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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第二幕 【 王都での生活 】
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2-6.ココロノキズ


 特別に気に入った相手と“チーム”を組むということ。

 それは一時的に他者と手を結ぶ場合によく編成される“パーティー”を組むという行為とは、根本的な部分で意味が異なっていた。チームを組むということは、それから先、その相手といわゆる“一蓮托生”の状態になる行為とされているのだ。

 その意味は、チームのメンバーが犯罪を犯したり、大きな借金を背負った場合などには、他のメンバーも連帯責任を取らされるケースがあるということだった。だからこそ、チームを組む相手はしっかりと厳選しなければならないし、一度チームを組んだ後に後悔しないように、十分な覚悟を決めておかなければならないとされていた。


「……ということだ。チームを編成することで、そのチームに所属する“全員”があらゆる面において連帯責任を問われる事になる。お前に、その覚悟はあるのか?」


 クロウとチームを組むことにした。そう事後報告気味にアーノルドに報告したクロスであったが、その言葉を聞いた男は何故だか苦い顔をしていた。


「覚悟……。連帯責任などやクエスト関連の縛りについての説明は受けていますが」

「そういう意味じゃなくてな……」


 ……ちょっと耳貸せよ。そう指でクイクイと招き寄せるジェスチャーしてみせたアーノルドであったが、それを見たクロスは一歩、二歩、三歩と、何故だか盛大に後ろに下がって見せていた。


「……」


 思わず顔が引きつり、頬を指でかきながら。耳を貸せという指示は、クロウに内緒で忠告したい事があるから、今から小声で話しかけたいから、それが聞こえるように耳をこっちに寄せろという意味であるのは、今更考えるまでもなかったはずなのだが……。そして、その指の合図を確かに見たはずのクロスが何故、後ろに数歩下がった。いや、なぜ下がらざるをえなかったのかなど、アーノルドに理解出来るはずもなかったのだろう。


「……えーっと。……もしもし?」


 それに、なんだかやけに硬い表情で、視線を逸らしたら負けといった感じで睨んできているし。それでいて、体の方はわずかに半身を開いているし、明らかに腰だって引けている。それこそ今すぐにでも背後に向かって全力で逃げ出せるようにといった具合に……。

 ……はて。なぜ目の前の人物は自分から逃げようとしているのか。そういえば、つい先程まで、やけに距離があいてるなぁとは思ってはいたのだが……。それでもどうにかこうにか普通に立ち話……。互いの距離が2m以上空いてる状態で声を交わすのが普通と考えていいのなら、だが。それでも、数日前のように、顔を合わせただけで露骨に顔を歪めて逃げ出したりしないだけマシと考えておくべきなのかもしれないのだが。


 ──中身の年齢を考えなければだが、体の方は思春期もほど近いはずの色々と難しい年頃だろうからって、あえて見なかったことにしていたり、気にしないようにしてただけで、それなりにおかしくなってる“兆候”みたいなのは物は、こうしてあったのかもしれんなぁ。


 戦友(ともだち)から受けた依頼のこともあって、あらためてクロスをしっかりと観察してみると、言われてみて成る程、以前とはまるで自分や周囲に対する態度が変化してしまっていた。……いや、これまで気がつけなかったのは、クロスの態度がクロウに対してだけは変わっていなかったから、そのことで違和感をあまり感じていなかったからなのかもしれない。そう判断したアーノルドは、クロス相手に何か聞き出すのは難しいかと考えていたのだろう。


「……アーちゃん、どうしたの? そんな変な顔して」

「お、ちょーどいいところに来たな」


 書類を数枚抱えてギルドの窓口から戻ってきたクロウに、アーノルドはやれやれとタメ息混じりに「ちょっと聞いてくれよ」とばかりに愚痴を漏らしていた。


「いつの間にか、クロスに嫌われたらしくてなぁ……」


 その分かりやすい言葉にクロウも苦笑を浮かべて見せていた。


「そーなんだ」

「こーんなに真面目に面倒みてやってるのにだぞぉ?」

「ん~。……まあ、仕方ないんじゃないかなぁ」

「仕方ない?」

「クロちゃん、オトナが怖いらしいから……」


 予め口止めされてなかったこともあったし、クロス自身にしても自身の態度が不自然なことは、自分が一番良くわかっていたという事もあったのだろうし、いつもなら自分が率先して処理しようとしていたのだろう、かなり面倒くさい書類関連の窓口での手続きをクロウに丸投げするような真似をしていたのも、実のところ窓口のお姉さんと一対一でまともに会話する自信がなかったからだったのだ。


