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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-16.昼行灯と黒犬


 いつものように窓口に訪れた男を待っていたのは、とある人物からの呼び出しだった。


「何やら“お話”があるとか……」


 扉をノックしてすぐに入室を許されて。扉を開けるなり、扉のすぐ横の壁に背を預けて。そんな風に話を切り出したのは、冒険者としては名の知られた一人の男だった。


「ああ、お前に個人的に頼みたい依頼があってな」


 片や部屋の入口付近の……。それこそ何時でも部屋の外に逃げ出せるだろう場所で油断なく立ったまま話をしており、片や机の上で書類に羽ペンを走らせているままに話かけている。それがあるいは、二人の距離感というものだったのかもしれない。


親父さん(ギルドマスター)から名指しで依頼とか……。ぞっとしねぇなぁ」


 そう、どんな厄介な話なのかと聞いてくるアーノルドに、親父さんと呼ばれた初老の男は僅かに苦笑を浮かべながら書類にサインする手を休めると、ゴソゴソと引き出しをあさって。そこから古ぼけたパイプを取り出すと、慣れた手つきで葉を詰めながら……。


「お前もどうだ?」


 そう「吸うかね?」と尋ねられるが、それを苦笑と供に首を横に振って断りながら。


「……依頼(はなし)詳細(なかみ)を聞いても?」


 そんな探るような言葉に頷きながら答える。


「上からの依頼を担当してもらいたい」

「上。……ウチらの上っていうと……」


 そう探るような言い方に「ああ、あそこだ」とばかりに頷きながら答える。


「じゃあ、王宮が依頼主って事で良いんですかね」

「そうなるな。……なぁに、王命クエストって言っても、内容はこれまでと大差ない。コレまでどおり、いつものように“処理”してくれ」


 そんな言葉で意味が通じたのかもしれない。ちなみに王命クエストというのは国にとっての緊急事態、あるいは住民達が避難しなければならないような非常事態に発展する可能性がある場合などに発令される特殊なクエストであり、いわゆる災害級のトラブルへの対処と協力を王の名のもとに求められるケースなどに発行される場合が大半だとされてきた。

 そう、例えば大迷宮から地上にまで魔物が溢れだしたりした時などだが、王命のクエストが発行されたということは、そういった緊急事態に該当する出来事が起きた事を意味していたのだが……。


「王命……ね? ……はて。国立公園やらバベルが封鎖されたなんて物騒な話、ここんトコ、トンと聞いてやしませんがねぇ?」


 そう分かっていながら悪足掻きでトボけてみせる男に苦笑を返しながらも、初老の男はいつもと変わらない声で答えていた。


「そんな派手な案件(やま)じゃない。だが、危険度はある意味……。それ以上、だな」


 そんな言葉でアーノルドのどこかとぼけていた表情が僅かに険しくなる。それは話の流れ、あるいは話の行き着く先が予想できたということだったのかもしれない。


「まさか……。“また”なのか?」

「ああ、その“まさか”で“また”なんだ」


 そんなやり取りを経て、なお険しい表情を浮かべたままのアーノルドに、男は平然と具体的な内容を口にしていた。それは、密かに調査を行い、事件の真相を暴くだけでなく、その事件そのものを闇から闇へと……。いわゆる真相ごと闇へと葬らなければならない、そういった類のクエストだった。すべてを表沙汰にならないように。全てが水面下で処理される事を求められる。そんな何もかもが特殊な特命系のクエスト……。その内容は、冒険者ギルドの信用に足る“腕利き”が、表立って動いている事を公表できない類の極秘の調査と事態そのものへの解決の協力といった依頼であり、そんなきな臭い依頼の内容は……。


「……よりにもよって黒色魔薬(ブラックウィドウ)かよ」


 ブラックウィドウ。それは別名で“黒い貴婦人”、あるいは“黒蜘蛛”などといった隠語で揶揄される類の系統の品であり、この国においては許可無く所持してるだけでも罰せられる程に……。下手をすると、それだけで死刑になりかねない程に罰則が厳しい、第一級の取扱規制のかけられている品の名前だった。


