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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
35/114

3-13.果物市の主從


 果物の(いち)が立っているらしい。

 そんな話を聞いたのは甘味所を出る時の事だった。二人が席を立つと同時に店主がおもむろに店じまいの準備を始めたために、なぜ、まだ日が高いのに店を閉めるのかと聞いたら、そういった返事があったのだ。


「今日のお昼から、広場で果物の市が立つ、ねぇ……」


 日頃、普通に市場で野菜などに混じって果物が売られている姿がどうしてもイメージとして焼き付いてしまっているため、果物だけを扱っているらしい市というのがどうしても想像出来なかったのかもしれない。


「それってどういう市場なんでしょうか」

「わかんない。……でも、さっきのお店の人が言うのには、シロップ漬けの瓶詰めとかジャムとか、そういった甘味処向けな品が色々売ってるらしいけど……」


 確かに興味が沸く市ではあったのかもしれない。甘い物が大好きな上に、お菓子作りが趣味という女の子にとっては……。


「とりあえず行ってみましょ」


 せっかくだから行ってみようか。その程度の理由で、二人は広場でやっているらしい果物の市場に向かったのだが、そこは予想以上に普通とは違った市場だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 普通、果物市と聞けば果物が並べて売られていると想像するだろうが、その市には一応は果物も売られてはいるのだが、その比率はかなり少なめであり、それ以外には果物を干して作ったらしい干物のようになった果実に砂糖の粉末をまぶしてあるような干し菓子や、果物をペースト状に煮詰めたジャムといった品を瓶詰めにして原料になった果物と並べてセットで売っていたりと、なかなか他ではお目にかかれない品ばかりが売られていた。特に果物は色どりも豊かで目にも楽しい色彩の爆発具合であったし、何よりも熟れた果物から発せられれる甘い臭いがそこら中から漂っていて、ただ歩いているだけでもヨダレが溢れてきそうになるといった具合であり、甘いものや果物が好きな者にとってはたまらない素敵空間になっていた。


「凄いわねぇ……」


 むせ返るほどの甘い匂いというのは、ある意味、圧巻の一言でもあったのだろう。広場の思い思いの場所に広げられている露店に並べられている果物やお菓子やジャム。そういった品を使ったお菓子を売っている屋台まであって、さきほど甘いものを食べてきたばかりなのに、早くも口の中の湿り気が増してきている二人である。特にジェシカなどは甘いものが大好きなせいもあってか、眼の色が色々とやばかった。


「……ほんっと……。目移りしちゃうわねぇ」


 さてさて、どれを買っちゃおうかしらね。アレも食べてみたいし、コレも良いわねぇ。ああ、ソレも食べてみたいし、そっちにあるのも気になるぅ……。そんな目をぐるぐるさせているジェシカを興奮させているのは、こんな素晴らしぃ市が数日間限定で開かれているという点であったのだろう。


「せっかくだし、毎週やってくれれば良いのにぃ」

「……まあ、こういう市もアリかなって気はしますね」


 普通に買い物をすることを考えたら、色々足りないものが多すぎる市ではあったが、それでも市そのものの特化具合が素晴らしいの一言であり、好きな者や甘味処関係者にとっては新しいメニューのインスピレーションが沸き立つような空間でもあったのかもしれない。

 あちらこちらで日毎なかなかにお目にかかれない果物であったり、日毎手を出さないような珍しい果物に至るまで、実物を買ってみたり、売ってる商人にどういった料理に使われているのか、どういった食べ方をすると美味しいのか、これを使ったお菓子などは存在しているのか等、店主たちは情報収集に余念がないようだった。


 ──アレは何だろう……。


 そんな色どりも豊かな甘味空間であったからこそ、その一角……。一番目立つ場所を独占するかのようにして陣取っている銀色のブース……。金属製の太陽の光を反射している謎な空間が気になっていたのかもしれない。


