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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-7.願いを胸に


 指名を受けた依頼を受けているお陰というべきなのかもしれない。

 その日の依頼は、事前に事務手続きを済ませておけたし、何よりも仕事が入ることが事前に分かっていた事もあって、エルクに今日は指名の仕事を受けているという話をあらかじめ通しておけたお陰も大きかったのだろう。いつもよりかなり早い時間に教会を出られてからすぐにクランク商会に向かった事もあって、クロスは昼前の時間帯には到着の旨を告げることが出来ていた。


 ──しかし、毎回この格好に着替えないといけないというのは……。


 女装を余儀なくされているせいもあってか、流石にこの格好で顔見知りばかりな教会付近やギルド付近をウロウロ出来るような精神的な余裕や度胸などあるはずもなく、頭からすっぽりと頭部を覆い隠せるローブは欠かせない状態になっていた。もっとも……。


「そんな胡散臭い格好やめて、さっさと脱いじゃいなさいよ!」


 ジェシカに見つかるとあっという間にローブを剥ぎとられてしまうのだが。そんなクロスのせめてもの救いというか心の拠り所は、今のローブなしな格好でウロウロするのが主に顔見知りの殆どいないであろう巨大な街の反対側、クロスロードの西区エリアの商人街を中心としていて、その外に出ないようにとクランクからも釘を刺してもらっているという点だった。


 ──自分としても、出来るだけ西区からは出たくないですね……。


 東区に近づくほどに顔見知りに出会う確率が高くなるのだから、そう考えても仕方のない状態ではあったのだろうが。


「まあ、顔を隠したくなる気持ちは分からないでもないんだけどねー」


 ジェシカにしてみれば、クロスが東区で執拗に顔を隠したがる……。ローブを羽織った上に目の下あたりまで布で覆う不審者丸出しな格好で現れているのだから、そう思われても当たり前でしかないのだろうが、それは、きっと『頭の悪い荒くれ者ばかりな上に、下品でスケベェで粗暴で。口が悪くて、手も早くて、その上自分の思ったとおりにならないとすぐに力尽くで事に及ぼうとする獣のような連中ばかり』という、あまりよろしくないだろう固定観念という名の先入観を抱いているらしいジェシカが、クロスがそんな“冒険者(やじゅう)”どもから身を守るための自衛手段の一つとでも思われていたのであろうが。

 ……まあ、そういった誤解はクロスにとっては色々と便利だったので、あえて訂正もする気も最初からなかったのだが。


「でも、うちに来たときくらいは顔隠さないでほしいな」


 主に表情が分からなくなるからという分かりやすい理由で。そんなジェシカの“お願い”もあって、クロスはクランク商会での仕事中には出来るだけ顔を隠さない。あと、出来るだけ表情も隠さないようにすると約束させられていた。


「……今日はどうしますか?」

「前は適当に店を見て回ったのよね」

「確かそうでしたね」

「じゃあ、今回はちゃんと目的を決めて動きましょう?」


 実はもう決めてあるのだ、と。そうにんまり笑いながら口にする。


「今日は甘い物を食べるのよ!」


 そうドーンとばかりに薄っぺらい胸を張って宣言する。もっとも、そこは女の子。食べた分は動かなきゃ駄目だ(太るから)とでも考えていたのかもしれない。今日は前以上にあちこち見て回るつもりだったのか、前のようないかにもお嬢様といった洒落た格好ではなく、クロスから見ても今日の服装はわりに普通っぽい地味な感じに見えていたし、何よりもずいぶんと歩き回りし易そうな格好だった。それこそ街を行き来している他の少女達とも大差がないような……。

 無論、着ている服そのものは上等なものなので、よく見れば良い家のお嬢さんなことは分かるのであろうが、それでもちょっと分かりにくい類の質の良さであり、それだけに周囲に埋没してしまいかねない格好であったので、クロスは内心気合を入れ直していた。


 ──土地勘の殆どない西区で、こんな格好の子とはぐれたら……。


 万が一、そうなったら再び出会える確率は殆どないと思われた。そうなれば必然として仕事は失敗であり、次回の指名などあるはずもなくなってしまう。


「はぐれないように注意しないと……」

「大丈夫、大丈夫。心配いらないわよ」

「でも……」


 ちょっと目を離した隙にいつのまにかあっちへフラフラ、こっちへフラフラと店から店へ、露店から露店へと彷徨い歩いてしまう様な少女なのだ。油断など出来るはずもないし、そんな相手との街歩きを心配しないで居られるほどにクロスも図太くなかったのだろうが……。そんなクロスに、ジェシカは苦笑混じりに指を突きつけて宣言していた。


「仮に私のことを貴女が見失う事はあっても、私のほうは貴女のことをそう簡単には見失わない。だから、だいじょーぶなのよ」


 格好こそ没個性の極みみたいな地味さ加減だけど、周りと比べてもずいぶんと小柄な身長だし、それでいて似たような背格好の子供達とは決定的に雰囲気が全然違うし、髪の色なんかも随分と珍しい色、黒髪っていう相当に目立つ特徴もあるから。そう、逆に自分が探す分には探しやすいから問題ないと口にすると、確かにジェシカから自分を見たときにはかなり目立つ特徴的な人物ではあるのだろうと納得するクロスである。


