3-27.光のない世界
足の下に巨大なダンジョンがある。この街で生きる人々にとって、それは常識でしかなかった。それこそ、誰でも知ってるだろうし、誰でもそれを理解している。そんな単純な事実に過ぎない程度の話に過ぎなかった。
ジェシカにしてみた所で、それは知識としても知っていたし、今更過ぎる話でもあったのでわざわざ誰かに確認したことすらない。そんな、今時子供でも知っているような常識レベルの話だったのだが……。自分が、その『迷宮』に……。大陸で最も危険で巨大で恐ろしい場所だとされている地下迷宮に、こうして足を踏み入れている。
その“事実”は、今、目の前の視界いっぱいに広がっている余りにも巨大な地下空洞を前にして、自分の足がすくんで動かなくなった事で、ようやく“実感”として捉える事が出来たのかもしれない。
「な、なんなのよ、ここ……」
そこは“光のない世界”だった。表の世界とは決定的に異なる光の届かない闇に包まれた世界。それは光が支配する表の世界とは決定的に何かが異なる異質な世界……。まさに、闇が支配すると表現するに相応しい地下世界だった。
先程までの道では薄っすらとではあったが光が届いていたのに、今は天井にすら手にしたランタンの明かりは届かない。そして、夜空の星が瞬いてるかのように、真っ暗な闇の中を小さな光点がゆらゆらと揺れながら移動していて……。その小さな明かりの中に僅かに浮かび上がるのは、幽鬼の如き金属鎧を鈍く反射させている重剣士の群れであり、剣を背負った革鎧を着た軽戦士達であり、ローブを着た魔法使いであり、そしてその全てが押し黙ったまま奥へ、奥へと足を進めていく。そんなどこか寒気を感じさせる姿であり、それは闇という名の黒い霧の漂う悪夢。あるいは夜の夢幻の中を漂う幽鬼の群れに見えていたのかもしれない。
「……あっ」
ここは違った。少女が想像していたような夢に溢れた場所などではなかった。そんな明るい世界などではなかった。決して浮ついた気持ちで足を踏み入れて良い場所ではなかったのだ。だからこそ少女は一歩、足を動かしてしまっていた。……後ろに。それは、前にだけ進みたがり、ただ夢に向かって歩みたがっていたはずの子供が、残酷な現実を目の前に突きつけられた事で正気に返ってしまった証だったのかもしれない。
平たく言ってしまえば、ジェシカは“ビビって”しまっていたのだ。自分の前に迫ってきた圧倒的なリアルに。そして自分の命が、ここではコイン一枚よりも安っぽく扱われるだろう、その単純な事実を理解してしまっていたのかもしれない。
「あの奥に向かって進んでいる光の数が冒険者の群れ。これから地下に挑もうとしているパーティーの人達ですね。そして、パーティーの数だけ冒険者達がいて……。彼らは全員、自分の命を入場料として、この先にある光の届かない世界に剣を片手に踏み込んで、闇の果実を手に生還するか屍を晒すかの賭けに挑むことになります」
闇の果実。その聞きなれない言葉が示す物に心当たりはあったのだろう。
「魔石を得るか、死ぬかって意味ですか」
「ちょっと違いますね。……貴方は賭け事をやったことは?」
「あります」
そう即答したジェシカに僅かに苦笑を浮かべながらも。
「それなら話が分かりやすいかもしれませんね。……端的に言ってしまえば、冒険者にとって魔石を得るのは難しくはないのですよ。それこそ、この辺りでも魔石は手に入ります」
キョロキョロと周囲を見回していて、すぐに何かを見つけたらしく、エルクは腰の後ろ辺りから小ぶりな投げナイフを取り出すと、無造作に天井に向かって投げつける。それはあっという間に闇の中に飲み込まれて……。「キィ!」と小さく鳴き声をあげさせたかと思うと、大きなコウモリに突き刺さった状態で落ちてきていた。
「ジャイアントバット……?」