「なに、あれ」

「さあ。なんでしょうか……」


 あの銀色の鈍い光沢からして、おそらくは金属なのだろうが、金属製の円柱形の缶を壁のように縦に積んで山積みにしている事に何か意味はあるのだろうか。そして、あの銀色の小さな金属缶で壁を作っている謎空間の前にテーブルが置かれていて、そこに陣取って優雅にお茶を飲んでいるピンク色をした小柄な人物は果たして何者なのか……。


「……ちょっと良い?」


 恐れを知らない上に物怖じしない性格というものは往々にして先頭に立って突き進む事を選びがちなのかもしれない。ジェシカは興味をひかれたモノを『怪しいから』という単純で分かりやすい上にひどく下らないと感じている理由で、そのままスルーするという賢い選択を出来なかったのだ。


「なんだい?」


 ろくに視線すらも合わせずに、テーブルの上に置かれたクッキーを指でつまんでポリポリとやりながら、のんびりと紅茶を口に運びながら。そんな無礼極まりない小柄な女……。それこそ(男のくせして)ジェシカよりも小柄なクロスよりも、更に握り拳一つ分くらいは余裕で小柄な、それこそ子供にしか見えないだろう体型に加えて色々とフラットな(とある部分のぺったんこ具合だけはジェシカといい勝負な)人物であったが、そんな女は口元に不敵な笑みを浮かべたまま、平然と答えていた。


「貴女、商人なの?」

「そうでもあると言えるし、そうでもないとも言えるね」


 その言葉の意味は「どっちだと思う?」であろうか。少なくともジェシカにとっては試されていると感じる挑発的な返しであったのだろう。


「市に商品並べてる以上、何か売りに来たんじゃないの?」

「一応は、そうなるのかねぇ……」


 チラリと視線を転じる先には、こちらに背を向けたままコトッ、コトッと小さな音を立てながら銀色の壁を作り続けている一人のメイド姿の女が居て、肩から下げたバックから小さな銀色の円筒形の金属柱を取り出しては黙々と縦に積み木のように並べているようだった。


「ケティ」

「はい」


 呼ばれたメイドは背後に振り返ると音も立てずにスススっと歩み寄ってくる。そんなメイドの膝の上あたりまであるフレアスカートがほとんど揺れていない事を考えてもスリ足と言うにはあまりに不自然に感じる動きだった。


「お客様、第一号らしい」

「そうですか」


 少なくとも邪険にはされていない。……そのはずだ。多分、そうなんじゃないかな。……も、もしかするとどっか行けと言われてるのかもしれない。その程度は覚悟しとくべきか?

 そんな変な気持ちすら湧いてきそうになるほどに、これっぽっちも喜んでる風に見えない冷たく無機質で無表情なポーカーフェイスを浮かべている銀髪の能面女なメイドであったが、そんな可愛げなどあるはずもない鉄面皮っぷりなメイドの態度と表情に二人揃って引いているのを感じたのだろう。ピンク色の女(服から靴からつば広帽子に至るまで殆ど全てがピンク色なのだ)は苦笑を浮かべながらため息をついて見せていた。


「……それだけなのかい?」

「それだけとは?」

「せめてお客に挨拶くらいは出来ないのかって聞いてんだよ、この能面女」

「……そうでした。ようこそ、お客様」


 人形がしゃべるとこんな風に見えるのだろうか。そう感じるほどにケティと呼ばれたメイドは人間らしさを感じない無機質で不自然なやりとりであり、無表情っぷりだった。


「……随分と従業員の教育が行き届いてるのね」


 腰に手を当てながら、そう皮肉たっぷりに苦笑を浮かべて感想を口にするジェシカにピンクの女も「面目次第もないね」と苦笑を浮かべていたのだが。


「……はぁ。なんだか今更って感じはするけど、名前くらい聞かせて貰えるのかしら?」

「とりあえずはミレディとでも呼んでおくれ。他の連中もみんなこの名前で呼んでるからさ。……それで、こっちの能面女はケティ。一応は私の専属メイド……。護衛兼お目付け役兼雑用係って所かねぇ」


