3-22.不都合な真実
少女にとっては大冒険。少女の格好をした少年にとっても多分大冒険。そんな二人の保護者役兼護衛な聖騎士様にとっては(色々と頭は痛いかもしれないが)中身そのものは庭先での散歩くらいにしか感じていないだろう程度のお遊び。それくらい受け取り方が異なるだろう、見た目はちっこくても中身はでっかいぞな子供達の大冒険は、最初の一歩でいきなり足踏みを余儀なくされてしまっていた。
「……へ? Aランクの冒険者……?」
自分の出した無茶な条件を、少々反則気味な方法を使ったにせよ見事にクリアしてみせられてしまった以上は、仕方ない。ダンジョンの中に入っても良いぞ。
そう、タメ息混じりではあったにせよ、どこか呆れた風な表情のクランクが許してみせたことで「ヒャッホォィ~!」とばかりに全身で喜んで見せていたせいもあったのかもしれない。それに加えて「明後日にはクロスともう一人の先輩冒険者が迎えに来るらしいから、しっかり準備して体調も整えておくように」という最低限の伝達事項だけを聞いて部屋を飛び出してしまったせいもあったのだろう。ジェシカは何も詳しい説明や、どうやってあのような無理難題をクリアしてみせたのかといった詳細らしきものについても、何一つ説明を受けないままに当日を迎えてしまっていた。
そうなれば、当然のように目の前に見事な白銀の鎧を身にまとって銀の仮面をつけた剣士が現れて驚く事にもなるだろうし、そんな剣士が示すAの文字が輝くギルドカードに驚愕の表情を浮かべて固まってしまうことになるのは必然でもあったのかもしれない。
「……エルリックって、まさか、あのおとぎ話に出てくる“銀の騎士”エルリック!?」
自分達Aランク冒険者の冒険の概略なりあらましといった情報が、冒険者という職業の宣伝も兼ねているのだろう、吟遊詩人や画家といった人々の歌や絵の元ネタとしてギルドを通して販売されているらしい事は以前から知っていはいたのだが……。最近は、そこにクランク商会印な冒険譚を描いた絵本や物語といった創作物も加わったことで、そういった凄腕冒険者の冒険の内容に関する情報は色々な場面で使われているらしい……。それを察したせいもあってか、エルリックことエルクはニッコリ笑って答えて見せていた。
「おそらくは、そのお話の元ネタになった人物で間違いないと思いますよ」
本来の肩書きである聖堂騎士よりも、通り名であり二つ名でもある“銀剣”の方が有名になってしまったエルリックである。ジェシカから聞かされた内容によると、そんな人物の冒険譚から作られた物語が『銀の騎士の物語』であるらしいのだが、そういった詳細を詳しく知らなくても名前と似通った二つ名という条件から、どういった経緯によって物語が生まれたのかは予測しやすかったのかもしれない。だからこそエルクは無闇に否定などせず、多分、そうだろう程度に認めて見せていた。
「……あれ? でも、なんでこんな場所に貴方みたいな超大物が居るの?」
「友達のアーノルドに頼まれたんですよ。自分が可愛がってる後輩の頼みを聞いてやってくれないかと……。まあ、それで……」
友達であるアーノルドから頼まれたという理由があったにせよ、たまたま予定も入っていなかったし、たまには装備品も使ってやらないと埃をかぶってしまいかねないと思ったし、なによりも自分の腕が鈍ってしまわないようにたまには動こうかと思って……。
そんなよくよく考えてみたらあちこち突っ込みどころが満載な穴だらけの理由ではあったのだが、口頭でペラペラと並べ立てられてしまうと不思議と納得出来てしまうものだったのか。そんな理由になっていないはずの理由によって、ジェシカは何故か納得した気になってしまっていたし、アーノルドの不思議な人脈にも驚いてしまっていた。
「ホッホォ~……。あのオジサン、長いこと冒険者なんかやっていると、自然と色々な知り合いが増えていくものなんだぞって、エドさんの医院でも言ってたけど、ホントに、そういう物なんだぁ」
いくらなんでも駆け出しのEランクの冒険者が伝説級のAランクの冒険者と顔見知りだったり、無茶なお願いを聞いてやる仲だというのも余りにも不自然に感じられたので、今回はアーノルドから頼まれたという事にしておこうと、二人は口裏を合わせていた。
──どうやらまともに説明を受けていないようですし……。これなら、こちらの素性を隠したまま話を進めるのも問題なさそうですね。
