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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第五幕 【 空の彼方へ 】
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5-25.催し会場の主従


 ……ほぅ。

 そう小さく漏れるため息に声が混じる。それを、たまたま聞いていたのか、向かいの席に座っていた女の眉もまた僅かに動いていた。


「ミレディ。何が気になる事でも……?」

「いや。なかなかに“おもしろい”事になってると思ってねぇ」


 とあるやんごとない筋の貴族の屋敷に招かれ、そこで開かれていたサロンでの退屈な午後の一時を主従で過ごす羽目になった直後だからでもあったのだろう。

 その、たまたまいつもの経路とは少しだけ違う場所を、あえて通りかかってみたらしい女の目に写っていたのは、何やら人の密度が奇妙に高くなった細い通りの姿であり……。


「……はて。私の記憶が確かなら、こんな寂れた通りに、わざわざ女どもがわんさかと集まってくる理由なんて無かった筈なんだけどねぇ……?」


 それは、独り言のように聞こえながらも、それでも「何か聞いてるかい?」という問いかけでもあったのかもしれない。


「ミレディ。もしかすると、これが先ほどのサロンで噂されていた“奇妙な催し物”とかいう代物なのでは?」

「……ケティ。アンタ、あのお馬鹿ちゃんどもの話、ちゃんと聞いてたんだねぇ」


 私と同様に、右から左に聞き流していたとばかり思ってたのに。……というか、いやはや、立派。実にご立派だね。よっほどの暇人というか、物好というべきか。まあ、言い方は色々とあるとして、だ。

 あんなキャンキャンやかましいだけで、ろくに中身の詰まってない出来損ないのウェハース同然の話にまで、ちゃんと耳を傾けていただなんて……。

 色んな意味で“流石”って言ってやるべきなんだろうねぇ。


 そう、感心しつつも半ば相手を馬鹿しているような、何処か素直でない感心の言葉に「お褒めに預かり恐悦至極」とばかりに馬鹿丁寧な目礼と満面の笑み……。わざわざ言うまでもないのだろうが、あえて意図して浮かべたのであろうドヤ顔というヤツである。それを返して見せている辺り、ケティと呼ばれた女も普通ではなかったのかもしれない。

 そして、そんな女の浮かべてみせた表情に「褒めちゃいないんだけどね」「あら、そうだったのですか」「ふん。白々しい」と、慣れたやりとりが続いて。次いで、疲れたようなため息をついてみせるのも、あるいはここまでがワンセット……。いわゆる“慣れたやりとり”というべきだったのかもしれない。


「……しっかし……。奇妙な、催し、ねぇ……」


 なるほど……。確かにね。本当に、なかなか面白そうな代物じゃないか。

 そんな自らが仕える主人の心を反映するかのようにして、ニタリと笑みの形に唇が歪んでいくのを見た向かいの女は「まぁた悪い病気が出やがった」とばかりに、ほんの小さくため息をついてみせるのだった。


 ◆◇◆◇◆


 ……正直、最初は、また何処ぞの貴族の“おぼっちゃま様”が、何やら奇抜な商売のネタなりアイディアとやらを思いつきやがりましたので、下々の者達が被る事になるだろう各種迷惑も顧みず、またぞろ面倒をかけに来やがりましたか、とでも思っていたらしいのだが。


「まあ、正直……。こんな事になるとは思っても居なかったさ」


 これは何の騒ぎなのかと詳しい話を聞かれた店主らしき恰幅の良い男は、そう尋ねてきた身なりの良い少女……。見た目が年齢不詳としか表現しようもない若くもなければ老いてもいないという摩訶不思議な雰囲気を漂わせる子供のような外見をしているため、そう表現するしかなかっただろう小柄な女なのだが、その背後には、やたらと背の高いメイドらしき格好をした女を従えている所を見るに、それなりな身分ではあるのだろうと思われる……。そんな女に、そう思い返すようにして答えていた。


「じゃあ、最初から、こんな変な騒ぎにはなってなかったという訳かい?」

「ああ。……まあ、何かと、胡散臭い話が多いご時世だったからなぁ……」


 その答えの意味が分からなかったのだろう。僅かに首をかしげている少女に僅かに苦笑を返しながら、その男は『ああ、これじゃぁ分からねぇよな』とばかりに、苦笑を混じえて言葉を続けていた。


