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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第一幕 【 王都へ 】
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1-2.冒険者の宿


 安くて味の良い飯を食わせる店を知ってるから、そこで奢るよ。

 そう言いながらクロスを連れてアーノルドが訪れたのは、あまり柄の良くなさそうな客層の店だった。その店の作りは大きく、しっかりとした作りのカウンターの他にも幾つものテーブルが並んだ店で、お昼時から少し外れているということもあったのだろう、客の入りは半分くらいといった所だった。ただし、その客層は見るからに物騒な……。それこそ日常的に命をやりとりをしていそうな、ほぼ全員が武装しているような、そういった随分と物々しい集団が大半であり、一般人や商人などは間違っても近寄ってこないだろう類の店だと思われた。

 もっとも、こういった店には見覚えがあったし、クロス自身も旅の道中には何度もお世話になっていた系統の店でもあった。おそらくは、ここは宿屋を兼ねた飲食店であり、夜には酒場にもなる店なのだろうと思われた。

 場所は大通りに面した一等地といっても良い店であり、おそらくは冒険者ギルドと提携している店……。あるいは、すぐ近くにある等の理由からギルドの関係者御用達になってしまっている宿屋、いわゆる『冒険者の宿』と呼ばれる宿屋なのだろうと当たりをつけていた。


「日替わりでいいよな」

「特に食べられない物もないのでお任せします」


 入り口に国から正式に認可を受けた証である宿屋を示す『INN』の看板もかかっているし、とりあえず妖しい店ではなさそうだ。そう判断がついたせいか、平然と答えながら店の入り口で顔を覆っていた布を外し、体を覆っていた野暮ったい外套も脱いで、一応程度に体の砂埃を払ってから店に入っていくクロスであったが、その姿を見たせいか店内から声にならないざわめきが広がっていた。

 まさかアーノルドもローブの下に修道士の服を着ているとは想像していなかったのだろう。いきなり胡散臭い格好をした小柄なローブ姿の不審者から修道士に化けて見せたのだから、それに驚かないはずがなかったのだ。


「……どうしました?」

「いや、まさか、その格好で旅をしてたとは思わなかったんでな……」

「恥ずかしながら持ち合わせが少なかったもので……」


 その言葉で何ら戦う力を持たないように見えるクロスが、どうやって東の果てにあるイーストレイク教区から中央のクロスロード教区まで遠路はるばる一人で旅をしてこれたのかを、ようやく察することが出来たのだろう。

 宿代がなくても高度な治療魔法を扱える上に自らが修士である事も告げれば、大抵の場合には滞在している街や村での治療行為を代価として宿代や食事代は免じて貰えていただろうし、街道を行く商隊などの荷馬車にも治療魔法の使い手として快く乗せてもらう事も出来ていたに違いない。

 それを聞いたアーノルドは何故クロスが、この手の店に入る事をためらわなかったのかをようやく理解出来た気がしていた。


「お察しの通り、こういった店にも旅の間、ずっとお世話になっていましたから……」


 クロス自身もお世話になっていたのだろうし、道中では色々な冒険者達や村人達がお世話になったのだろうし、きっと、この街でも大勢の……。それこそ、今、この宿にいる面々もきっとお世話になるのだろう。

 アーノルドには、そういった未来がすぐそこに見えているような気がしていたし、きっと、そのお世話になる面々の中には自分も混じっているのだろうと思われた。ただし、そういった風に修道士として治療行為をする以上は、どこの街でも自分の身分が怪しい物ではないことを証明しなくてはならず、そうなると必然として、こういった格好をして旅をする必要があったのだろう。つまりは、そういうことだったのだ。


「なるほど、これは俺の考えが足らなかったようだ。……まあ、良いか。たまには、こういうのも有りだろうさ」


 どっちみち、まだ子供な(そう見える)修道士なんかを冒険者の宿などという、色々といかがわしい場所に連れ込んだ馬鹿のレッテルは今更剥がす事は出来ないのだから、あとは開き直るしかなかったのだ。