「お前も知っての通り、毎月魔薬(アレ)は一定量は精製されているんだが……」

「ちょっとまった。原料になる植物の在庫管理から製造施設とか、必要機材とかの規制まで、あれだけ厳しく雁字搦めに管理してるんだろ? それでもまだ流出したっていうのか?」

「残念ながらな……」


 その疑いが極めて高い。そうため息混じりに答えながら。


「……先月の事だ。帳簿上の数字に小さな齟齬(そご)がみつかった」

「そご、ねぇ」

「まあ、人のやる事だからな。なかなかミスなしとはいかんさ」


 そんな言葉の裏を探るようにして。小さく問いは返される。


「……故意の偶然な可能性は?」

「さてな。……正直、無いとは言えんのだが、連中の立場上は無いとしか言えんだろうな」

「計算道具のお陰で仕事が楽になったお陰で、その手の“ミス”は随分とやりにくくなったはずなんだがなぁ?」

「九割の全うな意味での感謝と、一割の筋違いな逆恨みといった所だな」


 クラリック商会の熱心な啓蒙活動の甲斐もあったということなのか、流行に聡く新しい物に目のない王都の商人達は言うに及ばず、最近では王宮などでも算盤(そろばん)などの便利な計算補助器具が日常的に使われてるようになってきているのだが、そんな便利な計算補助器具の普及は帳簿上の単純ミスを激減させる最大の要因にもなっており、それによって他のミスによって覆い隠されていた“異常”を暴き出す何よりの原因となっていたのかもしれない。


「これまでも単純な計算ミスなどは散見されていたが、これまでは、ずっと手で計算していたからな……。そんな数字の合計が合わない箇所があちらこちらに見つかるのも、これまでは、まあ……。さほど珍しいことではなかったんだろうがな……。だが、そういったカモフラージュが手直しとかで消されてくると、どうしても気になる箇所が見えてきちまう物らしくてな」


 長年に渡って同じような数字の動きを見続けていた者だけが、そういったミスの裏側なり周囲に漂う“匂い”に気が付けるのかもしれない。それこそ、その目を持つ人物だけが気が付くことができる違和感なり、不自然さのような物もあったのだ。


「流石は帳簿(すうじ)のプロってことか」

「何処にでも、何にでも。いわゆる一流と呼ばれる者は居るということだ。そして、積み重ねてきた経験だけは人を裏切らないものなのさ。……その場所で積み上げてきた時間の厚みと重さだけが可能にするテクニックという奴だろうな」

「まさに熟練の(わざ)って訳か」

「まあ、そういうことだな」


 今回のケースでも、やはりそういった熟練者の“目”が違和感を見つけた事から始まっていたのだろう。


「そういった場所を手がかりに、気になる部分の実態を念入りに調べてみるとだな。……どうも、色々と“おかしかった”らしい」


 どこがどうおかしかったのかはあえてこの場では口にされなかったにせよ。


「明らかに横流しが行われている。その疑惑が見つかったということか」

「ああ。細かい経緯は省くが、何らかの形で地下組織に流れた疑いが強いらしい」

「……よりにもよって、あの連中に流れたのか」

「ああ、よりにもよってだ」


 それは人知れず街の闇、あるいは夜の世界で行きている者達の世界での物語であり……。


「たしか、互いに不干渉がルールだった気がするんだがなぁ」

「王命が絡んでくるとな。そう簡単な話じゃ済まないわけさ」


 何でも屋こと冒険者と、地獄の沙汰も金次第なならず者達。似ているようで似ていない両者は互いの縄張りを仕事の性質上、必然として荒らし合ってしまう関係にあったため、そういった暗黙の了解といった約束事は当たり前のように存在しているはずだったのだが……。そう、ふうっとばかりにため息をつくとコンとパイプから灰を落として。


