表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第二幕 【 王都での生活 】
19/114

2-9.主治医の助言


 睨み合っていてもエドには何処か余裕があったのは、それが踏み込む側、つまり攻め手側であったからだろう。それを受け止める側、受け手側に立つクロスは当然のように防戦一方にしかならず、それだけに状況は悪かった。


「心因性の病ってやつは意外に厄介な代物でな」


 パイプに葉を詰め直しながら、視線を時々向けてきながら、淡々と話をする。


「今は胃だけですんでいるが、いずれは体のあちこちが不調を訴えるようになる」


 ほれっとばかりに懐の懐中時計を差し出して。手の届く場所に置いて見せる。


「人間の体ってやつはコイツのような精密機械と同じだ。この歯車だらけの時計みたいにな。……なかなか見事なものだろう。だが、コレの仕組みは簡単そうにみえて実に複雑でな。ちょっとどこかの歯車の調子がおかしくなっただけで全体の動きが悪くなりよる」


 わかるか? そう尋ねられながら。


「人の体も同じだ。こいつも大概複雑な作りだが、人間の体ほどじゃない。特に、心なんていう目に見えない歯車を大量に抱え込んじまっている分、目に見える歯車だけで動いてる時計なんかよりも、よっぽど厄介な仕組みの精密機械だと言えるな」


 コンッと灰をパイプから落としながら。


「今は胃が荒れる程度で、眠れない程度で済んでいる。だが、このまま病の原因を放置すれば、いずれはそれがお前さんを殺すだろう。症状を抑えても所詮は一時しのぎだ。病の根源を、心の中にある原因をどうにかして根源の原因を絶たない限り……。お前さんの中にあるトラウマを取り除かない限りは……」


 その言葉に、クロスは叫ぶように答えていた。


「無理です!」

「……そうなのかね?」


 過去の罪に対する罪悪感が自分を苦しめているのは知っていた。それはわざわざ言われるまでもなく理解していたのだ。それくらいは、自分でも自覚している。それに加えて、最近は父親を名乗る悪魔(ばか)によって夜な夜な弄ばれてもいる。こっちも自力でどうにか出来るとも思えない。……いや、アレに屈してアレの望むがままに振る舞って甘えてみせてやれば、あるいは自分を構うのに飽きて何時かは何処かに行ってくれるかもしれないのだが……。しかし、そんな愚かな真似をして自分の心が保つとは、とても思えない……。


「ならば、後はひとつか」


 そうボソッと口にされる言葉がやけに大きく聞こえたのは何故なのか。


「ひとつ?」

「対処療法になるかもしれないがな」


 じっとクロスの目を見て。


「お前さん、友達は?」

「……いません」

「そうなのか?」

「引越してきたばかりですから」


 友達と聞かれて脳裏にクロウの顔が浮かんだが、それを自分に許すわけもいかなかったのだろう。あれほど無条件に向けられていた信頼に対して背を向けてしまった罪悪感は、それを考えることは許しても、口外することは許さなかったのだ。


「ふむ。ではまず友達をつくれ」

「友達ですか」

「そうだ。まずは知り合いを増やし、友達を沢山作り……。その中から、親友に出来そうな相手を探すんだ」


 時間はかかるがな。そう前置きして。


「なんでも相談できるような、なんでも話せるような。そんな心を許せる相手だ。友達だと躊躇なく呼べる相手がいるのなら、それが親友となるかもしれんな」


 なかなか働きながらだと親友を作るのは難しいがな。そう苦笑しながら。


「だが、そんな親友を作ることが出来たら、状況は好転する可能性が高い」


 どうすればいいのか。そう目で尋ねてくる相手に至って真面目に答える。


「そいつに愚痴を聞かせろ。自分の中にある苦しみ。辛さ。痛み。何に思い悩み、何に苦しんでいるのか。それを聞いて貰えるだけでも心が軽くなるものだ」


 いいものだぞ、親友というものは。そうニヤリと笑うエドであったが。


「難しいですね……」


 そんな言葉に顔が少しだけひきつっていた。


「ふむ。……どうしてもそれが出来ないというのであれば、あるいは。……ううむ。そういえばお前さんは聖職者だったか」

「そうですが、それが何か?」

「いや、お前さんには余りオススメ出来んのだがな……」

「……どういう方法でしょうか」


 溺れる者は藁をも掴む。クロスは今の状況を改善出来るならと、何でも良いからアドバイスを欲していたのかもしれない。


「いやな。……新人の傭兵とか新米の冒険者がよく似たような状態になるんだが」


 お前さんと同じかどうかは別として。そう言外に忠告しながら。


「初めて人を殺した時とかな。あるいは初めて仲間を失った時。もしくは仲の良かった友を救えなかった時、恋心を抱いていた相手を見捨てなければ自分が助からんかった時とか、な」


