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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-25.その名はバベル


 凄いトコだったね……。

 そう背後に塔を振り返るようにして口にしたジェシカに連れの二人は思い思いの表情で小さくうなづいて見せていた。


「それに、ちょっと変な場所にも感じたわ」


 そう僅かに眉をしかめた少女の言葉に、前を歩く黒エルフの青年は、僅かに興味をひかれたようだった。


「どういう意味です?」

「あの塔って、基本的に機械仕掛けの魔法生物としか戦わないんですよね?」


 バベルのエントランスから入った最下層部分をぐるっと歩いて回っただけの、ごくごく狭い……。それでも少女にとっては小さな大冒険ではあったのだが、その間に三人は数体の敵性体と遭遇していた。

 それらは能力や外見など若干の違いはあったのかもしれないが、全ての個体に共通していたのは、黒い油の体液が流れる機械仕掛けの魔法生物であるという点だった。


「まあ、そうですね……。ああいった連中のことを、私達はゴーレムと呼んでましたが」


 厳密に言えば普通のゴーレムとは違うのだが、見た目や動きなどがゴーレムに似ているので、熟練者になるほどに一々「バベルの魔法生物」などといった呼びにくい名前である事もあって自分達に馴染みがあって呼びやすい方の名前である“ゴーレム”という呼び名を当てはめていたのだろう。そして、それは多くの冒険者や探索者達に広まっていた。


「……確かに。バベルの中の様子は、ちょっと違和感がありましたね」

「うん。あのゴーレムって、倒されたら殆どの場合にはバラバラになったり、壊れたりするはずなのよね? エルリックさんみたいに、綺麗に真っ二つなんて真似は普通は無理だと思うんだけど……。普通の方法で倒されたら、少なくとも動けなくなったり、腕が取れたりするんじゃないかなって……」


 それなのに、バベルの中にはゴーレムの破片は転がっていなかったし、ゴーレムの体液である黒い油すらも床に油だまりを作っていなかった。


「……あの中は不自然なまでに綺麗過ぎました」

「そうなの。一番人が通るはずの一階部分にゴーレムの流した黒い体液も、壊れたゴーレムの破片も、倒された残骸すら見当たらないって……」


 一層一層昇り降りしなければならない構造上、一番戦闘の頻度が高くなるはずの場所にしては、その様子は余りにも不自然に思えたのかも知れなかった。


「通路もやけに綺麗だったし。……まるで戦った傷跡が通路にも扉にも残ってないって、不自然を通りすぎて不気味すぎ!」


 その言葉にエルクは小さく笑みを笑ってうなづいて見せていた。


「大したものです。本当は次に行く大迷宮に入ってから、そのことを比較がてらに教えようと思っていたんですが……。その事に、こんなに早く気がついた点は本当に素晴らしい洞察力だと思いますよ」


 普通、バベルに初めて足を踏み入れた様な二人が初日から気がつく点ではないはずなのだが、そのことに早々に気がついた二人を前に、エルクは予想以上に優秀だったらしい教え子の出来の良さに深い満足を感じていたのかもしれない。


「貴方達の言うとおり、バベルはちょっと特殊なんです。……気がついてないと思いますが、私の斬撃は壁にも当たっていたんですよ」


 それなのに壁に剣の傷が残ってなかったのは何故なのか。


「どんな魔法も攻撃も、あの通路の壁を壊すことは出来ないとされています。……そもそも誰も管理していない、補修も手入れもしていない。そんな荒れるに任せているはずの塔が、未だに……。大昔から何一つ姿を変化させていないという点で、そもそもおかしいのですよ」


 それは何故なのか。


「詳しいことは分かっていません。ただ、古い伝承などによると、昔からバベルは『流れる時間が止まってる』場所と言われているそうです」


 その言葉の意味が分からないといった表情を浮かべる二人に、エルクは苦笑を返していた。


「バベルは作られた当時の姿をずっと……。これまでも。多分、これからも……。永遠にあの姿を維持する事になるのだろうと予測されているという意味です。一説には永遠に同じ時間の中を過ごしているのではないかとも言われていますが……。そのせいもあってか、中のゴーレムの数が減ったりはしていないようですね」