依頼主であるクランクから『ジェシカには自分が聖職者や治療師であることを絶対に黙っているくれ』と釘を刺されていて、それが依頼を受ける際の必須条件として提示されているといった旨の説明も事前にクロスから受けていたこともあって、二人の関係について余り深く突っ込まれずに済んだ事に、ほっと胸を撫で下ろすような気分だったのかもしれない。
「……下手な嘘をつかれていなくて良かったですね」
「ええ。下手な嘘は、より下手な嘘で覆い隠してほころびという名の穴を拡大させながら、無理やりふさがなければならないものです。……それを誤魔化すにも限界がありますからね」
もう準備は出来ているから荷物をとってくると言って、ジェシカが自分の部屋に戻っている間に、二人はそんなヒソヒソ話を交わしていた。
「しかし、なぜクランクさんは黙っていてくれたのでしょう。……ジェシカさんに詰問とかされなかったのでしょうか」
「さて。……まあ、最初は単なる偶然……。たまたま詳しく聞かれず済んだだけなのかもしれませんね。ただし、その偶然を上手く利用したのだとは思いますが……」
クランクはクロスの事情に詳しくないので、どうやってエルクのような超大物冒険者を引っ張りだしてきたのかなど分かるはずもない。無論、それについて聞かれてもどう答えていいか分からなかったので、聞かれないのを幸いにずっと黙ったままでいたのだろうし、あえて自分から藪をつついて蛇を出すような真似もしなかったのだろう。もっとも、呆れた風にため息くらいはついていたのだろうが。
──あの小僧、さりげなく大物とつながりまくってやがる。……その自覚がねぇのは良い事なのやら、悪いことなのやら……。
そう呆れてはいたのだが、実際のところクロスの知り合いについてクランクが知っているのはほんの数人だけだった。
まず、クロスの先輩と名乗っていた人物……。いきなりなれなれしく話しかけられたり、戸惑いを感じている間に唐突に話を切りだされたりと、始終話の流れをつまく掴めないで上手いこと主導権を握られてしまったまま話を終えてしまったからだろう。その人物の名をクランクは良く知らないままだった。
治療院の方で大きなトラブルが起きたなり、クロスでなければ手を出せないようなレベルの重病人が大量に運び込まれてきた等の特殊なトラブルが発生するなりして、どうしてもクロスでなければ都合が悪いといった事態が発生してしまったらしく、詳しい事情までは分からないにせよ、何か特殊な事情があって交代要員がどうしても必要になってしまったので、自分が代わりについてクロスには先に帰らせた。無論、ギルド側も事情は把握しているし、このとおりCランクの冒険者を代わりに寄越したので、不義理を働いたとは思わないで頂きたい。
……確か、そんな感じの話をしたと思っていたのだが、今にして思えば、その時にはっきりと名前を名乗っていなかった気がするのだ。だからこそ、その人物の名前を覚えていなかった。そう考えるしかない状況だったのだろう。……そんな自分としては、ありえないような初歩的なミスをやらかしてしまった相手が、連れの子供から“アーちゃん”とアダ名で呼ばれていたらしい事だけはジェシカが覚えていたので、そこから辿っていった情報によって、どうやら冒険者ギルドでも名を知られた有名な冒険者、アーノルドであったらしいことまでは突き止めることができていた。
中年に差し掛かったこともあってか、表向きは半引退状態な元が付く凄腕冒険者で、今は新人教育などの雑用や、初心者の面倒を見ることを主な仕事にしているような、悪く言えば切れなくなった剣、あるいは昼行灯といった余りヨロシクない評価を貰っているような人物であるようなのだが……。
裏側の事情にまで通じた人物に話を聞いてみた所、半引退状態で自分の実力に応じたレベルの仕事を請けたりしていないのは本当らしいのだが、ギルドマスターからの信任も厚く、ある意味懐刀、右腕のような存在であるらしいと聞かされていた。そして、なによりもクランクの耳を疑わせたのは、かの伝説級の剣士“銀剣”の相棒だった人物で、かつてAランクにまで上り詰めてギルド最強の看板を背負っていた人物らしいことが未確認ながらも判明していたのだ。