単なる大きくなっただけのコウモリではあるのだが、大迷宮の魔力によって魔物化した生き物の中では最弱クラスの魔物だとされていた。そして、魔物である以上は死ねば魔石を落とす。なぜならば……。
「魔物は体内に“魔石”と呼ばれる鉱石を……。大地の魔力が結晶化したとされる石を抱え込んでいます。逆に言えば魔石を持たない生き物は魔物ではないということになりますね。これが獣と魔物を分けている決定的な相違点です。つまり『魔物』の定義とは、つまるところ魔石を持つか持たないか。ただ、それだけの差なのですよ」
そして、魔物は死ぬ時、魔石にためこんだ魔力を放出する。それを防ぎたければ、魔力が放出されてしまう前に死体から魔石を取り出す必要があった。死体から取り出された魔石は自然に魔力を放出していって最後には消滅してしまうのだが、それでも死体の中で魔力を急速に放出するよりは遥かに長く保つのだ。
その他にも、魔物の死体は普通の動物と同じように皮や骨、鱗や牙などを剥ぎとって素材としての収入も期待出来る。そのため、素材と魔石の両方が収入として期待出来るので冒険者は魔物を狩る事を生業にする事が多いのだろう。森などに踏み込んで動物を主に狩る狩人と、より危険な場所に潜り込んで魔物を狩って来る冒険者。そういった狩人と似て非なる生き方を選んだ者が冒険者と呼ばれる存在だったのかもしれない。
「素材……」
それを聞いて、剥ぎ取りという行為のグロテスクさに思い至ったのだろう。だが、色々な意味で冒険者としてのリアルを。この世界での現実の姿というものを見てもらう為にも、エルクはあえて容赦をしなかった。
「実際にやってみせましょう。……たとえば、この大コウモリなら、羽と牙なんかの部位が売り物になります」
引きぬいた刃をそのまま死体の羽に当てて一気に引き裂いて見せる。飛び散る血から目をそむける事無く、次は子犬の頭ほどもある頭部を足で押さえつけて。牙に刃を当てると、グリグリと刃をねじ込んで、コウモリの一番太い牙を根本からえぐり取っていた。そう手早く有用部位を剥ぎ取ると、刃にへばりついた血と油をロ-ブで手早く拭って腰の後ろに戻していた。
「羽の皮二枚に牙二本。これで大銅貨二枚程度でしょうか。……これだけ手間がかかった割には大した収入にはなりませんね。それこそ、今夜の宿代にすらなりません。だからこそ、彼らも、この程度の魔物をわざわざ狙って狩ったりはしないのです。……無論、襲いかかってきたなら容赦はしないでしょうがね」
これが大迷宮の奥に居るような強い力を秘めた魔物などであったなら話は別だったのだろう。それこそ額部分に数枚だけ生えている防毒効果の魔力付与の際の触媒として使われる強い魔力を秘めたウロコをもつ蛇などであれば、一枚単位でさえ銀貨数枚で売れる等といった例もあるのだ。もっとも、そういった価値の高い素材をもつ蛇は、往々にして猛毒の牙を持つ大蛇などであったりするのだが……。
「そんな事情から、こういった金にならない魔物からは、さっさと魔石を取り出してしまうのがセオリーだとされています」
手をかざして、わずかに魔力を込めて。
「分解加速」
手をかざした切り刻まれたコウモリの死骸が僅かに白い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には黒い霧に分解されて急速に崩壊していく。その過程で放出される肉体に残留していたのだろう僅かに放出された魔力が渦を巻くようにして吸い込まれて収束していくと、カランと音を立てて地面に小さな石が転がっていた。
「……これが魔石の収集と呼ばれるものです」
魔物の死骸に魔法をかけて残留した魔力を魔石に収束させる。それは本来、自然崩壊によってゆっくりと放出されていくはずの魔物の死体に残った残留魔力をごく短時間の間に収束して、核となる鉱石に飲み込ませるといった趣旨の魔法だった。
「今のアクセラって魔法のせいで、死体が石になったのでしょうか?」
