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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-26.大地の迷宮


 いつもパートナーと一緒に歩いていた道を別の人達と歩く。

 そんな何処の誰にでも、ごく当たり前にありうるだろう行為をしているだけなのに……。それなのに、何故、こんなに奇妙に後ろめたいのだろうか……。

 そんな理解出来ない気持ちが僅かに表情に出てしまっていたのだろうか。フードをかぶって俯いていた顔を下から覗きこむようにして見つめていたジェシカが、まるで励ますようにしてクロスの背中を叩いてどやしつけていた。


「大丈夫よ~。そんなに緊張しなくたって……。エルリックさんも一緒なんだから!」


 大陸で最大級の地下迷宮。そして、大陸史上において、もっとも多くの血と命を飲み込んできた場所……。それが王都の誇る世界最大の地下迷宮“大迷宮”だった。

 話には聞いていたが、そんな危険な場所に初めて入るのだから、今から緊張していてもむしろ当たり前……。そう受け取られていたのかもしれないし、そんな相棒のことを励まそうと、あえて心強い用心棒のことをアピールして見せていたのかもしれない。だが……。


「……ジェシカさん。先程もお願いしておいたと思いますが、迷宮に入るまでは、出来るだけ私達のことは名前では呼ばないで貰えませんか?」

「あっ! す、すみません……」


 そうエルクにやんわりと注意されたことでペコペコと謝る羽目になっていた。何故、そんなことをしなくてはいけないのか。それはエルクから『そうしてください』とお願いされていたからだった。

 何故、そんなことをする必要があったのか? それは、ただでさえ自分は変な意味でも名前が知られているし、そういった有名人の動向というものは、驚くほどに早く人々の中に伝播していくものなのだろう。それこそ、耳の早い者なら既に伝説の“銀剣”が王都に戻ってきているらしいことや、戻ってきた伝説の冒険者が子供を連れていた事も知っているであろうし、下手をしたら銀剣が子供たちを連れて塔に入っていった事や、すでに塔から出てきたらしい事まで知られているかもしれない……。

 王都を根城にしている情報屋と呼ばれるような輩達のネットワークは、それくらい情報伝達速度が早い事でも知られているのだ。そういった者達以外にも、そういった噂話を集めたりするのが得意な者達が酒場などで吹聴してまわることで、恐らくは数日以内には自分の“復活”が知れ渡ってしまうだろう……。

 そう考えていたからこそ、エルクはバベルを後にした後には、大迷宮に入るまでは三人ともローブをかぶって顔を隠して動くことにしていた。そうやって、無用のトラブルを避けようとしていたのだろう。……それがどういった種類のトラブルなのかまでは、あえて子供たちには教えていなかったが、無数の競争相手を押しのけて冒険者の頂点に立ったまま第一線から退いて、そのまま引退してしまったエルクには、色々と過去の因縁やトラブルなどを放置したまま姿を消してしまったという立場的な弱さなり心配があったのだ。それこそ捨て去っていたはずの過去の自分を、己の意志で再び手に持ってしまったのだから、それにともなう過去の厄介事が今の自分を追いかけてくる可能性だって決して少なくはなかったのだ。だからこそ、この場では自分自身を隠す必要があったのだろう。


 ──この仮面さえ外せたなら……。


 エルクの二つ名である“銀剣”にせよ、本名であるエルリックの名は常に銀の仮面とセットで語られ過ぎてしまったために、エルクの場合には仮面を外すだけで変装になってしまうという妙な事になってしまっていた。

 それこそ、素性を隠して動きたいだけなら、仮面を外すだけで事足りてしまうのだろう。だが、今日だけは契約上の制限事項(自分達が聖職者であり治療師であることを知られてはならないというクランクとの約束事)と、自分の横を歩いている部下のおかしな格好のせいもあって、エルクの方の名前で呼ばれる訳にはいかなかった。

 何よりも、自分の管理している治療院の利用者である冒険者達とすれ違う確率がバベルと大迷宮では天と地ほどに異なってしまうため、こんな場所でエルクやクロスの名前で呼ばれては余計な注目を集めてしまうに違いなかった。