「こういっちゃ何なんだが、商売人なんて阿漕な稼業をやってるとな? まあ、何処からともなく“旦那、こんな儲け話があるんだが、いっちょ一口かんでみねぇか”なんていう、胡散臭ぇにも程がある上に、耳障りだけはやたらと良いなんていう、甘ったるいウソにまみれた誘い文句で飾り立てられた商談ってヤツがな……。まあ、勿論、言うまでもねぇ事だが、詐欺話ってヤツなんだが……。まあ、そういった質の悪い誘いってのが、やたらめったらと持ち込まれてくる何てのは、冗談でも何でもなく、この街でいっぱしの店を構えて商売なんてモンをやってる俺たちみたいな連中にとっちゃ、日常茶飯事って感じだった訳さ」


 ましてや、ここはいくら寂れ気味だったとはいえ、商都とまで揶揄されている様な王都の中でも、この辺りは最もグレードの高い地域……。古い時代の城壁に囲われた特権階級者の集まる中央区の一角に位置していたのだ。

 この辺りの地価……。いわゆる土地代の事だが、それだけでも他の地区の追随を許さない値段が付くような場所柄だっただけに、そこに店を構えている旦那衆の土地、店、財産を巻き上げてやろうといった詐欺師の類や、そういった連中に関わっている話という逸話には事欠かなかったのだろう。


 ──ある意味において、治安が最も良いはずの場所が一番詐欺師の類の数が多い何ていうのは、ある種の皮肉なのかね……。それとも世の真理の一つってヤツなのかもしれねぇなぁ。


 そう脳裏に過った奇妙な現実という奴に笑みを深めていたのだが。


「流石に、そんな馬鹿な話。最初は信じなかった訳だね」

「そりゃあ、そうだろう……。報酬はタダで良いから、自分の絵を置かせてくれ何て持ちかけられたらな……。しかも、その絵を置いたら確実に売上が上がるはずだからとか言われてみろよ。……そりゃ何の冗談だって……。絵を描くのにも金がかかってるだろうに、それじゃあ余りにも美味すぎる話だろうって……。誰だって、疑いたくなるだろ?」


 だからこそ、最初は誰も、そんな話に耳を貸さなかったのかもしれない。


「まあ、ハナっから、そんな眉唾物の話ではあったからなぁ……。しかも、まだ絵そのものも出来てない何てお粗末極まりない状態で話を持ち掛けられたんだ。これから服を着た人物画を描くから、売り物の服を何点か貸してもらえないですか~、何ていきなり言われてみろ? 誰だって、警戒して当然だ。そうやって服をかすめ取るつもりなんだなってな? 誰だって、そう思って当然だろ? ……俺だって、実際、その時には、そう思ってたんだから」


 何とも見え透いた安っぽい上にずさんな手口だなと誰もが思うだろう。そんな出来の悪い仕掛け口上にしか聞こえなかったのだ。……だからこそ話を持ちかけてきた少年の言葉に誰もが最初は耳を貸そうとしなかったし、ろくに相手にもしてもらえなかったのだから。


「それなのに、わざわざ話に乗ってやっただけでなくて、店まで、あんな風に改装してやったってのかい?」

「……まあ、その辺りには、色々とあってな……」


 それこそ言いにくい理由や話しづらい内容の理由など……。あまり表沙汰にできない類の事情なり横槍なり何なりが、そこにはあったのだろうことがうかがい知れる。

 そんな店主の曖昧な態度であり、苦笑でもあったのかも知れない。だが、そんな男の前に居たのは、その程度の拒絶で大人しく引き下がってくれる様な大人しい性格をした女では、決してなかったのだろう。

 ニタリと嫌らしい粘着質の笑みを浮かべると「ああ、ああ。解ってる。解ってますって。だから、皆まで言いなさんな」とばかりにうんうんうなづきながらも、一歩歩み寄っていた。


「ま、しゃべり続けると喉も乾くってなモンだからね」


 これで何か冷たい物でも飲むんだねぇ。

 そうニンマリ笑いながら手に握らせた硬貨が大ぶりの物であり、かつ『金色』をしている代物(だいきんか)である事に思わず男の表情がギョッとした物になったのも無理もなかったのかもしれない。

