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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-23.塔の中へ


 天空竜の棲む塔。そこは多くの者達からバベルと呼ばれていた。天空竜が住み着いたからバベルと呼ばれることになったのか、それとも何か別の理由があるのか。正式には記録が残されていないのではっきりとはしないのだが、一説にはこの塔を作った者の名前がバベルだったのではないかとも言われているのだが……。


「……もっとも、何を考えて、こんなおかしな塔を作ってしまったのかは、結局の所、誰にも分からないままだったのですがね」


 そう口にするのは仮面の騎士ことエルクであり、かつてエルクが対面を果たした天空竜を名乗る少女すらも、こんな自分にとって都合の良い場所に建っていて、雲の上という最高に気分の良い場所にまで伸びる塔があったので、その建物の最上階に巣を作って住むようになったという認識であるらしく、何故、こんな場所に塔があったのかなど、その塔の(ぬし)と認識されている天空竜ですらも知らなかったらしい。それを聞かされた二人は思わず首を傾げてしまっていた。


「つまり、ここに街が出来る前から存在していた……?」

「そういうことになるのでしょうね」


 実際のところ、いつ、だれが、どのように作ったのかすら分かっていないということらしかった。それなのに、塔の作者らしき人物のことは分かっているのは不思議に思えたのかもしれない。そんな矛盾の種明かしはすぐに行われていた。


「最上階に登ったことがある人達は皆んな知ってるんですが……。そこの壁に埋め込まれたレリーフに、こう古い文字で刻まれているんですよ」


 雲の上にまで到達した者よ。この塔より天上を見つめよ。

 そこに神の世界はあるか。神の座はあるか。地上を見守る者達はいるか。

 そんな存在は居はしない。都合よく頼れる存在など居るはずがないのだ。

 だからこそ、我々は自らの力だけで歴史を紡いでいかなければならない。

 我が名はバベル。我が塔の名と共に、この事実を世に知らしめよ。


「……えーと、つまり?」


 そこには何もない。空の彼方には何もなく、ただ星と月だけが輝く美しい空だけが広がっていて、その向こう側には何もないし誰も居ないのだと。そのことを世に知らしめろと書いてあるだけらしいのだが、その言葉の意味は分かっても言葉の伝えたがっている真意というべき物は、結局誰にも分からなかったのかもしれない。


「貴方なら何か分ったリしないんですか?」


 そう英雄クラスの冒険者なら何か分ったのではないかと尋ねたジェシカにエルクは苦笑と供に答えていた。


「神様は空に居ないと言ってるらしいというのが一般的な見解ですね」


 まあ、地上からでも雲の向こう側は普通に見渡せているのだから、それくらいは子供でも知ってる一般常識であったのかもしれないのだが……。


「わざわざこんな馬鹿高い塔作ってまで、そんなことを確認したかったってこと……?」

「そうなのかもしれませんね」


 世の中には、例えごく当たり前のことであったとしても、それが本当なのかどうか自分の目でどうしても確かめたくなる……。そんなちょっと変わった人が一定数、確実に存在していて。そんなちょっと変な人だからこそ、変に行動力があったり奇妙な野望を燃やしてしまって、こんな凄まじい代物を作ってしまったのではないか。それに、そんな変な理由は実際には後付けで、本当は雲の上の景色というものを見て、それに魅入られてしまったので、それを他の人も見られるようにしたかっただけなのではないか……。

 そうお人好しな持論を展開してみせたクロスに「クロスらしいなぁ」と二人は笑っていたが、意外にそれは正解に近いのではないかという気はしていたのかもしれない。少なくとも『雲の上が見てみたい』という理由でバベルの頂上を目指す者は、実のところかなりの数にのぼっているのだから……。


「まあ、仮にですが。本当に、そんな理由でバベルを作りたくなったのだとしても、それも分からないでもないのです。それくらい、雲の上の景色はとてつもなく綺麗でしたからね……。天空竜が、あんな場所に住みたがったのもよく分かるほどの絶景でしたよ」


 天空竜は自らが愛する景色を、雲によって描かれる海……。雲海(うんかい)と呼んでいた。その言葉に二人は未だ見ぬ……。そして、生涯見ることの叶わないだろう美しい景色というものに思いを馳せて足を止めてしまっていた。


「雲海かぁ……」

「見てみたいですね……」


 その憧れに満ちた言葉を聞くと思わずエルクの顔にも笑みが浮かんでいた。


「いつか、見ることも出来ますよ」

「……そうでしょうか」

「きっと。諦めない限り……。願いは、いつか、きっと……。叶うものです」


 そんな言葉にクロスは薄く笑みを浮かべ、ジェシカは何故だか視線を逸らしていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 それから三人でしばらく歩いていると、大きな通りに面した塔の入り口が見えてきていた。そこは壁面に大きなアーチ状になった入り口が開いており、その中はちょっとした広場になっているようで、ひときわ目立つのが中央付近で一段高くなったステージ上で光を発している巨大な転送陣だった。