「今更ですが……。本当に良かったんでしょうか」

「本当に今更だが……。まあ、良いんじゃないか? ここは一応は飯を食う場所だし、俺達は客なんだし。店だって客が冒険者じゃなきゃ駄目だなんてルールもないんだから……」


 まあ、理屈の上では確かにそうなのだろう。だが、アーノルドがやらかしてしまったことは、ドレス姿のお嬢様を下着で接客するような、いかがわしい夜のお店に連れ込んでしまったような空気の読めない行為そのものなので、流石に『空気読めよ』といった痛ましい視線が集まっている訳だが、事ここに至っては、とりあえずは無視するしかなかったのかも知れない。


「まあ、とりあえずは食おう」


 愛想の悪い親父が二人分の昼食を無言のままに置いていったのを見て、とりあえずは食事を済ませてしまおうという意見に同意する。TPOやドレスコードよりも優先したいものが、空腹を抱えた二人にはあったのだろう。


「……美味しい」

「お気に召して頂いて幸いだ」

「お世辞じゃありませんよ。……昔住んでいた修道院の食事より何百倍も美味しいです」


 もっとも、アレは食事というよりもエサというべきでしょうが……。そんなやたら黒い台詞が聞こえてきた気がしないでもなかったが、世の中には知らない方が良い真実というものは意外に沢山転がっているらしい事を不思議と良く知っているアーノルドは、あえて聞かなかった事にしたらしい。そして、そんな反応が珍しくもなかったのだろう、クロスもわざわざ、それ以上教会内部の黒い暴露話を聞かせたいとも思わなかったらしく、その話題が続くこともなかったのだが……。


「……ごちそうさまでした。美味しかったです」


 そう半分も食べずにお礼の言葉を口にしたクロスには、流石にアーノルドも眉をしかめてしまっていた。


「やっぱり口に合わなかったか」

「いいえ。大変美味しかったです。……さすが王都の大通りにある宿ですね。これまでの宿で食べた食事の中で一番美味しかったですよ」


 それなのにクロスの目の前のトレイには半分以上残されている食事がある。

 体を酷使したり、疲れきって帰ってくる事の多い冒険者向けの店だけに、出される食事の量は少々多めなのが特徴ではあったのだが、あらかじめアーノルドは店主に「見ての通り小柄なヤツだから量を少なめにしておいてくれ」と、こっそり頼んでおいたのだが……。それでもクロスは食べきれずに残してしまっていた。


「……全然食べてないじゃないか」

「生来、少食なもので……」


 小柄な子供……。しかも、小さな女の子並にしか食べることが出来ないようでは、この王都での激務……。それこそ、朝から晩まで怪我人の治療に追いまくられるような、洒落にならない激務に耐えられないぞと忠告を口にしてしまったのは、別に嫌味でも何でもなく、クロスが高度な治療魔法を扱える二級治療師であることも少なからず関係はしていたのだろう。

 高度な治療魔法を行えるということは、それだけ疲労も激しい魔法を連発する事になるという意味であり、他に使える者があまりいない再生関係の治療魔法は下手をすると全てクロスに回される可能性が高い事が予想出来たからだった。だからこそ、しっかり食べておかないと保たないぞと忠告してしまったのだろう。


「とりあえず頑張って食べるのも訓練のうちだと思ったらどうだ?」

「そういうものですか……」


 とりあえずあと一口だけでも。……心では、そうは思ってみても、いざ口にしようと思うと、お腹の容量的な意味で無理なものは無理な訳で。そうなってくると、必然として残った美味しいご飯を前に「男のくせしてこの程度しか食べられないのか、私わ」等と自分が情けなくなってきてしまって、眉をへの字にして泣きそうな顔をしてしまう訳で。

