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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第三幕 【 彼と彼女の事情 】
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3-4.お嬢様と冒険者


 久しぶりに“あの子”が来たらしいわよ。

 そう窓口の女から小声でこっそりと教えられたのは、何気なくクエストの申請に窓口に訪れた時の事だった。どうやら交代前の窓口担当者から、それを伝え聞いたらしいのだが……。それを又聞きのような形で聞かされたアーノルドは、少しだけ表情を苦笑に変えると「そうか」とだけ答えていた。


「あら、興味なかった?」

「うんにゃ。興味はあるさ。新人教育担当としても当然な」


 そう答えて笑みを深くすると、軽く肩をすくめて見せる。


「……でも、まあ、想定内だったからな」

「そろそろだろうなって?」

「そーゆーこと」


 もともとクロスの所持金が少ないのは分かっていたので、いつまでも冒険者の副業をお休みしていられるはずもないと分かっていたのだろう。


「もっとも、ソロ(ピン)でクエストを受けに来るのは少々想定外だったがな……」


 正直、ギルドか教会のどちらかから借金をして急場を凌ぐとばかり思っていたのだ。どうせ来年になれば治療師として十分な収入が見込める立場なのだから、急いで仕事を探す必要も本来はないはずなのだから……。


 ──もっとも、あの様子だとしばらく収入のあてもない自分になど金を貸してくれる物好きなど居るはずがないとか思い込んでそうだが……。いや、そもそも借金をしてでも急場をしのぐって発想そのものがない可能性もあるな。


 そこまで考えた時「愛すべき馬鹿者(ぶきっちょ)め」と思わないでもなかったのだろうが、その口元には苦笑が浮かんでいた。多少精神的に追い詰められてしまってはいるものの、近頃は多少なりともマシな精神状態になってきているようだし、そんな状態であっても無理をしてでも仕事をしたいというのなら、それならそれで良しと考えていたのだ。

 どうせなら借金などしないほうがいいのだし、今のうちにしっかりと見聞を広げて将来、ひとつの教会を切り盛りする立派な司祭になるためにも他業種の経験……。とくに色々と手広くやることになる冒険者としての経験は、クロスの人生経験を今よりも遥かに豊かにしてくれるだろうからと、あえて「借金をして凌いだとしても、来年になれば簡単に返済出来るって分かってるんだから、誰に頼んでも簡単に貸してもらえるんだぞ」とは、あえて教えなかったアーノルドである。当然、エルクにも同じように「別に教会に借金してもいいんですよ」とアドバイスすることを禁じていた。無論、どうしてもキツイからと相談を受けた時には貸してもいいと言い含めてはいたのだが。


「……それで? 何をアイツは受けていったんだ?」

「Fランクにあったクランク商会からの依頼で、お嬢さんの買い物の付き添いってヤツね」


 クランク商会といえば王都の西区でもそれなりに名の知られた大店(おおだな)の雑貨商だった。そこからの依頼なら、それほど変な事にはなるまいし、内容的にかんがえても、ソロで受けるのがきつい内容でもなさそうだった。

 そう「問題なし」と判断したのか、それっきり興味をなくしたような態度でアーノルドは受理のスタンプの押された自分の依頼用紙を受け取ると、一緒にクエストを受けていたのか、少し離れた場所にある椅子に座って大人しく待っていたクロウを引き連れてギルドから出ていったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 さて。そんな問題なしと見られていたクロスの初となるソロでのクエストなのだが、出だしこそある程度困難は伴ってはいたものの最初の難関「依頼の引き受け」についての承認は無事にとりつけており、次なる関門「普通の冒険者のふり」に挑んでいたのだが。


「……なんだ、その格好」

「いや、それが……」

「これしか縦のサイズが合うのがなかったんでさ」


 クランクの前に戻ってきたクロスは、修道服とローブを脱いで着替え終わっていたので格好こそごく普通のものになっていたのだが、問題はその服のデザインというべき部分にあったのだろう。


「それはなんとなくわかるが……」


 うーんと首をかしげながら。


「そもそも、なんで女物なんだ?」

「……これしか私に丈が合うのがなかったんです」


 そう恥ずかしそうにしてるのは男物では縦に大きすぎてサイズの合うものがなく、女物でさえ丈こそぎりぎり合いそうな物があったが、それはサイズが多少なりとも大きすぎてダボっとした感じになってしまっていた。つまるところ、クロスの体型は男の子にしては小さすぎて、その上色々と細すぎたのだ。特に腰回りとかが。それこそ、くびれができてる程に。


「……お前さん、もちっと肉とか食ったほうが良いんじゃないか?」


 いくらなんでも細すぎるだろう。どんだけガリガリなんだ。そう言いたくなっても仕方なかったのかもしれない。なにしろ王都の教会で働く治療師といえば肉体的にキツイ仕事として上位から数えたほうが早い程に過酷な労働環境であることで有名な仕事だったのだ。そんな洒落にならない職場で働いているのにそんな体で本当に大丈夫なのか? もっと肉食ってスタミナ付けたほうが良いんじゃないか? 具体的にはもうちょっと太くなったほうが……。といった趣旨のアドバイスにますます頬を赤くしてしまうクロスであったが……。


