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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第二幕 【 王都での生活 】
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2-4.人助けの本能

 この話から、とある人物の登場で、雰囲気が一気におかしな方向に突き進み始めます。また、かなりきっつい(被虐的な)シーンも出てきたりしてきて、ここから先は、まさしくタグにある「どうしてこうなった」を地でいく話になってきますので、しっかりと小説情報の各種タグをご覧になった上で、いろいろとご注意下さい。


 無料奉仕期間のペナルティは王都に治療師を集めないために用意されている。

 その言葉を理解できないといった表情を浮かべているクロスに、エルクは笑みを浮かべたまま言い聞かせるようにして話を続けていた。


「人を助ける事が出来る様になりたい。それを成せるだけの力が欲しい。それを可能にする技術を身に付けたい……。そういった尊い想いを胸に教会の門をくぐるのが我々、治療師です。貴方もきっと似たような気持ちをもって治療師になることを選んだはずです」


 例え、それが犯してしまった罪の償いのためであったとしても……。そう暗に告げられているように感じられてしまったのか、そんなエルクの言葉に、クロスの表情はどうしても固いままだった。


「そういった意味では治療師という仕事は、病から人を助けたいがために成る医師や薬師などと同様に、他の職業とは若干毛色が違う職業と言うべきなのかもしれませんね」


 それらの職が他の仕事と決定的に違うのは、自分のためではなく何処かの誰か……。他者を救うために、その職を志し、その職についた暁には、助けを求めてくる人々に手を差し伸べ、癒す事を……。救うことを目的とするからなのかもしれない。

 だからこそ、治療師や医師、薬師は多く場合に人々から尊敬を集めていたし、色々な面で優遇されていたのだろう。そして、そんな特別扱いに文句を言う者も居なかったのだ。


「ですが、だからこそ、我々はそれを自覚し、慾望を抑え込まなければならないのです」

「……慾望?」

「はい、慾望です。……私は、この醜い願望を『慾望』と呼ぶべきだと考えています」


 分かりますか? そんな表情を向けてくるエルクにクロスは何も答えられない。こんな考え方をした事すらなかったのかも知れない。


「助けを求める人を救ってあげたい。他者救済の心。それは我々のような仕事に従事している者にとっては、もはや本能に近い感情です。心の内側から無限に湧きだしてくる優しい願いと尊い想い。それらは同時に欲求とでも呼ぶべき性質と面を併せ持つ物であり……。だからこそ、ある種の(ごう)、カルマとでも呼ぶべき厄介な慾望でもあるのです」


 だからこそ、それを肯定するだけでなく、我慢しなくてはいけない部分もあるのだと。司祭らしくエルクはクロスに、そう説いていた。


「これは多くの場合に、若い治療師ほどに患う事になる厄介な病気なのです」

「それが慾望……。病気の正体なのですか?」

「はい。自分の助けを求めている人が居る。皆が、そう思ってしまいがちなのです」


 それはきっとかつての自分も同じであったのだろうと暗に仄めかしながら。


「貴方にもきっと覚えがあるはずですよ。……貴方はかつてイーストレイクにいましたね。そんな時、心の何処かで、こう考えたりしたことはなかったですか?」


 じっと。目を覗きこむようにしながら、その言葉を続ける。


「こんな田舎町よりも、もっと人の多い街に行くことが出来たなら……。そこでなら、もっと沢山の人を癒せるのに」


 その核心を貫くような言葉にクロスは思わず目を見開いてしまっていた。


「夜、眠りにつく前に、天井を見上げながら、こんな風に考えていませんでしたか? ……この体にはまだ魔力が余っているのに。一日で使い切れないほどの魔力を身につけたのに。この力があれば、もっと沢山の人を癒せるのに。それが出来るだけの力を身につけたのに。それなのに何故、私はここに居るんだ。……何のために、これだけの力を身につけたんだ」


 その悩みはいつしか現状の打開への願いへとつながっていく事になる。


「そうだ。クロスロードに行こう。王都に行くことが出来れば、もっと多くの人々を救えるのではないか。もっと多くの苦しんでいる人達がそこにいて、そこで私を待ってくれているのに。もっと多くの人を救える道がそこにあるのに。……それなのに、私は、こんなところで何をしているんだ。このまま、ただくすぶって、老いるに任せて……。力が失われていくのを黙ってみていて良いのか。もっと素晴らしい道があるのに。もっと沢山の人を救える道があるのに。私は、それを選ぶべきではないのか……」