 そんな、どっちの名前で呼ばれても困るという色々と面倒くさい事情もあって、入るまでは互いの名前を呼ばず、顔も隠そうという行動方針を取らざる得なかった。


 ──小さな嘘がバレないようにするためには更なる嘘が必要になったり、より大きな嘘をつく必要があったりするので、そんな下らない苦労をしたくないなら最初なら素直に、嘘などつかないほうが良い、でしたか……。先人たちの教えが身に染みますね……。


 そう小さくため息をついていたエルクであったが、そんなエルクの先導する先には森の中に広がる賑やかな屋台の群れが見えてきており、そんな屋台の広がる広場の中央には小さな岩山のように大地が隆起している部分があり、そんな盛り上がった部分には地下へと伸びる暗い洞窟が広がっているようだった。


「見えて来ましたね。あれが“大迷宮”の入り口で……。その周りに広がっているのが、この場所の名物でもある“露店街”です」


 それはバベルとは似ているようで似てない場所だった。バベルの方は天井の低さの関係からか背は低いものの小奇麗な店舗が立ち並んでいたが、こちらの方では、そういった店舗らしい店舗は一切なく、雑多な露店が所狭しと立ち並んでいるようだった。


「……露店だけだから、露店街、なのでしょうか」


 そうキョロキョロしながら周囲を眺めているクロスの目には、店の種類や品揃えもバベルのエントランスに広がっていた店舗群には遠く及ばない印象を受けてしまっていた。確か、事前に聞いていた話では、頑丈な装甲をもつバベルのゴーレムとの戦闘は武器にダメージが入りやすかったり、油ですぐに汚れて切れ味が悪くなったりしやすいので、同じ迷宮に入るのなら大迷宮を選ぶという人が圧倒的に多いと聞いていたはずなのだが……。


 ──確かに、こっちの方がはるかに活気があるし、人通りも多いのに。それなのに……。なぜか露店の品数とか品揃えが悪い気がするし、店舗の種類もあっちと比べると少ない感じがする……。


 行き交っている人の数からしても、利用者はこちらのほうが遥かに多いはずなのに。そう需要と供給の大きさに釣り合いを感じられなかったクロスに正解はすぐに与えられていた。


「大迷宮とバベルでは構造上に大きな差があるのですよ」


 構造上の違いが、この周辺環境の違いを生んでいる原因となっている。そんな答えから生まれた疑問、構造の違いに対する疑問の答えは、すぐ目の前にある。そう教えられた二人の目の前には地下へと伸びる巨大な洞窟の入り口が……。地下の規模の割には、奇妙なまでに小さく感じられる入り口が広がっていた。


「バベルの入口は転送陣になっていました。そして入口から外に出ることは出来ず、塔の外に出るためには別の……。出口の転送陣を利用するしかなかった。そして、転送陣を利用出来るのは侵入者である私達だけ……。ここまでは良いですね?」


 そう、先ほどまで自分達が歩いてきた道をあえて振り返ってみる三人である。


「バベルは、そういう意味でも典型的な階層型と呼ばれるダンジョンだと言えます。各階層毎に敵の強さが変化して……。違う階層に紛れ込むこともない。あまり沢山居るわけでもないですが、階層別に遭遇するゴーレムの種類や能力も多少は変化しているのでしょうから……」


 まあ、普通は階段などで上下に階層を移動するのが一般的なのですがね。そう最後に付け加えた所を見るに、過去に他の地域にある迷宮にも入ったことがあったのだろう。そして、そんな過去の経験から照らし合わせても、この街の二大迷宮は少しばかり“特殊”過ぎた。


「それで話が最初に戻る訳ですが、この大迷宮は入り口から最下層まで枝分かれをしながらも基本的には一本道で繋がってる、いわゆる階層の区切りと呼ばれる仕切りがないタイプのダンジョンです。分類としては天然洞窟型に大別されていて、内部は無数の枝道が広がっている事もあって、いわゆる蟻の巣型と呼ばれるタイプのダンジョンとされていますね。これは天然の洞窟にワーム……。地下を掘り進む習性のある巨大な鎧ミミズが住み着いているせいで、日常的に構造が変化したり枝道が増えたり、新しい枝道が見つかったりといった変化が起き続けている事も意味しています」


