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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-5.お見舞い


 何か用があって来たのではないのか。

 そう改めて尋ねられた二人組は平然と「伝言を頼まれた」と答えていた。


「伝言、ですか」

「ああ。エドさんからお前らに伝えてくれってな」


 何やら仕事絡みで二人でエドの治療院を尋ねた際に、そこに先日の大冒険の結果患ってしまった風邪をこじらせて入院して治療を受けていたジェシカが自宅療養が可能なレベルにまで回復して面会可能になったのだが、早々に自宅に帰ってしまったので、面会したいならこちらでなくクランク商会の方に行ってくれと。そう伝えておいてくれと言付かってきたらしい。


「……なんかお前らに面会可能になったら教えてくれって頼まれてたからって、な」


 二人が会いたがってると聞いていたはずなのに、面会可能な状態にまで回復してすぐに家に帰ってしまったとなると……。やはり怒っているのではないだろうか。

 そう変な心配をしてしまったのも無理もなかったのかもしれない。そんなクロスにアーノルドは「分かってねぇなぁ」とため息をついて見せていた。


「……オメェ、ちったぁ成長してるかと思ったのに、全く分かってねぇな」

「え?」

「あんだけあの子と一緒に居たのに、まだ女心の機微ってヤツを分かってねぇのかって言ってんだよ」


 え!? そうなの!? ……そうなんですか? ……本当に、そうなのでしょうかね。

 そんな三者三様の疑問の視線を向けられているにも関わらず、アーノルドは「だからお前らは駄目なんだ!」と一歩も引かなかった。


「風邪をこじらせてたんだぞ? これまでロクに風呂も入れてなかっただろうからな。……まあ、入院してたんだから寝間着なのは仕方ないにせよ……。好きになった奴が見舞いに来るってのに、髪はベタベタのボサボサ、顔はスッピンで油が浮いてるとなると、な? あの年頃の女の子なら、流石に我慢ならんだろ」


 若い子は肌がつやつやな分、油断してるとすぐに油とか浮いてくるもんなんだぜ? そのせいで体臭とかも結構きつかったりするしな? ……まあ、年取ると油っ気が抜けてきて反対に肌がカサカサになりやすくなったり、加齢臭とかが気になり始めるんだけどな?

 そうニタリと笑って「なあ?」と同意を求められたエルクであったが、そんなこの中ではぶっちぎりの最年長ではあっても、元々がやたらと長寿なエルフ族であるので、言うまでもなくそんな加齢による肌のトラブルや加齢臭とはまだまだ無縁な若々しさを誇っていて。むしろ、この中で一番お肌のトラブルを抱えていそうなのは、文句なしにおっさんに片足を突っ込んでしまっているアーノルドであったのだが。


「……ん~。でも、この中だと一番肌が荒れてるのってアーちゃんだと思うよ?」

「んまー、肌のケアなんてしてねぇからなぁ」

「ちなみに肌が一番綺麗なのは文句なしにクロちゃんだよ!」

「へーへー。お前さんはブレないねぇ」

「……ありがとうというべきなのでしょうか」

「まあ、貴方はこの中だと一番若いですからね」


 ぱっと見ではクロウも同じくらい若いせいもあって、同じくらいには肌も綺麗なはずなのだが、毎日お風呂に入れるはずもない不潔なスラム住まいと、一日数回入浴するのが当たり前な清潔さを常に仕事柄求められる治療院の宿舎住まいとでは、日常的な環境の差というべきものがお肌にあらわれてしまっていたのかもしれない。

 少なくとも、この四人の中ではぶっちぎりにすべすべつやつやな髪とお肌を誇っているクロスである。……まあ、本人がそのことを喜んでいるのかどうかは少し微妙な所ではあったのだろうが。


「まあ、貴方の邪推の真偽のほどはともかくとして……」


 そう脱線していた話を無理やりに元に戻すと、エルクはクロスに見舞いに行ってくるように指示をだしていた。きっと何かしら事情があって自宅に帰ったのだろうが、その理由にも察しがついていたのかもしれない。

 そんなエルクから指示を受けたクロスではあったのだが、アーノルド達は詳しく知らされていないだろうから変な勘ぐりをしてしまっても仕方ないにせよ、クロスのことを同性……。年下の女の子だと思っているはずのジェシカが、自分のお見舞いがあるからと身だしなみなどを変に気にして大急ぎで自宅に帰ってしまうものなのだろうか……? そう考えた時、さきほどの話の中で「自分達がお見舞いに行きたい」と伝えて貰っていた事を思い出していた。


 ──自分達。つまり彼女から見て同性だと思っている私だけでなく、異性である司祭様もお見舞いに来たがってるという意味になって……。となると、ジェシカさんは司祭様にかなりの憧れと敬意を持ってたはずだから、私でなく司祭様の方を気にして身だしなみを綺麗に整えてないとってなったのかもしれない……?


