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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-9.あの日の続きを


 初めて冒険者の真似事を体験した日……。大好きだった心躍る冒険譚の登場人物のように生きてみたいと夢見ていた少女は、生来の脆弱さによって志半ばで力尽きてしまい、疑似体験ツアーは中断を余儀なくされてしまった。それからしばらく経ったある日のこと。その少女は半ばで終わっていた中途半端な物語に決着をつけるためにも再び物語を紡ぎ出そうとしていたのだった~。まぁるっと……。

 人差し指でクルクルとよく晴れた空に弧を描きながら、まるで糸を紡いでいるかのような仕草をしながら、そう口にしたジェシカが“何か”を確かめたくて大迷宮などに向かっているのは横を歩いているクロスも分かっていたのだろうが、その真意……。実際には大迷宮に入りたい訳ではなく、大迷宮の前にまで行ってみたいだけなのだというジェシカの言葉から、その言葉の真意や想いを読み取るというのは色々な意味で難しかったのかもしれない。


「確かめたいと言っていたのは、何を……? それに決着ってどういう意味ですか?」

「ん~。……まだちゃんと確信がないから秘密。でも、ちゃんと約束は守るから安心して?」

「それなら、まあ……」


 大迷宮には入りません。誓います。右手を上げながらそう宣誓して、自らの信じる知識の神マギに誓って見せたのだから、その言葉は信じるに値する物ではあったのだろう。


「ところで、今日はどういった風に見て回ろうと考えているんですか?」

「やっぱりあの時の続きってことで、最初はまず露店街でしょ? そのついでに大迷宮の入り口を冷やかして……。最後にクロスさんのギルドを見ておしまいって感じかな」


 うぅん……。ギルドに行くのは必須なんだ……。頬のあたりを焦りによる冷や汗が一筋伝うのを感じながらも、思わずタメ息をついてしまう。そんなクロスはいつもの格好……。女物の服の上にくたびれたフード付きのローブを羽織っている一見、魔法使いっぽく見える格好なのに、そんな横を明るい色をしたロングスカートにつば広帽子にサンダルといった、いかにもお嬢様な感じのする街歩き専用な格好をした少女が歩いているのだ。それは良くも悪くも人目を集めてしまう二人組であったのだろう。


「……今まで普通だと思ってたけど……。こうして改めて見直してみると、これって結構、異様な風景よね……」


 そう帽子を抑えながらジェシカが見上げる先には高い壁に囲まれた緑色に染まっているカリフラワー型のドームがあって。そんな異様な風景と評された国立公園の入り口の金属柵の門は大きく口を開いていて、今日も多くの人々がそこを行き来しているようだった。


「国立公園の草木は地下からの魔力の影響か、成長がやたらと早い事で知られています。そういった事情もあって、ああやって壁で囲んでしまわないと居住区が森に飲み込まれてしまうのかもしれませんね」


 それを聞いたジェシカは「ふーん」と小さく答えていたが。


「……大地の魔力の影響で植物の成長が早くなったりするっていうのは聞いたことあるけど、ここくらい早く育つのって結構珍しいと思うわよ?」

「そうなんですか?」

「うん。異常な成長速度って、下生えの草とか特に顕著なんでしょ? そのおかげで日常的に大量消費され続けている薬草の供給が王都の内部……。多分、ここからの補充分で不足気味の必要量をなんとか賄えてるって聞いたことがあるもの」


 無論、国立公園からの供給量だけで必要な需要の全てを賄えている訳ではないのだろうが、王都の周辺の森や近隣の村などから日々持ち込まれている供給量だけでは賄えていない分を補助出来るだけの量を日々生み出しているという意味では、ここから生産されている供給量は決して無視できないレベルに達していたのだが、それだけ大量に供給出来ているという事は、それだけ早く薬草が育っているという意味でもあり、成長速度の異常さを証明している事実でもあったのだ。


「カップケーキみたいに壁の上から木の枝がこんもりはみ出しちゃってるし、かなり元気に木が育ってるみたいだけど……。でも、これくらいぎゅうぎゅう詰めの密度でみっちり生えてる割には……。……うん。一本一本がやけに太く育ってるしねぇ……。養分とか水分とか十分って事なのかな?」


