3-18.鎧を見てみよう
冒険者と一言で言っても、その暮らしぶりには天と地ほどに違いがあり、日々ギルドから斡旋されるEランク以下の日雇い系の仕事に精を出すのを生業としている者達もいれば、武器を片手に迷宮に潜り命をチップに大枚を稼ぎだす一握りの者達も居るといった具合に、様々な住み分けが行われているのが現状であり、街の雑用全般を承りますな『何でも屋』から始まって、命がけで戦う事を生業としているような存在事態が危険印な『戦闘屋』まで、それこそピンからキリまで居るというのが実態とされていた。
「……でも、職業に関係なく危ないことをしなきゃいけない時って誰にだってあるじゃない。町の外とか行く様な人には特に。そんな時に、絶対に必要になる物ってあるのよね~」
街から街に街道を通って渡り歩くだけしかしないはずの行商人ですら、この手の店には日常的にお世話になっているのだと。そうジェシカは話を締めくくる。そんな少女の前には大きな看板を掲げた一軒のお店があって、その店の前で「どうだ」とばかりに何時ものように大して意味もなく薄い胸を張っているのはジェシカであり、そんなジェシカの後ろにはローブを頭からかぶった不審人物が居た。……言うまでもないだろうがクロスである。
「前にギルドの人に紹介してもらった中では、一番有名な防具屋さんだそうです」
今日は色々と東区の冒険者向けの店に行ってみたい。そんなお願いを聞く条件としてクロスが提示したのはローブを身にまとい、顔も隠す事……。そんな、いつものジェシカなら断固拒絶しそうな要求を、なぜか今日に限っては「仕方ないわね」とばかりにため息一つで了解してみせたのは、それほどまでに冒険者ギルドがオススメする冒険者御用達な店に行ってみたかったということだったのかもしれない。
「流石、一番のお店ね。デッカイわ~」
そう「ウチも負けてらんねぇわね」とばかりに鼻息の荒いジェシカに苦笑を浮かべながらも、クロスはここが初心者から上級者まで幅広い客層を持つ店であり、多くの有名な冒険者も利用している店なのだと教えていた。
「それだけ多くの支持を受けているってことは、何か商売繁盛のコツとかあるのかしら」
「そこまでは分かりませんが、この店の売りは“品質のブレの無さ”と“値段の安さ”なんだそうです」
平たく言ってしまえば、この店は量販店と呼ばれるタイプの店なのだろう。そのモットーは品質が出来るだけ均一な大量生産品を不特定多数の客に安価で大量に売るといった物であり、良くも悪くも“普通”の品が中心で、扱っている品の質にもブレが少ないといった特徴をもつ店だった。
「つまり?」
「一番、数が出ているのは軽革鎧だそうですが、なぜか分かりますか?」
半分以上は知り合いからの受け売りや、防具屋の店員などから過去に仕入れた豆知識ではあったのだが、冒険者の生活を知らないジェシカにとっては何もかもが目新しく知らない事だらけの内容であったのだろう。一言一句聞き逃すまいと、食い入るように聞き耳を立てているのを感じながら、クロスは出来るだけ優しく説明しようと努力していたのかもしれない。
「う~ん……。安いから?」
「それもありますね。でも本当に一番と言える理由は、戦闘職以外の人も買い求めるから、だそうです。だから、これが一番売れてるんでしょうね」
そう説明しながら山積みされている薄い革製の胸当てなどを手にとって渡して見せる。
「持ってみても分かるかもしれませんが、胸当てとか腹部の部分とか、下手に攻撃を受けると致命傷になる部分にだけ内部に薄い金属板が仕込んであるんです」
「その他の部分は柔らかくナメした皮だけなのね」
「はい。おかげで随分と軽いですし、着ていても息苦しさを殆ど感じないんです。慣れてしまえば着てない状態と大差ない感覚になるみたいですね。……でも、コレを身に着けておくだけでもかなりの防御効果が期待できますから。野生の獣に襲われた時とかは、コレを着ているというだけで安心感が違ってきますよ」
そういった理由からも、冒険者でなくとも旅をする者の多くは、この軽革鎧を身につけて、その上にローブをまとって旅をするのだと。そうクロスは説明をしていた。