「二人は、ここに来るのは初めてでしたね?」

「あ、はい」

「私は、何回か来たことがあります! ここまで、ですけど!」


 言うまでもないかもしれないが、まったくの初心者の方がクロス。ここまでなら何度も見学に来ているらしいのがジェシカである。


「周囲を見てもらうと分かりますが、この広場ではちょっとした武器や防具の修繕をやってもらえますし、傷薬や止血道具とかの便利な道具類が売られています。塔の中と、ここを行き来しながら中で己の腕を磨いたりする人が多いようですね」


 今日の予定ではこのエントランスホールの転送陣から1Fに入り、そこを簡単に案内してもらって帰ってくるといった予定になっていた。


「天井の高さの問題から小さい店舗が多いようですが、その分、立派な作りのお店が沢山並んでいる様ですね」

「そこが大迷宮の入り口との一番の違いになるのでしょうね」

「そうなんですか?」


 大迷宮の入口付近も類似した賑わいを見せているらしいとクロウから聞かされていたクロスは、そんな言葉に疑問を感じてしまったのかもしれない。小さく首をかしてげて「そうなのかな~?」といった空気を醸し出していた。


「あちらの方は粗末な作りの露店やテントといった店が大半ですね。こちらの様に立派な店舗を建てたりはしていません」


 その理由こそが中央の転送陣なのだと。そうエルクは説明していた。


「まあ、ここから先は中に入ってからにしましょう」


 さっそく中に行きますよ。そう二人をうながしてエルクは中央の転送陣に上がるための階段に向かう。そこには金属鎧姿の兵士二人と冒険者ギルドの制服を着た係員が立っていた。


「バベルに入られるですか?」

「ええ。……後ろの二人はパーティーメンバーです」


 エルクの差し出すギルドカードのAランクの刻印の力だったのか、ロクにカードを見ることもなく返すと「どうぞ」と道を譲っていた。


「入るためにはDランク以上のランクが必要だと聞いていたのですが……」


 クロスはEランク、ジェシカに至っては冒険者ですらない。それでもエルクの連れということで問題なく転送陣に踏み込む事が許されていた。


「パーティーはリーダーのランクで判定されますからね」


 ジェシカがチラシを持っていたダンジョン観光ツアーもエスコート役はCランク以上の冒険者であり、そんな案内役に連れられた人々はパーティーメンバーという扱いで本来は入れない場所への立ち入りを許されているらしい。そんな無茶が出来ているあたり、けっこうゆるめに確認しているのだろうが、それだけに何があっても自己責任という不文律が、そこには存在していたのだろう。


「ここから先は、いわゆる弱肉強食、食うか食われるかの世界です。何が起きても、自分達の責任。自分達の力だけでどうにかしないといけない。それが出来ない時には死ぬしかない。オール・オア・ナッシング。それだけがルールの極限の世界です。……ジェシカさん。この先にあるのが、貴女が憧れていた冒険者の世界ですよ。そこに踏み込む覚悟は良いですか?」


 伝説クラスの冒険者“銀剣”が一緒では騒ぎになってしまって、体験ツアーどころではなくなってしまう。そんな考えるまでもない理由から、通常の体験ツアーとも違う、Aランク冒険者エルクがエスコートする冒険者の日常擬似体験ツアー(リアルな命の危険付き)へ参加することになったジェシカであったが、そんなジェシカの中にあった夢の熱量は、この程度の恐怖に屈するほどに低くはなかったのであろう。そして……。


「……クロスさん」

「大丈夫ですよ。彼が一緒なら、絶対に安全です」


 大丈夫です。それに私もついています。そんな言外の言葉に励まされたのだろう。ジェシカは多少青ざめていた顔に笑みを浮かべると覚悟を決めたらしく、元気に転送陣の中に踏み込んでいき、そんな少女を追うようにしてエルクとクロスも足を踏み入れていたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 転送は一瞬だった。ふっと軽く体が持ち上げられた気がしたら、次の瞬間には周囲の喧騒がなくなっていて。気がついた時には奇妙に薄暗く、僅かに何かが鳴動しているような音が聞こえる。そんな不気味な部屋の中に立っていた。


「……ようこそ、バベルへ」


 そんな中でエルクは笑みを浮かべて二人に向き直っていた。


「ここがバベル1Fの入り口の部屋になります」


 未だ腰の剣を抜いていない所を見るに、危険はないのだろう。それを見て取った二人はわずかに肩から力を抜いていた。


「この中は薄暗いですが明かりには困らない親切な作りになっているので、本来は明かりは必要ないのですがね……」


 次に向けた訓練も兼ねて、照明係をやってもらいましょうか。そう口にしてエルクが差し出したのは小ぶりな手提げランタンであり、その穏やかな明るさは周囲をぼんやりと明るく照らしてくれていた。