 この程度の事の情報料として渡すには、いささか額面が大きすぎたのだ。それこそ、この程度の事で大金貨などを渡すなど……。普通に考えて、あり得なさすぎた。


「おいおい……。いきなり、こんなの渡されても……。俺に、何を聞きたいってんだ?」

「まあ、そう警戒しなさんなって。……とはいえ、なかなか意図も伝わりにくいかね。まあ、アレだ。……こちとら、まどろっこしいのが大嫌いって事なのさ」


 だから、アンタが自分が喋った情報に見合った対価の分だけ受け取れば良い。対価として多すぎると思うのなら、適当におつりでも、後で、そこの大女に渡しとくれよ。

 そんなデタラメ過ぎる男前な台詞に思わず目の前の男も苦笑を浮かべてしまっていたし、また主が馬鹿な真似をしているとケティは無表情のままに呆れているようだった。


「それで? アレの仕掛人の話に乗ってやるよう、口利きしたのは何処のどいつなんだい?」

「……それを聞いてどうする」

「どうも? 今の時点じゃぁ、ただの興味本位ってヤツだろうねぇ……。でも、まあ……。最低限、それさえ聞いとけば、どの程度首を突っ込んでも大丈夫か、考える基準ってヤツにはなるだろうからねぇ?」


 それで? 答えられないか?

 そう、目線で答えを促された男は仕方なしにボソっと名前を口にしていた。その言葉は通りの雑踏の雑音に紛れて余人にはとてもではないが聞こえなかったはずだったが、何故だか男の前に立っていたとはいえ、その主従には問題なく聞こえていたらしく……。


「こりゃ、また……。思いの外、とんでもないっていうか……。ドエライ名前が飛び出してきやがったもんだね……」

「法衣貴族、あるいは爵位持ち程度は想定していたのですが……。いささか斜め上過ぎます」

「ああ。とんだ藪蛇だった」


 こりゃ大失敗したかもしれないねぇ……。

 そんな空気を漂わせながら、目の前の男の申し訳なさそうな顔に苦笑を返していた。


「理解できた……。というか、せざる得ないって言うべきかね」

「無事、ご理解頂けたようで……。こちらとしてもゲロった甲斐があったってなモンだな」


 情報料としては多めの額を受け取ることにしたらしく、それを引いた額をケティに返しながらではあったが、それでも男は忠告混じりの言葉をかけてきていた。


「まあ、理解出来たなら、これ以上、興味本位で余計なクチバシを突っ込むような、馬鹿な真似はやめておいてくれよ。それがお互いのためってヤツだ。……まあ、実際の所、口止めはされていないから黙ってる必要もないんだろうが……。でも、こんな話、誰彼かまわず吹聴したい訳ないんだからな?」


 いわゆる“察しろ”というヤツなのであろう。だが……。


「なるほどねぇ。……所で、そのやんごとない御仁とやらからの横槍ってのは、実際の所、それだけだったのかい?」

「……おい」

「大事な事なんだよ。……答えな」


 その一言に、どんな仕掛けが仕込まれていたのか。

 思わず抗議の声を口走りそうになっていた男が、その言葉を聞いた途端、まるで言葉を飲み込んでしまったかのようにして顔を白黒させて黙りこむと、次いで数瞬の迷いを見せて。そして、最後には、色んな物を諦めたかのような表情を浮かべながら、短く答えていた。


「……具体的な、資金の援助もだ」

「店の改装にかかった費用は、後で請求してこいとでも言われたのかい?」

「ああ」


 それを聞いて何かを確信したなり納得出来たという事なのか。『ふぅん』と鼻で笑って見せながら、苦笑を浮かべた女はようやく男に背を向けて開放の意思を示して見せていた。


「ミレディ」

「ああ。奴さん、思ったよりも本気だったらしい」


 てっきり仕掛人の手腕が見事だったとかの理由が大半で、支援者側の介入は最低限の口利き程度だと思っていたのに、どうやら実体はまるで逆……。この成功の影には、あからさま過ぎる程に支援者の存在が透けて見えてしまっているらしかった。

 そういう意味では、この仕掛人は色々な意味で支援者に頼りきっている状態な訳で……。それは、ある意味においては支援を受ける側としてのスタンスとしては、いっそ潔いとも取れる正しい頼り方だったのかもしれないのだが、それが大成功した最大の要因であり、理由の全てでもあったのかも知れないのだ。

 そういったデリケートな部分をどう考え、どう捉え、どう感じているのか。それを知ることで、この催しを仕掛た人物の覚悟の程とでも言うべき物も、あるいは見えてくるのかもしれなかった。