「いえ。もともと、この魔石は魔物の体内に核として存在していた物です。魔物だからこそ魔石を体内に持っていた訳ですが……。魔物とは、先ほどのコウモリのような自然の生き物が迷宮の魔力によって怪物化した物や、魔力が鉱石化して魔石となることで魔物を生み出す核となって、その魔石が肉をまとって魔物として発生するといった形で生まれてくる訳ですから、その体内には必然として核となる魔石が存在しているわけです」
魔力によって生み出された存在が魔物であるなら、その死体は魔力に還るというのは必然でもあったのだろう。本来は長い時間をかけて死体が黒い塵状に分解されていきながら、体内に残った残留魔力や魔石の魔力を自然放出していって、最後には魔石だけがその場に残り、その魔石も魔力を自然に放出して消滅していく。本来は、そういった死に方をするはずの生き物だったのだ。そんな魔物の死体に残った魔力を利用する形で、魔物の核となっていた魔石に収束させることで一気に死体を崩壊を加速させるといった一風変わった魔法が生み出された事で、魔物狩りは素材に魔石といった、危険ではあるが旨味のある仕事に変わったのだろう。だが、それが人の欲を煽り立て、限界を超えるまで戦い続けさせる理由にもなってしまっていたのかもしれない。
「希少価値の少ない素材は剥ぎ取りに手間がかかるだけですし、何よりもかさばりますからね。大した利益も得られないのなら、そんなことに手間暇を掛けるだけ無駄……。そう割り切って、魔石だけをさっさと回収して回転率を上げるといった方針をとる人達も多い様ですね」
まあ、この程度の魔石では道端の石ころと大差ないので買い取ってすらもらえませんが。そう笑って「おみやげです」とばかりに投げ渡すエルクにジェシカは戸惑って見せていた。
「じゃあ冒険者の人達が迷宮から殆ど素材とかを余り持って帰ってこないのって……」
「全く持ち帰らない訳ではないのでしょうが……。まあ、邪魔にならない程度にしか素材は回収してないでしょうからね。その代わり、懐には大量の魔石を抱え込んでいるはずですよ」
理想をいえば素材と魔石をたっぷり回収して帰るのが理想形であるのだろうが、行きも帰りも戦わなければならないという制約がある以上、必要以上に手荷物は増やせないのだ。それこそ、戦闘の邪魔になるほど素材を抱えてうろつき回る事ができるほど甘い場所ではないのだから……。それは、たとえ誰かを荷物持ちとして背負わせていたとしても同じ事だった。
出来る限り無駄をなくして準備をしたとしても、戦士は基本的に重い鎧を身に着けているものだったし、武器や盾を常に持ち歩く必要があった。他にも回復薬や応急手当用の各種道具も必要だったし、迷宮内で休むための食糧に飲み物といった自分専用の道具類は原則として各自が持ち歩くのが鉄則だった。これは迷宮内で何らかのトラブルが原因で仲間とはぐれた時や、パーティーが壊滅した時などに一人だけで生還しなければならなくなった時などへの備えとして厳守しなければならない最低限の備えでもあったのだ。
そういった事情から、各人の荷物は最低限であったとしてもかなりの量になるし、そういった荷物を背負いながら迷宮の中に潜り込まなければならない以上、あまりかさばる素材を持ち帰る事が出来ないのは必然でもあったのだろう。
だからこそ多くのパーティーでは戦闘時に余り活躍しない者……。殆どの場合には戦闘能力を持たない代わりに戦闘後に大活躍するのが主な仕事な治療師であったのだが、そういった者達が大きな荷物袋を抱えて歩く事になるし、そういった者が明かりを手にして集団の中央で守られる形で移動する陣形を作るというのが一般的だった。
「……そんな訳で、多くのパーティーにおいて継戦能力そのものを司る治療師の役目は、まずは自らの身を守る事であり、明かりを絶やさない事であり、最後の役目が荷物を落さない事になりますね」