 ──治療師の仕事をしている時には雑念が湧いてこないくらい必死になれるから、ココまで大人のことを怖く感じないで済むのですが……。


 ハァとタメ息をついて。強ばっていた体の芯の部分から力を抜けるのが、唯一恐怖を感じないで済むクロウが側にいるときだけというのは、あまりにも自分が情けない気がして……。

 そう自分の抱え込んでしまった恐怖心と苦手意識を……。その根底にある強いトラウマを今更ながら忌々しく感じていたクロスであったが、こればっかりは自称パパ(へんたい)が悪いと割りきって考えるしかなかったのだろう。なぜなら、自分でどうにか出来ない難問には、とりあえず時間が癒してくれることを期待する程度のことしか出来ないからだ。

 そう、頭をふりふり気分を切り替えるとクロウに向き直って(アーノルドや他の大人を視界から消すためだろう)その手の中の書類を受け取って「ここにサインがいるらしいよ」と指示されるままに署名をしようとしていたのだが。


「……本当に良いのか?」


 何が? とあえて聞くまでもなく、その声の主はアーノルドだった。


「自分としては、これがベストな選択だと考えていますよ」


 チームを組むことのメリットの大きさ、それと同じくらいのデメリットの大きさ。チーム制度による連帯責任制度の怖さ、チームメンバーに裏切られた時のダメージの大きさ。それに、クロウの側に起きたトラブルに問答無用で自分も巻き込まれる様になる事もちゃんと把握していた。……そのつもりだった。


「お前は本質的な部分で、そいつと組むってことの危険性を理解していない」

「危険性……?」


 そいつ(クロウ)と一緒なら我慢できるか? そう小さく確認して、窓口に「打ち合わせ室を使うぞ」と一方的に告げると、二人をギルドの建物の二階にある小部屋へと連れ込んでいた。そこでアーノルドは二人を前にタメ息混じりに言葉を切り出していた。


「お前は、クロウ(ソイツ)について、どれだけのことを知ってる?」


 それを改めて問われて、そっと視線を横に向ける。そこには不安そうな顔で自分の事を見つめながら、袖をギュっと掴んでいる一人の少年の姿があった。そんな少年の名前はクロウといった。本名は本人すらも知らず、周囲がアダ名くらいないと不便だからと言って付けたカラスの呼び名……。その真っ黒な服から付けられたアダ名くらいしかないという記憶喪失で正体不明な、まさに謎の人物だった。

 クロスが本人から聞かされている過去に関する話によると、クロウの記憶は、この街の広場……。大通りに面した大きな噴水のある公園のベンチの上から始まっているのだという。

 気がついた時には、自分はその場所に座っていた。そして、自分が何処の誰で、何処から来たのか、どんな知り合いがいて、これまでどんな生活をしていたのか。そういった自分に関する記憶が何一つ分からなくなっていたのだとか……。

 そういった意味でも、今のクロウの“始まり”は、この街の中。そのベンチの上からということになり、そんな少年の謎に満ちた素性を知る者は誰一人として居なかった。そして、そんな少年は素性を探るための手がかりになる品すらも身に着けてはいなかった。


『その日、僕は、この街で生まれたのかもしれないね。……もしかすると、そこに放り出されたのかもしれない。……なんとなくだけど、そんな感じがするんだ』


 そう本人から聞かされてはいたが、それ以上に過去を探るための手がかりは何もなく。そして、外見から分かる事は、その身が濃い魔族の血をひいているらしいということ。自らが魔族系の亜人、魔人であることだけしか分からない。そんな謎めいた少年は、それからしばらくして街の外……。北門の外に広がる貧民街(スラム)で暮らし始め、いつしか冒険者ギルドの周囲をうろちょろするようになっていた……。

 これが、クロスの知るクロウという謎の人物の“全て”だった。


「……確かに素性に関して多少、変な部分はあるのかもしれません。でも、始まりこそ珍しいものであったのかもしれないけれど、クロウは“良い人”でした。困っている私に、いつも優しくしてくれたし、これまでずっと困っていた私を色々と助けてくれたし、支えてきてくれました。……もちろん貴方にも色々とお世話になってますが、私個人としてはクロウには返しきれないほど大きな恩義を感じているんです」


