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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-7.扉の向こう側


 自分の思い通りに行動する。

 一見簡単そうな事ではあるが、実際にソレをやろうと思うと色々と後ろ髪を引かれたり、ためらってしまったりすることも多かったのだろう。特に、大事に想うような相手であったり、それを相手が望んでいない事が分かっていたり、それをやってしまうと十中八九相手から嫌われてしまうという予感が色濃くあったりした場合などは尚更だった。


 ──それでも私は扉の向こう側を見ると決めたのだから……。


 自分に対して隠されているのだろう一人の少女の隠している“事実(リアル)”を探り、それに触れる事によって納得出来る答えを出したいと願ったのだ。多少なりとも悪魔の囁き(じょげん)はあったにせよ、自分でそう決めて動き出した以上、今、ここで引き返すという選択肢はなかったのだ。


「……それで、何の用だね?」


 最初は真っ当に父親であるクランクに話を聞いてみようかと思っていたのだが、よくよく考えてみればいきなり『貴方の娘さんの飲んでいる薬の正体は何ですか?』と問い詰めてみても、ジェシカが隠している真実を知っていて当たり前の父親や商会の面々が、そんな我が子の秘密を部外者でしかない自分に漏らすはずもなかったし、こんなナイーブに過ぎる質問にまともな答えが返ってくるはずもなかったのだ。

 第一、以前にジェシカは自分の飲んでいる薬は『虚弱体質改善のための滋養強壮の処方薬』だと説明していたのだから、少なくとも周囲にいるクランクや従業員も口裏合わせくらいは出来ているはずで、誰に聞いても同じ答えしか返ってこないことが予想出来た。だからこそ、クロスはあえて一番守りが硬そうではあるものの、薬の入手元であるエドに直接当たる事を選んだのかもしれない。


「……ほう。あのお嬢ちゃんに出してる薬ねぇ?」


 クロスの来訪目的を聞いたエドは平然と『何だと思う?』と視線で尋ねながら何時ものようにパイプに葉っぱを詰めて火を灯していた。


「何か曰くの有りそうな薬に見えてしまって……」


 少なくとも、自分はああいった黒い色をした葉っぱの形をした薬や、あんな強い刺激臭のする処方薬は見たことがないし、何よりも……。


「……何よりも、なんじゃ?」

「あれだけ日常的に……。しかも、あんなに大量に服用しなければいけない滋養強壮の薬なんて、聞いたことがありません」

「まあ……。そりゃそうじゃろう、な」


 そうニヤリと笑いながら、エドはいつものように横目で見つめてくる。その表情は面白がっているようでいながらも、それとは真反対な冷たい視線が酷く怖かった。


「ところで、お前さん。仕事は何じゃったかな?」

「……治療師ですが」

「はて。……お前さんは、修士じゃなかったか? ワシの思い違いかの?」


 その言葉に思わずクロスは顔をしかめていた。


「そうです。……修士、です」

「おや。……なにか答えづらい事を聞いてしまったか?」

「いえ……」

「ふむ。それにしては……。何やら、事情らしきものがありそうではあったがの……?」

「……」

「ワシとしてはどっちでもいいんじゃが……。だが、実際の所、どうなんじゃ? 何か『自分は修士だ』と胸を張って言えない事情なり何なりがあるんじゃないのか?」

「……ありませんよ、そんなもの」

「即答出来てない時点で、何かあると白状してるようなものじゃな」

「……」

「どうした。そう黙ってしまっては肯定しておる事になるぞ?」


 そう笑われて思わず視線を逸らしてしまったクロスが無意識のうちに胸のあたりをギュッと掴んでしまっているのを見て、思わずエドも苦笑を浮かべていた。


「まあ、そういうことだ。……人間だろうと、亜人だろうと、十年以上も生きていれば、聞いて欲しくない事の一つや二つは出来るというものだ」


 そうだろう? そう視線で尋ねられたクロスは思わず俯いてしまっていた。


「……特に嫌な思い出って奴や、事情を良く知りもしない“他人”に知られたくないからと、わざわざ秘密にしたがっているような事を、何の考えもなしにえぐり出そうとするような野暮な真似は、な? ……ワシは感心せんよ」


 プフーと煙を吐き出しながら、エドは淡々と口にしていた。


「特にお前さんは修士……。治療師なんじゃろ? 治療の上で薬を使ったりすることは、まあ他の連中よりは多いのだろうが……。それでもお前たちはケガの専門家でしかないし、病気や薬に関しては門外漢も甚だしいじゃろうに。……そんなヤツから見たことがない薬だ、何か怪しい薬じゃないか、だなどと言われても、な? ……そんなのは、ごく当たり前の話でしか無いんじゃないのか?」


 確かに、そうなのかもしれない。エルクですら知らない様子だった程の特殊な薬なのだ。それこそ薬の専門家である薬師から見てさえ珍しいレベルの薬、あるいはエドのオリジナルな処方薬かもしれないのだ。それを思えば、自分が知らないことを理由にエドの仕事にケチをつけたという事になり……。エドが怒っているのも無理もなかったのだから。