 ……こんな衆目の集まる状況で、街の住人達から何よりも尊敬され大切にもされているのだろう修道士、しかも美形で子供(にしか見えないだろう)を泣かせる大人の冒険者など、はっきりいってしまえば人間のクズである。


「……わかった。俺が悪かった。だから、無理して食べなくても良い。……というか頼むから、無理しないでくれ。それと、そんな泣きそうな顔をしないでくれ……」


 一切悪い事をしていないはずなのに、すっかり『アイツは碌でもない糞野郎だ』といった白い目で見られている事にコメカミをひくつかせながら、眉間にシワを寄せたアーノルドは早々に白旗をあげてしまっていた。


「アーちゃん、なに女の子泣かせてるの~?」


 往々にして悪い時には悪いことが重なるという事なのかもしれない。頭痛を感じながら眉間のシワをモミモミ揉みほぐしていた所に、背後から抱きつくようにして飛びついてきた人物がいた。その人物は、アーノルドの向かい側に座っている小柄な人物と奇妙なまでに似た容姿をしており、それだけに素早く反応が返されてしまっていた。


「女の子ではありませんよ。……この声を聞いても分かりませんか?」


 冷たい微笑が「私、怒ってます」と言わんばかりなクロスであったが、そんなクロスは大人用の椅子に無理して腰掛けている事もあって、修道士姿で足が地面についてないお子様な状態な訳であって。しかも、その顔は性別が一目では分からないような妖しい魅力に満ちた代物であり、直前まで泣きそうな状態になっていたこともあってか、その目は僅かに潤んでしまっていた。そんな事情もあって、今の顔は可愛いと綺麗を足して可憐という言葉で割って妖艶さを若干ふりかけてみれば、あるいはこういった妖しい魅力あふるる顔になるのかもしれないという程度には勘違いされやすい代物にはなっていたのだが。


「……声高いと思うけど……。本当に、男の子?」

「ええ」

「……アーちゃん、そうなの?」

「そうみたいだぞ。ヘレネ教会の修道士さんで二級治療師のクロスさんだ。……お前も、近い内にお世話になることもあるだろうから、挨拶くらいしときな」


 そう背中にへばりついた黒髪の人物……。そう、突然の乱入者はある意味、クロスとそっくりな特徴をもった人物だった。背の高さこそ百五十センチ程度と、クロスよりも頭ひとつ分くらい大きかったが、それでも肌の白さも同じなら髪の黒さも同じだったし、金色で縦に割れている人外の瞳も同じであり、耳までよく似た形をしていた。顔だって、クロスほどではないにせよ、かなり綺麗に整っている美人顔だといってよかった。

 見慣れた者なら間違えないかもしれないが、初めてこの二人を遠目に見た者なら、ほぼ間違いなく二人とも顔の綺麗な女の子だと思うに違いない。それくらい、二人は顔の作りが整っていたし、クロスに至っては小柄な体型と白一色という格好のせいもあって、全体的にかなり危うい雰囲気を漂わせてしまっていたのだ。


「そーなんだ。ごめんねー。あんまり君が綺麗な美人さんだったから、てっきり女の子だと思ったんだよ。……あっ、ほらっ。アーちゃんが一緒だったし!」

「どういう意味だ、コラ」

「……まあ、間違われたり勘違いされたりするのは、お互い慣れてるでしょうからね。気にしないでください」

「そう? じゃあ、気にしないね」


 そう皮肉も嫌味も通じず、素直にニッコリ笑われたらどう答えていいのだろう。思わず何かを言いかけて口を閉じてしまったクロスに、その人物は平然と言葉を続けていた。


「あ、僕、まだ名前を名乗ってなかったね。僕はクロウ。クロウって呼んでね。っていうか、まんまだったね。僕」


 そう何がおかしかったのか、エヘヘヘと楽しそうに笑うクロウは、そのカラスの名前の通り、髪から服、靴に至るまで何から何まで真っ黒という、真っ白な修道服姿のクロスとは真反対な色をした人物であり、その尖った耳を見るまでもなくデミヒューマン……。クロスと極めて近い特徴をもった種族の亜人であることが見て取れる人物だった。


