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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-5.お嬢様の悩み


 ジェシカという少女は笑顔が特徴的な人物だった。少なくともクロスは、ここまでずっとニコニコ笑っている人物を見たのは始めてだったのかもしれない。もっとも、かつてのクロスの周囲にはいつも無駄に笑っていたような人物は一人ほど居たのであったのだが……。


「んー! 今日も良い天気ねー」


 そうクロスの前を歩きながら、温かい陽の光の中で気持ちよさそうに伸びをするジェシカは、あまり日頃外に出してもらえない深窓のお嬢様というヤツだったのかも知れない。

 日除けとしては十分そうな白い幅広帽子にシンプルな白のワンピースに涼し気なサンダル姿といった格好から覗いている肌はクロスほどに白くはないにせよ、かなり白く、それだけに少々不健康気味にくすんで見えていた。それに顔色の方もわずかに青白くてあまり血色が良いとは思えなかったし、髪も艶がなかったし、目の方だって少しばかり充血が目立っていた。

 ……まあ、総じてそんな感じの少々不健康そうな少女であって、クロスから見ると、正直あまり健康的ではなさそうな感じがしていたのだろう。だが、それでもジェシカがひどく元気そうに見えてしまうのは、その全身から溢れだしている幸福感と「元気だ~」といった陽の波動のようなものが原因だったのかもしれない。


「さてっと。……ね、ね、何処行こっか?」


 クロスさんは、何か買いたい物ある? そう簡単に尋ねられたクロスはわずかに微笑みながら首を横に降っていた。


「特にはないので、ジェシカさんの行きたい所に行って貰って良いんですよ」

「そう言われちゃうと困っちゃうわねぇ。……うーん、私の行きたい所か~……。そうねー。何処が良いかなー。なんだか一杯あって迷っちゃうなー」


 最近、ちょっと熱くなってきてるから、そろそろ新しい服も見てみたいし、大通りに出てる露店をだらだら見て回るも楽しそうだし、ちょっと足を伸ばしたら美味しいパンを売ってる店もあるからそっちにも行ってみたいし、小物屋にもちょっと気になる()があったけど前行った時にはお小遣いがあんまりなかったから買えなかったから、それもまだ残ってるか気になってるから、ちょっと見にいってみたいし、天気が良いから公園でちょっとゆっくりしたい気分だし、お昼は美味しいランチ食べさせてくれるお店があるからそこで食べようって決めてるし、さりげなく武器とか見て回るのも楽しいし、防具とか見て「もしこれを自分が着たらどうなるのかな」とか「これ着て洞窟とかはいっていくのって、どういう気分なんだろう。重くないのかな。動きにくいとかないのかな。冒険するってどんな感じなんだろう」とか、色々考えたり妄想してみるのだって楽しいし。……あっ、本も! 本も確か、そろそろ新しいのがきっと出てるだろうから、それも見に行かなくちゃ! 最近、ウェストエンドの方から色んな本が入ってきてくれるから読んでも読んでも尽きないくらい積んじゃってるのよねー。


「というわけで、あっちこっち行きたい所ありすぎだから、それ全部まわりたい!」


 そう無茶を承知でニッコリ笑って言うジェシカにクロスも僅かに笑みを返していた。


「随分と沢山行きたい場所があるんですね」

「だって、久しぶりの買い物なんだもん。前に買い物行ったのって、たしか一ヶ月くらい前なんだから! それに前の時は無駄遣いしちゃってたから、お小遣いがちょっとしかなかったの。だから色々諦めざる得なかったけど、今回は大丈夫! パパにも来月分を前借りしてきてるから、しっかり予算を確保してきたんだから!」


 そう「凄いでしょ」とばかりにえっへんと薄っぺらい胸を張って澄ましているジェシカに思わず苦笑を返しながら。


「来月分を前借りして今月に使ってしまっては、来月の買い物の時にはどうするんです?」

「来月のとき? んー……どうしよっか?」


 ちょっと首を傾げて、ペロリと舌を出して笑ってみせる。基本的に行き当たりばったりな性格なのかもしれない。刹那的というか、瞬間的というか。恐らくは、あまり先のことなど考えないといった性格をしていたのだろう。


「そのときにはそのときよ」

「大丈夫なんでしょうか、そんなことで」

「だいじょーぶよー。……あ、そうだ! 私、いいこと思いついちゃった!」

「いいこと?」

「うん! 来月になったら再来月分の前借りをすればいいのよ!」


 私凄い! これで全てオッケーだわ! などと訳の分からない理論を振りかざして威張っているジェシカにクロスも思わず「プッ」と笑みが漏れだしてきていた。


「あっ、笑った! ひどい!」

「ごめんなさい。でも、面白くって……」


 この子は楽しいなぁ。そんなナチュラルに楽しめているお陰もあったのだろう、クロスは当初緊張でどこか硬かった態度や表情がようやく緩んできていた。


「クロスさんも楽しそう」

「そうですか?」

「うん。笑ってるから……」


 すごく楽しそうだよ? そう笑顔で言われてみれば確かに自分も笑っていた。なるほど。楽しい気分や気配というものは他人にも伝染するのだな、と妙に納得した気分になっていた。