 その何処か熱に浮かされたような言葉は、クロスの心の奥底で炭火のようにくすぶっていた種火に小さな風を送り込んできたような感覚を受けていた。


「もっと沢山の人を救いたい。この力を人々のために生かしたい。もっと多くの人が助けを求めているんだ。私は、その人たちを救わねばならないのだ……」


 肩をすくめ、両手を胸の前に上げて。そのジェスチャーの意味は「駄目だこりゃ」であろうか。少なくとも、呆れている事だけは確かなのだろう。


「……貴方にも覚えはありますね?」


 それは断定口調だった。


「なに。何ら、恥じることはありません。そんな熱い想いなくして、貴方や私は故郷を後にしてまでクロスロードにまで来てはいませんよ」


 その尊い想いが、人を突き動かすのだと。


「その尊い、自分勝手な思い込みと醜い慾望が、その場所に大勢居たであろう、他の誰でもない、貴方個人に……。貴方でなければならなかった大勢の人々を。誰でもない“貴方に”救いを求めていた人々を“見捨させた”のですから」


 微笑みとともに、その唇から毒を吐いた。


「本当に嘆かわしい事です。……毎年、どれだけの若者が、この誘惑に駆られ、己の目を欺瞞の光で曇らせて。自らの意思で、その場所で救いを求めていた人々を見捨てさせてまで、王都を目指してしまうのでしょうか」


 本当に愚かしい。そう付け加えながら。


「そんな愚かな若者が何を考え、何を願っているか分かりますか?」


 そこから目をそらすなとばかりに怯えた表情を浮かべるクロスの顎を掴み、その唇を笑みの形に歪めてみせる。


「……自らの力の限界に挑みたい。治療師として最高に活躍出来る場所に赴き、そこで死力を尽くしてみたい。全力で挑み、(おのれ)の魔力が尽きてもなお途切れない人々の群れに全力で挑んでみたい。その場でへたり込む事すら許してもらえず、泣き叫びながら動かない体に賦活で無理やり鞭を入れさせられ、魔力の入れ物の底の方に、ほんの僅かにへばりついていた絞りカスですら己が舌で舐め落させられるような。そんな屈辱的な地獄に突き落とされたい……。そこで動けなくなるまで治療を行うことを強いられ、力尽きるまで魔法を使うことを強要され、その安っぽいちっぽけな魂をただ激痛の中で削り尽くされ使い尽くされて失ってしまうまで、ただただ人々に奉仕を強いられるような。そんな、辛いだけの、何ら楽しみも見いだせない、奈落の底のような場所に己が身を投げ捨ててみたい……」


 (みにく)い。(けが)らわしい。なによりも(いや)しい。その上、みっともない。そう一言で断じて斬って捨てながら。


「それでも、願ってしまうのです。……鍛えあげてきた己の自慢の技を振るいたい。思うがままに力を振るってみたい。思う存分に人々を癒したい、と」


 そんな自分勝手で傲慢な卑しいマゾ豚が願う最後の願いはいつも一つです。


「この命を捨ててでも、すべての人を救いたい」


 視線をそらすことすら許さず。微笑みのままに。絶対零度の毒を流し込んで。


「人は、それを尊い願い、溢れだす若さ、あるいは若さゆえの情熱等と呼ぶそうですよ」


 何がスベテノヒトヲスクイタイですか。治療師の大原則、もっとも忘れてはならない基本中の基本を忘れたんですかね。あの大事な教えを何処に捨ててきたんでしょうか。ホント、バッカじゃナイのカと思いまセンカ? フフフフフッ。

 そう心底楽しそうにお腹を押さえて笑みを漏らした褐色の肌のエルフが、まるで悪魔か何かのように見えてしまうのは何故なのだろう。そして先程から自分のお腹の中で冷たく渦を巻いているのは何なのか。この怖気(おぞけ)を伴う震えは。底なしの絶望感と強い恐怖をも感じさせる、この背筋を這い降りてくるゾクゾクとした熱の正体は一体……。


 ──わ、私は、興奮、しているのか……?