 このダンジョンは入り口から地下深くに広がる蟻の巣みたいな作りになっていて、その中は日々細かく変化を起こしながら拡張され続けている。つまりは、そういうことらしい。それを納得した二人であったが、そんな二人の脳裏に浮かんだのは三角形……。入り口から木が根を伸ばすようにして広がる絵だったのだろうが……。


「そうですね。だいたい、そんな感じです。ただし、全体図は菱型……。地下に向かって広がっていくのではなくある程度広がった後はまた狭く収束していっているのですが」


 なぜ、そんな変な作りになっているのか。それは答えを聞けば単純で。


「中層部分に主にワームが生息していて、そこで自分達の住処を横方向に広げていっているのですよ。……上層にも若干は居るようですが、中層部分に比べると遥かに絶対数が少ないですし、地表にまで出てくるような生き物でもないですし……。何よりも、幾ら巨大な鎧ミミズとはいえ、下手に浅い部分にまで上がってくると、必然として遭遇頻度の上がる冒険者達によって狩られてしまいますからね……。結果として、彼らの生息地域は中層部分が主という状態になる訳です」


 ちなみに下層部分には空間に満ちる魔力密度の高さの問題からか、あるいは生存に適していない等の理由によるものだったのか、ワームは殆ど生息していないとされている。もっとも、どんな世界にも例外というものは一定数は必ず存在し続けるという事でもあったのだろう。

 そんな異常レベルの適応度を誇る、ごく少数の生存を可能にした適応個体が……。劣悪な環境下でも生き延びることに成功した個体によって下層も日々拡張されていってるのであろうが……。だが、その絶対数の差からくる拡張速度の違いが、この構造の生んだ理由でもあったのだろう。


「……日々増えていく枝道……。地図が地上ほどには役に立たないダンジョン、か……。中に入る人にとっては、まさに悪夢の洞窟ね」


 そうゲンナリした様子を見せるジェシカに、エルクもローブの奥から苦笑を返して見せていた。実のところ、大迷宮は全体構造も、おおまかな作りなども一応は分かっているのだが、そういったワーム達の日々の活動によって次から次へと枝道が増えたり、枝道同士が繋がったり。時として枝道が塞がってしまっていたりと、実に冒険者泣かせな迷宮となっていた。


「……道を、塞ぐ……?」


 自由気ままに穴を掘りながら進むだけのワームが勝手に枝道を増やしてくれたり、枝道同士に勝手に連絡通路を掘ってしまったりするというのは何となく分ったのだろう。だが、そんなワームが時として枝道を封鎖してしまったり、埋めてしまったりするというのは今ひとつイメージが沸かなかったのかも知れない。


「……まあ、彼らも生き物ですからね。……多分、大地の魔力を糧にしているのであって、本当に岩や土を食べている訳でもないのでしょうから……」


 つまり、ワームのフンとして吐き出される土砂や岩石によって通路が埋まるのだと。そういう意味でもあったのだろう。しかも、その際に混ざった体液が原因なのか、ワームが道を掘る前よりも周辺の地層そのものが補強されてしまって、やたらとしっかりした……。それは、まるで岩石の層のような地質の層になってしまうらしく、そういったワームの習性のお陰で穴だらけになった地下は補強されて、崩壊しないで済んでいるという事情もあるのだとか……。そんなワームの食事によって行われる補強工事に巻き込まれる形で枝道が塞がる事もあるということなのだろう。


「バベルの時にも感じましたが、本当に不思議な生き物達が集まって一つのコロニーを作ってるのですね……」


 あっちのほうは中の住人は自分で作っていたらしいが、こっちの方は天然物ばかり。そんな天然物の群れによって作り出され、維持もされているのだろう謎の空間は濃密な魔力に満ちた空間であり、その魔力が渦をまいている場所。それが大迷宮だった。


「……入る前に、周囲を見てみますか?」


 そうジェシカに聞いたのは、今日の主役はあくまでも冒険者を夢見ていた少女であったからなのだろう。


「いえ! 中に入りましょう!」


 そう元気よく答えて見せたのは、この周囲はこれまで散々見て回った事があったからなのだろう。そんなずっと“おあずけ”を食らっていたジェシカがついに『入って良し!』と言われたのだ。憧れの場所を目の前にして、そこを後回しにするという選択肢はとれるはずもなかったのだろう。