「……まあ、良い。そっちの事情の方は分かった。とりあえずサイズが合いそうなのは、それしかなかったってことで良いんだな?」

「へい」


 すでに少々縦のサイズが合わなくなってきていて最近着なくなっていたそうなので、それを貰い受けても古着を買取る必要がなかったと「良い仕事した」とばかりに笑ってみせる男にクランクもよしよし良くやったとばかりに頷いて見せていた。その意味は「でかしたぞ」といった所だったのだろう。


「あの……でも……」

「それしかないんだったら、それで我慢するしかないだろう?」


 だからといって修道士に女装を強要するものどうなんだろうと多少なりとも思わないでもなかったのだろう。もっとも、それが嫌だというのなら、わざわざ依頼料の数倍は楽にするような額を出してまで、クロスのような細すぎる男向けの、いわゆる特殊体形向けの服を専用に仕立ててやるしかないのだが、いくらなんでも報酬を払う側がそこまでやってやる義理はなかったし、この程度の仕事にそこまで金を掛けたくないと思うのはケチと評判の人物にとっては、ごく当たり前のことだったのかもしれない。


「そんな訳で、もうすぐうちの娘が来るわけだが」


 それは、もう別の使用人が呼びに行ってるから時間的な余裕はないという意味だったのだろう。クロスがあうあうと抗議の声をあげたくても何も言えないでいる様子を無視して話をすすめていくのは、流石は商人街にこの人ありとまで言われた豪腕と評判の商売人らしかった。


「お、丁度いいところに。……おい! この人、どうみえる?」


 そうたまたま部屋の外を通りかかっていた全く事情を知らないであろう別の使用人に声をかけたクランクであったが、そんな主人に、その使用人は不思議そうに答えていた。


「え? その子がどうかしたんで……?」

「いや、この子のこと、どう思う?」

「どうって……」


 そう聞かれてじーっと見つめられて。ますます頬を赤くしてうつむく。


「ん~……。かなり可愛い『女の子』なんじゃないですかね」

「やっぱり、そう思うか」

「ええ」


 それを聞いてさもありなんとばかりに他の二人はウムウムうなづいていたので、慌てふためているのはクロス一人だった。


「い、いや、しかし、そんな……ええっ!?」

「いや、ほんとに。お世辞とかじゃなくて、相当に可愛いと思いますよ。今の歳でそれなんだから。将来、きっと凄い美人になるでしょうね」


 そうごく普通に女の子を相手にしているように「そんなに綺麗な顔してるんだから、もっと自信もちなよ」とか答えているのは、今の格好のせいもあったのだろう。

 丈こそちょっと長め程度で済んでいるが、今着ている服は女物であったとしてもクロスの体型にはちょっと太すぎたのだ。それに加えて、貫頭衣ような頭からかぶって足首のあたりまですっぽり覆い隠すようなシンプルで大雑把な作りの服だったし、そういった体の線が見えなくなるデザインのお陰もあって女物とはいっても相当に地味な服であったし、そもそもの問題としてクロスの顔は一目では性別が分からないほどに女顔であったのだ。それに加えて精神年齢こそ十八才であったとしても肉体年齢的にはまだ変声期すら迎えていない子供であったので、この年齢なら性別などあってないようなものだったのだから。

 無論、魔族系の血の混じる亜人であることは見れば分かるのだが、その容姿や穏やかな口調、高い声といったいろいろな要素があわさって性別を覆い隠してしまっていたのだ。なにしろ男物の修道士の服を着ていた時でさえ女の子に間違われていたのだ。その顔の女顔っぷりは筋金入りであったのだろう。


「それで、親方。その子がどうかしたんで?」

「こんな可愛いなりをしてるが、こう見えてもEランクの冒険者らしい」

「へー。こんな子がねぇ……。そうは見えまんせけどねぇ」


 そりゃそうだろうさ。なにしろ本職は聖職者なんだから。そう内心でツッコミをいれながらも苦笑したクランクは答えていた。


「この子に娘の相手を頼もうかと思ってな」

「ああ、なるほど……。……うん、良いんじゃないですかね。変にいかつい野郎なんかに頼むよりも、こういった可愛い子の方がよっぽど安心できますし、お嬢さんもかえってリラックスできるでしょう」

「やっぱり、そう思うよな?」

「ええ。そう思います。良い判断だと思いますよ」


 そう言い残して去っていく使用人の男の背に思わず「どんな判断だ!」と全力で蹴りとともにツッコミを入れたい所であったのだろうが、事態はそんな絶賛大困惑中なクロス一人を置き去りにしてズンズンと進んでいこうとしていた。


