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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第一幕 【 王都へ 】
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1-3.冒険者ギルド


 ライセンスがZランク。その意味は「仕事を仲介したが仲介料以上の面倒は見ない」という意味である。

 基本的にZランクの者は仕事を途中で投げ出すことを前提として仕事を回されており、報酬額も投げ出された仕事を正規ランクの者に尻拭いさせる事を前提とした設定になっていた。つまり、Zランクの者は最低ランクであるFランクの雑用系などの仕事しか受けられないのだが、その仕事を受けても報酬は基本的に半額以下となってしまうのだ。

 これは半額をZランクの者達が投げ出してしまった仕事のフォロー用として積み立てておいて、失敗した時などの尻拭いとして発行される緊急クエスト(ボーナス付きの低ランク者優先な限定クエスト)の報酬として使われているためだった。

 そんな旨みのまるでない仕事しか回されない状態からさっさと脱却したかったら、ちゃんと正式な登録を済ませて臨時雇い扱いから抜け出せば良いのだろうが……。


「……まあ、なかなかそうもいかんヤツが多いのが実情だわな」


 食欲が失せてしまったのか、クロスの分に加えて自分の分まで横にずらして。そうやって差し出された食べ残しに飛びつくようにしてむしゃぶりつくのはクロウである。そんな、実に美味しそうに食べ残しを口に詰め込んでいる姿を横目に、アーノルドはライセンスがZランクのままでいることの不便さについて説明していた。


「お前さんみたいに孤児院育ちだと親とか親戚がいないせいで色々面倒だと思う事も多いかもしれんが、こいつらみたいなスラム住まいの連中は面倒さの桁が違う。不便とか面倒以前の問題として人として扱われてない部分が多々あってな。……コイツみたいに記憶がないからって理由で正式登録出来ないでいるヤツもいれば、色々と事情があって身元を明かせないとか、そもそも自分が誰の子かも分からないってヤツも大勢いる。そうなってくると……。まあ、名前以外何もありません。出身地スラムで、現住所もスラム。身分証明なんか何もありません。身元保証人なんて居るわけありませんってな奴も大勢いるわけだ」


 親が居ない。親と死に別れた。親が分からない。親とはぐれた。親に捨てられた……。それらは貧民街(スラム)では何ら珍しい事でもなく、そういったスラムの住人は壁の中の組織から良いようにこき使われて使い捨てにされる事になる。それこそ難癖つけて延々とZランクのままで固定されて、安い賃金でこき使われるような事も決して特別な話ではないのだ。

 そんなアーノルドの言葉で、クロスはクロウがどういった場所で、どういった生活を送っているのかをある程度は察する事が出来たのだろう。


「……私に、そんな話を聞かせてどうするつもりですか」


 だが、それとこれとは話は別だった。もしかして、それが目的だったのか。そんな勘ぐりすらしながら睨みつけたクロスだったが、そんな怖い視線をアーノルドは苦笑混じりに弾き返して見せていた。


「別に。お前さんに、こいつらをどうにかしてくれなんて頼む気は一切ない。ここでコイツに出会ったのも完全な偶然だよ。……ただな。こういう特殊な事情を抱えた可哀想なヤツらが、この街には履いて捨てるほど大勢いて、ときどき教会の方にお布施なんか出来ないけど大怪我して死にそうだから、頼むから治療してもらえないですかっつー、血迷った戯言をほざく小汚ねぇガキがふら~っと、お前さんの前に表れたりする事もあるだろうからなぁってな?」


 教会は様々な弱者救済のボランティア活動を行なっているが、それらは富める者達からのお布施なしには行うことができず、教会という組織そのものも運営出来なくなってしまうので、原則的に治療の対価として必ずお布施を求めるというのが常だった。

 そんな事情もあって、お布施なしに治療してもらいたいと言われても、それがルール違反になってしまってなかなか難しいのだが、それを承知の上で、アーノルドは無茶なお願いを口にしているという自覚程度はあったのだろう。