「連中の組織同士の抗争で使われた痕跡があったそうだ」

「なんって、馬鹿な真似を……」


 自ら不干渉のままで居られなくなる口実を与えてしまった以上、くちばしなり腕なりを突っ込まれても文句は言えないということなのかもしれない。そんな言葉に自分の同意権だとばかりに頷くと視線をまっすぐに向けて。


「魔薬は国を腐らせる。……頼めるか?」

「わかったよ……」

「……こんな面倒くさい依頼(しごと)を頼めるのは、ウチだとお前くらいだからなぁ」

「わぁってるよ……」


 そう、こんなクソ面倒臭ェ依頼を、あの無礼千万極まりないお馬鹿印な連中と交渉混じりに進めていけるようなのは、このギルドだと俺だけだろーしなぁと、諦めのため息混じりに答えながらも、やはり口からは愚痴が零れ落ちてしまうものなのかもしれない。


「だいたい、Cランクのボンクラなロートルに、こんな面倒なの回すなっての……」

「元Aランクの規格外生物が何を言っとるか」


 そんな愚痴を鼻で笑われたアーノルドは同じように苦笑を浮かべて見せながら。


「あんな痩せぎすな能面女に半殺しの目にあわされた上で土下座までさせられたようなボンクラがAランクな訳ないだろ。常識的に考えて……」

「アレは……まあ、仕方なかったんじゃないかと思うがのぉ」


 若気の至りと言ってしまえばそれまでなのかもしれないのだが、何処の世界にも一流と呼ばれる連中が居るのと同じようにして、時々……。それこそ、奇跡的な確率で、この世の中には神が何かを大きく間違っていたり、勘違いしたりして生み出されたような、あらゆる意味で規格外な化物(モンスター)、あるいは枠の外にハミ出した場所に在る怪物(ケダモノ)とでも呼ぶべき生き物達が存在している事だってあるのだ。特に、この大陸においては王都から西の方角に向かって、色々とおかしな生き物が点在しているらしい……。そんな事を幸か不幸か学ぶチャンスに恵まれてしまった事があったらしい、いわゆるお察し下さいな過去を抱えた男二人組は、どちらからともなく深くため息を吐いて。


 ──規格外な野獣(ケダモノ)を相手する時の鉄則は、気付かせない、近づかせない、手を出させない、さっさと逃げる、だったか。


 故郷の漁師たちは自分の手に負えない怪物(いきもの)と遭遇した時の対処法を、まず最初に叩きこまれるのだとか。


 ──まあ、良い。所詮は過ぎ去りし日(むかし)の出来事、過去の栄光ってヤツだ。


 そう何かを振り切るようにして頷くと、何かを思いついたかのように表情を変えて。


「ああ、そうそう。サポートに一人付けさせて貰うからな?」


 それは自分の仕事の補助要員としてヘルプを頼むから報酬は二人分頼むという意味であり、仕事の趣旨や依頼の内容も全部ではないにせよ一部は教えるからな、といった意味を含む言葉でもあり、出来るだけ情報を拡散させたくない男にしてみれば余り良い顔は出来なかったのだろうが……。


「街中で所持者を探すのに鼻の効くヤツに心当たりがあるんだが……。それすら許可出来ないってのなら犬を使うから言ってくれ」


 仕事そのものを極秘としたい以上、あからさまに“何か”の匂いを探らせているのが傍目にも明らかになりそうなのは色々とあからさま臭くてかえって都合が悪かったからなのだろう。アーノルドの頼みを聞いた男はヤレヤレと小さく笑ってうなづいていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 さて。そんな事があった翌日の事。

 例によってどこか元気のない様子でギルドに薬草を収めに来たクロウを捕まえたアーノルドは、問答無用に打ち合わせ室に連れ込むと、そこで小さな布袋に収められた黒い葉っぱのような物を差し出しながら……。