「こういった旅のお守り的に身につける類の鎧は、基本的には消耗品といった扱いになります。値段もかなり安価ですので、あまり真面目に手入れもしないで、着たら着っぱなし。壊れたり汚れたりしたら新しいのを買い直すって人が多いみたいですね」
だからこそ出来るだけ均等な品質で、かつ大量に用意しておく必要があるのだろうと。そうクロスは目の前に山積みにされた軽皮鎧の理由をまとめていた。
「そっか……。頻繁に買い直す種類の鎧だから、出来るだけ安い値段でないと駄目だし、だからこういう量販店で買った方が良いんだ。それに、大量に在庫があっても品質が均等ならいちいちどれがいいかなって選んだりする手間もかからなくなるから都合も良いのね」
それに加えて、職人を育てたり腕を維持させたりするといった意味でも、こういうとにかく数を作らないといけない種類の品が常に必要とされている状況というのは、色々な意味で職人側にとってもありがたい事だったのだろう。そういった点を考えただけでも、たとえ大した売上が出ていない品だったとしても、存在価値が高い品なのだ……。そう、商売人の娘らしい裏事情のあたりまで読みきってジェシカは小さくため息をついていた。
「……ホント、なんでもない一山いくらな品にも、いろんなストーリーがあるのね」
その言葉に疑問を感じて「どうしました?」とばかりに視線を向けたクロスに「ううん、何でもない」といった苦笑を浮かべて首を僅かに横に振ると、他のも見てみましょうとばかりにクロスの腕を引いてジェシカは店の中に入っていった。そこには入り口付近に山積みになっていた大量生産品とは違った趣の品も数多く展示されており、ここが上級者向けの店でもあるという証明にもなっているようだった。
「中に入ると、また雰囲気が大分変わるのね」
「ここから先は長く大事に着る類の一品物な鎧ばかりになりますね」
剣士や戦士向けの金属製の鎧や、一見しだけで只ならぬ素材……。おそらくは竜皮か何かで作られているらしき見るからに強い魔力のこもっている革鎧など、明らかに値段の桁が一つか二つくらい跳ね上がった品の数々が所狭しと陳列されている様は、あまりに自分の知っている日常とはかけ離れた風景であって。日頃目にするような高額商品の陳列具合と内容的にも金銭的にもさほど大差はないはずなのに、それでもひどい違和感や疎外感のようなものを感じさせる空間だった。もっとも、それは主に主観での話であり、あるいは経験不足などからくる場違い感といった物でもあったのだろうが……。
──やっぱり、世界が違うって感じちゃうなぁ。
だからこそ、ここに立っていると、自分が何処まで行っても物語に出てくるような危険な世界に望んで飛び込んでいくような冒険者にはなれないと言われてるような気がしてしまったのかもしれない。
「……クロスさんは……」
「はい?」
「クロスさんは、こういう店に来ても違和感とか感じないのかな?」
「違和感ですか」
「うん。場違いな感じっていうか、何で自分がここに居るんだろう、みたいな……」
そんなジェシカの問いにクロスは少しだけ考えて答えていた。
「まだまだ駆け出しとはいえ、これでも一応は冒険者ですからね。そういった感覚はさほどありませんが……。でも、確信のようなものなら先程から感じていますね」
「カクシン?」
「はい。多分、私はここに並んでいるような高級品を着る事は生涯ないと思います」
値段もさることながら、その明らかに前衛……。剣を手に戦う者向けの鎧であったせいか、自分がこういった頑丈そうな鎧を着なければならないイメージという物が、どうしても湧いてこないのだ。着るとしても精々が軽革鎧程度を修道服の下にでも着込む程度が関の山なのではないか……。そういった自覚があるのも、あるいは自分は治療師といった自負があったからなのかもしれないのだが。
「……いままで余りちゃんと話した事はありませんでしたが、一応、私は魔法使いですから。こういった戦士向けの鎧には縁はないと思います」