「何も教会の中で堂々とルール違反をしろなんて言ってない。……だが、外ならどうだ? せめて教会の外とか、街の外とかでなら? 教会の他の連中の目が届かない場所でなら? 例えば、小汚ねぇスラムの近くを歩いている時とかよ。……そんな時、たまたま治療を受けられないで苦しんでるガキとかに出会ったらなら? ……そんな時、ちょっとだけでもいいから『優しく』してやってくんねぇかなーっていう『お願い』ってヤツだな」


 それでは修道士の服を着ている者にとっての教会への背信……。対価なしに奇跡の力をみだりに使うべからずという教会の教えに反する行為になってしまう。無論、そういった苦しんでる人々を前にした時、多くの治療師達は無償で治療を行なってしまうのが常なのだが、無闇に背信行為を行う訳にもいかないので、そういう場合には往々にしてお布施を自腹で穴埋めして帳尻合わせを行ってしまうのだが、その申し訳なさそうな表情を見るまでもなく、それを分った上でお願いしていたのだろう。


「苦しんでいる者を救える力を持ちながら何もせず見捨てる事が出来る者に治療師は務まりません。……私個人としても、怪我人を見捨てるのは流石に目覚めが悪いので、そういった場合に放置することはないと思いますが……」

「そうか」

「ただし、私の方にも色々と事情があります。ですから、その時の私の懐具合次第としか、今は言いようがありません」


 治療師達の中でのみ通じるだろう有名な格言がある。それは「自分を救えぬ者が他人を救えると思うな」というものであり、もっと露骨に「自分の腹を満たせぬ者が他人を救うために全力を尽くせると思うか」というものもあった。それら治療師でなければ分からない言葉の意味する所とは、自分のための金まで他人のために使うなという教えである。


「いや。それで十分だ。二級治療師様に、そこまで言ってもらえるなら……。それだけでも、連中にとっては有り難い話だからな」

「そう言って貰えると、こっちも気が楽になります」


 そんな無闇な無償の治療行為を教義で禁じている教会組織への忌々しさを言葉の裏に滲ませながらの感謝の言葉に、クロスも思わず口の端に笑みを浮かべていた。


「……人の食べ残しに手を出すのは、みっともないと思うかい?」


 食べ残しをはぐはぐと幸せそうに頬張っているクロウを横目に、アーノルドはクロスに小さな声で尋ねていた。


「……残してゴミになるよりも余程良いと思いますよ」

「だろぉ? ……まあ、そういう訳なんで、この店の飯がやたらと多くても文句を言わないで欲しいし、こういった食い詰めた連中が飯も食わないで店の中とか外をウロウロしてたりするってことを覚えておいてくれ。あと、出来るだけこの店で飯を食ってやってくれたら色々と助かるんだがなぁ」


 そこまで求めるのかと多少呆れる部分もありながら。


「善処はしてみます。……外食は懐具合との相談になると思いますが」

「頭の片隅で覚えておいてくれるだけでも助かる」


 そう言い終わると、ガタッと音を立てて立ち上がる。


「……さて、と。それじゃ、次行くか」

「次?」

「ああ。次がいよいよ本題だ。すまないが昼飯の代価ってことで、あと一軒だけで良いから付き合ってくれないか?」

「食事をさせてもらったのは事実ですから構いませんが……」


 何処に連れていくつもりですか、とあえて聞かなかったのは、行き先の心当たりがあったからなのだろう。


「……やはり冒険者ギルドでしたか」

「予想通り過ぎたか?」

「貴方がココに連れてくるだろうことは、何となくでしたが察していましたから」


 冒険者の宿のすぐ近くにあったのは、特徴的な盾の前で剣と杖が交差している紋章が刻まれた大きな看板がひときわ目を引く建物であり、そのシンボルマークは、ここが正式に国から認可を受けている冒険者の根城、冒険者ギルドであることを訪れる者にアピールしていた。


「貴方は東門の警備と募集活動の二つの仕事を請けていると言っていた。警備の仕事はおそらくお昼までで、昼からは別の仕事をやっていたんじゃないですか?」


 募集活動、つまり治療魔法の使い手に声をかける仕事をしていたのだろうと思われた。おそらくは教会の認定証を持ってる修士の手続きに便宜をはかってやることで恩を売り、食事をおごって借りを作り、それらを使ってココに連れてくるといった仕事だったのだろう。