 木が元気に育っているということは根から栄養と水分が十分に供給されているって意味で……。やっぱり、それって大地の魔力が渦巻いてる“魔力溜まり(パワースポット)”だからってこと? その影響で土壌とかも影響されてるのかな……? そういえば地下は湿気が凄かったから、もしかしたら地下水脈の凄いのがあって、そこから湿気が地上にまで上って来てたりしてるのかな……? それプラスで魔力が肥料みたいになってるって可能性もあるのかしらね……? ……なんだか考えだすと色々面白いわね、ココ……。

 そうブツブツとつぶやきながら今日も今日とて欠伸混じりに門を守っている二人の衛兵の間を通って国立公園に入る。そこで「やっぱり」と小さくつぶやいていた。


「クロスさんって、魔法使えるんだよね?」

「え? え、ええ……。一応は」


 職業は魔法使いということにしているが、実際には修士……。治療魔法の使い手、治療師であるので厳密には四大元素系の攻撃魔法を主に使う魔法使いとは根本的な部分で系統が異なってはいたのだが。


「だったら魔力を感じたりとかって部分は人並み以上なんじゃない?」

「魔力ですか……?」


 意識して魔力の濃度を感じ取ってみて。そう言われて試してみるが、日頃気にしたことすらなかった魔力濃度の濃淡などいきなり感じ取れと言われても……。というのが正直な所だったのだろう。


「いまいち分かんないって感じね……?」

「スミマセン」


 そう魔法使いらしくない所を垣間見せてしまいながらも「まだ冒険者としては駆け出しらしいし、しょうがないよね」といった生暖かい視線を向けられながらも。


「……私ね。一時期、魔法の勉強もさせてもらってたの」


 幸いというべきか魔法を使うための最低限の素質はあって、魔力量も人並みかそれ以上にはあった。センスなどの面でも並以上ではあったらしく、乾いたスポンジが水を吸い込むようにして次々と知識や技術、様々な実践面でのテクニックも身に付ける事は出来たのだが……。


「じゃあ、ジェシカさんは実は魔法使いだったんですか……?」


 そんなクロスのビックリしたような顔を見返しながら苦笑を浮かべて。笑みを浮かべたまま、その口は「ううん」とノーの答えを返していた。


魔法使い(メイジ)の人が開いてる魔法教室って、大抵は共通魔法(コモン)から教えてくれるじゃない? とりあえず覚えておくとかなり便利だよって感じの物から……」


 焚き火などをする時など便利な“種火”で指先に小さな火を灯して感動してみたり、小さな空気の流れを起こして“換気”をしてみて、これは日々の生活の中でも使えて便利そうだなぁと感心してみたり、“給水”の魔法で周囲の水分から水を取り出し過ぎて、部屋の空気が乾燥し過ぎてしまって講師の人に怒られてみたり。そうかと思えば「貴女も女の子ならこれだけは絶対に覚えておきなさい!」とばかりに熱血指導された簡易的に汚れを落としてくれる“洗浄”を実際に自分の服や体に使ってみて、その奇妙で微妙で中途半端なさっぱり具合に驚いてみたり、習得はかなり難しいが使いこなせば血の染みレベルの酷い汚れでも落とるようになると評判の“浄化”もあっさりと使いこなせるようになって逆に講師に驚かれたり、ちょっと変わった所だとスコップいらずで大地に小さな穴を掘れるという“穿孔”の正式な使い道、いわゆる具体例とでもいうべき物を教えてもらって二人揃って赤面してみたりもした。


「楽しかったなぁ……。うん。すっごく楽しかったんだと思う。先生になってくれた女の人も凄く筋が良いって褒めてくれてたし、やりがいみたいなものも感じてたし、手応えみたいなのもあったのよ。それに、色々出来るようになって来てるっていう全能感っていうのかな……? 自分の世界がじわじわ広がっていく感じがしたし、この調子ならすぐに凄い魔法も使えるようになって、何でも出来るようになるんじゃないかな~って……。あの時には、そんな馬鹿な事、考えちゃってたのよね」


 そんな楽しい時間が前置きとしてあったからこそ、その後に現実を突きつけられた事が必要以上に堪えたのかも知れなかった。


「……とっても残念なことに、私には元素系の適正ってヤツが全くなくてね……。ちょっとした共通魔法なら人より上手く使えたけど、結局はソレ止まり。いわゆる生活魔法ってヤツだけしか使えなかったのよ」