 なんって卑しいのだ……。己の目から涙が溢れたことにすら気が付けずに。


「……正気にかえりなさい。クロス。(おの)が心の闇に飲まれてはなりません」


 パンッと軽く頬を叩かれた事で、ようやく自分が朦朧(もうろう)となっていたことに気がついていた。


「し、司祭様」

「……少し調子に乗って虐めすぎてしまったようですね」


 大丈夫ですか? そう額に手を当てて、緩やかで暖かな“活”を入れてくるエルクに、クロスはようやく答える事が出来ていた。


「い、今のは一体……」

初心(うぶ)な貴方には少々刺激が強すぎたようですが、いわゆる精神攻撃と呼ばれる物ですよ」

「今のが……」


 座学などの時間に噂話程度には習ったことや聞いたことはあっても、なかなか実際に味わえる代物ではない。そういった類の力だった。


「なぜ、こんな真似を……」

「貴方のことを見ていて不安だったからです。……特に、貴方のような強いトラウマや罪悪感、自己嫌悪や自己否定の感情を抱えていて、その上、ひどく内罰的、あるいは自虐的すぎる人には、こういった力はテキメンに効きますからねぇ。……大迷宮の奥深くに巣食っている質の悪い悪魔どもが最も得意にする類の力。弱った心をえぐって来るのは、あの連中の得意技ですからね。今のうちに慣れておいて欲しかったのですよ」


 案の定、こういった責められ方で簡単に堕ちそうになってましたが。そう「不安的中じゃないですか」とばかりにタメ息を吐きながら答えて。


「……まあ、いいでしょう。とりあえず今は、さっき感覚を忘れないでください。気持ちの良い痺れの中で。忘我と恍惚の中で。魂が、ヌメリ気のある急斜面を滑り落ちていくような。変で、不思議で、すごく気持ちが悪いのに、それでも何処か楽しくなってきていていたはずです。思わず泣きだしながら、それでも笑い出してしまいそうになるほどに。そんな“変”な感覚が、少なからずあったはずですから」


 そう耳元に囁くようにして。


「それが、いわゆる“堕ちる瞬間の感覚”というヤツです。貴方の光り輝いていた傷だらけの魂が、その眩いまでの輝きを失って、まるで腐った実のように樹木の枝から落ちていく。その瞬間の感覚というやつですね。……自分が“堕ちる”感覚が、どういったものか……。覚えましたか?」


 その言葉に、どこか背筋にむず痒い物を感じながらも。


「……はい。……でも、恐ろしくて仕方ない感覚でした。あのまま“堕ちて”行っていたら、果たして自分がどうなっていたのかと思うと……。恐ろしくて仕方ありません」


 そんな青ざめて己の肩を抱いて震えているクロスの耳に口を寄せたまま、エルクは微笑みを返していた。


「どうなるのか、か。……さぁて。魂を堕落させた状態から“戻って”これるかどうかは、正直、お前次第だろうがなぁ。……でも、お前くらいなまっちょろくて内罰的で自虐的なダメ人間なら、案外すぐ自省を終えて、あっさり開き直るかどうかして立ち直っちまうかもしれんがなぁ……」


 そんな馬鹿にしたような言葉を投げかけられながら。首筋をツツゥっと舌で舐め上げ、耳たぶを唇と舌で甘咬みされた上に撫で回されるに至って、ようやくクロスは“何か”がおかしいことに気がつけたのかもしれない。……だが、それだけだった。


 ──な……。なんですか、これ……。


 今の状況の異常さに……。今自分が置かれている状況と、これまでのやりとりの異常さにすら、まだ気がつけていなかったほどなのだ。それは、今更ながらかもしれないが、よくよく考えるまでもなかったはずなのだ。


 ──なんで……。いつから? いつから、おかしかった!?


 エルクが。いくら黒エルフの亜人だとはいえ、仮にも神に仕える聖職者が、あんなおかしな台詞を口走るはずがなかった。それに、よくよく考えるまでもない。人間を堕落させる技などを司祭が持っているはずもないではないか。そもそも、なぜ自分は指一本動かすことすら出来ずに服を剥かれて半裸になっているのか。そして、なぜ庭の子供たちは、そんな自分たちの様子の異常さに何の反応も示していないのか。


 ──答えは一つしかない。私は、何者かの『攻撃』を受けている!