「というわけで、前はお店巡りしたから、今日は美味し(あま)いもの巡りよ!」


 ここを出てお目当ての店で一緒にランチ、腹ごなしにちょっと散歩してあちこち行ったら、休憩がてらにおやつの時間、本屋を経由して、夕ごはん食べて帰るって感じ行くわよとあらかじめ決めていたらしいコースを宣言したのだった。


 ……そんな訳でジェシカは事前に情報収集していたらしい有名なレストランにランチを食べに来たのだが……。


「ぅわぉ」


 そう思わず口から感嘆の声が漏れてしまうほどに、そこは随分とご立派な感じのする、クロスなどに言わせれば敷居がやたらと高そうな上流階級なセレブ向けといった作りのレストランだったのだが。


「……ものすごく敷居が高そうなんですが」

「うん。噂に違わぬ“本物”と評判の一流店ね」


 その分、お値段の方もご立派で、すっごく高そうだったから。夜なんかにこんな場所来ちゃったら凄まじいお金がかかっちゃうだろうからと、まだ値段が抑え目なお昼のランチを狙ってきたジェシカだった。


「ここのランチ、すっごくオシャレで美味しいんですって」


 このあたりだと文句なしの一番なお店らしい。そう見るからに腰が引けてるクロスを引っ張りながら中に入ろうとしていたのだが。


「あの、私、お金の持ち合わせが……」

「あー。……だいじょーぶ。こんなトコ誘う以上、奢ったげるわよー」

「いや、悪いですよ。この間、お茶も奢ってもらったのに」

「良いの良いの。私がここが良いってワガママ言って決めたんだから、それくらいはさせて貰うわよ。それに、お昼の軽食なら安くすむはずだしー?」


 そう遠慮して辞退しようとするクロスを無理やり連れて中に入ろうとしていたのだが。そんな二人は入り口で思い切り止められていた。


「お連れの方は従者の方ですか?」

「彼女? ううん、友達だけど?」


 それを聞いた黒服の男は、あからさまに顔に申し訳なさそうな表情を浮かべながら。


「……申し訳ありませんが、当店をご利用になられる方には、それなりのお召し物を着て来て頂けませんと……」


 どうやらクロスが入店拒否の理由であったらしい。


「ああ、そっか。……それって、ドレスコードってヤツ?」


 その小さな声の質問の言葉に男はジェシカにだけ見えるようにうなづいて見せていた。おそらくは連れの子に恥をかかせないようにという配慮であったのだろう。いろいろな意味で男は一流の教育を受けているようだった。


「お嬢様お一人なら問題ないのですが……」


 見た目は地味な作りでも、上質な素材に拘った上に作りがやたらと丁寧で上等な服装というのは、かえって見る者の見識と目を試す、ある意味“通好み”な格好であったのだろう。だが、クロスの方の服は見るからに安物で、その二つを並べたら貧相さが極まって見えてしまうという、なかなかに面倒くさい格好でもあったのだ。なによりも、色の組み合わせもどこかおかしい上に明らかにサイズが一つくらい大きいだろう服を無理して着ていますという今の格好は服装にうるさい、この手の店から言わせれば“論外な格好”といった所だったかもしれない。


「……やはり冒険者には敷居が高いお店のようですね」

「はい。お客様には大変申し上げ難いのですが、いささか場違いなのではないかと……」


 そう申し訳ありませんと丁寧に頭を下げられては、これ以上は強くは出れないし、粘るつもりもなかったのだろう。しかし……。


「……このような言葉を口にするのは大変な失礼に当たるというのは承知の上であえて言わせて頂きますと、亜人の方……。特に魔人の方ともなりますと、他のお客様が気分を害されるといった事例も過去には度々ありましたので……。ですから出来るだけ、そういった方のご利用は控えさせて頂いております。……ご理解ください」


 その馬鹿丁寧ではあったが酷い内容の台詞にカチンときたらしいジェシカが思わず一歩前に出てしまう。そんなジェシカを苦笑混じりに押し留めながら、クロスは苦笑交じりに小さくうなづいて『わかっていますよ』といった風に曖昧な返事をして、その場を後にしていた。


「……友達を馬鹿(こけ)にされた気分だわ」

「そう言って頂けると嬉しいのですが……」


 都会らしく、一般市民レベルにおいては亜人に対する差別なり偏見はおおよそ鳴りを潜めて久しいされているし、普通に暮らしている分には偏見や差別意識などを露骨に感じる事は滅多にないのだが、やはり“上”、あるいは“中”に行くほどに、亜人は未だに忌避される傾向が強いらしかった。