「大迷宮では誰か一人、あるいは二人程度が明かりを持つ事になります」


 明かりを灯してくれる光球(ウィスプ)の召喚を使える人が居る場合には必要なくなるし、もっとシンプルに剣などに明かりを灯せる魔法使いが一緒なら必要ないが初心者クラスのパーティーでは明かりを誰かが持って歩くのが一般的であり、そんな人物は片手に盾を持てないので他のメンバーで守ってあげなければならない。そんな基本的なことを教えていたエルクに二人から色々な質問が飛ぶ。


「ウィスプの召喚って魔法は難しいんですか?」

「あれはあれで使いこなすと、とても便利な魔法なんですが……。最近はあまり使う人はいないようですね」

「そんなに難しい魔法なんですね」

「いえ。難易度の方はさほどではないそうなのですが……。ただ、他の魔法にくらべて明るさが低いのと効果時間がちょっと短いといった問題があるそうです。あと、硬貨や木切れ、石に発光(イルミナ)……。光を灯す初歩的な魔法なんですが、そういった物に光を灯して投げるといった使い方をする人の方が多いようですから……」


 そんな説明でいまいち分かっていないらしい二人にエルクは光をともすという基本的な魔法の使い方などについて説明していた。


「順番にいきますか。明かりが二人程度必要になる理由とは何でしょうか?」


 金属製の枠のはまった木製の扉を開けながら、三人は話しながら外に出る。


「一人だとランタンを落としたり壊したり油が切れたりしたとき困るから……?」

「正解です。なかなか勘が良いですね」

「えへへ」


 エルクにほめられて嬉しそうに笑うジェシカ。冒険譚による予習はばっちりらしい。


「では、そういった道具に頼る必要のない人達は、魔法を使って片手剣やダガーに明かりを灯す事が多いのですが、彼らがそうするのは何故か分かりますか?」

「えーっと……。攻撃するときに目眩ましになったり、手に持ってるせいで落さないから?」


 そんな自信なさげな答えにエルクも笑みをうかべて答える。


「惜しいですね。片手用の武器を光らせるのは、それらには鞘があるからです」


 だから同じ武器であっても斧や両手剣、槍や弓といった武器は光らせないのですよ。そう教えるエルクの言葉の意味が分ったのだろう。ジェシカは「ああ!」とばかりにポンと手を叩いていた。


「そっか! 鞘にしまったら明かりを消せるから!」


 それに加えて明かりを灯し直す場合にも、単に鞘から剣を抜くだけでいいので、魔法をかけ直したりする必要もなくて無駄がないし、万が一、暗闇で剣を落としてしまっても、それ自体が発光していれば拾うのも容易くなるのだと。そう色々なメリットがあるので片手剣を光らせる者が多いのだと解説する。


「あとは、投げることの出来る道具を光らせたりする場合は……」


 今度はどうです? 想像がつきますか? そう視線で尋ねるエルクにジェシカは自信をもって答える。


「穴の深さとか崖の高さを調べたりするときには、火をつけた木切れを落としたりするって良く聞くし、暗い所に投げ込んだりして、そこに何か居ないか調べたりするんだと思う!」


 お見事です。そう笑みを浮かべてうなづいて見せるエルクにガッツポーズをして見せるジェシカ。そんな二人の後ろをとことこ歩いてついてくるクロスは緊張しているのか、どこか不安そうな表情を浮かべていた。


「楽しめていませんか?」

「そ、それは……。その……。すみません」


 そう思わず謝ってしまったのは、いつ何時、魔物が現れるか分からなくて緊張しているという証明でもあったのかもしれない。


「貴方の目の前にいるのは、一応はAランク冒険者なのですがね」

「そ、それは……」


 目の前居るのは絶対的な強者であり、そんな強者にとって、ここは家の庭先と大差ない程度の場所であることは知識としては知ってはいても、それでもどこか実感が伴っておらず、何よりも怖いものはやっぱり怖かったのだろう。そして、何よりも怖かったのは……。


「塔の中の魔物を見るのは初めて、ですから」


 無知からくる恐怖こそが、あるいは正体であったのかもしれない。体験談や噂話によると魔法生物が徘徊していると聞いてはいたが、実物は未だお目にかかったこともなく……。


「そういえば、貴方はまともに戦ったことがないのでしたね」


 そんな三人の前に、いびつな形をした影が通路のまがり角をゆっくりと進もうとしていた途中でこちらに気がついたらしく、ゆっくりと向き直る影が見えていて。


「紹介しておきましょう。これが塔の魔物の代表格、“守護者”(ガーディアン)です」


 腰の鞘から引き抜かれる剣は周囲の明かりを反射してヌラヌラと光っていた。



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