そんなそんな人物だけでなく、東区では有名な薬師のエドワーズことエドとも顔見知りのようだし(二級治療師という職業上、凄腕の薬師とつながりがあるのは特に不自然ではないのだが……)、西区では敵も多いが名も知られている自分のような商人とも知り合いになっているし、先日は自分の人脈を使ってすら正体が掴み切れないレベルの大物らしき主従とも何かしら知己を得ていたようだし……。
それ以外にも、いくら無理難題を突きつけられたからと言っても、冒険者稼業から引退していたはずの“銀剣”を引っ張りだして見せた件もある。そこからは“銀剣”とかなり親しい間柄であったのだろうことが伺えたし、何やら周囲から特別扱いされているような不思議な関係が見え隠れしてしまうのだ。
かといって、クロス個人となると名前は全くいって良いほど知られていないのに、少なくとも大物三名とあきらかに強い関係を持ってしまっている。そんな不可解な人物が未だEランクに留まっている事自体が不自然に思えるのはある種の必然だったのかもしれない。
そんなクランクの耳に、かの“銀剣”が子供を連れて王都に帰ってきたらしいという噂までが聞こえてくるに至って、いよいよクランクの疑念は「……もしかして血縁者か?」という一点に収束していくことになるのだが……。
そんな面倒な事になっているとは予測すら出来ているはずもないクロスは、今日も今日とて女装姿の上に安物の軽革鎧+ローブに布マスクといった妙ちくりんな格好をしていたし、そんなクロスから妙な格好をしている理由について説明を受けてはいても、感情面で納得が出来ていないらしく『仮にも聖職者が何という格好をしているのですか』とばかりに顔をしかめているエルクの格好も、いつもの司祭服姿を見慣れて過ぎてしまっているクロスにとっては、恐らくは奇妙な格好に見えてしまっていたのかもしれない。
「……何故か似合っていますね」
「そういうエルリックさんこそ」
「似合っていませんか?」
「いえ、着慣れているはずなので似合っていて当然なんですが……」
「そのことが反対に不自然に感じられるという訳ですか」
「……はい」
妙な格好が変に似合っていることがおかしいクロスとは違う意味で変に感じられていたのだろう。ある意味で本来の姿に戻っているはずのエルクの自然体に見える格好が逆に不自然に感じられるといった具合に、自然なことが不自然に見えるという妙な感覚に、クロスは苦しんでいたのかもしれない。
ちなみにジェシカの前でエルクの名を出すのは色々と問題がありそうだったので、冒険者時代の格好をしている時にはエルクや司祭様といった何時もの呼びかけ方は封印して、互いにクロスさんやエルリックさんといった他人行儀な呼びかけ方をする様に決めていた。
「慣れるしかないのでしょうね」
「……そうですね」
名前にせよ、格好にせよ、呼び方にせよ、呼ばれ方にせよ、肩書きにせよ。……結局の所、不自然を自然と感じるようになるまで慣れてしまうしかないのだ。妙な格好も、不自然にみえる自然な格好も。見慣れてしまえば気にならなくなる。臭いものだって臭い続ければ臭さがわからなくなるものなのだから……。そう結論付けるしかない二人だった。
◇◆◇◆◇◆◇
エルクがまず先に案内したのは二人が想像したのとは違った場所だった。
「てっきり、大迷宮に行くものだとばかり思っていました」
「迷宮というものがどういった物なのか、それを理解する上で最初にバベルを見ておくと、後で大迷宮の方を見た時に色々と違いなどが分かりやすくなるものなのですよ」
エルクが先導して進む先には視界からはみ出すサイズの巨大な壁があった。……その塔はあまりにも巨大すぎて、近づいてしまうとパッと見には壁にしか見えなくなるのだ。遠近感などが狂いやすいデザインなのだろうと言う者もいるそうなのだが……。
「この塔……。通称バベルと呼ばれている塔ですが、この塔はダンジョンとしては典型的な形状をしている建物だとされています。入り口は一箇所。各フロアが壁や天井、床なので明確に区切られている数十階層のフロア構造になっている建造物です。典型的なダンジョンの形をした建物とも言えますね。……無論、通常であれば空などではなく地下に向かって伸びるのが一般的な形なのですがね」
魔物の徘徊する塔タイプのダンジョンは他にもあるが、この塔のように雲の上にまで伸びている桁外れな高さを誇るの塔は世界中見渡しても他に存在しないのではないか……。エルクは、そうバベルのことを世界一だろうと評していた。