「親方。お嬢さんをお連れしました」

「おう、入れ」


 ガチャっと扉が開いて。


「パパー。きたわよー」


 そこに来たのは見るからに「今からお出かけしますよ」といった綺麗に整えられた髪に加えて服も綺麗に着飾った状態の女の子であり、事前に「今から出かけられる格好をして来い」と伝えられているのが見て取れる格好だった。


「俺の娘のジェシカだ」


 そう紹介された女の子は愛想よく「ハァ~ィ。ジェシカよ」と手を振って見せていた。


「あの……えっと……」


 そんなにっちもさっちも行かなくなった状況に追い込まれて色々とついて行けていないクロスにとっさに助け舟を出して。


「ジェシカ。こちらは冒険者ギルドで雇ったお前の付き添いの仕事をやってくれるクロスさんだ。見ての通り、女の子だてらに冒険者なんぞをやってる変わり者でな。一人旅の経験もあるそうだから、買い物の合間にでも色々と話を聞かせてもらうと良い」


 そうあっさりと「“女の子”の冒険者クロスさんだ」と紹介されてしまったクロスは、頬を赤くしたまま背を軽く押されて前に無理やり一歩進ませられていて。


「えっと、その……。クロス、です。よろしくお願いします。ジェシカさん」

「うん。今日一日、よろしくね。クロスさん」

「は、はい」


 冒険者にしては随分と礼儀正しくて大人しい子なのね。そんな微妙な評価を貰いながら。


「まだ駆け出しのひよっこらしいからな。だが、それでもそれなりにクエストを消化してるらしいEランクの冒険者だからな。遠慮なしに荷物を持ってもらったり、色々と聞かせてもらうといい」


 それを頼めるだけの代価(かね)は払ってるんだからな。そう言いたげな父親に「分ったわよ」と答えてはいたが、恐らくは荷物を持たせる気はないのだろうと思われた。なにしろジェシカよりも背の低い、見ようによっては妹にしか見えないだろう相手だったのだ。いくらジェシカがおてんばであっても、そういった自分より弱そうな相手に重い荷物を保たせる趣味はなかったのだろう。


 ──ま、一応のお目付け役で主な仕事は話し相手ってトコかな……。


 見た感じとても護衛なんて無理っぽい感じだし。……どうせ後で何処に行って何をしていたって事を報告するのがメインの仕事なんでしょうね。そう、ほぼ正確に父親の狙いを読み切っているあたり、娘のほうも手慣れたものであったのかも知れない。


「それじゃ、さっそくいってくるね」

「日が暮れる前までには戻れよ」

「わかってるわよー」


 時間が勿体ないし。ほら、いきましょ。そうクロスの手を掴んで部屋を出て行こうとしたジェシカに更にパパからの苦言が飛ぶ。


「無駄遣いするんじゃないぞ!」

「わかってる~」

「今月はお小遣いの追加はないからな!」

「わかってるってばー」

「あと、甘いモノを食べ過ぎないように……」

「はいはいはいはい!」

「ハイは一回!」

「はいはーい! いってきまーっす!」


 はやく行きましょ。そう楽しそうに走りだすジェシカに引きずられるようにしてクロスは背後をチラチラ見ていたが、そこには娘のことをため息混じりに見送る仏頂面のクランクと、走り去っていく二人を笑顔のまま手を振って見送っている使用人の男がいて。


「行ってしまいましたね」

「ああ」

「……お嬢さん、楽しそうでしたね」

「そうだな」


 フウッと二人してため息を付いて。


「お嬢さんにはしっかり楽しんで来て欲しいものです」

「そうじゃないと困る」


 わざわざ無駄な(ぜに)を使ってまで雇ったんだ。そう言いたげな主に男は苦笑を返しながら。


「まあ、何にせよ良い人が見つかって良かったですよ」

「……そうだな」

「こんな依頼、引き受けてくれる人居ないかもしれませんよって言われてましたからね」


 色々縛りをきつくしていたからか、なかなか引き受けようという冒険者が表れなかったのだが、幸か不幸か最高の人材が……。ある意味、出先で転んでケガをしても大丈夫だと安心できるような最適な逸材がひっかかってくれたと喜ぶべきだったのだろうが……。


「でも、修士ですか……」

「しかも二級のな」

「果たしてコレは良かったのか、悪かったのか……。ちょっと判断に迷いますね」

「本当は単なる偶然なんだろうがな。だが、運命のイタズラってやつは侮れねぇ」


 その言葉に二人して黙りこんでしまう。


「クロスさんには、悪いことをしてしまったかもしれません」

「もし、そうなったらなったらで、後でしっかり謝っとくさ」


 何にせよ、もう(さい)は振られてしまったのだから。


 ──嫌味なほど良い天気だな、コンチクショウめ。


 空を見上げる男の顔はどこまでも忌々しそうだった。



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