例え、自分が魔法使いであることを白状することになっても、治療師や修士であることを秘密にする約束をクランクと交わしているので、そこまで口にすることは流石に出来なかったのだが、治療魔法といっても魔法の一種には違いないはずであって……。そんな訳で、広義の意味ではクロスは『魔法使い』の範疇に入っているはずだった。なので、少なからず違和感は感じるが完全な嘘でもないはず……。ただ単に治療魔法の使い手であることを黙っているだけで。そんな下手くそな言い訳を心の中の罪悪感への免罪符として使いながら、クロスはジェシカに自分が戦士ではないことを説明しようとしていたのだが……。
「へぇ。そう」
そう「やっぱりそうだったのね」といった口調で返されると、反対に些か拍子抜けといった感じがするのかもしれなかった。
「知ってたんですか?」
「想像はしてたかな。なんとなく程度だったけど。たぶん魔法使いなんだろうなぁって……」
何故って、剣を日常的に使ってるかどうかは、ココを持つだけで分かるのよ。そう手のひらをニギニギさせながら、この部分の皮が柔らかったからと種明かしをしてみせながら苦笑を浮かべて見せる。
「こんな柔らかい、まるでお嬢様みたいな綺麗な手をした戦士なんて居るわけないもんね」
下手したら水仕事すらまともにやってなさそう。宿暮らしのメイジって、そんな手になっちゃうのかな? そうからかうように口にされた言葉にクロスも小さく笑みを浮かべてみせる。……確かに教会の仕事においては花形ともいえる治療師であるクロスは、日常の雑務の大半を免除されていたので、毎朝の清掃作業などには参加することはあっても、洗濯や炊事などといった日常的な雑務にはほとんと携わっていなかった。……そんなことをやっていられる時間が殆どなかったという言い方も出来るのかもしれないが、殆ど経験がないことは指摘の通りであり、そんないかにも働いてなさそうな手の持ち主であることから『お嬢さん』呼ばわりされたとしても、ある程度は仕方なかったのかもしれない。
「まあ、そういう訳ですので、戦士の使うような武器に関しては詳しくないので……」
「武器については店員さんにレクチャーしてもらえば良いわよね」
とりあえず色々試着とかしてみたいなぁ……。そう面白そうに、アレも着てみたい、コレも着てみたいと見て回っているジェシカの目には、そこはまるでオモチャ箱の中にでも見えていたのだろうか。お約束ともいえる女性用のスカートタイプな軽革鎧を着てみたり、その上ランク装備にあたる硬いなめし革を張り合わせた硬革鎧のジャケットを着て、その硬さの違いから来るのだろう余りの着心地の悪さにビックリしてみたり、勢い余って細い鎖で編まれた細鎖鎧や硬革鎧の上に鉄の鋲や輪を縫いつけて補強した鉄鋲鎧や鉄輪鎧、どうせ試すならいっそ本格的な物まで着てみたいとばかリに挑戦してみた主要部分だけが鉄製な硬革鎧な半鉄鎧に、胴体を分厚い鉄装甲で覆った鉄胴鎧まで試してみた結果、重すぎて一歩も動けない事を自覚してみたり。そうかと思えば流石に全身鎧は無謀の極みと見ただけで諦めてくれて、ようやく買いたい鎧が決まった頃には付き合わされた店員の方もヘトヘトになってしまっていた。
「……というわけで、コレを買うわ!」
色々頑張りすぎた結果、額に油汗を浮かべて膝を疲労でカクカク言わせながらではあったが、そんなジェシカが手にしているのはハーフオーダーで仕立てて貰ったのか特別に着色までしてもらったらしき色鮮やかな軽革鎧であり、着心地と軽さと値段のバランスも素晴らしい一品だった。ちなみにサイズの微調整などは基本サービスでやって貰ったらしかった。
「……高い方の品を選んだんですね」
「お店の人がHQ品だけど可愛いのがありますよって薦めてくれたの」
地味な見た目ではあっても素材と仕立てに拘った服を見れば、ジェシカが良い所の子であることは一目瞭然であったのだろう。店員は見るからにド素人なジェシカの無茶でお馬鹿なワガママ(着れもしない重装鎧まで物は試しに試着させて欲しいなどのお願い)に笑顔で応えて見せただけでなく、抜け目なく高級品であるHQ印な品の方を売りつけていたらしい。
