3-6.パパは心配性
またしても(ry 今回は多分大丈夫なんじゃなかなーっと……。
日が暮れるまであっちこっち引っ張りまわされた挙句、へばって動けなくなったジェシカに回復するまで付き添っていたせいで、二人が商会にまで帰ってきたのは夜も遅い時間帯になってからだった。
その日は夜まで一緒にうろうろしていて疲れていたのだろう、父親の小言も頼むから明日にしてくれと聞き流しながら建物の奥へと入っていこうとしていたのだが……。
「あ、そうそう。言い忘れてたわ」
そうヒョコッと扉の隙間から顔を出すようにしてクロスに向き直ると……。
「今日はありがとう。クロスさん。すっごく楽しかったわ!」
「そう言って頂けて幸いです」
「うん。……パパ。その人、すっごく良い。気に入ったわ。ってことで、またお願いね」
そうハートマークが付きそうな声で問答無用に言い残すと「あ゛ーづがれ゛だ~」と妙な声をあげながら奥の方へと入っていってしまっていた。動けなくなるまで歩いたせいもあったのだろうか、その顔はちょっと青白く見えてしまっていたのだが、それは部屋の照明がかなり抑えられているせいもあったからなのかもしれない。
「……随分と楽しんだらしいな」
「そのようですね」
光栄なことです。そう営業がてら口にすると、クランクも「分かってる」とばかりに苦笑を浮かべて。
「娘もお前さんのことを気に入ったようだ。……もしお前さんの都合が良かったらで良いんだが、また何日か後にでも同じように頼めるか? ギルドの方に依頼は出しておくから、今後は指名でお願いしたいんだが」
指名付きの依頼。それは特定個人に頼むという特殊形態の依頼方法であり、当然のように指名料が(低ランクの場合には僅かではあるのだが)依頼料に上乗せされるし、引き受ける引き受けないは冒険者次第といった形の断られるケースも有り得るという依頼方法だった。だからこそ、こうして依頼を出す前に了解をとりつけておこうとしていたのだろう。
「指名を頂けるのはこちらとしても願ってもない事ですので。……では次は二日後ではどうでしょうか」
「明後日か。……そうだなぁ。こっちもあまり娘を遊ばせてばかりも居られないからな。出来れば来週くらいが良いんだが、どうだ?」
何かしら依頼主側の都合なり娘さんの勉学の都合なりがあるのかもしれない。
「分かりました。では来週にまたお伺いしますので……」
「ああ」
そう答えると、少しだけ耳に口を寄せて。
「分かっていると思うが、その時には“その格好”でな。……その代わり、その服はお前さんにやるから」
そう小声で言い含めて、そっと布袋を渡してくる。
「おみやげだ」
受け取った袋の重さからして、中身は元の服……。クロスが元々着ていた修道服とローブなのだろうとあたりをつける。
「あと、こっちも良かったらというか、親としての“お願い”だな」
そうコホンと咳払いして。
「あの子の友だちになってやってくれないか」
昔、色々あったせいで、あの子には同年代に近い友達が居ないんだ。
そんな言葉にクロスはにっこり笑って頷くと、布袋からローブを取り出すと手早く羽織って商会を後にしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、いつものように昼過ぎに修道服の上にローブを羽織った格好でギルドに訪れたクロスは、布袋に修道服と一緒に修められていたクランクの依頼完了のサインが入った用紙を窓口に出して、無事に報酬を受け取る事が出来ていた。
「……依頼主さんに随分と気に入られたんですね」
クエストの報酬金と一緒に、窓口の女性はクロスに一枚のクエスト依頼用紙を差し出してきていた。そこには『指名』と大きくスタンプが押されており、その枠の中にクロスの名が書き込まれていた。
「昨日、すでに次回の依頼についての了解を本人に取り付けてあると伺っていますが?」
「……はい。間違いありません」
「では、この依頼の申請を行なっておきますね」
ボンといつものように『受理』のスタンプを押して、幾つか必要事項を記入していく。
「来週、指名の仕事を終えたら、また持ってきて下さいね。あと、クロスさんの都合が悪くなった場合などで依頼をどうしてもキャンセルしなくてはならなくなった場合などは、こちらに来て申請取消の手続きをお願いします」