「……そこまで分かってたのか」

「私のことを冒険者にしようと勧誘にでも来たんですか?」

「お前さんをピンポイントで狙ってた訳じゃない。あの時に出会ったのは単なる偶然さ」


 冒険者は魔物と戦う事も多い仕事なので、必然としてケガが絶えない仕事だった。そうなると治療魔法の使い手がどうしてもパートナーに必須となるのだが、ギルドに所属する癒し手は数もさることながら、どうしても質の方も求められがちだったのだろう。

 そういう意味ではクロスは二級の資格持ちな特別優秀な治療師であり、ギルドとしては何としても加入して頂きたい特別な逸材という扱いになるのだろうと思われた。


「お仕事は大成功というわけですか」

「ああ。俺の仕事はここまでだ。……ここから先、ギルドに向かって足を進めるかどうかは、お前さん次第だな」

「……良いんですか、そんな中途半端な真似をして」

「良いんじゃないか?」


 そう答えながらウィンクする。


「もう、ここで終わらせても問題ないさ。どうせ嫌でもここに入ることになるんだから」

「……なぜ、そう思うんです?」

「修道士って連中は、宗派を問わず、教区を移動する時には“変な義務”が周囲に迷惑をかけた事への『償い』って形で課せられるんだってな?」


 おそらくは、これまでも何人も連れてこられたのだろう他の修士達から聞いた話なのだろうと当たりをつけて。クロスは小さくタメ息をついて頷いていた。


「……その通りです。これから最低でも一年間は、週のうちに三日以上を教会で治療活動のボランティアに費やさなければなりません」


 本来であれば教会の治療院で働く治療師は、治療行為の対価として支払われたお布施の一部を分配されて、それを主な収入源として生活しているのだが、教区の移動直後は、そういった報酬をもらえない状態で新しい教区の人々に尽くし、新しく所属することになる教会へ奉仕しなくてならない……。つまりは、これから最低でも一年間はタダ働きが確定しているということであり、一番の問題は「その間の収入源をどうするか」という部分にあったのだろう。


「しばらくは収入が断たれた状態になる上に、持ち合わせが少ないってかなり頻繁に聞かされていた気がしたんでな。……その上、治療師じゃあ個人の戦闘能力はかなり低い。となると、誰かと組んで仕事をするしかないんだろうが、当面の生活費を手早く稼ぐ上で冒険者って仕事はなかなかに優秀だ。それこそ、町の外に出るのが面倒なら、ここでケガして帰ってきた奴の治療をする仕事をギルドから受けてコツコツ内勤に励むって手もあるからな。……まあ、何で俺がこんなことに詳しいのかっていうと、これまで声をかけてきた連中も最終的には同じ道を歩んだからってことさ」


 つまり自分と似た境遇の修士を沢山加入させてきたということのだろう。そう理解したクロスは一つタメ息をつくと、うなづきながら答えていた。


「そのとおりです。私は持ち合わせが少ない状態で引っ越してきたので、手っ取り早く生活費を稼ぐための副業を大至急必要としている所でした。……そういう意味では、この誘いは渡りに船といった所です。中に案内してもらえますか?」


 そう吹っ切れた様子で苦笑を浮かべたクロスに、アーノルドは力強く頷くと「ようこそ、冒険者ギルドへ」と言いながら、入り口の扉を開けて中に案内していた。


「とりあえず、そうだな……。ちょっと、そこらへんのテーブルに適当に座っててくれ。登録に必要な書類一式を持ってくる」


 昼過ぎという時間帯の問題なのか、まだ室内は人の姿もまばらで、武装した冒険者らしき人物達よりもギルドの職員達の方が数が多い印象を受けた。

 入口付近には幾つかのテーブルと椅子が置かれており、壁際にも壁を背にする形で椅子が並べられていた。それらに腰掛けている冒険者が居る所を見るに、事務処理の手続きなどが終わるまで待たされる時などに適当に腰掛けていてくれという意味があるのかもしれない。