「そうやって笑ってたほうがいいかもね」

「そうですか?」

「うん。堅苦しい顔もカッコイイんだけどね」

「カッコイイですか……」


 これまで格好良いだなどと言われたことは一度もなかったのに、なぜ女装してる時にカッコイイと言われてしまうのか。もしかしてこういう格好をしているときの方が凛々しく見えるという意味なのか。その場合には私はどっちで見られているだろう。やはり女性として見られていて、その意見でカッコイイのでしょうか。いろいろ混乱してしまって少し頬が赤くなってしまっているのを自覚するクロスである。


「ああ。女の子にカッコイイはちょっと失礼だったね。美人って言い直すわ」


 いや、言い直さなくていいですから……。そう言いたいけど今の格好で「私、男ですから」などと言い出したら間違いなく軽蔑されるだろうし、そうなればこの仕事は大失敗のクレーム付きでキャンセルされてしまいかねない。そんな事情から曖昧に笑って困ったような顔をすることしか出来なかった。


「照れてる顔も可愛いね」

「そうなんですか?」

「うん」


 頬を軽く押さえているクロスを面白そうに眺めながら。


「やっぱり冒険者なんかやってたら、あんまり褒められたりとかしないのかな?」

「褒められたりした記憶はあまりありませんね。どちらかといえば怒られたり駄目だしされたりしたことのほうが多いでしょうか」


 まだ私は駆け出しのひよっこですから褒めてくれる人は余り居ませんよ。そう笑いながら口にできるのはある意味で余裕にも見えていたのかもしれない。それを聞いてウンウンとうなづくとジェシカは肩を叩いて励ましてきていた。


「大丈夫よ。まだ慣れてないだけで、そのうちすっごい人になれるから!」

「すっごい人ですか」

「そっ。貴女は、皆んなが名前知ってる様な、すっごい冒険者になれる()のはずよ!」


 別にそこまで有名になりたいわけではないし、私は男ですから。それでも強いて言わせて貰えるなら、心の準備なしにいきなり触られると体がビクッてなるから、出来れば触る前に触るよって言って欲しい所だし、それが無理なら、極力触らないでほしいかな~って……。などと色々と失礼なことも交えて考えながら曖昧に微笑んでいたのだが。


「でも冒険者の人達って目が節穴よね」

「そうですか?」

「そうよ。なんでこんな将来有望株そうな人ほっとくのかなって。それが不思議で不思議でしょうがないわ」


 みんな洞窟とか入りすぎてモグラみたいになっててメンタマ腐ってんじゃないのかしら。そう思わず口調が下品になってしまったジェシカに思わず笑みを浮かべるクロスであったが、そんなクロスのことをジェシカは面白そうな顔で見つめていた。


「クロスさんって面白いね~?」

「なぜです?」

「普通、私みたいな世間知らずの子供(ガキ)が、こんな生意気なこと言ってたらムカッてなるんじゃないの?」


 やっぱり仕事だから我慢してくれてるのかな~? そう何処か探ってくるような口調で尋ねてくるのは、これまでのやりとりでも分かっていたのかもしれないが、恐らくはお互いの距離を計るためでもあったのだろう。ストレートに言ってしまえば、どれくらいふざけたらクロスが怒り出すかを、どこらへんにクロスの沸点があるのかを探っていたのだ。そして、それはこれまでに何度も繰り返されていた悪癖のようなものでもあったのだろうことも察していた。


 ──ああ、そういうことですか。


 恐らくは、これまでジェシカに付き添っていたのは全て使用人だったのだろう。そうなれば必然としてジェシカの言うことには絶対服従だったのだろうし、何をしても叱るということはなかったはずだった。なぜなら、彼らはジェシカの親であるクランクに雇われている身だったからだ。そんな彼らが雇い主の不興を買うような真似をするはずがなかったのだろう。しかし、そうなってくると面倒なのはジェシカの側だった。

 彼女からしてみれば、どこまでやっても“怒ってくれない”し“叱ってくれない”のだ。そうなると、何をどこまでやっていいのか判断がつかないし、どこまでならやってもいいのかが分からなくなってしまう。……いや、もうすでに分からなくなってしまっているのだろう。だからこそ、ジェシカは部外者にエスコートを頼みたがったのかもしれない。そう短い考察を終えると、改めてクロスはジェシカを見つめていた。


「ま、生意気言ってるのは自覚してんだけどさ~」


 ──この子は見た感じとは違って意外に臆病な質なのかもしれませんね。


 そう言動や態度に惑わされないようにしなくては、と気合を入れなおして向き直ると、薄く笑って答えていた。


「それくらいでは別に何とも思いませんよ。それにジェシカさんの言葉は威勢がいいですからね。そのせいか、どこか聞いていて心地良いんです。……元気を分けてもらってるような気がしているのかもしれませんね」


 それに、どうせならそれくらいズケズケと物を言われたほうがかえって色々と裏とかを考えなくても良いから楽でいい。そんな適当にも程がある理由を口にすると、キョトンとした顔をして。その直後に面白くてたまらないといった風に腹を抱えて笑い出してしまっていた。