そんな初になる指名のクエストに関する注意事項などを他にも幾つか聞いた後、クロスはローブのフードをかぶってギルドを後にすると自分に部屋に帰って来たのだが。
「パパは悲しいぞ!」
そう扉をあけた瞬間に想定外の相手から想定外な台詞を言われてしまって、思わず扉を開けた姿勢のまま固まってしまうクロスである。
「あれだけ愛情を込めて、蝶よ花よと育ててきたつもりだったのに……」
そうわざとらしく白いハンカチでヨヨヨと無く真似をして変なシナを作っている超ド級のウルトラ馬鹿に、どう答えたらいいのか恐らくは咄嗟に判断がつかなかったのだろう。
「本当に“つもり”ですよね。……というか、貴方に育てられた覚えはないです」
とりあえず、突っ込むのはソコなのかと我ながら思わないでもなかったのだろうが、色々と混乱している頭がズキズキと痛み出すのを感じながらも、クロスは自分がいつのまにか白昼夢の世界に引きずり込まれているのだろうことを理解してしまっていた。それというのも……。
「わかりやすく、お前の望み通りにしてみた訳だが」
「人の性別を断りもなくいじくりまわした挙句の台詞がソレですか」
扉を開いて固まってしまった瞬間までは覚えがあるので、おそらくはその瞬間に夢の中に引きずり込まれたのかもしれない。その程度には冷静な判断力が残っていたのだろうが、気がついた時には閉じた覚えはなくとも背後で扉が閉まっていて、自分はベッド上に引っ張りあげられていたし、ローブだっていつのまにか着ていなかった。そして何よりも……。
「そんなに女に生まれたかったのか?」
「どうしてそうなるんですか」
そう、今のクロスは女の子になってしまっていた。そして、いつもどおりな男物の修道服を着ているせいもあったのだろう。体のラインが割にはっきり出てしまうほど体型にぴったりなサイズにあつらえてあったせいで、変化してしまった女性らしい丸みのあるラインがはっきりと分かるようになってしまっていて。しかも無駄に胸とか腰とか肉感的になっていて妙にグラマラスな感じになっていた。
「いやー、やっぱ、この格好、いいわー。萌えるわー」
「……いつもは寝間着でしたからね」
もっともすぐ剥ぎ取られる服にどれほどの価値があるのかはクロスには分からないだろうし、そもそもなぜいつもの制服を着ているだけでヤル気が出るほどに燃える(クロスにはこういう意味の言葉として聞こえている)のかもきっと理解できないのだろうし、そもそも理解もしたくなかったのだろうが。
「あの……」
「なんだ? 俺様は今、ギャップ萌えを味わうのに忙しいんだが」
「人のことを、そうやって抱きしめたりキスしたり撫で回したり揉みしだいたりする前に、私に何か言うことがあるのではないですか?」
「そんなことあったかな……。ああ、そうか。ごちそうさまって毎回言ってるんだから、ちゃんと頂きますも言わないとお行儀が悪いよパパって言ってくれてるんだな!」
ああ、殴りたい。全力で殴りたい。グーで。そう心の底から思いながらもコメカミに#を浮かべてまでして我慢しているのは聞いてみたいことがあったからなのだろう。
「では質問を変えましょう。私が女に生まれたかったと思った根拠は何ですか?」
それを真顔で聞かれた馬鹿と書いてパパと読めな人はキョトンとした顔をして。
「……ちがったか?」
「そんな顔してるとちょっと可愛いですね……」
「おっ。デレた」
「……と思ったけど激しく私の気のせいでした」
「うむ。今日も素敵にツンデレだな!」
そうカッカッカと笑うとクロスを解放して、ベッドの上で向き直る。
「女の子になりたかったから、女装してたんじゃないのか?」
頭が沸騰するとは、こういうことを言うのだろうか。よりにもよってコイツに見られるとは……。そんな一瞬で羞恥心マックスな状態になったクロスは、耳まで真っ赤になってベッドに突っ伏して痙攣してしまっていた。
「いやはや、実に楽しそうだったし、実に伸び伸びとしていたというか、本当に可愛くキャピキャピはしゃいでいたな! あんなに生き生きとして楽しそうにしてる姿なんて初めて見たもんだから、こっちとしても下手にちょっかいかけたら馬に蹴られそうだったし? そんな訳で、声もかけずらいのなんのって……。えぇ? なぁ? いやー、かわいかったなぁ~」