 壁際の椅子がテーブルよりも明らかに数が多く、パーティーやチームの複数人で行動する場合には中央、一人で手続きや処理などに来た場合には隅っこの方で休むという感じなのだろうかと勝手に推測していたが、おそらくはさほど外れてはいないだろうと思われた。

 そんな室内をぐるりと見渡してみると、奥の方には色々な手続きのための窓口が用意されていて、大まかに事務関連、依頼関連、売買関連、その他よろず相談窓口といった具合に受付窓口を分けている事が見て取れていた。

 アーノルドが話をしているのは事務関連の窓口で、おそらくは自分の登録について申し込みをしてくれているのだろうと思われた。その後ろを数人の冒険者が行ったり来たりしているのに気がついて目で追ってみると、そこでは依頼関連の窓口と入り口から向かって左側にある壁に色々と貼り付けられた巨大な掲示板らしき場所の間を行き来しているようだった。おそらくはアレが有名なクエストの依頼というヤツで、あそこでクエストを選ぶのだろうと思われたのだが……。どんな依頼があるのか、かなり興味はあったのだが、まずは登録を済まさないとクエストどころではない。それが分かっていただけにクロスはアーノルドがやってくるのを大人しく待っていたのだが……。


「あ、クロちゃんだ」


 その時、勢い良く入り口をあけて黒一色の子供……。かなり見覚えのある背格好の人物が入ってきたかと思うと、修道士の格好のせいもあったのだろう、目ざとくクロスのことを見つけてしまったらしく、一直線に駆け寄ってきていた。


「……クロちゃん?」


 そんな人物の開口一番の挨拶らしき声が「クロちゃん」だったのだから驚いたのだろう。


「うん、クロちゃんだからクロちゃん」

「……私はクロスですよ、クロウさん」

「クロウでいいよー」

「分かりました、クロウ。あと、私はクロスです。出来ればクロスと呼んでください」


 外見同様、随分と似ている名前のせいもあってか、クロスとクロウを交互に連呼していたら思わず混ざってしまいそうになるし、なによりも舌をかんでしまいそうだ。そう辟易した気分を抱いていたクロスであったが。


「うん、わかったよ。クロちゃん」


 肝心の話相手はニッコリ笑ってはいたが、やっぱり分かっていなかった。


「えーっと……。クロウ?」

「なに?」

「私はクロちゃんなのですか?」

「うん、クロちゃんだからクロちゃん」


 そういえばアーノルドのことをアーちゃん等と呼んでいたなと思い出しながら、この子の頭の中には「クロス=クロちゃん」で登録されたらしいと察したクロスである。


「大丈夫だよ。あんな美味しいご飯をくれた人の事は絶対に忘れないから」


 だから君はクロちゃんだし、今度またご飯食べさせてね、クロちゃん等と意味の分からない上に随分と厚かまし台詞を力いっぱい言い放っているクロウに、そういえば苦労って字はクロウって読むんだったなぁと訳の分からない事を考えてしまっているクロスである。……人は、これを現実逃避と呼ぶ。


「そういえば、クロちゃん。こんな所で、何してるの?」


 そんな台詞でようやく今何をしているのかを思い出すクロスである。


「……ギルドへの登録に来たんですよ」

「クロちゃんも冒険者になるの?」

「修道士との兼業になりますが……。生きていくためには必要なことです」


 いくら修士といえども霞を食べて生きる訳にもいかない以上、生きていくためには何らかの収入を必ず必要とするのだ。


「そーなんだー。これから仲間だね。よろしく、クロちゃん」


 相手が修道士だろうが何だろうがきっとクロウは同じように右手を差し出すのだろう。何ら気負いも気兼ねも遠慮もなく。差し出される右手は純粋な意味で友好の証だった。何となく、それを感じ取るクロスである。だからであろうか。


「……そうですね。これから、よろしくお願いします。クロウ」


 差し出された手を握り返したクロスは、半ば無意識のうちに笑みを浮かべていたのだった。



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[一言] アーノルド、善人面わざとらしすぎて気持ち悪い感じする。
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