 だから、私はクロウに恩を返したい。クロウの優しさに酬いてあげたい。……私とチームを組みたいというのなら組んであげたい。……これまで一緒に頑張ってきたのだから。これからも出来れば一緒に頑張って行きたい。クロウをパートナーとしてずっと一緒にやっていきたいんです。

 そう俯き加減のまま口にしたクロスにため息をつきながら。アーノルドは、はっきりと口にしていた。


「……過去が、お前達を追いかけてくる日が来るかもしれんぞ?」


 そんな忠告に。クロウの失われた過去に眠る因縁が。その過去に端を発する大きなトラブルが。記憶のなくし方が明らかにおかしいクロウであるだけに。そこにどんな面倒な理由なり経緯があるか分ったものではないだけに。そんな人物をパートナーに選んだクロスにも、その因縁に端を発するトラブルが襲い掛かる日が来るのではないか……。

 そんな、言われてみればなるほどと思えるような忠告にクロスも若干考えこむしかなかったのかもしれない。


「……クロちゃん」


 そんな泣きそうになっているクロウのひどく不安そうな声を聞きながら。目をつむって、もう一度、しっかりと考えてみる。……変に情に流されず、理性的に考える必要があった。感情はでなく、知性と理性でもって判断をしなければならないのだ。

 後で後悔したり、信じた友に騙された等と下らない言葉を口にしなくても済むように。それこそ、何が起きても後悔しなくて済むように。これは自分で決めたことだからと、たとえ命を落とす羽目になったとしても、その瞬間に後悔はないと胸を張れるように……。

 自分で考えて、決断して、こうなる可能性も考慮していて、それを分かっていた上で決断し、友を信じ抜くことを選んだのだと。そう自分で納得して死んでいけるように。……そんな自分で居られるように。この決断に自分の全てを捧げる覚悟をするためにも。

 ……クロウを親友(とも)として、仲間として、何よりも大事な相棒(バディ)として、パートナーとして。これから先を、ともに手を携えて二人で生きていく事を選ぶのならば。……その決断にケチがつかないように、尚更よく考えなれけばならない。それを理解していただけに。


「たしかにクロウの過去は少し変です」


 クロウの過去は、はっきりいってしまえば異質だった。

 普通であれば「記憶がない」と口にすれば「過去を隠している」と受け取られるのが常であり、故郷において何か罪を犯して逃げてきた、いわゆる『凶状持ち』。手配書が役所や地下組織などに回っているような『犯罪者』である場合が多かった。過去の犯罪歴や、故郷に居られなくなった因縁や理由などがあって、その内容が人に言えないような代物である場合に使われる過去を隠す“言い訳”。それが『記憶喪失』という言葉であったのだ。

 それを疑われ、そう扱われても仕方ない程にスラムには自称“記憶喪失”の人物が大勢いたのだ。そんな中で、クロウは滅多にいないだろう本物の“過去を何処かに落として来てしまった”人物だった。しかも、その記憶の落とし方も特別で、自分にどんな技術や技能があるかすらも分からなくなっており、文字の読み書きや簡単な算術などが出来るのは何故なのかすらも分からないと、なかなかに本格的な記憶のなくしっぷりだった。


「……でも、私は、それを理由にしたくないんです。私は過去のクロウを自らの友と認めたわけじゃない。……私は、今のクロウを。私の目の前で、こうして泣きそうになりながら、それでも私のことを信じてくれている。こうして私が自分で考えて、自分の意思で決断し、自分の意思でパートナーとするのを。私が決断するのを……。自分の意思で選んでくれるって信じて、黙って待っていてくれる。……そんなクロウだから。今のクロウだから。このクロウだから、僕はパートナーとしたいんです」


 それを聞いたクロウはポロポロと涙を流して俯いていた。


「あ、ありがとう、クロちゃん」


 そんな感極まったらしいクロウを。自分よりも背が高いはずなのに、背中を丸めて涙をぬぐっている体を。やけに小さく、それこそ非力な小さな幼い子どもように見える体を、クロスはやさしく抱きしめながら、その背中をポンポンと叩いて気分を落ち着かせようとしていた。