「……まあ、少なくとも、何か突出した能力なりアイディアのお陰だけって訳でもないのは、やっぱり確かだったみたいだね」


 この“やり口”は、なかなか面白いとは思うが。

 そう最後に小声で付け加えてみせた辺り、口ほどには『広告媒体として絵を使う』というアイディアそのものをこき下ろしている訳でもなさそうなのだが……。


「では、評価しない、と?」

「いいや? 結果だけを見るなら、この通り、催しそのものは大成功したんだからねぇ。その部分はちゃんと評価してやるべきなんじゃないかと思うよ?」


 例え、その裏に『あの御方がこれほど支援している人物なのなら』という、仕掛人の能力外の部分……。いわゆるコネや権力者との繋がりを求めている部分への期待といった下心も透けて見えてしまう形での成功であったとしても、だ。


 ──それでも成功は成功さ。その結果を得るためのやり方に何ら恥じる必要などないんだからね。そんな大事な部分に青臭い理想だの、妙なこだわりを抱く必要なんかはないのさ。……何なら、今のやり方が気に入らないってのなら、次からはもっと上手くやれば良い。自分のやりたいように、別の形でやれば良いってだけの話なんだからねぇ。


 だが、そうやって“次”につなげていくためにも。いや、だからこそ、最初の一歩目での成功が最重要になってくるという事なのだろう。

 何故なら、そこをしくじってしまっては、肝心要の“次”への挑戦チケットそのものを失ってしまう事を意味しているからだ。

 まず最初に、ただガムシャラになって成功を掴みにいかなければならないという場面なのに、そこで妙な拘りを持ってしまったばっかりに、これまでとは違うやり方を試す事が出来るチャンスすらも失ってしまうというのでは……。それでは、余りにも本末転倒に過ぎるという物だからだ。

 だからこそ最初の一歩だけはしくじる訳にはいかないのだろう。

 次へとつなげていくためにも、そこだけは絶対に誤る訳にはいかなかったし、そこで成功をつかみとって繋いでいくためには、手段など最初から選り好みしていられる余裕などあるはずもなかったのだから……。


「ガムシャラに。ただ、必死になっていただけと言うのなら。……こんな風に、手段に拘ったり選り好みなんて出来るはずもない。つまりは、そういう事なんだろうと思うよ?」


 ──そこまで考えての、この結果だったとするなら……。


「でも、まあ、今回のやり方、これで今後のスタンダードになりうる可能性が出てきたね」

「……そうなのですか?」

「恐らくね……」


 その兆候というか、今後の広がりを予感させている部分としては、主催者の絵描き以外の描き手が数人、この催しに途中から飛び入り参加してきているらしい、ということだった。

 そして、それら全員が、来訪者や店で服を買い求めた貴婦人達に求められるがままに、路上や店内といった思い思いの場所でスケッチ画を描いて見せているのだ。

 もっとも、それは持ち運びの邪魔にならないだろう、ごく小さな本程度のサイズのスケッチ画でしかなかったが、それでも、その程度のサイズであるがゆえに、ごく短時間の間に大量に描かれているようだった。

 嬉しそうに溢れる笑顔。他人の視線を気にして朱に染まる頬。周囲からかけられる言葉。それに対する返事と笑い声……。

 それは時にコーディネートを褒め称える賛美の声であったり、組み合わせの妙の意味を尋ねる声であったりと。……そこにあったのは凄まじいまでの臨場感であり、恐ろしい程のライブ感であり、なによりもアドリブの効いた躍動感とでもいうべきものは、これまで屋内で閉じこもって顧客と向き合いながら一対一で仕事をしてきた絵描き達が体験したことのなかった世界であって……。


 ──この熱狂が火種となって新しい波を生み出していくというのなら。


 あるいは、ここから新しい風潮が。これまでになかった流行が。そして、これまでとは全く違った世界が、目の前に開かれつつあるのかもしれない。そんな新しい風とでもいうべき熱量を、誰もがそこから感じていたのだろうが……。


「……アンタも、こんな場所で突っ立ってうかうかしてると、あっというまに置いて行かれて、気がついた時には役立たずの流行遅れってヤツになっちまうよ?」


 人通りの絶えない通りの出口で、その奥の方から運ばれてくる熱狂を孕んだ風を睨みつけるかの如くして、ただそこに立ち尽くす一人の青年が居て。そんな青年(アドニス)の肩を叩きながら、女はその表情に皮肉げな笑みを浮かべて見せていたのだった。



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