 そう正式に紹介したことでようやく背後に立つメイドの視線が二人に向けられる。その何の感情の色も浮かんでいない人形のような冷たい瞳に思わず寒気を感じる二人である。


「ほら。変な顔してないで、自己紹介くらいおし」

「……ミレディのメイド、ケティです。以降、お見知りおきを」


 何度も何度も飽きるほどに繰り返し口にさせて、夢に見るほどに同じ動作を繰り返させてきたのだろう。その流れるような動作でスカートの縁を持ち上げながら礼をしてみせる動作は不自然に感じるほどに自然なものであり、それ以外の動作がやたらと不自然なだけに、自然であることに逆に違和感を感じてしまっていた。


「……何というか、色々聞きたい事がありすぎてどれから聞こうか迷っちゃうわね」


 そんな頭痛を感じているらしいジェシカの前で、ケティは肩から下げたバックからポットを取り出して、ツイッと指でテーブル上でスライドさせられた白いティーカップに並々と湯気の漂う紅茶を注いで見せていて。


「ミレディ、クッキーのおかわりは?」

「いらないよ。……アンタ、名前は?」


 そう唐突に名を聞かれたジェシカは僅かに考える素振りを見せて答えていた。


「ジェシカよ。連れの子はクロス」

「いい名前ね」

「ありがとう」


 ニッコリと笑みを浮かべるミレディに、同じようにニコリと笑い返すジェシカ。そんなジェシカの前に紅茶のカップがソーサーとセットで差し出されていた。差し出した主は言うまでもなくケティであり……。


「紅茶は?」

「頂くわ。……座っても?」

「どうぞ。もっとも、椅子は一脚しか余ってないけどね」


 まあ、うちのメイドも立ったままなんだ。お前の連れの亜人も立たせときな。そう言いたげな口調からは亜人に対する明確な差別意識が感じられて。おもわず席を立ちそうになったジェシカの肩を僅かに早くクロスが片手で押さえて激昂するのを抑えていた。


「……それで、私に何を聞きたいんだい?」


 ひどく面白そうに。行儀悪くテーブルに肘を突いて頬杖をつきながら。ミレディはジェシカに話しかけてきて。


「貴女、何者なの?」

「何者、と来たか。……フゥム。簡単なようでいてなかなかに難しい、実に悩ましい質問だね。実に……。いやはや、なんとも憎らしい、素晴らしい質問の仕方だ」


 さて、どう答えるか。そう楽しそうに考えている素振りを見せながら。ミレディは腕を組んで悩んでいたのだが。


「ん~……。今日の私は、一応は行商人ってことになるのかねぇ」


 今日の所は。そんな曖昧で示唆に富んだ言葉と自分の本名を隠している様子からして、何かしら事情のありそうな人物であり主從であるのだろうと推測して。


「本名は明かせないってことでいいのよね?」

「いや~……。それがねぇ……」


 聞くも涙、語るも涙な物語ならぬ、のっぴきならない事情ってヤツがあってねぇ。そう回りくどく前置きして見せながら。


「実は、いつも自分のことをミレディって呼ばせてたらね。……本名の方、すっかり忘れちまったんだよ。やれやれ参っちまったねぇ」


 そうやたらと勿体ぶった上にようやく口にされた適当過ぎる言い訳にコケにされたとでも感じたのだろうか。上等じゃない、とばかりに怖い笑みを返しながら、ジェシカは視線をミレディの背後に影のように立っている銀髪のメイドに向けていた。