 総じて心を痛めた時の話だった。


「そんなとき、往々にしてソイツらは自分を許せなくなって、自分で自分を罰しようとする。ひどい時など殺してしまおうとする。まさに、今のお前のように、な」


 自分を罰しようとし、時として殺そうとすらする。そんな指摘にクロスは思わず自分の手を見てしまっていた。それにどんな意味があるのかすら自分で気が付かずに……。自分の手をみつめるという行為そのものが、そういった自覚が少なからず自分の中にあるという証拠でもあったのに。だからこそ、それをみたエドは小さく笑みを浮かべて頷いていたのだろう。


「そういう時には、きまって先輩達は女に逃げろとアドバイスするそうだ。しっかり酒を飲んで娼館にでもいってたっぷり女を抱いて、溜まったものを出してすっきりしてこい。その胸でしっかり泣いて、愚痴でも懺悔でも聞いてもらって吐き出してこいってな……」


 それが聖職者に対するアドバイスになるかどうかは不明ではあったが。


「だから無駄を承知でお前さんにも同じことを言っておこうと思う。……にっちもさっちもいかなくなる前に、娼婦にでも抱かれて泣いてこい」


 抱いてこいと言わないのは、どうみても子供なクロスがまともに女を抱けるとは思ってなかったからだろう。


「……なに、娼婦だと何だと言っても、なかなか馬鹿には出来んぞ。なにしろ、あの連中は金さえ払えば余計な詮索は一切してこんからな。それこそ、こっちの名前を聞いても、明日には話の内容ごと全部忘れてるような便利な連中だ。相槌をうつのに必要な程度にしかこっちの事情なんぞ聞いては来んから、あとは適当に喋れば良いだけだ。……何なら、ジョーでもベンでもいいから適当に偽名でも名乗っておけ」


 突き抜けすぎたアドバイスに、流石に「……はぁ」としか答え様のないクロスである。


「ま、内容はアレだがな……。だが時として、この手のアドバイスは真理を突いている事も多いものだ。自分の話を無条件に何でも聞いてくれるという相手というのはなかなかに有り難いものだぞ? 時に、そういった相手に泣きながらわびたり、愚痴ったり、お前は悪くないって言ってもらう必要があるんだろう」


 その全ては「自分を許すため」に。自分で自分を罰しなくても良くするために。自分の中に免罪符を作り出し、その札でもって心の傷を塞いでしまうためにも……。


「……そういった辛い時に、ロクに家族を持たない流れの傭兵や根無し草な冒険者は、みんな娼婦に逃げるのさ。連中は良くも悪くも他人に弱みを見せたがらん生き物だからな。それでいていつも死神を側に座らせとるんだ。そんな馬鹿な連中には、そういった便利なガス抜き出来る場所がどうしても必要なんだろうさ」


 無論、それを必要としてるのはお前さんも同じだ。そんな言葉が聞こえた気がしていたのだろう。クロスは無闇に否定などせずに黙って話を聞いていた。


「まあ、ワシからのアドバイスはこんなところだ。愚痴を聞いてくれる相手がどうしても見つからんのなら、ちょっとばかしいかがわしい手合いの酒場でも良いんだぞ? ああいう場所では、金さえ払えば、話くらいいくらでも聞いてもらえる。酒の勢いで泣きだしたとしても変な顔はせんだろうよ。……あの手の連中はいくらでも男の泣き言くらいは聞いてくれるからな。……それに、頼めば抱きつく程度はさせてくれるだろう。ワシくらいのブ男が頼んだらチップを倍よこせだ等と色々と言われるだろうがな。……お前さんは美形だ。連中もそんなに無碍(むげ)には扱わんだろう。……そうだ。何ならエルクさんに頼んでおいてやろうか?」


 そう馬鹿にするようなアドバイスを向けてきたのはリラックスさせるための軽口であったのだろうか。


「まあ、それは冗談としても、だ。そんな風に、女相手に愚痴りながらヤケ酒を飲んでも良いし、もっとストレートに娼婦を買って、そいつにいろんな物をあらいざらいぶちまけて、話を聞いてもらうってのもアリだ」


 パイプに葉っぱを詰めながら。苦笑を浮かべて言葉を口にする。


「……ワシはエルクさんみたいに堅物じゃないからな。聖職者だから女を抱いてはいかん、女に逃げてはいかん、自分たちは神にのみ懺悔し、許しを請うだけで十分なのですだ等と建前しかない綺麗事を言うつもりはないんだ。むしろ、それしかないのなら、それもありじゃろうってスタンスさ。……特にお前さんら治療師は、人の死ってヤツを嫌ってほどに見ることになる仕事だ。そういう逃げ場を……。心の痛みを和らげるための“逃げ場”ってヤツを早めに見つけておくことだな」