「そうでしょうね。……では、入りますか」


 そうエルクは二人を引き連れて洞窟へと足を進めていったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 洞窟の目の前に立って感じたのは肌寒さだった。


「気温が低い……?」

「うん。少しだけ、寒いね。ここ」


 おそらくは洞窟の内部の気温が低いせいなのだろう。ぽっかりと穴の空いた空間から漏れだす冷気は確実に周囲の気温を下げてしまっていた。


「上から水滴も落ちてきますからね。ローブは着たままの方が良いでしょう。ただし、視界の確保のためにもフードだけは外しておいてください」


 そう言いながら自分が率先してフードを外しながら洞窟の中に踏み込んでいく。そんなエルクに遅れないように、吊り下げ式の照明器具であるカンテラを荷物から取り出すと、手慣れた様子で火を灯しながら続くジェシカだったが、そんなジェシカの手にした明かりを殆ど必要としていないように見えるエルクの後ろ姿に、クロスはエルフの亜人がもつ特殊な能力……。“夜目”(ナイトアイ)の存在を思い出していた。


 ──そういえば大森林の人達は、暗闇でも困らないのでした。


 教会での日常ではエルクは周囲の者達に合わせて夜には弱い照明を使っているが、本来はうっそうと原生林が生い茂る大森林の中で生きてきたエルフ族なのだから、その瞳は闇の中を見通す力を秘めていたのだ。だからこそ、ジェシカの掲げる弱い明かりが自分達二人の足元を照らす事くらいにしか役に立っていない状態でも、全く、その足取りに怪しげな所がなかったのだろう。そして、それは大森林を故郷とするドワーフ族にしたところで同じだった。日があまり差し込まない森林の奥地や、暗い洞窟の中を住処として生きてきた亜人達だからこそ、人間が持ち得えない能力を手にしていたのかもしれない。


「……すごく真っ暗。それに意外に静か……」


 あちこちで水が滴り落ちているピチョン、ピチョンといった小さな水音は反響していたが、それ以外の音は余り聞こえている風ではなかった。もうちょっとうるさい空間を想像していたのかもしれないが、この洞窟は予想以上に広く。そして奥行きが深いということだったのかも知れない。


「天井が高いお陰でしょうかね……。外と比べるとやはり反響音とかは凄いんですが……。昔から、そんなにうるさいと感じたことはないです。空気が悪くなって呼吸が苦しくなったりといった事もあまり聞いた覚えもないので、どこかで空気が循環したりする通気口があいているのかもしれませんが……」


 ──雨水が大地に染みこみ、水滴になって滴り落ちているという人もいましたね……。


 そうなるとやはりあちらこちらに穴があいてると考えるほうがいいのかもしれない。……単に出入り口として使えるような便利な位置にあって、大きなサイズの穴が、たまたまここにあったというだけで……。

 そう考えたエルクは上を見上げていたが、そこには殆ど光は届いていなかった。遥かな高みにある岩肌に、たまに尖った岩石が生えている程度で……。もう少し入った場所では、確かもっと天井が高く、コウモリが飛んでいるような場所もあったはず……。そう過去の記憶を脳裏から引っ張りだしていたエルクであったが、そんなエルクに背後のジェシカは何気ない素振りで尋ねていた。


「……久しぶりに来たんですよね?」

「ええ。ここに来るのは随分と久しぶりになりますが……。この辺りは、流石に殆ど変わっていませんね」


 入り口こそ大人が5人も並べば肩が当たる程度の広さしかなかったが、それも地下に降りるまでの話であって、そこから地下に踏み込んだ一同の前には、通路の先に広がっている巨大な地下空間が広がっていた。


「ようこそ、大迷宮へ」


 バベルの入り口でもやったことをここでもやりたくなったのかも知れない。背後を振り返って、そう口にしながら微笑んだエルクの仮面が反射する銀色の光は、その表情をどこか不気味に浮かび上がらせてしまっていた。



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