「そっちの女、ケティとか言ったっけ? 彼女の方は本名なの?」

「本名も何も、それが私のつけてやった名前だからねぇ」


 自分の所有物(ペット)につけた名前は流石に忘れないさ。そう平然と口にするミレディの言葉でようやく何かに気がついたのか……。


「その尖った耳にやたらと白い肌の色って……。もしかして……」

「お察しの通り、魔人ってヤツさ。そっちの黒いヤツと違って、見た目がそれっぽくないのが良いだろぉ? 私も、コイツの見た目が気に入っててね」


 やたらと無愛想で可愛げがないのは玉にキズだが、見ての通りなかなか美人顔だし、スタイルの方は超がつくほどに一流。背も男並みに高いから、多少高いところにある物を取らせるのにもなかなか便利ときたもんだ、とばかりに気に入ってるポイントを羅列して。


「コイツを手に入れるのにはなかなか苦労をさせられたんだけどね。でも、苦労した甲斐はあったよ。我ながら、なかなか良い買い物をしたと思ってるんだけどねぇ」


 そういかにも自分の見る目があったと言いたげに口にしたミレディの言葉に耐えられなくなったのか、ジェシカは顔を真っ赤にしながら立ち上がって。


「アンタ、私に喧嘩売ってるの!?」

「ハァ?」


 おもわずミレディに食ってかかってしまうジェシカであったが、そんなジェシカに戸惑ったような声をかえしたのはミレディである。


「……ケティ。何をどうやったら今のやりとりで、このお嬢ちゃんに喧嘩を売ってる事になるんだい?」

「ミレディの言葉は基本的にいつも傲慢ですので、普通の人が不用意に耳にしていると不愉快な気持ちになってしまうのだと思います」

「ああ、ああ、そうかい、そうかい。そりゃー悪ぅござんしたね。……つーか、今日も相変わらず可愛くない奴だよ、まったく」

「ありがとうございます」

「ほめちゃいないよ!」

「そうですか」


 そんな主從とは思えないような憎まれ口の応酬を終えて。


「……ただし、今のやりとりに関しては、そちらのお嬢さんの勘違いだと思います」


 表情同様にフラット過ぎる感情の感じられない平坦な声で、そう答えるケティにミレディもウンウンとばかりに頷いていた。


「何を勘違いしたのか知らないが、コイツは奴隷とかじゃないよ? ……ほら、ケティ。首のとこ見せてやりな」


 そうミレディから指示されたケティは、襟元のリポンをゆるめて鎖骨から上を露出させて見せるが、そこには奴隷の証である首輪ははまってなかった。


「奴隷じゃないのは分かった。それに関しては私の失礼過ぎる勘違いだったから謝るわ」

「そうかい」

「……でも、こんな周囲の目がある場所で服をはだけさせるなんて」


 だいたい、奴隷じゃないなら何故、そんな無茶な命令を聞くのか。そんな問いに主從は互いに視線を交わして。


「一言では説明は難しいねぇ。……ただ、私が命令すればケティは大抵のことには大人しく従うと思うよ。一応は、そういう“契約(やくそく)”になってるからね」


 ほら、これが証拠だと言いながら。


「ケティ。三回回ってワンと鳴きな」

「はい、ミレディ」


 そんな二人のやり取りに我慢出来ないといった風に肩を怒らせて。


「アンタ達、頭おかしいんじゃないの!?」


 そうドスドスと足音も荒く去っていくジェシカに「あらあら、怒らせちまったねぇ」とばかりに苦笑を浮かべながら、その背後でペコペコと頭を下げながら去っていこうとしていたクロスにテーブルの上にも数個重ねて置いてあった銀色の金属缶を一つ掴むと投げ渡しながら。


「お近づきの印ってヤツにくれてやる。……そいつの正体が分ったなら商人ギルドにでも行って、ミレディ宛にって手紙を出しな」


 その言葉の意味は分からないかもしれないが、渡された銀の缶に何かしら意味があるというのは理解できたのか。クロスは大人しくうなづくと手に持ったまま前を行くジェシカを追いかけていったのだった。



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