言葉責めとは、こういうのを言うのだろうか。それとも得意技の精神攻撃というヤツの再来なのであろうか。クロスの羞恥心という名のゲージは一瞬でレッドゾーンを突き破って針がくるくる回ってしまってしまっていた。
「…………見てたんですか」
「そりゃもう、ばっちりと」
「……いつから……」
「ん~。最初から最後まで、かなぁ~。見てたっていうか、目を離せなかったというか」
……確かに最初こそ女装してる負い目や恥ずかしさなどがあって色々とぎごちなかったが、ジェシカのペースに引っ張られるようにして段々と楽しくなってきてしまって、最後のほうには違和感すらなく渾身の力で一緒になって楽しんでしまっていた。それこそ、初めてまともに一緒に遊んだ女の子を相手に、まるで親友のように感じられるほどになってしまっていたのだろう。
──私だって男の子なんですよぉ……。
当たり前の話でしかないはずなのだが、クロスとて外見こそあんな格好をしていたが中身は立派な男の子のはずなのだから、同年代に近い女の子と一緒に遊んだりするのが楽しくないはずがなかったし、デートらしきものをしている気分になってしまって、変にはしゃいてしまっていた記憶も少なからずあったものだから、尚更、それをつぶさに監視されていたと分ったら恥ずかしさが吹き出してしまっていたのだろう。
いっそ殺せとも思わないでもなかったが、この手の色魔の前で、そんな下手な言葉を口走ってしまっては、冗談抜きで(性的な方の意味で)殺されそうになってしまいかねない。それが分かっていたからこそ色々と吹き出しそうになるものを抑えこむのに必死になるしかなかったのだろう。
「女装して羽根を伸ばす変な癖を覚えちゃったか?」
「……もうしません」
「いや、来週も行かなきゃいけないんだろ? あの服着て」
視線の先には壁にハンガーでぶら下げられているもらった女物の服があって。
「そんな訳で、馬鹿息子に、親として一つだけアドバイスをしておいてやろう」
「聞きたくないんですが」
「なんでだ」
「どうせろくな内容じゃないでしょーから……」
「まあ、そう言うなって」
そう笑いながら、耳を舐め舐め、こそっとアドバイスしてくる。
「下着、ちゃんと買っとけよ。あの子のパパからこっそりお小遣い貰ったんだろ?」
どうやらおみやげ袋の中に隠されていた「ギルドにカスリを取られたくなかったら黙ってろよ」というメモに包まれた銀貨数枚の事もバレているらしい。どれだけ目ざといのか。……もっとも、ソレの使い道としては不適切極まりないアドバイスだったが。
「つーか、この年で男の娘でエンコーとかどんだけ乱れてんだ、うちの子わ! とりあえず再教育だ、再教育! つーか再調教の必要ありってヤツだろ! 親としてわ!」
とりあえず「訳が分からないよ」な状態になっているのだが、目の前の馬鹿が目を血走らせて口走ってる言葉の意味は殆ど分からずとも、とりあえずコケにされてるらしいという事だけは理解出来ていたのだろう。青筋を浮かべてにっこり笑ったクロスが「えいっ」とばかりに全力で目の前の顔に拳を叩き込んだのは言うまでもなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
そんなことがあった翌週のこと。
「……ジェシカさんのお父さんのことが羨ましいですよ」
甘味処でみつ豆をつつきながらポツリと、そんな言葉を口にしてしまったのも無理もなかったのだろう。
「あんで?」
あぐあぐと口にフルーツのシロップ漬けを頬張りながら答えるジェシカにはきっと別の意味で伝わっているフレーズだとしても、だ。
「良いお父さんですよね……。立派で、頼り甲斐ありそうだし」
なんで私の自称父親は“あんな変態”なのでしょうか。
「青芝、青芝。人のパパはかっこよく見えるってね」
「そうなんでしょうか……」
口から小さくハァとため息をつきながらも。
「それじゃあ、ほんとにそうなのかどうか、私が判断してあげる。だから、今度、クルスさんのパパ、紹介してよ」
そんな無知とは無敵に素敵に無謀なのだと分かりやすい言葉を口走るジェシカに、思わずクロスは「はぁ」と曖昧に笑うことしか出来るはずがなかったのだった。