「そんな訳で、薬と病気の専門家から言わせて貰うなら、治療師の薬に関する知識はまだまだ浅いと言わざるおえん。特にお前のようなガキンチョ同然の駆け出しの若造では、開業したての薬師にすら劣るレベルだ。……そんな奴に(アレ)の何が分かる? ……枝葉の先だけを見て、森の全てを知った気分にでもなったか?」


 コーン。パイプが灰皿を打つ音と共に口にされた厳しい言葉に、思わずクロスの肩がビクリッと震えてしまっていた。


「……アレを見たことがない? ……そりゃあ、そうじゃろう。あんなものは、真っ当に生きていれば一生お目にかかることはないだろう、ロクでもない曰くだらけの代物だ。……まあ、お前さんがアレを知らないで済んでいるということは、かなり幸せで真っ当な、それこそお天道さんに照らされた正道のド真ん中あたりを正々堂々と歩いてきましたという、良い意味で世間知らずの証みたいなモンじゃないかと思うがな?」


 そう一気にイヤミまで吐き出してしまうと『フウッ』とタメ息をついて『すまん。言い過ぎた』と謝っていた。


「……暴言の侘びだ。一つだけ答えてやる。何が聞きたい?」


 そんな誘い水にクロスが返したのは……。


「アレの正体が何なのか、か。……アレは、まあ……。ある意味において、お前の想像通りの品だ。かなり特殊な事情を抱えた患者に対してのみ処方される種類の薬でな。まあ、体に悪いかと聞かれれば……。良いはずがないな。少なくとも、あんな代物を飲んでいる限りは元気にはなれんし、弱っていく一方じゃろうな」


 それを聞かされたクロスは思わず目を見開いていたし、椅子から立ち上がってワナワナと口と手を動かしてしまっていた。恐らくは色々と衝撃的過ぎてパニックか何かを起こしてしまっていたのだろう。そんなクロスを前にエドは至って平然としていた。


「なんで、そんな危ないモンを飲ませ続けてるのか、って所か……? まあ、理由なんぞあってないようなものだが……。強いて言えば、それが必要だったから、だろうな」


 本人はおろか、両親を始めとした関係者も全員、このことは承知している、と。そうエドは最後に付け加えていた。全ては納得ずくで……。特殊な事情も強い副作用も高い危険性も何もかも……。それら全てを承知した上で、ジェシカはエドの処方した薬を飲んでいるのだし、自分の意思で飲み続けてもいるのだと。そして、ジェシカが必要としているからこそ、エドも処方し続けているのだと……。静かに。諭すようにして。そう落ち着いた口調で教えていた。だから、クランクや商会の面々には何も聞いてやるな、と。答えても絶対に答えないから、と。そう忠告らしき『お願い』すらも付け加えて。


「……そんな……」


 そんな厄介な状態に陥っていたのに。それなのに、これまで何の相談もして貰えなかったし、助けらしきものも一切求められていなかった。その事が奇妙に堪えていた。それこそ、体から力が抜けていくほどに……。それくらい強いショックを受けてしまっていたし、それくらい大きなダメージを食らってしまっていたのかもしれない。


「アレを飲んでいるような奴が、何で何の役にも立たん治療師なんぞに頼らねばならんのだ。……それとも自分なら、あの子を救えるかも知れんとでも思ったか? ……思い上がるなよ、この小童(こわっぱ)が!」


 そんな冷たく激しい言葉に、思わずクロスは顔を上げていた。そんなクロスの額にパイプを突きつけるようにして。


「そのやたらめったらに隙間が多そうな頭の片隅にでも刻み込んでおけ。ワシらは万能でもなければ神でも悪魔でもない。お前はただの亜人の治療師のガキで、ワシは単なる偏屈な薬師のジジイ。それこそ、何処にでも居るような、ただの治療屋(なおしや)処方屋(くすりや)にすぎんのだ、とな」


 そんなただの凡人達でしかない自分達には当然のように限界というものがあり、出来る事はあっても出来ないこともある訳で。それこそ物語に出てくるような英雄達のように全てを救えるはずもなく、必然として力及ばず救えない患者も居るわけで……。


「どう頑張っても救えない場合(ケース)というものも、中には確かに存在しとるんだ。……そんな時ワシらに出来る事は多くはない。むしろ少ないというべきか。……あの子にしてもそうだ。おそらくワシらができる事は殆ど無い。……あるいは、あの子が諦念という名の悟りを得るまでの手助け程度しか出来んのかも知れん」


 今は例え、言葉の本当の意味が分からなくとも。それでも、その道をあえて進むというのなら。その扉の向こう側に隠されている真実をあえて求めようというのなら、聞いておくべきだ。そう言いたげにエドは忠告らしきものを口にしていた。