今日はとりあえず鎧などの身を守る道具の準備だけしておいて、明日あたりにでも迷宮の外観見学ツアーでもと考えていたので、ここで鎧を調達して着る時の手順などもレクチャーしてもらうというのは一応は予定通りなスケジュールではあったのだろうが……。
──さすが一流の人は機を逃しませんね。
こちらが冷やかしなどでなく、自分用の鎧を本気で買いに来ている事を目ざとく見抜いた上で、ジェシカに必要以上過剰以下な、ちょっと高いけど買っておいても損はなさそうといったギリギリで妥協できる所を狙って来ていたのだ。これを見事な商売人の目と腕と言わずして何と表現すればいいのか。そんな呆れた気配を見せるクロスにはさほど持ち合わせがないことを早々に見抜いていたのかロクに話しかける事すらせずに、一山幾らな通常品の中でも特別に最安値に近い軽革鎧を選んでいるのを黙ってみていたのだから。そんな買い物の結果……。
「流石は海千山千の有象無象どもを相手に日々商売してる店員よねー」
そうお行儀も悪く頬杖をつきながら、深々とタメ息をついて見せるのは勢いで少々お高いHQ印な良品を買わされてしまったらしいジェシカだった。ちなみに高い買い物をさせられたという自覚はあっても、それが完全には無駄にはならないだろう、きっと何か不慮の事態などが起きた時には何よりも自分の身を守る上で役にたってくれるだろうと期待も出来るために、変に納得もしてしまっているという意味でも、二重に敗北感を味合わされていたのだろう。
そんな絶賛へこみ中なジェシカであったが、メインの商品でこそ相手に完全に押し切られる形で高級品を買わされてしまっていたが、その後の交渉で値段を一割引きさせた挙句に品の良いフード付きの外套をサービスさせていた。
クロスからみれば良い勝負だったと思うのだが、互いに色々と思う所があったのかもしれない。そんなジェシカに付き合う形で自分用の安物の軽革鎧(こっちは通常品質な山積みになっていた量産品である)を買っていたクロスは、二人して鎧のしまい込まれた布袋を片手に大通りに面したカフェに立ち寄っていたのだが……。
「……ハァ。紅茶が染みるわねぇ……。薄っぺらくなったお財布には特に……」
些か疲労困憊気味なジェシカは半ば無意識のうちなのだろう、ミルクティにザラザラザラザラ~と尋常ならざる量の大盛りな砂糖をぶち込んでしまっており、それを見たクロスは思わず顔が引きつってしまっていた。
……あんなに大量の砂糖を入れたら、普通、味なんてしなくなると思うんですが。
しかし、そんな砂糖汁状態なミルクティーを平然と何時もと変わらない顔で飲んでいるジェシカが居て。まあ、疲れた時には甘いものが美味しいですからね……。などと自己解決に勤しむの事になるのだが、常識的に考えればかなり甘いどころの話では済まないレベルの状態のはずなのだが……。
甘くないのでしょうか……。
そう「良くあんなの飲めますね」などと奇妙な物を見るような目をしていたのがバレてしまったのだろう、お茶うけとして出されていたらしい小ぶりなクッキーをかじっていたジェシカが不機嫌そうに「なによぉ」と睨んできていた。
「どーせパパみたいに、また下らない物にお金を使って~とか言いたいんでしょ!」
そう「フンだ!」とばかりそっぽを向いた先が悪かったのかもしれない。そこにはクックックッと小さく肩を震わせて笑い声をこらえているらしい小柄なピンク色が居て。もとい、小柄な全身ピンク色をした女が居て、そんな女のとなりには無表情なままに椅子に腰掛けているメイド姿の女という、この辺りではひどく目立つ格好をしたペアのはずなのに奇妙に気配の薄い、やけに見覚えのある主從が居たりした。
「アンタ達、相変わらず面白いねぇ」
そう話しかけてくるピンク色の女は言うまでもなくミレディと名乗っていた女であり、そんな女の横では、ケティと呼ばれていたメイドがじっと視線だけを向けてきていた。
「……ミレディさん?」
そんなクロスの声に小さくうなづきながら。
「そう。ミレディさんだよ。……まあ、アンタ達とは知らない仲でもなし。一応は、お久しぶり、とでも言っておいた方がいいかねぇ」
そんな偶然に過ぎる再会にジェシカの不機嫌ゲージは一気にレッドゾーンに突入しそうになっていたのだった。