戦わないでひたすら自らの身を守り、荷物と明かりを守りぬき、最後に他のメンバーを癒すこと。迷宮での治療師に求められるのは最低限でも生き延びる事であったのだろう。それこそ、治療師が生きてさえいてくれればどれだけ傷ついたとしても治療が可能であったし、多くの場合において治療師は応急処置の専門家でもあったのだ。
それがいわゆる迷宮内における役割分担というものであり、各人が出来ることや能力を適切な形で提供しあって最後まで戦い抜く行為……。それがパーティーを組むという事なのだと。そうエルクは簡単に解説していた。
「ここは見ての通り、光の届かない世界です。ここで生き抜くのは並大抵の努力では足りません。……だからこそ光の下では見えない物も、ここでは見える事もあるのかもしれませんね。そして、多くの場合に、この世界で一番の敵になるのは……。己の“欲”なのですよ」
小さく笑みを浮かべて。
「さきほど、私は魔石を取り出して見せました。今はジェシカさんが持つクズ石が一個だけ。収入としてはほぼゼロといっていいでしょう。しかし、迷宮に入るにあたって冒険者の多くはかなりの先行投資を行う事になります」
最低限でも数日分の携帯食料と飲料水は必須であったし、その他にも魔法の治療薬、魔法の解毒薬のセットは必須とされているのだ。魔法薬はかなり値段が張るが日持ちがしないという弱点を備えているので、薬師の作る質の良い魔法薬や治療薬はそこそこの数を毎回買う必要があったし、買ってしまった以上は、それらを使い切るまで迷宮から帰りたくないと思うのは当たり前のことでもあったのかもしれない。しかし、それが多くの場合には判断を誤らせる原因の一つになるのだと……。そうエルクは口にしていた。
「ギルドなどでも教えていますが、多くの冒険者は先行投資分の収入を得るまで帰りたがりません。たとえば銀貨二〇枚分の準備を行ったなら、そこが利益分岐点となる訳です。この辺りはジェシカさんなら感覚として分かりやすいかもしれませんね」
そう自分の良く知る世界の話になってくれたお陰もあったからなのだろう。ようやくジェシカはウンウンと元気に頷くことが出来ていた。
「魔法薬を準備しないで戦闘後に治療師に頼るって方法なら……? それなら、もっと分岐点を引き下げることができませんか?」
「それは駆け出し冒険者の多くがよくやってる方法ですね」
そして、それが多くの場合に駆け出し冒険者を死に追いやる原因にもなるのだと。そうエルクは口にしていた。
「薬師の調合する治療薬は、飲んだりケガをした部分にかけたりすることでかなり回復を助けてくれますが、あくまでも治療の補助薬なので即効性はありません。ただし、魔法薬……。ヒール・ポーションとなると話は別です。その効果は絶大……。それこそ傷ついた部分にふりかけてやれば目に見える速度で傷口が塞がりますし、飲んでおけば疲労回復の効果もかなりのものです」
それこそ治療師の治療と賦活を同時にかけられているような効果があるのだ。その即効性についても推して知るべしといった所だったのだろう。ただし、その即効性と効果の高さに比例するようにして値段が張るのが問題でもあったのだろう。
「ジェシカさんもご存知だと思いますが、治療師は手を触れないと傷を癒せません。しかし、魔物と戦っている最中の戦士に触れたり出来るはずもありません。つまり、治療師の魔法に頼れるのは基本的には戦闘の終了後ということになります。……では、戦闘中に大きなケガを負わされた時にはどうしたらいいのでしょうか?」
そういった場合、選択肢は往々にして二つだけだった。一つは無理をして戦い続けること。そして、もう一つは他のメンバーがフォローして後ろに下がらせて応急手当的に治療を行う事だった。もっとも、ぎりぎりのバランスで戦闘を維持出来ている場合などでは後ろに下がることは出来ないのだが……。