 その他にもバベルの転送陣には変な特徴があって、中から魔力核は持ち出せるのだが、ゴーレムそのものは転送陣に踏み込んでも転送されないし、ゴーレムの破片や黒い体液を外に持ちだそうとしても、いつのまにか荷物から消えているといった具合に、転送時に強制的に没収されてしまうのだ。それはゴレームの落とした魔力核以外は塔の外に持ち出せないという認識を侵入者に与えるのに十分な事実だったのかもしれない。


「例えば、今日。私が壊した数体のゴーレムですが……。あの残骸は、下手をしたらもう跡形も無くなってるかもしれませんね」


 それは、そんなに短い間隔で時間がサイクルしているという意味なのだろうか。そう考えた二人に、エルクは「違いますよ」と笑いながら否定を返していた。


「あの塔は、生きてるのですよ」

「生きてる……? 塔が……?」

「信じられないかもしれませんが、色々な調査が行われた結果、幾つか分ったことがあります。それは、バベルの転送陣に魔力を供給しているのは“塔自身”が行なっているらしいという事実です。そして、もう一つ。……あのような空の向こう側にまで達する程の高さを誇りながらも、内部はわずかに百階層しかない……。どう計算しても高さの計算が合わないのですよ」


 それは各階層の間に通常の方法では立ち入ることすら出来ない階層が存在しているという意味であったのかも知れない。そして、そんな階層の存在と一定時間で消え去るゴーレムの残骸の謎。それらをつなげて考えないような教え子達ではなかったのだろう。


「……もしかして……」

「そうです。バベルは侵入者を迎撃するためのゴーレムを、内部で自分で作っているのだと考えられているんです。その他にも、侵入者に破壊されたゴーレムの残骸を専用のゴーレムが回収していたりする姿が確認されたりもしているので、壊れたゴーレムを修理したり、新しく作り直したりしてるのだと思いますよ」


 そうなれば、当然、補充や修理といった作業に使うための空間などが必要になる事になる。だからこそ入れない階層があるのではないか。そう人々は結論付けていたのだろう。


「でも……」

「……なんですか?」


 そう僅かに何かを言いかけて口を押さえて黙ってしまったクロスに、エルクは小さく笑みを浮かべて言葉を促していた。


「いえ。……そんな風に侵入者をわざわざ攻撃するための準備をしているというのなら、なぜわざわざ入れるようにしてるのかなって……。それに、ゴーレムがたまに落とす魔力核だって……。もしかして……。わざとやってるのでしょうか?」


 そんな僅かに恥ずかしそうに口にしたクロスに、ジェシカは虚を突かれたのか僅かに目を見開いていたし、エルクも面白そうに目を細めて見せていた。


「そうですね。……塔の魔力も無尽蔵ではないのでしょうし……。それに、何らかの方法で外部から物を補充する手段も必要になったのかもしれませんね」


 それが答えだったのだろう。そして、その言葉の裏にある『とある示唆』が、あるいは答えそのものだったのかもしれない。


「侵入者の魔力を飲み込んでる……? だから、餌を巻いてるの……?」


 ゴーレムの『魔力核』という“餌”で侵入者を誘い込み、一方通行の転送陣で無理やり中に閉じ込めて。中でゴーレムと戦わせる事で魔法などによって魔力を使わせて魔力を放出させることで稼働のための魔力を飲み込む。恐らくは、それいう仕組みになっているのだろう。