 そこにあったのは互いを信じている姿だったのだろうか。これ以上邪魔をするのは野暮かと撤退を決意させるには、あるいは十分な姿だったのかもしれない。


「……これでアレだってんだから、やってらんねぇっていうか……」


 そうハア、と溜息をついて。頭をボリボリかきながら。


「あー。クロス」

「……はい」

「お前の気持ちと覚悟は分かった。俺は、お前の意思を尊重しようと思う」

「ありがとうございます」


 そう「良かった」とばかりにニッコリ笑うクロスに、苦い顔のまま手で待ったをかけて。


「ただし、ソイツをパートナーとするなら、あと一つだけ条件がある」

「なんでしょうか」

「お前の“茨の輪冠”のことを、自分の口でソイツに伝えろ。それが条件だ」


 その台詞はクロスの顔から表情を奪っていた。華やいでいた表情は一気に固まり、顔は真っ青を通り越して真っ白になり、唇の赤みが失われて青紫色に変わってしまっていた。


「……なぜ……」


 なぜ、貴方が、それを知っているのか。そう問いたがっている事は伝わったのだろう。


「俺が新人教育担当なのは知ってるだろ? その絡みでな。親父さん(ギルドマスター)から忠告こみで、あらまし程度だが、お前の過去(こと)は聞かされていたんだ。……それと、お前んとこの教会のエルク司祭な。あいつは俺の戦友(だち)だからな。……お前のことを、それとなく聞かされていたし、慣れるまでは面倒を見てやってくれって内々に頼まれてたんだ」


 それでな、と。そう苦笑交じりに口にして。表情を一気に厳しいものに変えていた。


「……俺は、さっき忠告しといたはずだぞ。過去の因縁が、お前達二人を追いかけてくる日が来るかもしれんが、その覚悟は出来ているのかってな?」


 ポンと頭に置かれた手によって体が強張るのを自覚しながらも。その自覚が……。こうなってしまう原因となった出来事や、どういった面倒に巻き込まれているのか、どれほど面倒で厄介で邪悪な存在に付きまとわれているのか。それすら親友(クロウ)に話すことが出来ていないことも。それらを同時に思い知らされていた。


「そいつの過去だけじゃない。食い殺されそうな厄介な因縁を孕んだ過去を抱えているのは、お前も同じだろう。……だからチームを組むのには反対していたんだ」


 意味もなく反対していた訳ではない。覚悟もなしにクロスと組んだらクロウの方も危ないのだと。そう口にして。そして、なぜ小部屋に二人を連れてきたのかも、ようやく理解できていたのだろう。ここでならもしかするとクロウが自分の過去を話すかもしれないと考えていたのかもしれないが、それ以上にクロスが自分の過去を、抱えた因縁を話すための場所として用意してくれていたのだと。……そのことに遅まきながらも、ようやくクロスは気がつけていた。


「自分の過去(こと)を言えないのなら。それが出来ないのなら、やめとくんだな」


 ポンポン、と頭を二回叩いて。アーノルドは二人を残して部屋から出て行っていた。

 相手に自分の後ろ暗い過去を告白できないのなら。今自分に襲い掛かってきている面倒極まりない存在のことも。それらを話しても、それでも相棒に選んでもらえると信じ抜く事が出来ないのなら。……それを愚直なまでに信じ抜いて、自分の犯してしまった大罪を告白できないと言うのなら。その全てを共有し、そこから生まれてくるのかもしれないトラブルにすら二人で立ち向かっていく事を誓い合う事が出来ないというのなら……。

 相手に自分の陰惨な過去を教えず、信頼を向けてくる相手を騙す形で。このまま何も伝えないままに、自分の過去を隠したままで、相方を自分勝手に都合よく利用して過去の因縁に巻き込むつもりでいるのなら。


 ──そんな卑怯者(クズ)にチームを組む資格はない。


 アーノルドが言外に告げた宣言は、クロスの心に盛大にヒビを入れていた。


「……クロちゃん?」


 そんなクロスのことを心配そうに見つめてくるクロウの瞳に。その何も知らないが故の優しさと純粋さと信頼と慈愛に満ちた視線に。クロスの薄汚れた過去を、汚れた自分のことを知らないで居られたからこそ向けられているのだろう、その友愛に満ちた優しい目に。その目を向けてもらえることに感じているのだろう自分の中の負い目に。その罪悪感に。知らないからこそ、あんなに優しくしてくれていたのかもしれない。そんな自分の中に湧き出してきた親友への疑いの気持ちに。そんな自分の浅ましさと汚さ、醜悪さに吐き気すら感じながら。その視線の力に。その純粋な瞳の圧力に。その優しさに甘え続けることになどとてもではないが耐えられずに……。


「……ごめん」


 その痛みに耐えられるはずもない少年は、たまらず逃げ出してしまっていた。

 その背に、いつか自分で口にしてしまった言葉『偽善者』の嘲りを再び背負いながら……。



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