 そんな自慢の生活魔法だって、実際には道具さえあれば代用できるようなものばっかりだった。種火は火打ち石などの着火道具があれば代用出来たし、換気については窓をあけてしまえば済む話でしかなく、給水は確かに日常的に使えて便利ではあったのだが、井戸や川などの水が簡単に調達できるような場所ではいまいち役に立たない魔法だったし、この魔法が本当に活躍してくれるだろう空気が乾燥した場所では、原理的な制限から軽く口の中を湿らせる程度しか出来ない魔法だったし、洗浄や浄化だってあったらなかなか便利で日常的に使えるなら欠かさず使ってしまう系統の便利魔法ではあったのだが、石鹸や歯の洗浄道具や携帯用のスコップといった小道具で十分に代用できる物ではあったのだろう。

 無論、生活魔法のほうが遥かに便利で効果的な部分も多かったのだが、無ければ無いでどうにでもなるといったレベルの話でしかなく、日々の生活を少しだけ豊かに。そしてより便利で文化的な物にしてくれる程度の物でしかなく……。そして、ここが一番肝心な点だったのだが、これらの魔法の殆どは郊外……。野外で野宿せざるを得ない冒険者やスラム住まいの者達にとっては欠かせない魔法であったが、町中で普通に日常生活を送っている分には殆ど使い道がないだろう魔法ばかりであったのだ。そして、自分の体の虚弱体質っぷりを考えるに、おそらくは生涯街を出て旅をする事もないだろうジェシカにとって、それらは無用の長物となっていたのだった……。


「結局、私は何処までいっても『一般人』以下なんだなって……。それを嫌ってほど思い知らされたわ。……その時、先生にも言われたのよ。それだけの素質を持ちながら、一番肝心な部分だけが欠けてるだなんて、なんて勿体ないんだろうって……。あの時は、ホントに……。ホントに、悔しかった、なぁ……」


 ツツっと頬を流れた一筋を乱暴に袖で拭って。少女は負けてなるものかと空を見上げて。


「まあ、そんなロクでもないオチがついたって話なんだけど……。でも、人間、なんでもやっておくものよねぇ~。……私って素質にそんな重大な欠陥があったんだけど、技術面だとなかなか優秀だったみたいでね? 魔力の変動とか、濃度の濃淡とか、いわゆる肌感覚っていうのかな? なんとなく感じ取るって部分が、すっごく筋が良いって褒められてたのよ!」


 そんな私の人並み以上らしい“皮膚感覚”によると、この壁の内側は外側と比べると明らかに魔力が濃いのだと。そうジェシカは誇らしげに断言していた。


「魔力って多分壁とかで空間を閉じられちゃうと、そこに溜まって濃度を上げる性質があるんだと思う。……周囲を取り囲んだ壁と、樹木の濃い密度の枝葉がフタになってて、ここに一種の閉鎖空間を作ってるんでしょうね……。それで、この中に魔力が溜まって濃度が上がってるんだと思う」


 だから、ここの草木は育ちが他よりも明らかに早くなっているのだろう。そうジェシカは結論づけて、嬉しそう笑って見せていた。


「でも不思議よねぇ……。これまで、こんなに明らかな状態だったのに、この程度の物でさえ見えてなかったのね。……それが“今”なら、こうしてちゃんと見えてる……。私の目は、前よりもずっと広い視界を得たってことなのかもね。……それを確かめられただけでも、こうして来てみた甲斐はあったんだと思う」


 さぁ、行きましょう。そう酷く楽しそうに、それで居て何処か焦燥感を掻き立てられる声で、ジェシカはクロスの手を引きながら、薄暗い森の奥へと続く道を歩きはじめたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 露店街広場。そこは大迷宮の入り口のある広場の外縁部に沿う形に露店が立ち並ぶ空間で、平たく言えば迷宮に潜ったり、迷宮から補給のために出てきたりする者達を対象にして商売をしている者達のコミュニティである。冒険者達にとっても一々消耗品の補充などで森の外にまで出なくて済むので、色々な意味で有り難い集団でもあったのだろう。

