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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-8.思い出の味


 お昼を食べそこねた二人は何となくといった風に大通りの方に戻っていたのだが、大きな失敗をした後には大抵の人が最も慣れた方法で、かつ外れの少ない安全策……。いわゆる安牌を選択しがちなのは古今東西共通の傾向であったのだろう。

 特に、期せずして手痛い失敗をしてしまったジェシカにとっては次の選択については絶対にミスを出来ない……。前のような酷い結果にだけは。クロスが種族を原因に入店を断られるという最悪の結末だけは何が何でも回避したかったのだ。

 だからこそ、子供の頃から慣れ親しんだ、ここなら絶対に拒否されることはないという安全な選択肢を選ばざるを得なかったのかもしれない。


「そうだ!」


 そう些かあざといくらいにわざとらしく、いかにも今思いつきましたといったポーズでもって手をペチンと打ち鳴らして。


「……どうしました?」

「良いこと思いついたのよ。っていうか、実は前からやってみたかった事があったの! それを思い出したのよ!」


 そう宣言してクロスを引っ張って向かっていったのは……。


「ここは、屋台通りという奴ですか」


 そこは様々な露店が数多く立ち並んでいる大通りの一つであり、これくらいの規模の街にはあちこちに点在しているお店を持たない個人規模の行商人や料理店などが商品を売っている屋台や露店が立ち並ぶにぎやかな通りだった。


「前にも、こういった場所で売ってる串焼きとか揚げ物とか果物とか、そういった品を食べたことはあったんだけどね……。でも、こういう場所で買い食いしたりするのって、パパは良い顔しなかったし、滅多に買わせてもらえなかったし。……買って貰えても、せいぜい一品だけだったなぁ……」


 あの頃はまだパパもそんなにお金持ちじゃなかったしね。そう小さく付け加えながら。


「だから、いつか、こういったお店で売ってる食べ物をお腹いっぱい食べてみたいって、ずっと思ってたの!」


 良い機会だから、あの時の誓いを果たすわ。貴女も、たまにはこういうのも良いでしょ。そう楽しそうにニッコリ笑って口にするジェシカに、クロスも思わず小さく笑みを浮かべて答えていた。


「むしろ大歓迎ですよ。私はこういった場所でご飯を買う事の方が慣れていますから」

「そうだったんだ」

「はい」


 もともと食が極端に細いクロスにとっては、屋台で売ってる軽食程度であっても、あるいは十分な量だったのかもしれない。


「それに、さっきのような立派過ぎるお店では……。きっと何を食べても味がしなかっただろうと思います」


 貧乏が身に染みている証かもしれませんね。そう薄く笑ってみせたクロスに、少しだけ表情を歪めたジェシカであったが、その表情の歪みはすぐに消えてしまっていた。


「ん? なに?」

「……いえ。なんでもありません」


 ──今のは……。気のせい、などではなかったと思いますが……。


 果たして自分の“何が”相手を傷つけてしまったのだろう。そのほんの僅かな感情の発露、漏れだした一滴にも満たないだろう悲しみの臭いを、それでもクロスの尖すぎる嗅覚は感じ取ってしまっていたのだろう。……我ながら面倒くさい性質の感性ではあったと思ったが、それでもジェシカを傷つけてしまったことだけは間違いなかった訳で……。


「あの……」

「なに?」

「もしよかったら、奢らせて下さい」

「え? いいの?」


 その「良いの?」という問いには、額面通りの意味と別の意味も込められていたのかもしれない。知り合ってまだ間もないが二人だったが、見た目からしてクロスは色々と困窮していそうな感じだったし、この仕事にもすがるようにして頼み込んでいたと使用人から噂程度には聞かされていた。そういった明日の食費にも困るようないわゆる“食い詰め者”に近い経済状態ではないのかと色々と察していたのかもしれない。


「……まあ、お察し通り余り持ち合わせはないので毎回は流石に困ってしまいますが、今日のお昼の分くらいなら平気です」


 前回の仕事の時に、こっそりクランクから銀貨二枚を追加報酬(おだちん)として渡されていたお陰で若干懐に余裕が出てきていたし、正直、その程度の事で先ほど損ねてしまったかもしれない機嫌を直してくれるのならば安いものとも考えていた。


「前においしいケーキと紅茶をご馳走になった時のお返しです」


 あの時も正直、周囲の『なんで冒険者(あんなの)なんかがこんな所に居るの?』といった視線がチラチラ向けられていたせいもあって、ちょっと居心地が悪かったので、味がろくに分かってはいなかったのだが……。