「クロウ、さん?」

「クロウでいいよー」

「では、クロウ。……いきなり、こんな不躾な事を聞いてしまって申し訳ないと思いますが。……貴方は、その……。私と同じ、なのでしょうか?」

「ん? 同じって?」


 そう尋ねにくそうに口にしたクロスに、クロウは平然と問い返していた。


「……貴方も、その……。私と同じ、魔族系のデミヒューマンではないのですか?」

「あ~? ……うーん。どーなんだろうね。アーちゃん、そのへん、どーなの?」

「何で俺に聞くんだよ」


 どうなのか。知ってたら教えて欲しい。そんなクロスの視線による問いに、アーノルドは頭をぼりぼりかきながら答えていた。


「詳しくは知らんが、たぶん、同じなんじゃないか?」


 外見的特徴の類似点からおそらくは同じ種族……。クロスに流れている魔族の血の証である黒髪や金色の縦に割れた瞳、尖った耳や不健康な白い肌。そして他者を無駄に誘惑し挑発し続ける艶かしい美貌に、血で濡れているかのような赤く妖しい唇も。それらは全てクロスの中に流れる人間以外の血から受け継いでしまった負の遺産だった。そして、そんなクロスとよく似た外見的特徴をもったクロウもまた、おそらくは魔族の血をかなり色濃く引いてしまっているのだろうと思われたのだが……。


「でも、まあ、クロウについては誰も詳しくは知らないんだ」


 ぽつりと口にされた言葉に、クロスの思考は中断されていた。


「知らないとは?」

「クロウはギルドカードも市民カードも作ってないからな。自分がどういった種族で、どういった血をどれくらい引いているのか、詳しくは本人すら知らないんだよ」


 冒険者ギルドに加入していないクロウが冒険者ギルドの面々御用達の宿に訪れるというのは少々奇妙に感じたが、それに対する答えはすぐに本人から返されていた。


「カードならあるよー」


 ほらっとばかりに提示されるのは“仮”と大きく書かれているカードであり、そこにはクロウの名前だけが刻まれていて。そこに刻まれている冒険者のライセンスはZランク……。仮登録中につき最下位のFランク以下に固定されていると説明をうけたクロスは当然のように疑問を感じたらしい。


「……なぜ、ちゃんとした登録を行わないんですか?」

「僕はちゃんと登録したいんだけど、なかなかしてくれないんだよ~」


 何か事情があるらしい。それを察するに余りあるやりとりではあったのだろう。


「何が特別な事情でもあるんですか?」

「ん~。ギルドの怖いお姉さんが言ってたんだけど、僕が名前以外分からないからってダメなんだって」

「名前以外、分からない?」

「……ああ。どうも記憶がないらしくてな。クロウってのも名前がないと不便だろうからって理由で、その場にいた連中が服の色とかから適当につけたアダ名らしいんだわ」


 本名も分からなければ出身地すらも答えられない。その上、魔族の血がかなり色濃く入っているデミヒューマン……。そんな人物が「何も覚えていません」だけでは、犯罪者以外は基本誰でもウェルカムな冒険者ギルドとはいっても、公的な身分証明書にもなるギルドカードは発行出来ないということなのだろう。

 平たく言えば名前すら名乗らないのでは、経歴や犯罪歴などを調査しきれないのでギルドでは、そんな怪しい人物に対して必要以上に責任は取れないし、身分も証明したくないし、面倒だって最低限以上には見たくないという意思表示そのものでもあったのだ。


「ライセンスがZだと、不便、なんですよね……?」

「ああ。そのはずなんだがな……」


 そんな不便極まりない生活を強要されているはずの本人が至って平然と「なに?」と笑みを浮かべているのが、クロスには疑問に思えて仕方なかった。



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