 無論、それだけでバベルの機能を維持出来る程の魔力は補充できないだろう。だからこそ、大迷宮の側にバベルを建てるしかなかったのだろう。そうエルクは結論付けていた。


「大迷宮? ……バベルの位置が、大迷宮に何か関係があるんですか?」

「ん~……。塔の内部で普通に補充出来る侵入者の魔力だけじゃ足りないから、大迷宮からも同じように補充してるってことなんじゃないかな」

「正解です。研究者達は、バベルも大迷宮も魔力を糧にして生きている魔物、魔法生物の類の一種なのではないかと考えているそうですが……」


 片や普通の魔物、片や機械仕掛けの魔法生物。そんな違いはあっても根本的な部分で、バベルと大迷宮の二つは似ているのだとされているのだ。内部に守護者となる魔物を自然発生させて侵入者を迎撃し、守護者と侵入者を戦わせることで、そこで使われて放出されることになる魔力を引きずり出して……。あるいは、吐き出させて。それらを飲み込んで自分を維持する糧とする……。そういった似たような仕組みが両方にあったからこそ、そういった突飛な発想が出てきたのかもしれない。


「……バベルは大迷宮の魔力も吸い上げてるってことですか……?」

「そういう目的があって、ここに建てられたのではないか。そう見られているそうですよ」


 そんな似ている特徴を持つバベルと大迷宮の二大ダンジョンであったが、細部では当然のように異なっていたし、その背景となる部分では真逆となる性質をもっていた。いうなれば、バベルは飲み込んで消費する側であり、大迷宮は生み出して供給する側であったのだ。

 大地を流れている強大な魔力の流れ。それらがぶつかり合い、巨大な渦を巻いてる“大地の魔力溜まり”とも呼ばれているスポットはその強い力に耐え切れず、往々にして巨大な地割れを引き起こし、その地割れによって生まれた空間に魔力が充満することで大迷宮が生まれたとされている。そこに発生した巨大な空間に大地の魔力が充満し、自然に凝縮されていったことで大迷宮を住処とする無数の魔物達が自然発生していったのだろうと考えられているのだ。

 そんな渦巻く巨大で膨大な魔力をバベルが地下から吸い上げているのだとすると、これほどの巨大な塔の時間を止めて摩耗を防いでいるといったような膨大な魔力を必要とし続ける巨大魔術式を維持し続ける事もあるいは出来たのかもしれない。


「いわゆる共生関係ってヤツね……。ますます生き物みたい……」


 なんだか薄気味悪い……。そんな顔でバベルを見上げるジェシカの目に、そのどこか生き物じみた特徴なり機能をそなえた美しくも壮大な威容を誇る天にまで伸びた巨塔は、どのような姿に見えていたのだろうか。


 ──大地から魔力を吸い上げて、魔力核を餌として侵入者をおびき寄せて……。ううん。それだけじゃないはず……。多分、中で魔法を使わせる事だけが目的じゃないんでしょうね……。エルリックさんは私達が相手だったから、あのときあえて何も言わなかったんだろうけど、もしかすると死んだ人の装備品とかも飲み込まれてるのかも知れない。それか……。


 死んだ人そのものも何らかの形で塔に『食べられてる』のかもしれない。それを想像してしまったのだろう、ジェシカの顔はわずかに青さを強くしてしまっていた。


 ──まるで食虫植物みたい。


 大地から水の代わりに魔力を養分として吸い上げ、核という甘い匂いのする餌で獲物をおびき寄せて。魔力を放出させたり、首尾よく仕留めることが出来た時には捕食したりして。まさに、それは捕食行動に思えたのだろう。


「……ここまで色々考えて作られてるのだとすると、最上階に神の使いとまで呼ばれている天空竜が住むようになったのも、単なる偶然じゃないのかも知れないわね……」


 あるいは塔の最上階から余剰魔力が吹き出していて、それを天空竜が糧にしているのかもしれない。……天空竜は塔を離れて餌をとりに行ったりする姿を殆ど見ることのない。そんな存在だけに、それくらいの機能なり仕組みがあったとしても、不思議でも何でもないと考えられていたのだろう。