「魔法薬を最低でも一個はもっておかなければ、そういったケースで総崩れとなってしまいかねないのです。……それが出来ない時には、戦闘中に前衛が一人くらい欠けても総崩れとならない程度の十分な安全マージンを確保しながら戦うことなるのですがね」
そういった余裕のある戦闘で得られる対価というものは、やはりギリギリのラインを狙うのに比べると圧倒的に低く……。多くの冒険者は、安全マージンを削ってしまいがちだった。
「理想を言えば、全員が最低でも一個から二個程度の魔法薬を準備した上で、安全マージンをしっかり確保したランクの敵とだけと戦って、出来るだけ治療師頼りで消耗品の使用を抑えて数をこなして……。余裕のあるうちに帰って来るというのがベストなのでしょうがね」
そんな、ある意味で“ぬるい”やり方をしていては、殆ど儲けが出ないというのが現実だったのだろう。だからこそ冒険者は常に選択を迫られるのだ。
「大きく儲けたければ、どこかで安全性を諦める必要があるのでしょうね。……貴方達なら、どういった部分を諦めますか?」
それはある意味で、迷宮に潜る冒険者達なら誰もが一度は考えなければならなくなる命題でもあったのだろう。クロスとジェシカは互いに顔を見合わせて考えこんでしまっていた。
「まず、後衛の魔法薬を予備という扱いにしてみたら? 前衛の戦士が自分の分を使ってしまったら、それを提供するって形にしたら複数個用意しなくて済むし。これなら投資分のコストをある程度、抑えこめるんじゃない?」
「それでは万が一の場合に後衛が死ぬ事になりますよ。治療師が死んでしまったら、帰り道に困りませんか?」
「じゃあ、安全マージンを減らしてちょっとキツイ程度の敵と戦うとか?」
「う~ん……。多分、それ以外にないとは思うんですが……」
多くの冒険者達が選びがちな、その選択肢こそが一番の罠だったのだろう。
「その強めの敵と戦っている時にアクシデントが起こった時が問題ですね。魔物はじっとしているわけではないので、戦いが長引けば長引く程に乱入の危険が高くなるのです。今戦っている敵でさえぎりぎりな状態で、他の魔物まで襲いかかってきたらどうします……?」
そういった魔物との戦闘が他の魔物を引き寄せてしまって戦闘規模の拡大を招く現象を、多くの場合に「リンクする」と表現するのだが、それが原因で撤退なり全滅に追い込まれるパーティーも多いとされていた。
「たとえそれが上手く回っていたとしても、今度は欲との戦いが待っています。上手く回っている時ほど余裕を感じるし、まだまだ戦えると錯覚しがちなのですよ。……しかし、魔物と戦えば体は疲れますし、命がけの戦いを繰り返せば心はもっと疲労を感じる物なのです。それなのに多くの人は、それを省みようとはしません。強い興奮状態のせいで、それを自覚できないのでしょうね。……結果として、気がついた時には戦う力を喪失してしまっているということになります。……往々にして、限界を迎える瞬間は戦闘中にやってくるのですがね」
なんだ全然余裕じゃないか。自分達はまだ戦える。もっと戦って、もっと儲けることが出来る。まだまだ戦えるぞ。まだやれるとも。もうちょっと……。もう少しだけ戦えるはずだ。大丈夫だ。まだ疲れてない。まだいけるさ。もっと、もっと、もっと……。
目の前に積み上がっていく魔石の山が。金の山が。お宝の山が、冷静な判断力を失わせて。気がついた時には手も足も動かなくなっていて。凶悪な魔物の牙や爪が迫るのを呆然となった状態で見ながら、自分が失敗をした事を悟らされるものなのだろう。
「そんな失敗の代価は言うまでもありませんね。……敵を殺す事ができなければ、己が殺されるだけです。ここのルールは、簡単なんですよ。すべてを得るか、すべてを失うか。そんな究極の自己責任の世界。それが冒険者の世界なのですよ」
そして、かつての私はこんな狂った世界で頂点に立っていたのですね……。小さく漏れたため息混じりの言葉に潜んだ凄みこそが、あるいは伝説の正体だったのかもしれない。