 案外、ソレが真相なのかもしれないなぁと腑に落ちたのだろう。ようやく納得できたといった表情を浮かべて「分かりました」とだけ短く答えていた。


 ◆◇◆◇◆


 こういった時には本来は当事者の一人でもあったエルクも同席すべきだったのだろうが、若い病み上がりの女の子のお見舞いと称して自分のような大人の男が変に訪ねて行くのもどうかと思われるだろう。アーノルドに「もうエルリックに戻るなよ」と釘を刺されていたこともあってか、今日のところはクロス一人に見舞いの品を持たせて送り出すに留めていた。


「おう。こないだは色々と悪かったな」


 そうウチの馬鹿娘が面倒かけちまったなとばかりに予想外に好意的な態度で迎え入れてくれたクランクに、あからさまにほっとした表情を浮かべたクロスであったのだが、そんなクロスの態度にクランクも苦笑を浮かべてしまっていた。


「怒ってやしねぇよ。あのあと、あの人が来て色々と話しをしたからな」


 ……まあ、あの人の“短い方の名前”を教えて貰った時には流石に驚いたがね。そう最後に付け加えられた言葉で、クランクがエルリックの正体がエルクであることを教えらたことを察することが出来たのだろう。無論、相手のことを信頼していなければ自分の秘密など明かせるはずもなく、クランクが無闇に秘密を口外しないと考えたからこその行動であったのだろうとも理解はできていたのだが。


「……で? 今日はどうした?」


 そう依頼に関係なく商会を訪れたクロスに改めて用件を尋ねるクランクに、クロスは手に下げたフルーツの瓶詰め(贈呈用の綺麗に包装された詰め合わせセットだ)を差し出しながら、ジェシカのお見舞いに来たことを告げていた。


「単に慣れないことしたせいで疲れたのと風邪をこじらせたせいで動けなくなってただけで、そんなに大層な症状じゃなかったんだがな……。まあ、気を使ってもらって悪かったな」


 お見舞いの品が娘の大好物だからと受け取って、それからしばらくしてジェシカの方の準備が出来たからと使用人に部屋に案内された。


「おひさー」


 そうベッドの上で手をフリフリしながらニコやかに挨拶してくるジェシカは病み上がりなせいかちょっとやつれていたし、いつも以上に顔色が悪かったりしていたし、眼の下にも大きなクマが出来てしまっていたが、それでも顔に浮かべた表情はいつもと変わらないもので見る者に安心感を与えてくれていたのだろう。


「ようやく面会を許してもらえました」


 そう挨拶がてらに声をかけて、お土産があること、それが好物のフルーツの詰め合わせであること、後で部屋の方に皿に入れて持ってきてくれると使用人の人が言っていたことなど、つらつらと話をしていたし、そんなクロスの話をベッドの上で上半身を起こしてはいるものの、大人しく寝たまま聞きながら、時々相槌を打ったりしていたのだが、話が一段落ついた所で何故だかフゥと大きくため息をついてしまっていた。


「病み上がりですし、お疲れのようでしたら、今日のところはコレで……」

「ううん。そういうのじゃないの。……大丈夫。別に疲れてないわ」


 そう言外に「まだ帰らないで」と言っているのが分ったのだろう。辛くなったらすぐ言うという条件で、立ち上がりかけたクロスは再び椅子に腰を下ろしていたのだが、ジェシカの言葉は実際に強がりなどではなかったのだろう。


「今日は一人なんだなぁって……。そのお陰で助かっちゃったなぁって思ったら、なんだか気が抜けちゃってさぁ……」


 やっぱり男の人が一緒だと色々緊張しちゃうし、変に緊張するっていうか、構えちゃうじゃない? 色々と。なんか肩から力が抜けないっていうか、何っていうか……。ちょっと油断出来ないなぁ、みたいな?

 そう、いつものようにクロスと二人だったから余計な力が抜けてリラックス出来る状態になれたんだと思うと告白していた。おそらくは先日の三人で行動している時には助っ人の大物っぷりもあって、色々と無駄に緊張してしまっていたのだろう。


「必要以上に肩肘張ってたっていうか、地上に戻ってきたらなんだか一気に疲れが出ちゃって……。気がついたらああなってて……。ホンっと、参ったわ」


 そうケガをした方の手首をさすっている姿を見ても、あのケガのせいで余り良い記憶にはならなかったのが見て取れたのかもしれない。思わず「申し訳なかった」と謝ってしまったクロスに、ジェシカは苦笑を返していた。


「バベルに入って、大迷宮に入って。何回か戦ったりして。……勿論、見学しかしてないんだけど、それでも戦ってる人の側にずっといたんだもん。少しくらいケガがあっても、むしろ当たり前なんじゃないかなって……。そう思ってたんだけどね」


 実際に大ケガをしたら考えも変わったのかもしれない。


「流石にちょっと怖かったわ」

「……痛かったでしょう? あのとき……」


 いくら意識が半分なかったような状態だったとはいえ、ガラス片がめり込んだ傷口に刃物を深く突き刺してグリグリとほじくり返すような真似をされたのだ。それが痛くないはずがなかったのだが……。