 それを亜人……。特に魔人への極めて強い差別意識や忌避感が未だ色濃く残る大陸東の地域、イーストレイクの教区で散々体験してきたクロスにとっては、この程度の扱いはむしろ当たり前レベル……。いや、かなりマシな扱いをされている程度の話でしかなく、問答無用で暴力を振るわれたり、殴り倒された後につばを吐きかけられるような輩が徘徊していないだけ、王都での亜人や魔人への偏見はかなり改善されていると感じている程だった。


「それでいいの!?」


 もっとも、それを聞かされたジェシカは先ほどの一件もあったせいか腹立たしいといった風を隠すこともなかったのだが。


「仕方ありませんよ。私が魔人なのは本当の事ですし……。それに、亜人が差別されていて、その悪い影響が今も一部で……。こうして残っているというのも事実なんですから」


 そこは変に誤魔化しても仕方ないし、現実に存在するものをないと言いはるつもりもなかったのだろう。そのせいか、そんな亜人や魔人に対する酷い扱いを肯定しているようにみえてしまっていたのかもしれない。


「そんなの酷い! 間違ってるわ!」

「……そうかもしれませんね。でも、これもまた現実というものです」


 手を広げて、自分たちの周囲を指し示すようにして。


「残念ながら、これが今、私達の目の前にある現実です。それを変に否定したり、見なかったこと、無かったこととかにはしたくはありません。そこにあるものはあるものとして。あるものをないものとして目を背けたりしていては何も変わらない、変えられないと思うんです」


 いつかその不愉快な現実をより良い状態に変えるためにも、今、そこに存在している悪い状態を。未だ差別や蔑視が残っているという現実を受け入れなければならない。その言葉はジェシカにも多少なりとも考えさせる物があったのかもしれない。


「……でも、そんなの嫌じゃない」

「もちろん、肯定なんてしていませんよ? ただ、そこにそういったモノが未だに存在していると認めているだけです」


 そう口にすると不愉快そうに表情を歪めて。


「私だって……。あんな扱いをされたら悔しいですよ。腹立たしいですし、あんな扱いをされて嫌に感じているに決まっています。……でも、すぐには“ああいった事”はなくなってくれないんです。ああいった状態を改善していくには、ものすごく長い時間が必要になるのも事実なんですよ。……だから」


 少しだけ顔に笑みを浮かべて。ポジティブに捉えるように努力しているかのようにして。


「多分、私達は待つしかないんだと思います。ああいった不愉快なことをなくそうってみんなで努力してるんですから……。これでも昔と比べたらだいぶマシになったんでしょう? これからもきっと、そうやって徐々に時間が解決していってくれるでしょうから……」

「それを期待するしかないって?」

「そういうモノなんだと私は考えていますよ」


 どうにもならない現実を前に諦めているという訳でもなく、そんな扱いをされる現実を受け入れているという訳でもなく。ただ、人間が亜人や魔人を完全に受け入れて仲間と認めてくれる日が訪れるということを信じて待ち続けている。

 そんな亜人達のある意味、本当の心の声に初めて触れたのだろう、ジェシカはどこか申し訳なさそうな顔で、恥ずかしそうに頬を染めながら頭をかいていた。


「そんなのんびりしたことで間に合うのかな?」

「私達は、総じて寿命が長い種族ですから……」


 比較的短命とされるドワーフでさえ数百年は楽に生きるのだ。エルフや魔人がどれだけ長い寿命を持っているのか、それを考えれば人間の寿命の短さのほうを珍しいと考えたほうが良いのではないかとさえ思えてくる。


 ──もしかすると、そんな彼らだからこそ……。


 それは、目の前を歩くジェシカを見ていて感じていたことだった。出会った直後はこちらを試していた事もあって平気で蔑称としての魔人という言葉を口に出来ていたのに、友人として受け入れて貰えた今では決して口にすることはなく、先程のようにクロスが他人から魔人と蔑まれると友人を馬鹿にするなと怒るようになっている。

 この変化の速さは。たった数回、一緒に遊んで話をしただけで、こんなに態度が変わっていた。そのことを嬉しく思う反面、どこか困惑も感じてしまっていたのだろう。ついていけないというか、心境の変化を読み切れないというか……。


 ──でも、これなら、いつか本当にやり遂げる事が出来るのかもしれない。


 ふと思いついた考えだった。

 もしかすると、短い寿命しか持たないからこそ。寿命が短く最盛期が短いからこそ。そうやって世代の入れ替わりが激しく、流れる時間の中での密度がどんな亜人よりも濃いのだろう彼らだからこそ……。だからこそ、彼らは大陸の覇者となったのではないのか……。そして、いつか、本当に我々を仲間として受け入れ、手を引いていくようにして未来に導いていく立場に立つのではないのか……。


「まあ、折角信じてくれてるんだし……? そんな私になれるように努力はしてみるわ」


 そう照れたように胸を張ってみせるジェシカに「もう出来ていると思いますよ」とクロスは内心で呟きながら小さく、嬉しそうな笑みを浮かべてみせたのだった。



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