 本来は、それは恋人の胸の中ということになるのだろうが。


「まあ、どーしても逃げ場が見つからん時にはココに来い」

「ここですか……」

「おう。話くらいは聞いてやるぞ」


 ……無論、有料だがな。

 そうニヤリと笑うエドにクロスも思わず苦笑を浮かべてしまっていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 状況がここまで悪化したのだから、原因を作った人物に文句の一つでも言ってもバチは当たらないだろう。そう考えたのか、クロスを送り出した後の行動は早かった。


「貴方、何をしたんですか!」


 そう行きつけのバーのカウンターで酒を飲んでいた所を捕まった男は、酒臭いため息混じりに答えていた。


「……誰かと思ったらエルクか。そんな格好をしてるから一瞬分からなかったぜ」


 エルクはいつもの司祭服ではなく落ち着いたブラウン系の服を着ており、そういったラフな格好をしていると年齢不詳な整った顔に加えて肩甲骨の下のあたりまで長く伸ばされて後ろでひとまとめにされている銀色の髪がえも言われぬ色気を醸し出していた。ひどく特徴的な褐色の肌や長い耳も、それら整いすぎたパーツ類の補助をすることはあっても、足を引っ張ることはなかったのだろう。


「……流石に、いつもの格好で酒場をうろうろは出来ませんから」


 夜の酒場を司祭がうろうろしていては確かに営業妨害と言われかねない場違いさであったのだろうから、これはこれで正しい判断だったのかもしれない。もっとも……。


「そんな格好してると出会った頃を思い出すな。……兄ちゃん、横のツレにも同じのを。あとこっちにもお代りだ」


 酒場でカウンターに座れば何も飲まないという訳にもいかないので、座った時点で飲まされるのは確定であったのだろうが。


「私はお酒を飲みに来たのではありませんよ?」

「わかってるよ。でもたまには良いだろ。一杯付き合えよ」


 そんな声とともに目の前に差し出されるグラスに入っているのは度数の強い蒸留酒。このやたらと癖の強い酒は火竜酒(ドレイク)とも呼ばれており、横の男が昔から愛してやまない銘柄だった。


「……何か嫌なことでもありましたか」


 そう言葉とともに杯を傾けて。喉を焼いていく強い酒に若干表情を歪めながらも、それでも飲み慣れているせいもあったのか、エルクは普通に尋ねていた。


「たまには飲みたい夜もあるさ」

「そういう時は、往々にして大失敗をした時でしたね」


 昔から、何も変わらない。そう言いたげに僅かに朱に染まった頬に苦笑を浮かべながら。その澄んだ瞳も、透明感のある表情も、若々しい顔も、艶のある髪も、何もかも……。変わったのは髪の長さくらいなのだろうか。そして、そんな相手と比べて自分は……。


「……お前は、変わらないな……」


 出会った頃から何一つ変わっていなかった。その美しさすらも……。同じように歩いていたはずの“相棒(バディ)”に置いて行かれるという恐れにも似た気持ちを抱いたのは何時の頃だったのだろう。思えば、あれが自分の感じた初めての“衰え”だったのかもしれない。それは運命であり、残酷な現実でもあった。


「私は、エルフですから」

「そうだったな」


 そんな短いやりとりの後、二人は無言のままに杯を傾けていた。お互いが側にいることを苦痛に感じない。そんな穏やかな空気の漂う場所だった。あるいは親友同士の距離というものは、そういったものだったのだろうか。


「……ちょっとな」


 コホンと咳を一つして。ひどく話しづらそうに。どこか舌が絡み付いてしまったかのような声で。飲み干したグラスを置きながら、アーノルドは、そう話を切り出していた。


「見込み違いだったんだ」

「……何がですか?」


 横の親友の前で空になったグラスに同じ物を追加しながら、自分のグラスも空にして追加を頼みながら。エルクは穏やかな声で話の先を促していた。


「組み合わせはおそらくは間違えてなかったんだと思う。あの二人は明らかに違いを特別視してたし、お互い信頼しあって心を開いてる風に見えていた。本来はもうちょっと待った方がよかったのかもしれんが……。こういうのはタイミングが重要って部分もあるからなぁ」


 ボソっと。


「……ただなぁ……。お嬢が予想以上のヘタレだったんだ……」


 追加のお酒を一気に半分くらい飲み干しながら。


「やっぱ、時期尚早だったかもなぁ……」

「それで、何を、したんですか?」


 怖い笑みを浮かべたまま、青筋混じりの声で、そうずばり踏み込んできた親友に、アーノルドは観念して白状することにしたのだろう。


「その……例の“茨の輪冠”のことな。アレを、相棒に教えろっつってな……」


 それを聞いたエルクの顔から笑みが消えて、次の瞬間、手の中のグラスが握りつぶされたのは言うまでもなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