「おいおい。今更かよ。っていうか、気がついてなかったのかよ。……さっきから、あんだけ念入りに虐めて(サービスして)やってたってのに。お前だって、さっきからヨダレたらしながらハァハァ言って、あんなに喜んでたじゃねぇかよ」


 ……この、先程から自分を不愉快な言葉でなぶりながら、首筋をしつこく舐めまわしているのは。動けない自分を弄びながら服を剥いてるのは。それをようやく認識出来たにも関わらず、相変わらず指一本たりとも自由にはならず。その変に冷たい舌が、己の耳を。首を。肌を……。体中を蹂躙していくのを黙って耐えることしか出来なかった。


「しっかし、こぉんなモヤシみたいなガキんちょが俺様の(モノ)だってんだからなぁ。……世の中は面白ぇっていうか。これだから“人間(おもちゃ)いぢり”はやめられねぇな!」


 ペチャペチャクチュクチャとやけに耳障りな音を立てながら、舌で耳の穴を舐めたり、耳を撫で回したり、顔中を舐めまわされたり。そうかと思えば、首筋からヘソの下あたりまで楽しそうに舐め回していくエルクの格好をした何者か……。本人の言葉を素直に信じるなら自分の父親らしいのだが、そんな存在が、こんなゲスい真似をすると思いたくなかったし、こんな穢らわしいイタズラを思いついたり、仕掛けてきたとは信じたくなかったのだろう。

 こんな嫌らしい声の主に心当たりなどあるはずもない、お前なんて知らない、だからさっさと居なくなってくれ!と、心で強く強く必死に否定していたのだが。


「ふぅむ。味の方は、まあまあってトコだな。思ってたほどには悪くねぇ。つーか、血が薄い割りにはあんま濁ってねぇな……。……ゥメェ……。ん~。流石は俺様の血だな!」


 そう口にするとようやく満足したのか、最後の止めとばかりにムチュ~!ッと、えらくわざとらしく音を立てながら強引に唇を。無駄に念入りに舌の方まで奪っていくと、その美丈夫は……。考えたくもなかっただろうが、その無駄に整った容姿の持ち主は。どこかで見覚えのある特徴をもった顔を大人にしたかのような綺麗に整った美しい容姿をした青年は。エルクの顔の部分だけが別人になった、そこだけ漂白されたような不自然な白さの顔をした容姿の青年は。その明らかに、こちらの事をおちょくって遊んでいるとわかる下卑たやり口は。その魂を直接汚されるかのような穢らわしい手口は。


「パパって呼んでいいぜ」


 そうニヤリと笑いかけられても笑い返せるはずもない。我が子の魂をイタズラ半分に堕落させようとしてみたり、動けない我が子を散々に舌と指で弄んでみたり、面白半分に唇を奪ってみたり……。


「いい加減にしろ。この悪魔め」


 その泣きながらも怒りに満ちた声に満足そうに笑いながら。その美丈夫は下卑た笑い声をあげながら。散々に嬲られ、弄ばれて。生涯で初めてだろう、これほどまでに屈辱的な責め苦を。これほどの辱めを受けて。顔を真っ赤にしながら体を震わせて泣いていたとしても、それでも心を折られる事なく怒って見せている。そんな気丈な“弄び甲斐のある(かわいく)”、“愛おしい(たのしい)”我が子の頬を笑いながらぺちぺちと叩いていて。


「クックックッ。なかなかいい根性してるじゃねぇか。気に入ったぜ、青瓢箪(あおびょうたん)。……ま、近いうちにまた可愛がりに来てやっからよ。この続きは、そんときってことで“次”を楽しみにしてな」


 最後に、そういやみったらしく言い放つと、盛大に高笑いを上げながら。そして、最後に餞別代わりだとでも言うかのようにして頬をバチィン!と盛大に一発張られて。


「……つまり、多くの場合において若い治療師は故郷で自分がどれだけ必要とされているのか、それに気が付かないままに、より高みを目指して、故郷を捨てて王都に来たがってしまうものなのです。そういった欲が自分の中にあることを認め、それを自覚させた上で、なお故郷にとどまることを。その土地の人々を見捨てて、後で後悔しないことを我々は求めなくてはならないのですよ。……かといて、言って聞くような年齢でもありませんからね。だからこそペナルティを突きつけて、そこから動けないようにしておく必要があるんですが……。って、どうしたんですか!?」


 それまで淡々と言葉を口にしていたエルクが気がついた時には、クロスは青白い顔色のまま耳まで頬を赤く染めながら、表情を固まらせたままポロポロと涙を溢れさせて泣きながら。そして、何故だか僅かに赤く腫れ上がっている右の頬の内側が切れていたのか、唇の端からツーっと血を流しながら。……あまりにも酷い屈辱的な記憶によるものなのか、ただその場で声もなく泣く事しか、あるいは出来なかったのかもしれない。



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