「たしかにでっかいわよねぇ……」
「ジェシカさん。あまりのけ反ると、後ろに倒れてしまいますよ」
「倒れそうなる前に支えてあげるのも優しさなのだと私は思いますよ?」
「……はい」
そんなやりとりをしながらも少女は空高くそびえ立つ巨大な塔を見上げていた。
「……この塔の最上階って、どんな所なんだろう」
背中をクロスに支えてもらいながら。ジェシカはポツリと口にしていた。
「最上階は白銀の鱗をもつ天空竜、シルバードラゴンが己の巣を作っていて、そこを住処としていますね。そのせいで、バベルは別名で『天空竜の塔』とも呼ばれているのですよ」
天空竜の塔。それは塔の支配者がシルバードラゴンであることの証でもあったのかもしれない。そして、そんなシルバードラゴンはいわゆる古代竜と呼ばれる古代種の生き残りであり、一節には創造神の使徒であるとも言われていた。
「神さまの御使かー。どんなドラゴンなんだろ……」
「賢くて、強くて、長生きで、物知りで……。とても理性的で美しい竜ですよ」
流石は神の使いというべきか。ホゥとため息をつくようにして、うっとりしたような声を漏らしたエルクの言葉に二人は、その美しい姿を思い浮かばされていたのかもしれなかった。
「ちゃんと話とか出来る相手なんですね~?」
「初めて見た時ですら、恐怖よりも先に高い知性を感じさせられたと、皆が口をそろえて言いますね」
そんな相手と実際に話してみれば尚更だったということなのだろう。
「凶暴な獣なんかじゃなかったんだ……」
「はい。人間などよりもはるかに賢い生き物なのだろうと思います」
創世の時代より悠久の時を生き抜き、あらゆる生き物の言葉を操り、世界の歴史を知り、時として地上から訪れてくる来訪者と交流すらも行い、自らの使命として下界の様子を……。地上の人々の営みを塔の上から眺めて生きてきた。それは地上で生きる者達を、そこから見守ってきたという意味でもあったのかもしれない。
それは、まさに神の使徒と呼んで良い存在だった。
「……エルリックさんは、塔の主と会ったことがあるんですよね?」
物語で語られる冒険譚では、仲間たちに支えられる形で銀の騎士はバベル最上階へと上り詰め、そこで塔の主である銀の魔竜に会ったことになっているらしいのだが……。
「ええ。良い竜でしたよ」
「……良い、ヒト?」
「ええ。良いヒトでした」
その会話に違和感があるはずなのに平然としているのは何故なのか。
「え~っと……。ドラゴン、なんですよね? 天空竜って」
「そうらしいですね」
見た目では、そうは見えませんでしたが。そう平然と口にする内容からは、魔獣の王の頂点に立つような生き物と会ってきた風には思えなかったのかもしれない。
「その方は、どんなヒトだったのですか?」
「そうですね……。クロスさんと同じくらいの背丈で、ジェシカさんと同じくらいの年令にみえる位の……。そう。とても綺麗で可愛いらしい女の子でしたよ」
その余りに衝撃的な告白に、二人は思わず固まってしまっていた。
「オ、オンナノコォ? ドラゴンなのに!? オンナノコって……。しかも、チッチャくて、カワイイ、オンナノコォ!?」
銀色に輝く雄大なドラゴンの姿と小さくて可愛い女の子の姿という物が、どうしても頭のなかで繋がってくれないのかもしれない。ジェシカは「ちょっ、ちょっと待って! い、今、想像してみてるから! まだ分かってないから!」とばかりに慌てふためいてワタワタと両手を動かして見せていたが……。
──思考に柔軟性があるはずの子供ですらコレなんですからね……。彼女のことを誰に言っても信じてくれないのも、無理も無いかもしれませんねぇ……。
銀の騎士の物語の終盤で、最後に天空竜を名乗る子供が出て来ていないのも、案外、そんな簡単な理由だったのかもしれない。……真実は小説よりも奇なり。時として真実を語る事が最良の結果とはならないという事なのだろう。そして、往々にして不都合な真実というものは虚構と虚飾によって覆い隠されるものなのである。
──彼女から、この仮面を贈られたと言っても、多分信じて貰えないのでしょうね……。
真実は、この仮面だけが知っている。……とりあえずは、それだけで良いではないか。エルクは、そう考えるといつものように口元に笑みを浮かべていただった。