「こういうワイルドなのもたまにはいいわねー」


 素材の癖の強さや味の安っぽさを誤魔化すためなのか、肉をタレにしっかりと漬け込んで串に刺して焼いた料理や、硬いパンの間に焼いた肉を薄く切って新鮮な野菜と一緒に挟んだ料理とか、イモやカボチャといった甘みのある野菜を揚げた熱々の揚げ物、果物の果汁を冷たい水で薄めたジュースなど、アレも食べたいコレも食べたいとばかりに適当にチョイスして二人が向かった先は、ちょっとした広さのある公園のベンチだった。


「ん~。出来立て熱々でおいしー」


 そう口の周りをタレと肉汁でべったりと汚したジェシカはえらくご満悦で。その横で揚げたてのせいで熱々なイモの揚げ物を指でつまみながらフーフーと冷まして口に運んでいるクロスもしみじみとうなづいて見せていた。


「やはり、私には、こういった庶民の味の方が向いているようです」

「私もどっちかっていうと、こういった味付けのほうが好きかなー」


 そんな二人の食べている品を見れば、味付けの好みや傾向というものは割りとはっきりと見て取れたのかもしれない。

 クロスの選んだメニューはイモの揚げ物や小魚の揚げ物、パンに蒸した鶏肉を野菜と一緒に挟んだ物など、比較的薄味なものばかりで、良く言えば素材の味を生かしたメニューばかりと言える内容であり、意地悪な見方をすれば味付けの薄い分、比較的安目な品ばかりを上手いことチョイスしているとも言えたのかもしれない。

 そんな薄味で淡白な料理中心なクロスとは対照的なのがジェシカのチョイスであり、比較的に味付けの濃い物や野味溢れるワイルドな味付けの品なども含まれていて、値段も相応ながらタレやソース、香辛料などでかなり濃い目の味付けをされた品ばかりを選んでいた。

 そんな好みの偏りによって二人が選んだ品は必然として殆どが重なることはなく……。


「あっ。それ、美味しそう」

「美味しいですよ。良かったら食べてみますか?」

「うん。一個ちょうだい」

「いいですよ。どうぞ」

「ん。ありがと。……ん~。熱々ほくほくー」


 たまに横のクロスが食べている品をつまみ食いしながら、黙々と自分の品をやっつけていくジェシカはまさに狙い通りだったのか、えらくご満悦な様子だった。

 そんな平和な昼下がりの二人の周囲では、無数の人々が同じように通りの屋台で買ったのであろう色々な食べ物を公園の中に持ち込んでは、思い思いの場所に腰掛けて食べているようで、この辺りでは二人がベンチに座り込んで屋台で買った品をパクついていようとも、それをとやかく言うような野暮な者は居なかったのだろう。


「……こんなに楽しいご飯、久しぶりかも!」

「そうなんですか?」

「うん。いつもはもうちょっと堅苦しいっていうか、色々気をつけないといけないから……」


 食事のマナーとか姿勢とか色々とうるさいのよ。そうハァとばかりにため息をついて見せるジェシカに思わずクロスも苦笑を浮かべて見せていた。


「こんな食べ方、パパが見たらどう言うかな?」

「そんなだらしのない食べ方はやめなさいって怒られるかもしれませんね」

「怒られるかもしれない、じゃないわ。怒るのよ」


 間違いなく「だらしない」だの「みっともない」だの「いじきたない」だのと言い出して怒り出すのだと。そうジェシカは苦笑交じりに自分の父親の真似して見せていた。


「クランクさんは教育熱心なんですね」

「……そうなんでしょうね」


 色々と厳しそうではあったが、愛情はこもっているのだろう。そんな接し方のように思えるクロスである。


「……でも、時々、堅苦しく感じちゃって」


 息苦しいっていうか。もっと自由にさせて欲しいというか。楽ちんなやり方で振る舞ってみたいって感じる時もある。そうポツリと口にされた言葉にはやけに重かった。


「昔のほうが良かったですか?」


 もっと貧乏で、マナーなんて下らないものに拘るれる余裕もなく、当然のように今のような財力もなく、未来なんて夢見ていられる身分でもなく……。ただ必死に、今日のために、毎日必死に働いていた。そんな父親の背中を見ていただけの日々に戻りたいのだろうか……?

