわね」


 これまでも泣きたくなった時に、それを我慢したことは度々あった。


「でも、うれしい時にも出たりするそうですよ」


 涙とは、強い悲しみを感じた心が流させるだけでなく、同じくらい大きな喜びを感じた時にも流させる物なのだと。そんな心の感じた気持ちの大きさを表すバロメータなのかもしれない。まるで他人事のように口にするクロスの言葉に「ヘェ」と気のない返事をしながらも、小さく鼻をすすりながら。そう答えたジェシカであったが、そんな困惑からまだ抜け出し切っていなかった少女に、優しく言葉はかけられる。


「泣けないなんて、ありえませんよ。……辛い時に泣けないのは、ただ我慢強いだけで……。その人の心が、痛みに耐える強さを持ってる。その証なだけなんです。……絶対に、大丈夫ですよ。うれしい時に、こうして……。こうして、ちゃんと泣けてるんです。……泣けない、なんてこと……。絶対にないです」


 そんな二人の間だけで通じるだろう言葉のやりとりで、ようやく少女は微笑みを浮かべて。そんな少女の微笑みには、もう暗い影は何処にも見当たらなかった。


 ◆◇◆◇◆


 なにやら目と目で語り合ってる『分かってる』らしき二人の間に下手に割り込んだりするのは、いわゆる馬鹿者のやることであって、そんな野暮の極みな馬鹿な真似をしでかす阿呆のことは“勇者”などとは呼ぶべきではなく、しいて言うなら……。


「野暮天なんて称号は、流石に御免だからなぁ」


 そうニマニマしながら茶化す辺り十分に野暮だとは思うのだが、そうからかわれた二人はそれどころではない様子で顔を赤くしていて。羞恥に耐え切れなくなったのか、表情を不愉快そうに歪めた少女は「はやくやれ」と急かすことで答えていた。


「やれって、なにを?」

「綺麗になったんだし。鎧脱ぐトコ、見せてくれるんでしょ?」


 普通じゃない品だけに、それを脱ぐところもあまり人様に見せびらかすべき物じゃないということで、いちおう周囲の目が殆ど無い裏路地に入った所にある小さな空き地、いわゆる子供たちの秘密の遊び場といった雰囲気をもった小広場にやってきた三人であったが、そんな中の一人。アーサーはまだ鎧姿のままだった。


「ま、このへんなら問題ないだろ。……一回しか見せないからな。よーく見とくよーに」


 そう勿体ぶった前置きを口にして。


鎧解除(アームズオフ)


 その言葉を口にして数秒後、全身を覆っていた青白い金属鎧の奇妙な結合がガチャガチャと自動的に解除されていくと、パタパタシャカシャカガチャガチャパタンパタンと、見る間に折りたたまれていって上に、上にと、ただひたすらに小さく小さく畳まれていって……。


「うっそ!」


 その思わず口にしてしまった台詞も無理もなかったのだろう。アーサーの身に着けていた全身を覆っていた金属鎧が、ほんの握り拳一個分ほどのサイズに折りたたまれてしまって、それが額当ての水晶体に吸い込まれるようにして飲み込まれていってしまったのだ。それはまるで質の悪い悪夢か何かを見ているような気分であったのかもしれない。


「……なんなのよ、それ……」


 何かしら普通じゃない品なのは分かった。分かってしまった。分からされてしまっていた。こんな鎧が、真っ当な鎧などであるはずがなかった。


「……さて? 正直、俺も、この鎧が『何なのか』ってことは、実は良く知らないんだ」


 何しろ『貰い物』だからな……。そう表情を歪めてみせるアーサーは、それでもため息混じりに己の頭部にある額当てに触れながら……。


「この額当てをくれた人によると『魔法の鎧』って事らしいんだけどな。俺も色々これまで魔法の鎧とか剣とか槍とか見てきたけどよ……。こんな“変”な鎧、他に見たことねぇよ」


 タメ息をつきたくなっても仕方なかったのだろう。何しろ、この『額当て』の形をした『青白い魔法鎧』らしき物を無理やり飲み込んで格納しているっぽい防具らしき物体は、見るからにこんな無機物で防具で額当てなナリをしているくせに、それでも一応は魔法生物の一種で、宿主の魔力を糧として共生関係を築くことで、自分を装備している装着者、宿主を守ろうとする『生き物』だというのだ。


「いきもの……。額当てが?」

「ああ。……これな、ほんのりあったかいんだぜ? ……それに鎧出したし仕舞ったりするとき、なんかビクビク痙攣してるし……」


 まあ、宿主を守る本能によるものか、アーサーが危ないと命の危機など感じた時には、先ほどのように自動的に鎧を強制展開して、宿主のことを守ろうとしてくれるし、金属鎧にしか見えない鎧も表皮の一種らしく、どんなに傷ついたとしても自然に修復されてしまう強力な自己修復能力があるらしいし、何よりも装着中は鎧を宿主の体の一部として『同化』してしまっているらしく、なぜか重さも殆ど感じないし、動きを妨げる事も殆ど無いのだという。


「自分の“皮膚”を重く感じたり、“手足”を重く感じたりする事ってないだろ?」


 つまり、そういう理屈らしい。そんな鎧をつけた自分の総重量に対する体感重量の異常さに気がつくのが、鎧をつけたままで水に入ったりした時や、鎧を着たままジャンプしたりした時程度にしか分からないというのだから、中々に念がいっているというべきなのかもしれない。


「……凄そうなのは分ったけど。でも、正直……。薄気味悪いわね。それ」

「否定はしない。……まあ、こんなでも俺にとっては大事な“相棒”ではあるんだがな」


 たとえ、それが魔法生物という奇妙な生き物であろうと、イマイチ頼りない人間の仲間達であろうと、それでも自分を慕ったり、頼ったり、守ったり、手助けしてくれたりしてくれるというのなら。それは十二分に仲間足りえるのだと。そうアーサーは口にしていた。


「でも……」


 相棒って呼んでる割には、その鎧着てるトコ初めて見た気がするんだけど? そう言いたげなジェシカに、アーサーも苦笑を浮かべて見せていた。


「性能が良すぎるってのも色々考えモンってことだ……。自分を鍛えなきゃいけない間は、普通の鎧を着て、必死に重い重いって文句言いながら走りまわって……。そうやって、基礎体力ってヤツを付けてやらないとってことだわな」


 魔法生物の鎧は、良くも悪くも性能が良すぎて、それに頼りすぎてしまう今の非力な自分には、余りにも過ぎた装備だということなのだろう。それはある種、贅沢な悩みでもあり、だからこそ聞いた者に多少なりとも呆れを感じさせるのかもしれない。


「せっかく一流の鎧があるのに使えないなんて。勿体ないわね」

「それも全ては己を鍛えるためだ」


 それによく言うだろ。白鳥は澄ました顔をしながら見えない所で必死に足掻くんだって。そんなアーサーの自信満々な「俺は密かなる努力家なんだ」という自慢の言葉に思わず苦笑を浮かべてしまうのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