「……あの人は……。ジェシカさんは、治らないってことですか」


 そんな乾いた口をようやく動かして尋ねた言葉に、エドは「はて」と惚けて見せていた。


「誤魔化さないで下さい!」

「誤魔化す気はないんじゃが……。まあ、ワシもあの子の主治医として、お前さんに教えられる事と教えられん事があってなぁ……。まあ、ワシは救えるように全力で努力はしとるよ。その結果がどうなるかは……。さて。こればっかりは神のみぞ知るといった所なんでな。ワシなんぞじゃなく、お前さんらが毎日拝んどる女神(ヘレネ)にでも聞いみるんだな。……頼りなくて申し訳ないが、これで答えになっとるかのぉ?」


 そう答えながらも口元は笑みの形に歪んでいて。そうやって『おお、おお、青い青い』と笑われた事に気がついたのだろう。クロスは羞恥に頬を赤く染めると椅子を蹴倒すようにして立ち上がると「帰ります!」と背を向けたのだが……。


 ──アレが若さという事かのぉ。


 荒々しく外套(ローブ)で顔を隠しながら表に出て行ってしまった後の開きっぱなしになったままな扉を見つめながら、エドはいつものようにパイプをくゆらせて笑みを浮かべて。


 ──あの子なら“届く”やも知れん……。


 若さゆえの未熟さと、足りていない配慮と、悪い意味での遠慮のなさと。何よりも純粋さに裏打ちされた無邪気なまでの残酷さなくしては。……おそらくは“届かない”のだ。だからこそ、エドは無駄だと分かっていながらも期待してしまったのかもしれない。

 自分では救う事が出来そうにない相手が。そんな相手が必死に伸ばしている腕を。小さな声で助けを求め続けている存在が差し出してくる腕を。……本音という魂を、あの子なら掴み取ることが出来るのではないか、と。そう期待してしまったから……。だからこそ、教えてしまったのかもしれない。


「いや、言い訳じゃな……」


 何があろうとも患者の秘密を他者に漏らしてはならないという、この道を歩む者にとっては基本となる教えを。何よりもサリエルへの誓いを裏切ってしまった事に代わりはないのだ。それが例え患者のためであったとしても、踏み越えてはいけない線を超えてしまったという自覚はあったのだろう。


 ──やれやれ。こりゃお嬢ちゃんに叱られそうだわい。いよいよ、主治医失格かの……。


 そんな自嘲の笑みを浮かべながらも、それでも期待してしまったのは、あるいはジェシカが向けるクロスへの気持ちに気がついていたからなのかもしれなかった。


 ◆◇◆◇◆


 甘い考えではあったのだろうが、いきなりジェシカの主治医であるエドに当ってみたのは、ある意味では正しかったのかもしれない。もっとも、当たって砕けてみるのさとばかりに飛び込んだ先では、本当に砕け散ることになってしまったし、扉の向こう側を見てやると勢いこんで踏み出した一歩目で、いきなり虎バサミの罠にバチンとやられてしまった気分でもあったのかもしれないが……。


 ──勇気を出して踏み出したら、足の下に地面がなかったって感じですね……。


 そうエドの治療院の前で「どうするんですか、コレ」とばかりに頭を抱えて座り込んでしまっていたクロスであったのだが……。


「……アレ? クロスさん?」


 そう誰かが下から見上げるようにして覗き込んで来ている事に気がついた時には、すでに目の前に誰かが座り込んでしまっていて。そして、そんな相手の顔にはやたらと見覚えがあったりした。言うまでもないかもしれないが、ジェシカである。


「そういえば、クロスさんも、エドさんトコに通院してたんだったね~」


 以前にクロスが血を吐いて意識を失った時にアーノルド辺りからクロスの主治医がエドだということを聞かされていたのだろう。その時にココに運び込まれたのだから、それを知っていても不思議はなかったし、その言葉にも疑問らしきものもなかったのだろう。


「……ジェシカさんも、ここに?」

「うん。ちょっとね……。ほら、ここの先生、腕良いって評判じゃない。それでね」


 父親の勧めもあって、わざわざ西区から東区にまで通っているのだと。……父親の商会の仕事とかで荷馬車とかも行き来しているので、それに便乗すれば良いからって。そんな調子でジェシカはココに通っている理由を口にしていたのだが……。


 ──以前なら、きっと見逃していたのだと思う。


 いや、見逃す見逃さないではない。あえて見えていない振りをしていたのだろうとも思う。その言葉の不自然さや、言葉を濁した瞬間の表情の変化なども。……だが、今なら。ジェシカの隠している真実を探り、それと向かい合おう決意した今なら……。嫌でも、その表情の僅かな変化が……。その言葉の濁りの影に暗い表情が垣間見えてしまったのだろう。


「そっちは、もう診察、終わったの?」

「え? ……ええ」

「この後の予定は?」

「今日は仕事の方はお休みなので……」


 それを聞いたジェシカはニンマリ笑うと「じゃあ、良いわよね」と一人納得していた。


「……いいとは?」

「私の方はいつもの定期健診ですぐ終わるんだけど……。でも、すぐ終わりって訳でもないし……。そうね。三〇分くらいかな。三十分後にココで待ち合わせましょ」


 付き合って欲しい所があるの。そうニッコリ笑いかけられたクロスは多少不安な物を感じながらも、うなづいてしまっていたのだった。



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