「お前、確かかなり鼻が良かったよな?」


 それこそ道行く人の中から特定の匂いをさせている人を嗅ぎ分ける事が出来るくらいには。あるいは意識して試せば草むらの中に生えている薬草の匂いを嗅ぎ分けてしまう事が出来るくらいには鼻が良かった。


「まあ……。っていうかアーちゃん知ってるでしょ。僕が鼻良いのって」


 そう何を今更と言いたげなクロウに一応の確認、念押しみたいな物だと前置きしながら。


「じゃあ、コイツの匂いさせてるヤツを探せるか?」

「それくらいなら多分出来ると思うけど……。でも、探すって、どういうこと?」

「そのまんまだよ。街の中で道行く人とか、すれ違う人の中から、特定の匂いをさせてるヤツを探して欲しいんだ」


 手がかりが“匂い”しかないんでな。そうイマイチ意味の分からない頼みをされたクロウは首を傾げながらも差し出された布袋をクンクンと匂って目的の匂いを確かめようとしていたのだが……。


「!?」


 その強烈な匂いに気がついた瞬間、その場でむせ返るようにしてのけ反ると次の瞬間にはゲホゲホと激しく咳き込み始めていた。


「おいおい、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない~。なにこれ~。すっごく臭い~……。っていうか鼻の奥が痛いよ!」


 それを聞いたアーノルドは「ふむ」と、少しだけ考える素振りを見せながら。


「……ああ。そういや、かなり強い匂いがするんだったか」


 そう「悪い、悪い。忘れてた」と謝るが、謝られた方は鼻をおさえながら涙目になってしまっていた。恐らくは臭すぎて涙が溢れてしまったのだろう。


「まあ、これくらい強烈な匂いなんで、これを上手いこと探して欲しいんだが……。構わないか?」


 ちゃんと報酬は出すぜ? そう言われたことで少しだけ悩んで見せながら。


「わかったよ」


 そう目に浮かんだ涙を指で拭いながら、頷いて見せたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ……それが今から数週間前の出来事である。

 その間にクロウはアーノルドにあっちこっちに引っ張り回されていたし、西区での匂い探しの最中におかしな格好をしたクロスが血を吐くシーンに立ち会ったこともあった。


 ──いやぁ、あの時はびっくりしたなぁ……。


 未だにあの時に自分が感じていたのだろう、底なしの恐怖心は心の片隅に記憶されてしまっていたのだが……。それは、あまりに鮮烈すぎる記憶であるせいで忘れないというのもあったのだろうが、何よりも大事に思っている人が失われてしまうという恐怖が大きかったのかもしれない。


「どうだ? 何か臭うか?」


 そんな思考を明後日の方に飛ばしけていたら、横をつまらなそうな顔で一歩遅れる形で歩いていたアーノルドに声をかけられていた。……どうやら少しだけボーとしていたのを勘付かれてしまっていたらしい。流石は元上級冒険者、抜け目がない。


「特には……」

「そうか」

「……ねえ、アーちゃん?」

「なんだ?」

「あの変な匂いがする黒い葉っぱって、何なの?」


 アーノルドは、クロウに最低限の事すら教えずに協力させていたらしい。


「魔薬って言ってな……。いわゆる御禁制な薬ってヤツだ。許可されてないヤツは、持ってるだけで捕まるって類の。……まあ、そういう許可無く持ってるヤツをとっ捕まえろって仕事なんで、こうして匂いを探してもらってる訳なんだけどな」


 おそらくは魔薬というものがどういった物なのかもよく分っていなかったのだろう。そんな答えにフーンといつものように返しながら、疑問を流してしまう。……それは本能的に嫌な話になるのだろう詳細を聞かされるのを嫌ったというのもあったのかもしれないのだが、何よりも別な方向に意識が引っ張られたのが大きかったのかもしれない。


「……居た」


 そんなつぶやきを漏らしたクロウの視線の先には、一人の女の姿があったのだった。



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