「……でも、そうなると……。ますます分かんなくなったわね……」

「何がですか?」

「いえ。こんなの、誰が作ったのかなって……」


 結局は最後には、その疑問に辿り着くようになっているのかも知れない。


 ──我が名はバベル。我が塔の名と共に、この事実を世に知らしめよ。


 果たして、バベルとはどの様な存在であったのか。どこまで意図して、このようなおかしな仕組みの塔を作り上げたというのか。そして、何時、どの様にして作り上げたのか……。その全ては未だに解き明かされていなかったが……。


「……案外、本当に神様が作ったのかもね」


 それは失われし神の名をもつ塔であったのかもしれない。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 さて。次はいよいよ本日の大本命、大迷宮に挑む訳ですが……。覚悟は良いですか?

 そう改めて二人に尋ねるエルクの様子には何ら気負う部分はなく、おそらくは緊張すらも感じては居なかったのだろう様子が見て取れていた。しかし、それも当然だったのだろう。

 バベルでは最下層とはいえ全てのゴーレムを一閃……。まさに一刀両断、全て剣の一振りで真っ二つにしてみせていたのだ。それも、悠々と……。何ら気負う事すらもなく。極めて自然体のままに、全ての魔法生物を下してみせたのだから。その圧倒的な強さに裏打ちされた平常心と平然とした態度に、今更疑いを持つはずもなかったのだろう。


「大迷宮か……。すごいトコなんだろーなぁ……」


 そう何処かウットリとした憧れに満ちた声を漏らす少女に、男性陣は顔を見合わせて互いに苦笑を浮かべてしまっていた。


「ジェシカさんは本当に冒険者に憧れているんですね」

「まあ、そうね……。パパが商人じゃなくて冒険者だったら……。とか、小さな頃には何回も妄想したことがあったわ」


 それは悪い意味ではなかったのだろう。誰しもが小さな頃には自分の理想、あるいは夢にとって都合の良い環境というものを夢見たり妄想してみたりするものなのだ。特にジェシカは幼い頃から名の知られた商家の一人娘という立場にあって、自然と未来を決められてしまう立場にあった。だからこそ、そういった未来とは違う道に進んだ自分というものを、ついつい妄想して夢見てしまっていたのかも知れない。


「最近は、そういった将来を夢見たりすることはないんですか?」

「どーかなー……。最近は、自分が虚弱体質だってことも嫌ってほど分かっちゃったし、体力勝負な冒険者稼業なんて無理無理って最初から諦めちゃってたから……」


 だからこそ冒険者になってみたいと密かに妄想しながらも、夢はお菓子職人だなどと言って見せていたのだろう。……はっきり言ってしまえば、今回のような本格的な冒険者の疑似体験が出来るなど夢にも思っていなかったのだ。それに、多少ブランクがあるとはいっても十分現役と言えるだろうAランクの冒険者にエスコートしてもらったり、伝説級の冒険者とこうして知りあえたりするなど夢のまた夢といった有様であり……。


「本当に……。本当に、二人には感謝してるの。こんな日が来るなんて……。自分が大好きだった物語の登場人物の一人に……。まるで、銀の騎士の物語に出てくる登場人物になったみたいな気分なの……。まだ、ベッドの中で夢を見てるんじゃないかって……。こんな幸せな事が本当にあっていいのかって……。未だに自分の身に起きてる事が信じられない気分なの」


 そう泣きそうな顔になって、目にいっぱいに涙をためたジェシカを前に、クロスは微笑みながら優しい目を向けていたし、エルクも微笑みを浮かべたまま見つめ返していた。そんな二人から向けられる優しい視線に励まされるように目をゴシゴシと乱暴に拭うと……。


「だから、今日だけは元気な新米冒険者として先輩にしっかりと案内して貰うんだから!」


 その涙ながらの宣言にエルクは「任せておいて下さい」とうなづいて見せたのだった。



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