「恐れいったわ。まさか、こんな変な女の言葉が心地良いって感じ人がいるなんて。……やっぱり魔人って、普通の人とは感性がちょっと違うのかな?」


 まだこっちを試してるのかな。そう思わないでもなかったが、自分と同じクロウから言われるのと、ただの人間でしかないのだろうジェシカから「魔人」と呼ばれるのはここまで受ける印象が違うのかと、違う意味で感心してしまうクロスである。


「……驚きました」

「何が?」

「いえ、ジェシカさんから魔人と言われて、ちょっとドキッとしてしまいました」


 まさかこんなに不愉快に感じるとは。それはある意味有意義な新しい発見ではあったのだが、さすがにこんな事を言葉には出来なかった。しかし、それを聞いたジェシカはウププッと口元を抑えていやらしく笑ってみせていた。


「貴女。もしかして、マゾなの?」


 この子は、やはり私を試しているらしい。そう少しだけ呆れて、フゥとため息をついて。


「私のことをそうやって試すのはやめてもらえませんか?」


 その微笑みを浮かべて口にされた言葉に面白くもなさそうに表情を歪めて。


「つまんない人ね」

「よく言われます」


 かたやむくれっ顔で、かたや苦笑を浮かべて。


「……怒った?」

「怒りませんよ。この程度のことでは……」


 そう愛想笑いでなく、普通に微笑んで見せながら。


「怒って欲しかったんですか?」

「どうかなぁ……。怒られるのは嫌い。でも、怒ってもらえないのはもっと嫌い」


 そう、ようやく本音を垣間見せたジェシカにウンウンとうなづいて見せながら。


「使用人では、貴方が何をしても怒らないでしょうからね」

「まあね。内心でどれだけムカついていてもパパの子供相手に怒ったりはしないのよ」


 あとでこっそり言いつけられて散々にパパに怒られるから、その分パパが怒ってくれてるんだけど……。そんなゲンナリした言葉にクロスも笑みも浮かべていた。


「それは大変ですね」

「そうなのよー。大体、後でまとめて怒られても、怒られてる本人には何が悪くて怒られているのかすら良く分かってないんだから。そういう腫れ物扱いされるのが一番困るんだってこと、なんでみんな分かってくれないのかなぁ……。クロスさんは、こんなに早く気がついてくれたのにね?」


 そんな言葉にクロスも澄まして返事をする。


「人の顔色を見て何を考えているのか推測したりするのには慣れてますから」


 その言葉は流石冒険者というべきなのか。それとも難儀な人生を送っているだなと憐れむべきだったのか、咄嗟に判断に困ってしまったのか、ジェシカはしばらく無言で見つめていたのが……。


「一つ、約束してくれる?」

「何でしょうか」


 おおよそ、その中身を予測しながらも。


「ちゃんと怒って。変に我慢したりしないで……。お願いだから、ちゃんと叱って」


 それは依頼人と雇われ人という関係ではなく、ただの人同士として、ごく普通に接して欲しいという……。内容的には、あまりに簡単で。それだけに切なく感じてしまうだろう“お願い”であり、目の前の少女が何を本当に欲していたのかを察するには余りある言葉だったのかもしれない。


「……分かりました。可能な限り、普通に接します」

「それを本当にしてくれるのなら、貴方を雇う価値は十分にあったわね」


 少なくとも、私にとっては……。その微笑みと共に口にされる言葉は間違いなく本音でもあったのだろう。


「それでは一つだけ言っておきます。私のことを魔人とは呼ばないで下さい。同族以外から、そう呼ばれることに少々不愉快なものを感じてしまうようです」

「……同族からならいいの?」

「経験上、そのようです」

「そう呼ばれたことがあったのね」

「はい」


 その僅かに頬を染めて嬉しそうにニッコリ笑って見せたクロスの顔に何を感じたのだろうか。「へー。ふーん。あっそー」などとのたまいながらしたり顔で笑って見せるジェシカの顔のなんと憎らしいことか。


「……なんですか?」

「ううん、なんでもー。ただ、良いなーって思っただけ」


 ぼそぼそと「お幸せそうで大変結構なこって。つーか、やってらんねーわょ、まったく」とか何とか聞こえた気がしたけれど、おそらくは気のせいなのだろう。きっと。たぶん。


「……ところで、今何時頃?」

「お昼時を少し過ぎた辺りでしょうか」


 お昼の時間には遅く、おやつの時間には早い。そんな、ちょっとだけ中途半端に感じられる時間だった。


「お昼はもう食べたのよね?」

「一応は」

「じゃあ、この近くに良い店があるから。ちょっと早いけど、そこで休憩にしましょ。美味しいケーキと紅茶をだしてくれるのよ。さっきのお詫びにおごってあげるわ」

「はい」


 そう背後を歩くクロスを先導しながら、ジェシカは肩から下げていたショルダーポーチをゴソゴソやっていたかと思ったら、なにやら黒い葉らしき物を摘んで取り出して。それをおもむろに自分の口に放り込んだのだった。



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