「殆ど意識がなかったし、すっごく疲れてたし、風邪もひいてたんだと思う。それに、怖かったせいもあったのかな。すぐに気絶しちゃったから……」


 治療始める前に抱きしめられた辺りから、もう意識がなかったのだと。そうジェシカは苦笑混じりに答えていた。


「不幸中の幸いというか……。あの場合には、意識はなかったほうがお互いにとっても良かったんだと思います」


 治療する側は患者が暴れたりしなくて助かったし、治療される側も激痛を感じなくて済んだのだ。お互いにとって、あの場面に意識がなかったのは幸運だったのだろう。


「……そうね。運、良かったのかもね」


 ああ。ちょっと、そこのポーチ取って貰える? そう話が一区切り付いたタイミングで頼まれたクロスは指が指し示す先に視線を向けると、そこには壁にかけられている小さな肩掛けポーチがあって。それはいつもジェシカが持ち歩いているポーチで、そこから日常的に服用しているらしい薬らしき葉っぱが入っていることを、すでにクロスは承知していた。


「ありがと」


 そう手渡されたポーチを受け取ると、ジェシカは慣れた手つきでポーチを開いて、そこからいつもの薬を出そうとしていたのだが……。


「ありゃ……?」


 そのポーチは何故か空っぽで。どうやら中身の補充を忘れていたらしい。


「ちょっと御免ね。……腕、貸してもらっていい? ちょっとまだ足がふらつくから」

「ええ。良いですよ。支えていますから。ゆっくりで……。急がなくて良いですから」


 そう頼まれるままに補助について移動を介助して。ジェシカはまだ自由にならないらしい足をゆっくりと慎重に動かしながら、予備の薬がしまってあるらしいタンスに近づくと、そこの一番上の引き出しからやたらとガッチリした作りの金属で補強された木製の化粧箱のような大きめの箱を取り出して。その箱の下の部分を慣れた手つきでゴソゴソやっていたかと思うと、そこから小さな鍵を取り出して、化粧箱の正面部分にあるが装飾に紛れて目立たない鍵穴に突っ込んでカチリと解錠していた。……どうやら鍵付きの箱であったらしい。


「……随分と厳重にしまってあるんですね」

「うん。凄く高いらしいのよ、コレ。……エドさんのとっておきのレシピなんだって。だから、テキトーに管理なんかしてて、万が一にでも盗まれたりしたらパパに殺されちゃうわ」


 そう冗談めかして言っているが、一流の薬師であるらしいエドの特製なのだとすると、案外本当にそれくらい高価な調合薬なのかもしれない。そう考えたクロスは、その鍵付きの頑丈な箱の中から取り出された薄い布らしきもので包装された一束を。それをジェシカが嫌そうな目で見ながら、首から下げていたポーチにねじ込むのを見ていて。ごく間近にいたせいか、鼻をわずかにスンと鳴らしてしまっていた。


「うっ。……け、けっこう、臭いますね。それ」

「う、うん……。ちょっと、ね……」


 思わず口にしてしまって後悔してしまう一言というものはある物なのだろう。その臭いはいつもジェシカがわずかに漂わせている独特の臭いをギュッと凝縮させたものであったのだ。

 匂いの強い薬味を多量に摂取したり、刺激臭のある薬品を長期に渡って服用したりしていると体臭も変化するというが、ジェシカの場合にも日頃気は使っていたのだろうが、そういった強い刺激臭をもつ薬を日常的に摂取していたせいもあって、隠し切れない臭いというものはやはり漂ってしまっていたのだろう。

 そんな思わず口走ってしまった言葉に対する返事はどこかよそよそしい物で。「やっぱり臭いよね……?」といった恥ずかしさのニュアンスを強く漂わせたものであったのも仕方はなかったのだろう。


「……失言でした」

「ううん。ホントの事だし……。確かに、臭っさいからねぇ。コレ」


 かといって飲まないって訳にもいかないし。色々面倒よねー。そう言いながら、目の前の開いている箱から一枚取り出して、パクリと口にしようとしていたのだが……。何故だが、その手が空中で止まってしまっていた。


 ──へっ。……へっ。……へっ。


 間の悪いタイミングというものはあったのだろう。その何やらおかしな挙動は途中で三回引っかかってキャンセルされたかと思うと溜めに溜まった勢いを四回目に注いでしまっていたのかもしれない。最後に「ヘックチュン!」と盛大に吹き出してしまった唾まじりの吐息は、よりにもよって開きっぱなしだった箱に叩きつけられていて。……ブワァと部屋の中に広がった黒い葉っぱ状の薬は鼻孔の奥に突き刺さる刺激臭を伴っていて。


「うえっ!」


 あまりの臭いに涙が浮かぶという体験も初めてなら「くっ、くさい! というか痛い!」という台詞を無理やり飲み込むというのも初めてであったのだろう。しかし、それでも咄嗟に鼻のあたりを手で抑える仕草を止めることは出来なくて。そんなクロスの横では鼻水をたらした赤い顔をした少女がコッチ見ないでとばかりに「いやー! もー! なんでこんなことになっちゃうのよー!」と半泣きで悲鳴を上げていたのだった。



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