 そんな自分への問いにジェシカは小さく吹き出して答えていた。


「貧乏は嫌よ」

「そうですね」


 余裕がなかった頃には何も言われなかったのではない。そんな細事に構っていられる余裕なんて何処にもなかっただけなのだ。そう考えれば、今はそういったマナーや作法といった部分にまで拘れる程度には余裕が出来てきたという意味であり、自分としては歓迎すべき状態のはずだった。何よりも……。


「一人で食べる食事はもうこりごり。やっぱりご飯はみんなで楽しく食べないとね」


 信じられないかもしれないけど。そう前置きして。


「うちのお店、夜のご飯はパパと二人で食べることが多いけど、しょっちゅう使用人の人達とかも混ざって一緒に食べたりするし、お昼は大抵、みんなで一緒に食べてるのよ」


 だからみんな仲が良いの。……まあ、昔からのウチのお店の伝統(しきたり)みたいなものらしいんだけどね。そう自分の家の自慢を嬉しそうに微笑みながら口にするジェシカは間違いなく幸せそうで。だからこそ、より理想的な環境を求めてしまうのかもしれない。


「飽くなき慾望~なんてよく教会の人は説法の時言ってるけど、無くなったものが戻ってきてほしいなって思うのは果たして欲なのかしら……?」


 裕福になるということは、時として失うものが伴う場合もある。それは未だクロスには分からない感覚ではあったが。


「どうなんでしょうか。でも、それを取り戻せたとしても、それで本当に完全に満足となるんでしょうか」


 それは今の状況では満足できなくなって、より高いレベルを求めてしまうのではないかという指摘であり、それを望まずに居られるかという問いでもあったのだろう。


「……そうなのよね。きっと、そうなったらなったらで、もっともっと~ってなるんでしょうからねぇ。……まあ、贅沢言ってるのは百も承知なんだけど」


 そう自分のワガママが贅沢な要求だという事は分かっていても。それでも求めてしまうものもあるのかもしれない。


「まあ、あの頃はよかったーとか思うのは、大抵の場合には単に思い出を美化してるだけで、ほとんどの場合には、その頃に戻されたらこんなのヤダってなるらしいんだけどね」


 そう言いながら手にしていた肉を挟んだパンの残りを口に放り込んで。腰のポーチをごそごそ探っていたかと思うと、黒っぽい何かをとりだして。そのままポイッとばかりに口に放り込んで、コップの中のジュースでゴクゴクと流し込んでしまっていた。


「……ふぅ。ま、全部、私の先生の受け売りなんだけどね」


 本当は『カビの生えた過去なんて本当はロクなものじゃないんだから、さっさと忘れてしまえ』って言われたんだけど。そんな言葉にクロスは思わず苦笑してしまっていた。


「さてっと……。ご飯食べたら、ちょっとそこらへんを散歩でもしましょ」

「露店も沢山ありますから、そういったものを見て回るのも楽しいかも知れませんね」

「うんうん。しっかり歩きましょ」


 ちょっと食べ過ぎちゃったから、運動しないとおやつが入らないわ……。そう、ため息混じりにぼやくジェシカにクロスも苦笑を浮かべていた。


「そんなに美味しかったんですか?」

「どうかしら。私の場合には、美味しかったかどうかよりも、楽しかったかどうかなんじゃないかな……。多分だけど。……それに……」


 少しだけ頬を赤くしながら。


「夢、だったから」

「ゆめ?」

「さっきも言ったじゃない。こういうお店で売ってる食べ物をお腹いっぱい食べたいなって。子供の頃から、ずっと思ってたって……」

「……それなら、夢がかなってよかったじゃないですか」


 そうクロスは良かれと思って口にしたのだが。


「そうね」


 そう答えるジェシカの顔にはなぜか笑みはなく。


 ──またやってしまった。


 そう自分の失敗を悟ることだけは出来ていた。


「まあ、いいわ。気分を変えて適当に歩いたら、今度はカフェでアップルパイを食べるのよ」

「もう行くお店まで決めてたんですね」

「うん。そこで口直しよ」


 ああ、なるほど。そう納得したような気分だった。


「……予想していたほどの味じゃなかったって訳ですね」

「どうかしらね。……多分、私の舌が肥えただけなんだと思うけど。子供の頃はすっごく美味しかったんだけどね。……先生の言うとおりだったわね。思い出の補正がかかった過去なんて大抵の場合にはロクなものじゃないわ」


 だから、私達は今味わえる甘い味の方を楽しみましょ。そう言って笑うジェシカにクロスも僅かに笑みを返したのだった。



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