 ここには以前からジェシカは何度も訪れていたらしいのだが、クロスはこれまで迷宮とは縁のない生活をしていたために、まともに訪れるのは今回が初めてといった場所だった。


「……そういえば、まだ宿題の答え合わせって、してなかったわね」

「宿題、ですか?」


 のんびりと二人で露店に並んでいる治療薬や応急処置セット、照明器具や燃料などといった迷宮探索者向けの消耗品の数々を見て回りながら、そう思い出したかのようにジェシカは口にしていた。


「ほら。前に“あの人”と一緒に来た時に問題を出されたじゃない。バベルの入り口部分と違って、ここには何故露店しかないのか分かるかって」


 それを聞いて「ああ、あの時の……」と前回、ここを通り過ぎた時の事を思い出したのだろう。クロスは思い出せたことを伝えるようにして頷いて見せていた。


「あの時に結局、答え教えてもらえなかったのよね」

「……そういえば……」


 初めての迷宮探索ということで気が急いていたせいなのだろう。露店街を見てから中に入ろうと考えていたエルクを引きずるようにして、さっさと大迷宮に入ってしまったために、ここでの話などが色々と中途半端に終わってしまっていたのだ。


「ここを見て回っていれば、そのうち分かる事なのでしょうか」

「どうかなぁ……。でも、これまで教えてもらった事とか、見てきた事とかで、何かヒントはもう手に入れてるんじゃないかって……。そんな気がするのよねぇ」


 これまで見えていなかったものが、いつの間にか見えるようになっていた。何か変わったのかは自分でも分からないが、それでも視界が広がったような不思議な感覚は喜びを感じさせていたのだろう。そんな不思議な体験からも、小さな知識のパーツが複雑に組み合わさっていって一つの答えを導き出す感覚を心地よく感じていたのかもしれない。


「下手な町中の商店街とかよりも、よっぽど活気あるわねぇ……」

「利用者の密度と言えばいいのか……。明確に何が欲しいといった目的意識のある人しか買い物をしないからっていうこともあるのかも知れませんね」


 つまるところ目的もなしに店を冷やかしているような自分達のような冷やかし目的の客が殆どおらず、治療薬や解毒薬、治療道具などいった明確に買いたい物を決めた上で訪れる客ばかりで、そういった客を取り合う形になっているから、売り側の呼びかけ声もやたらと威勢のいい物になっているのかもしれない。あるいは、各店事に売りたいものを明確化して、それこそ一店舗一ジャンルの商品といった具合に綺麗に住み分けが行われているのも露店販売の特徴であったのだろうか。


「おじさん。ここって防具とか売ってるの?」

「ああ、そーだよ」


 何か気になることでもあったのか、ジェシカは店先に革鎧を並べて売りながらも、椅子に腰掛けて革鎧の修繕を行なっている職人らしき男に声をかけていた。


「その割には、あんまり数は置いてないんだ?」

「そりゃー、見ての通りの露店商売だからな。普通の店舗みたいにはいかんさ。それにウチの店は、この通り、修繕(こっち)の方が本業(メイン)だからなぁ……」


 そう言いながら手元の修繕中の革鎧を持ち上げてみせる。それを聞いたジェシカは納得したように店頭を見ながら……。


「じゃあ、ここで売ってるのって……」

「ああ。そこで売ってるのは代替品として用意してある品さ」


 修繕中にのんびり出来上がりを待ってるような奴もいれば、HQの付いてない安物でも良いからとりあえず革鎧を売ってくれというセッカチなヤツも居るのだと。そう苦笑しながら男は答えていた。


「じゃあ、その手元にあるのって……」

「ああ。だいぶ返り血とかで汚れてるからパッと見ぃには分かりにくいんだが……。こいつはファイアドレイクの竜皮鎧(ドラゴンレザー)のHQ品だよ。……まあ、わざわざ高い銭払って修繕に出すくらいだからな。一級品でないと、普通はココまではせんだろうよ」


 そんなかなりの高級品を直していると聞いて、思わず二人して革鎧を注視していたせいもあったのかもしれない。


「……やっぱり、お前らか。こんなトコで二人して、何してんだ?」


 そんな二人の間に顔をねじ込むようにして声をかけてきた青年が居て。そんな青年の名は、アーサーといった。


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